『マドリード戦記』 王女革命編エピローグ1
『マドリード戦記』 王女革命編エピローグ1
意識を取り戻したヴァーム。
そこに現れるユイーチ=ロレンクル。
二人しか知らない陰謀と、その幕下狂言……。
時代は動いている。
完結記念挿絵イラストありです。
革命・エピローグ 1
* * *
4月11日……夕方。
目を覚ましたとき、最初に飛び込んできたのは窓の外に広がる美しい夕焼けに染まるスク・レ湾の風景だった。
そこから視線を泳がした。見知った人間の顔がいくつも並んでいた。皆、慌てて部屋を飛び出していく。それを気だるい視線で追っていったが、再び目を閉じた。
二時間ほど寝て、体を起こした。
何が起きたか、頭は全て理解している。
「食事がしたいわね。後あったかい蒸しタオルと石鹸と剃刀くれない? まず髭剃りたい」
「消耗しきったお体です。御自分で剃られるのは大変でしょう。すぐに美容師を手配します」
「それ、最初にお願いね。次が食事。果物は必ず添えてね。全てが落ち着いたら、メンドクサイ連中と会いましょう」
「分かりました、代表」
秘書スワマン=セージは恭しく一礼すると、退室していった。
プレセア=ヴァームは、痩せた自分の腕を見つめ鼻で笑う。
後数日寝ていたら、毒ではなく普通に衰弱死していただろう。毒で死ぬのは本望だが衰弱死などみっともない。
一時間ほど体調や身だしなみを整える時間を費やし、牛乳粥を平らげ食後の葡萄を摘んでいた時、その男は現れた。
元アルファトロス代表ユイーチ=ロレンクルだ。
「もっとも見たくない顔が出たわね」
そういうとヴァームはユイーチと二人きりにするよう命じた。
二人きりになると、ユイーチは煙草を取り出し咥えて火をつけた。
「煙草、ね」
マドリード……東クリト・エでは珍しい嗜好品だ。元々大陸連邦の嗜好品で、30年程前にザムスジル帝国領でも流行りだした。もっとも、輸入して流行らせたのはこのユイーチである。彼はこの煙草産業で巨万の富を築いた。
「病人のいる部屋で煙草だなんて常識を疑うわね。それはそうと、アリア様は革命成功したようね」
「ほう……アリアの話は誰もしてねぇーはずなのに、何故そう思う?」
「そりゃあボクが生きてる事が何よりの証拠」
フン、とユイーチは笑った。
彼にとって代表ヴァームなど価値はない。
だがアリアの後見人としてのヴァームには価値がある。価値が出たからこそ、彼は生かされたのだ。
「全く何日だよ、好き勝手寝やがって。誰がお前さん退場していいって言ったよ? さっさと甦ってくれないとこまるぜ」
「禊は済んだ。これでアルフトロスは堂々とアリア様の後援が出来る」
「筋書き通りだろ?」
「…………」
そういう事だ。
ヴァームを告発する事、ユイーチの台頭、毒杯の禊、そして復活。全てヴァームとユイーチ両君の陰謀だった。毒杯の禊に勝てば、ヴァームの代に限り議会を無視し如何なる政治的偏重も許される。ヴァームのアリアへの支援はもはやアルファトロス議会も勘付いていたから、両者はその先を制したのだ。
ヴァームは生還した。これで彼は絶対権力を手に入れた。
「起きるのが遅いぜ。こっちはヒヤヒヤしたもんだ」そういうとユイーチはふぅと紫煙を吐き、テーブルで煙草を揉み消した。
「何故グレーを引いた。そのためのサングラスだろうがよ」
ヴァームも、そしてユイーチも同じオレンジ色のサングラスをしている。これは伊達でも師弟の証でもなんでもない。毒杯を見抜く細工が施された特殊なサングラスで薬品が入っていれば色で分かる。毒杯の禊のためだけではなく暗殺予防のためである。
彼は毒がどれか知っていた。その上で、彼は50%のグレーの杯を引いた。ユイーチの計算外の一つはそれだった。おかげで臨時代表として政務をみる羽目になった。
「何いってンのよ。あの雰囲気でボクが一発で生還したら怪しいったりゃありゃしない。50%のグレーを引くくらいがリアリティーがあっていいのよ。それにボクが寝ている間、造反者の面子は割れたでしょうし」
ヴァームが危篤……という事で、アルファトロスの政治局は多いに揺れた。ヴァーム派、反ヴァーム派の識別ははっきりと分かった。ヴァームが復活した今、余計な異分子を一斉に排除できる。ヴァームの深慮遠謀と高度な政治力が全て詰まった陰謀だ。
