『マドリード戦記』 革命賊軍編 26 戦場の騙しあい4
『マドリード戦記』 革命賊軍編 26 戦場の騙しあい4
クレイド伯とガレット伯の駆け引き戦が続く。
だがガレットの予想以上に狡猾で、人を人とも思わないクレイド伯に言葉を失うガレット。
そしてガレットが人質になったとき、姿を見せたザムスジル帝国軍。
絶体絶命と思われたその時、ついにアリア、動く!
「では取引です。姫殿下をデスベリンに渡し、彼女たちは<スプリトーズ>でこの場から離れます。<スプリトーズ>が見えなくなれば、代わりに私が人質として貴方についていきましょう、クレイド伯」
ガレットは淡々と宣言しティアラを後ろに控えるデスベリンに渡そうと後ろを向いたが、すぐにクレイドがガレットの肩を摑む。
「新生マドリードの姫殿下を、貴族でもない素性もわからぬ女に抱かせるのは問題でしょう。デスベリン君、君はそこで見ていなさい。さてガレット伯、いい機会だからこのまま僕と一緒に旅でもどうです? 国外旅行なんてしたことがないでしょう?」
「お断りします」
「残念だ。では無理やり連れて行くことにしましょう」
「…………」
「おや、驚かないね?」
「貴方に貴族の誇りが残っているはずがない。いきなり女を撃つ下衆が約束なんか素直に守るはずがないじゃないですか。撃ち殺されないだけ私には価値がある、と納得しておきましょう」
ガレットは全く動じない。その肝の強さにクレイドは感心した。さすがは年若い女ながらマドリード最大の商会を切り盛りしている女傑なだけはある。
「ですが伯爵夫人としての処遇は求めます。デスベリン、悪いけど貴方も同行して。身の回りの世話をしてもらいます。腐りきった野蛮なマクティナス家やマクレイヤ家の人間は信用できませんから」
「いいですよ。では行きますか」
「ガエル共和国には商売で知人もいます。貴方が無事逃げおおせたら、私は自分のコネで帰ります。それでいいですね?」
ガレット、どこまでも超然としている。クレイドは楽しそうに一笑した。
クレイド、この賢し面の小娘を恐怖に怯えさせたい。
「ザムスジルは男尊女卑の社会だ。他国の爵位など通用しないけどね。気の強い女は特に好かれる」
「ザムスジル……ガエルでなくザムスジル帝国!?」
「もう迎えは来ている。今更帰れないよ、ガレット<元>マドリード伯爵婦人」
ついにクレイドの口から『ザムスジル帝国』という言葉が出た。この言葉を、ガレットはしっかり聞いた。
「お、お嬢様! ほ、本気でザムスジルなどにゆくのですか!?」とデスベリンが声を荒げ騒ぎ出す。彼女は明らかに困惑し動揺していた。
クレイドが無言で、右手が揺れた。手にはメルセリアを射殺した拳銃が握られている。
ガレットはそれを目敏く見つけた。
「デスベリン! 貴方も由緒あるマクギリス伯爵家に仕える身でしょう! うろたえないように!」
「ですがお嬢様!!」
「クレイド伯。ザムスジル帝国のお迎えはいつ来るんですか?」
「じき見えますよ。アリア様より先にね」
「ザムスジル帝国まで付き合えば、私と姫殿下は開放しますか? 身代金は払いますが」
「随分聞き分けがいいね、ガレット伯」
「自分の身の安全を買いたいだけです。戦争疲れしているアリア様やマドリード政府より支払い能力はあると思います」
総額12億マルズほどの財がガレットにはある。これだけの財産は今のアリアにはすぐには出せないだろう。
「いいでしょう。僕が無事ザムスジル帝国に辿り着ければ貴方と姫殿下は開放するようザムスジル帝国バルタイル将軍に交渉してあげましょう。確約はできないよ」
「デスベリン。今の言葉、聞きましたね? 今の話をアリア様に伝えるため使いとなってキシリアに戻りなさい。交渉はザムスジルのそのバルタイル将軍とやらとアリア様が行うだろうから」
「ですがお嬢様!!」
「文句は言わない。私も不便ですけど仕方がないわ。すぐに<スプリトーズ>でキシリアに。いいわよね、クレイド伯。私は行く事を了承しましたが、我が家の飛行船まで差しあげるとは言っていません」
そういうとクレイドが答えるより早くガレットは手を振りデスベリンを行かせる。デスベリンは怯えて最初は戸惑っていたが、クレイドが何も言い出さないのでついに軽く頭を下げ、走って<スプリトーズ>に戻っていった。
<スプリトーズ>はすぐに浮かび上がると、東に向かって動き出した。
ガレットは、それを黙って見つめている。
「随分大人しいのですね、クレイド伯」
「あのくらいいいでしょう。あの女がアリア様のところに辿り着く頃には僕たちは国境を超えているからね」
そういうとクレイドはガレットの肩を優しく叩き、西の空を指差した。
振り返り空を見つめるガレット。その時、はるか遠い上空に、小さい……米粒ほどの黒い船が浮かんでいるのを見つけた。
「もうお迎えは来ているようだよ」
ザムスジル帝国船籍<サルベルク級>三隻だ。5キロほど先だ。
……大型戦艦が三隻も……!?
