『マドリード戦記』 革命賊軍編 22 国境線6
『マドリード戦記』 革命賊軍編 22 国境線6
レイスが報せた外国、ガエル共和国軍の不穏な動き。
アリアはそこにクレイド伯逃走ルートを発見する。
ついにクレイド伯の足取りが掴めた。
だが同時に予期せぬ大軍が国境に迫りつつある事を知る。
レイスが只者でないのは、これからだ。
「で、今ですが……この二、三日というもの貴族連中が色々連絡してきましてね」
「国外退去に協力しろ、ということですね」
「追加の賄賂も届きました。面白そうなので、希望の地点を整理してまとめてあります。勿論この情報はアリア様に進呈します。お好きなようにお使い下さい」
「いいのですか!? 貴方の信用は……」
「そんなもの無用です。滅び行く貴族の歓心より新生するアリア様の信用を得るほうが俺のためになります。でしょう?」
「ありがたい話です。よく決心してくれました」
「ま……俺にも眼がありますから」
先程の意趣返しでそう皮肉を叩くレイス。
実はカラクリがある。今朝まではレイスにも逡巡があり態度を決めかねていた。アリアが貴族否定派であることも耳にしている。今更アリアの陣営に転がり込む不安もあり静観する方針だった。それが一転アリア陣営につくことを決めたのは、ガレット伯の説得があったからだ。レイスもまた伯爵家である。共に貴族会で面識があり、マドリード西部の重要貴族同士ということで両家の連携はアリアたちが思っているより密であった。計算高いガレットが完全にアリアに惚れ込んだ事でレイスもアリアにつくことを決めた。
レイスの話には、まだ先がある。
というよりレイスにとってはこれからの話が本題だ。
「ガエル共和国の軍が動いています。結構な兵力を動員していますよ」
「国外逃亡の助けをするため、ですか?」
「だけとも思えませんな。どうも奇妙な動きでしてね。最初は毎度の国境荒しかと思いましたがどうも違う。アリア様の外交でないとすれば敵対行動でしょうが」
「奇妙とは?」
「マドリードを荒らしにくるようには見えまん。俺の情報にひっかかるかぎりはね」
そういいながらレイスは近くの机に移動すると、手で埃を払ってからポケットに突っ込んでいたこの国境線とガエル共和国国境が記された地図を開いた。
クリト・エ大陸は半戦国時代だ。どの国も仲はよくない。時に収穫の季節を狙い、その収穫を略奪する国土荒らしは時々行われる。レイスやペニトリー将軍が国境を離れられなかった理由の一つはそこにある。
アリアもその話は知っている。
だがレイスの話はそんな簡単なものではないらしい。
レイスは懐から赤ペンを取り出し、ガエル共和国軍の配置を記入した。
戦艦6隻。歩兵部隊が凡そ6000人。
集中はせず、大きく広範囲に散開している。
「まずこの数だ。多い。地方軍が勝手に動かすには大きすぎる兵力だ」
略奪行為は地方軍が勝手にしたことで本国政府の意志ではない、というのが常識化している。どの国も事件が外交問題に拡大することは望んでいない。ザムスジル帝国を除いて。
「隣国で革命が起きた。その対策と牽制……というわけではないですか?」
「アリア様の軍は総力2万、機動アーマー部隊80、機動戦艦4隻。飛行戦艦は12以上。並の軍事力ではない。6000人程度の兵力なんか牽制にもなりませんぜ。しかもアリア様の幕下には新進気鋭で機動軍の戦術に長けた将軍が何人もいる。こんな化物みたいな軍隊に喧嘩売って勝てると思うほうが間違いだ。俺の半分ほど敵に頭脳があれば敵対する無意味さは分かるだろうさ。下手に中途半端に手を出して負ければその後マドリードの下風に立たざるを得ませんからな」
……ああ、この人は理解している……。
レイスはアリアの真の外交を理解している事に小さな感動を覚えた。最精鋭軍を持つことによる威嚇外交について、アリア軍でも理解しているのは三人の将軍の他はグドヴァンス、そしてヴァームしかいないのだ。
レイスはそれを誇るでなく、淡々と話を続けた。
このマドリードとガエル共和国の間にはスマートル山脈があり、ガエル共和国側にウェルペス川がある。一方マドリード側は平坦な土地が広がっている。
大軍が入り込める回廊というべき平地は、凡そ三箇所。
そして、ガエル共和国軍が軍を展開しているのは、そのうち二つだけで、一番北の平地には軍を展開していない。いや、まるでその一つのルートに敵が侵入したが如く防衛線を引いているのだ。そこにはアリア軍が国境を越えないように警戒する意味もある。
アリアは書き込まれたガエル軍の陣地を見て、すぐにその意図を悟った。なんといってもアリアの真の天分は政治と戦略だ。レイス以上にガエル軍の意図を知ることができた。
……この空白ルートこそザムスジル帝国の進攻ルートでクレイド伯の脱出ルートだ……!