が……それだけではない。
「試したかったのよ。自分の運命と、アリア様の運命をね」
「…………」
「運命を弄り回すクソ爺がどうでるか、興味があったしね」
ヴァームの言葉を聞き、ユイーチは苦笑した。
ヴァームの真意は分からない。政治上の演出という理由も正しく、自分の命運を賭けてみたかった心理も事実で、どっちが正解かはヴァームにも分からない。とはいえ生存率の高い賭けだ。最低でも50%。そこにユイーチがいる。アリアのためになると判断すればこの男は親の仇だろうが手を結ぶ男だ。ヴァームをこっそり助けるくらいわけのない。ヴァームの生命力と運命の力が勝ったのか、ユイーチが実際助けたかどうかは、現代においても謎ではっきりとしたことは判明していない。
皿に積まれた葡萄を食べ終わり、ハンカチで手と口を拭ったヴァームは、ユイーチを一瞥する。
「で? ボクにまだ何か用? アンタは用済み、目障りなの。さっさと消えてくれない? アリア様のことならアンタには聞かないから」
「しょうがねぇ消えてやるさ。ま、でも最後くらい馬鹿弟子共に師匠らしい置き土産をおいていってやるか」
そういうとユイーチは二枚の小切手を取り出した。
「これはオメーの回復祝いと俺の愛情だ。アリアの負債、まとめて払ってやるぜ」
一枚目の小切手をヴァームは受け取り、その額を見た。
5億マルズだ。尋常ではない大金である。
「<アインストック>だっけか? アリアが買った最新戦艦の代金が残ってるだろ? その代金だ。残りはお前さんが負担した分の補填にでもしとけや」
<アインストック>は頭金5000万マルズ、総額3億マルズの買い物だ。アリアはそれを10年で払う計画でいた。ヴァームが個人負担した額が凡そ1億8000万マルズで、5億マルズもあれば少し余る。
「では迷惑料に頂いておくわ」
<アインストック>の代金はアルファトロス政府の売り上げだ。他の商人はともかく、科学都市であり経済都市であるアルファトロスのトップの二人だ。この程度の額で驚くことはない。
「で、だ。これはアリアへの国王就任祝いだ。俺からだっていえば受けとらねぇーから、お前からってコトにしときな」
無造作に二枚目の小切手を置くユイーチ。それを黙って受け取り額を見たヴァームが、予想以上の額に言葉を飲み込んだ。
そこには、20億マルズ……とある。
「…………」
さすがのヴァームもしばらく黙った。
マドリードの国家予算が3億マルズ……という時代である。国家予算の7倍の金だ。それをユイーチはポンと提供してみせた。好意というには額が大きすぎる。さすがのヴァームもユイーチの真意が分かりかね、考え込んだ。
合計25億マルズ……いくら元アルファトロスの代表とはいえこんな額をそう簡単に用意できるはずがない。
「小切手不渡りってオチはないわよね? それともボケて一桁間違えた?」
「20億マルズ。違ったか?」
「あんの? そんなお金」
「あるよ」
「どこで儲けたの?」
「そりゃあ秘密だ」
「わかった。聞かない」
「なんだ連れねぇーな。もう少し聞いてくれよ、20億だぜ? 気になるだろ? 少しくらいなら話してやっていいぜ」
「話したいのね。じゃあ聞いてあげるわ、どうしたのコレ」
「頭使えや。こんな大金、ポンと用意できる国は三カ国しかねぇーだろ」
「ロイズ、ザムスジル、そして大陸連邦。いや……大陸連邦は大規模内戦前でこんな額のお金は出ない。とすれば……逆ね。小国が一つ買えるくらいのえげつない何かを大陸連邦から買った。アンタは紹介料なり斡旋なりでその上前を刎ねたってトコね」
ユイーチも大陸連邦の科学都市に強いコネがある。間違いなくクリト・エ大陸でもっとも大陸連邦と繋がりがあるのはこの老人だ。
西の科学都市ロイズ、そして大帝国ザムスジル……この二つはそれだけの財力がある。
しかしそんな高額なものとは何か……アーマーだってここまで高額ではない。とすれば飛行戦艦か? だが現在最新鋭のデュアル級は大陸連邦でも未だ10隻ほどしか実戦配備されていない最新鋭戦艦で、戦争間近である大陸連邦が売るとは思えない。第一直接売ったのではなく仲介料でこの額はあり得ない。ユイーチの取引は100億とか、そういうレベルの空前の額のはずだ。
なら……何がある?