さすがのガレットも蒼白となり、背筋に冷たいものを感じた。予想以上に大きく高性能な戦艦が三隻も来るとは。とてもクレイドを回収しにきただけには見えない。
「そう怯える事はない、ガレット伯。連中だって獣じゃない。できるだけ優しく接するよう、忠告はしてあげよう。ワインを水のように飲む国だからきっと気に入る」
「ありがたくて涙が出そうです」
そう答えたガレットは、自分の手の中にあるティアラを強く抱きしめた。
その時だ。
ガレットが所有する飛行船<スプリトーズ>は、突然<デオグラード>からの砲撃を受け上空で傾いた。さらに<デオグラード>は動き始め、<スプリトーズ>を撃墜するため接近していく。火砲が一気に集中し瞬く間に<スプリトーズ>は傾いていく。
「おや、御免。ウチの部下は働き者だ。勝手に戦闘なんかしちゃ駄目なのに始めてしまった。止めたいけど、こんな原っぱにいては攻撃中止が出せないね」
そんな言葉をわざとらしく吐くクレイド。
さすがにここまで馬鹿にされるとはガレットも思っていなかった。クレイドは何一つ約束を守る気はない。ガレットもまさかここまでクレイドが傍若無人とは思いもよらなかった。いや、ある意味クレイドの行動は正しい。彼は徹底してマドリードの敵となるのだ。中途半端な良心は返って自分のためによくない。
この時、ガレットは冷酷なクレイドの企みを悟った。
彼は自分の船<デオグラード>すら身代わりの餌にしたのだ。
<スプリトーズ>を<デオグラード>で襲わせて、戦闘を起こさせる。当然<スプリトーズ>はアリアに救いを求める。こうしてアリア軍の目を<デオグラード>に向けさせ、その隙に別の飛行船で国境を超える。全てはクレイドの計算だ。
(飛行船を一隻欲した理由はコレなのね!!)
ガレットは全て悟り言葉を失った。なんと用意周到な男だろう。そしてなんと残酷で冷酷な男か……この男一人を逃亡させるためにどれだけの犠牲が払われたのか……それを考えるとむしろ恐怖すら覚える。人間はどこまで利己的で冷酷になれるのだろうか。
絶句したガレットを見て、クレイドは僅かに微笑んだ。
「軽蔑しているね。だけど私だってここまでしたくはないよ。本当さ。ここまでしろっていうのがバルタイル将軍の要求なんでね」
「……ザムスジル帝国が……?」
もはやガレットには分からない。姿の見えない巨大な陰謀がそこにある。ガレットには理解ができなかった。そう、これは単純な亡命でも誘拐でもない。いくつもの陰謀が絡んだ国家的政略だ。
「では旅立つとしようか、ガレット。冷えてきたしね。ティクス男爵、出発用意だ」
そういうとクレイドは踵を返した。
が…………。
ここはクレイドだけの独壇場ではない。
アリアが完全包囲した、彼女の掌の中だ。得意顔のクレイドは、その事を知らない。
そしてこの場の会話は、全てアリアに筒抜けであった。
この周囲にはアリアとザールの魔法がかけられ、全ての会話が二人の耳に入っている。だけではない。ガレットの侍女デスベリンが<スプリトーズ>に戻るとすぐに無線でクレイドの動き、ザムスジル帝国の事、彼の作戦の全てが物語られていた。
デスベリンという侍女は存在しない。彼女はマドリード軍機動部隊中隊長ミネルバ=フォン=サーシャ少佐が侍女に扮し潜入していたのだ。彼女だけではない。<スプリトーズ>にはアリア軍精鋭が何人も入り込み、さらに<ナイアザン>も2機隠されている。
ついに、アリアは動き出した。
<デオグラード>の動きも分かった。クレイドの居場所も判明した。ティアラとガレットは今セットになり野外にいる。そして迫るザムスジルの動きも掌握した。
時が来た。
『マドリード戦記』 革命賊軍編 26 戦場の騙しあい4でした。
ご覧の通り、狡猾というよりもはや手段を選ばないクレイド伯です。
その無茶苦茶なやり方は戦争を体験していないガレットには衝撃でしたね。
そしてついに姿を現した、アリア様にとって最大の強敵にして最大の壁となるザムスジル帝国。
すでに本編でも描いてますが、大陸半分を支配する大帝国であり、軍事帝国です。
これを相手にアリア様はどう立ち向かうか!
ティアラ奪還だけではなくザムスジル帝国との事も対応しなければならないアリア様。
そしてついに動き出したとき、事件はどうなるのか!?
ついにクライマックス突入です。
果たしてアリア様は平和を手にできるか!!
『マドリード戦記』を宜しくお願いします。