「何を売ったの?」
「……仕方ねぇな。ここだけの秘密っていうなら教えてやるよ」
「いいわ、秘密ね」
「俺が売ったのは、戦艦のコアだ。まだ戦艦はできてねぇーし、実用化まではまだ何年もかかるだろう。これは大陸連邦側も同じだ。まだできてねぇー。今ンとこはな」
「確か大陸連邦には姉妹艦制度があったわね。一度に一隻じゃなくて、必ず三隻作る」
大陸連邦は運用も考え、同型戦艦を必ず三隻作る。<ミカ・ルル>と<ロロ・ニア>もそういう意図で造られた姉妹艦だ。
どうやら大陸連邦はとんでもない戦艦を作ろうとしていらしい。
「ディスカバー級って言ってナ。コアだけでも200mはある代物だ。戦艦として完成すれば300m近い図体になるだろうぜ。こんなんが出来た暁には、この一隻で国が滅ぶな」
「300mのディスカバー級……」
想像すら出来ない。デュエル級のざっと二倍だ。戦闘力でいえば5倍以上は確実だ。ヴァームですらその姿を予想できない。だが大陸連邦ならそのくらいの超大型機動戦艦も作れるかもしれない。今、大陸連邦の科学の日進独歩で成長している。国力も財力も科学技術もクリト・エのどの国よりも大きい。
クリト・エ最大のザムスジル帝国と、大陸連邦の公国ドロムがほぼ同じ国力だといわれている。ドロムは一公国で、さらにドロム以上の国力を持つソニア公国、カレドニア公国という化物のような大国を大陸連邦は有している。
……そんな化物級の戦艦コアは相当貴重なはず。それを手放さなければならないほど大陸連邦の軍事的緊張は高いという事か……。
空前絶後の大戦争が大陸連邦で起きるだろう。世界はこれから激しく荒れる。
事実、空前の世界大戦<第一次世界大戦>が勃発するのはほんの二ヵ月後のことだ。
……こんな情報をこのジジィが正直に話すには裏がある。手にしたのはロイズかザムスジル帝国……大陸連邦の最新科学でまだ手も足も出ない状況だからクリト・エ大陸で実用化されるのはまだずっと先。だけどもしこの戦艦が完成したら、時代が変わる……。
戦略や戦術など関係ないほどの絶対的な力が発生する。そしてその日は遠からずやってくる。問題はその時、この大陸を支配している者は誰かということだ。
西の科学都市ロイズはザムスジル帝国領内にある。アルファトロス同様自由な権力を持つ都市国家だが、アルファトロスがマドリードに対して親身であるようにロイズもまたザムスジル帝国と親身である。そこまで考えた時、ユイーチの狡猾な意図に気付いた。
「これをザムスジル帝国が手にする前に手に入れるか、もしくはその前に帝国を滅ぼすか」
そうならなければマドリードに未来はない。ユイーチ=ロレンクルという<世界統一信者>はこの情報をヴァームに流すことで危機を煽っている。そして計算し願っている。これによってアリアが世界を舞台に進出することを。
さすがのヴァームもその言葉は飲み込んだ。言えば、ユイーチを喜ばせるだけだ。
……このお金は将来の危機の前借じゃない……。
……もしくは世界進出のための契約金ね……。
そしてユイーチの狡猾な試練でもある。この20億マルズという大金を手に入れれば、アリアは荒廃した国を予想より早く建て直すことができる。おそらくアリアの改革もすぐに達成されるだろう。それだけの財力だ。そうなったとき、アリアは次に外国に備えることになるだろう。クリト・エ大陸は半戦国時代だ。アリアにその気はなくても周辺国はそうではない。皆ザムスジル帝国に怯え、国内に不安を多く抱えている。アリアは東クリト・エで最大の軍事力を有し国内も安定する。となれば周辺諸国もこれまでのように放置はしないだろう。
ユイーチの金によって、アリアはすぐにでも世界と対面する力を得る。アリアを休ませようなんて気はさらさら無い。
ザムスジル帝国は今尚現在進行形で東に向かって軍を派遣している。
マドリードだけが巻き込まれない、なんて事にはならない。
アリアも、これからは外国と関わっていかなくてはならないだろう。
そのリミットは、件の超大型戦艦ができあがるまでだ。これが出来上がれば恐らくザムスジル帝国がそれを手中にし、クリト・エを蹂躙するだろう。そうなった時まともに抗える軍事力を持つ国はクリト・エ大陸にはない。もしくは、アリアのマドリードがその時大陸を手中に収めていればいい。その超大型戦艦はアリアの物となる。
「このクソ爺……」
なんて陰謀を放つのか……さすがのヴァームも言葉がない。この男はただ一つの信念だけで動いている。『世界統一』という、余人が聞けば想像すらできない夢物語と笑うような大それた夢を……。
だがこの老人はその野望に向け着々と足を進めている。笑っているだけの余人はきっと時代のうねりに足を取られ消えざるをえない。
すでに矢は、放たれた。クリト・エ大陸の戦国時代の終わりを告げる終幕に向かって。
クリト・エ戦国時代の終焉は、すでに幕を上げた。遠い未来の話ではない。
愕然と言葉を失ったヴァームの顔を見て、ユイーチは満足そうに笑うと手を振り部屋を出て行き、そして二度と戻らなかった。
「そこまでして見たいの? 戦場で戦うアリア様を……」
アリアがどんな思いで戦争をしているかなどユイーチには興味はない。彼はただ見たいだけだ。
『世界統一』という大偉業の結果どんな新世界が生まれるのか……そのためには、大陸連邦でもザムスジル帝国でも、この男は何でも利用するだろう。これまでも、そしてこれからも。
「ボクはアリア様を応援するだけよ。優しく聡明な国王でも、その才能の赴くまま覇者の道を選んだとしてもね」
どっちを選ぶか、それはヴァームにも分からない。ただ個人としては前者を願った。
最後に余談で……。
クリト・エ大陸諸国の命運を握るディスカバー級巨大戦艦は、まずソニアでパラ歴2344年完成する。ディスカバー級一番艦であり史上最強の戦艦となった大陸連邦機動軍旗艦<ディスカバー>で、そのノウハウを手に入れたロイズが二番艦<パーツバル>を2347年完成させる。両戦艦共、第二次大戦と第三次大戦の花形艦として歴史に名を残す。まだ先の話だ。余談。
『マドリード戦記』 王女革命編エピローグ1でした。
1 ということで2もあります。2で完結。
今回ヴァームとユイーチの陰謀話でした。
アリア様は出てきませんが、今回は今回で歴史的な大陰謀の話です。
元々狂言だったわけですね。
アリア様は騙されたワケですが。
この二人、それぞれアリア様に対して歪んだ愛情があり、この愛情が歴史を変えていくのですが、果たして今後この二人は味方なのか敵になるのか。
もっともヴァームはかなりアリア様に傾倒してきていますが。
そして今回の話で、アリア様に平和が訪れない事も示唆されています。
女王となりどうなるのか……アリア様にはまだ茨と試練の道が先に続いています。
ヴァームやユイーチにとってアリア様が王位を得ることは大前提の規定路線。ですがこれからは完全な未知の領域になります。
むろんこの二人はまだ陰謀を抱えていますが……。
という感時でこの後の『女王動乱編』と『女王覇王編』をカンジさせるのが今回のエピソードです。
最後に完結ではないですが、区切り記念としてアリア様のイラストを挿絵で入れました。
『マドリード戦記』はまだ続きます。
これからもどうぞ宜しくお願いします。