であれば、クレイド伯が現在警戒網に引っ掛らないのも当然だ。そこはこの国境基地グレントラより50キロ北だ。都市キシリアからのルートからも外れる。
アリアは沈黙した。だがいくつかの情報が脳内で駆け巡る。
ザムスジル帝国のことをいうべきか……アリア軍内でも真の敵がザムスジル帝国軍であると聞いている人間は少ない。ミタス、ナディア、ザールの三将軍しか知らないことだ。
アリアは数瞬だか完全に沈黙した。だが次の瞬間、覚悟を決めた。
「クレイド伯……賊軍はザムスジル帝国と内通しています。ガエル共和国軍の展開は、我がマドリード軍ではなく進攻してくるザムスジル帝国軍に対する警戒でしょう」
「何ですと!?」
さすがのレイスも驚愕した。
確かにここはもっともザムスジル帝国に近いマドリードの国境だ。だが間に広大なガエル共和国領があり、一足飛びでやってこられる場所ではない。戦艦で移動しても3日はかかるだろう。このクリト・エの中で、大帝国ザムスジルと最も遠い国がマドリードなのだ。
これまでザムスジル帝国から圧迫を受けていたガエル共和国が簡単に領土の侵入を許すだろうか?
そこはアリアも確証がない。
「まだ推測の域です。あくまで可能性と思ってください」
「このご時勢だ。何があっても驚きゃしませんが……まさかザムスジルが。なるほど、世の中引っ繰り返りそうですな」
思ったよりレイスは驚かなかった。性格もあるし元々肝が据わった男でもある。それに国境軍人として隣国の情勢には詳しい。ガエル共和国はザムスジル帝国と交戦して長いと聞いている。だからといって両国の共闘がないとはいえない。それが政治の魔性だ。
「この情報、大切に使わせていただきます」
アリアはレイス手書きの地図を受け取った。この地図には簡単にだがマドリード貴族の注文も書き込まれている。この点レイスは抜け目がない。
「で、アリア様。この基地と俺はどうなります?」
「ガエル共和国軍が動く以上こちらも警戒だけは必要です。特に一時的にですがこのエリアにマドリードの総ての軍が集まります。ガエル共和国が過剰反応する可能性は大いにあります。ですが……」
アリアは一度空を見て、再びレイスを見た。
「貴方は、私に何を望みますか?」
「ふむ」
「これから私たちはクレイド伯と戦います。もしかしたらその背後に潜む何者か、とも。貴方は私に何を望みますか?」
「ではこのまま国境警備をお任せ下さい。出て行かせもしないし入れさせもしません。アリア様の戦争の邪魔はしません。ただしガエルの馬鹿が攻めてきたら俺は俺で戦端を開かせて頂きます」
「分かりました。で、その後はどうします?」
……なるほど……と、レイスは頷いた。いいタイミングで話を振る、と感心した。
「全ての混乱が収束したら、私は政府と軍を一新します。貴族もアダも関係のない国です。能力だけを評価します。そして、私には優秀な人が必要です。私は、レイス殿が好きになりました。できれば中央で力を貸してほしいです」
「陛下の望まれるまま、どこにでも行きましょう」
フッ……と笑い、レイスは敬礼した。アリアは頷いた。
「ではレイス=フォン=クロトクル。貴方にマドリード軍中佐の階級を授けます」
「中佐……中佐か。それはどういう位置になるので?」
アリアが大陸連邦式階級を説明する。ついでに現在のアリア軍の主要軍人を紹介した。それを聞き、レイスは腕を組み考える。彼なりに自分の価値を計算しているようだ。
「まぁ、中佐あたりが妥当ですかね。上に伸し上がる楽しみもありますし、かといってあまり偉すぎるのも肩が凝ります。シュナイゼンより下というのは面白くないが、出世の楽しみを取っておきましょうか」
そういうとレイス……レイス中佐は面白そうに頷き、再び敬礼した。
独立心の強い男だ。そして現場仕事の好きな男だ。賄賂贈呈の件もある。いきなり彼を将官にすれば金で階級を買った風にもみえなくもない。だからアリアも大佐あたりを考えていたが、あえて中佐にした。戦後の論功行賞用にあえて下げたのだ。アリアのそういう意図をレイス中佐はすぐに悟った。この点、軍人として以上に政治家としての才覚もこの男にはある。
尚……余談になるが、彼……レイス=フォン=クロトクルは戦後すぐ大佐となり一年足らずで准将に昇進する。最終的にマドリード帝国で少将まで進み、豪腕将軍として名を馳せることになる。そして、最期はアリアに殉じた。彼は終生アリアと一騎打ちした思い出を面白おかしく語りそれを誇りにしていた。そういう人間的な面白味がこの貴族軍人にはあった。
アリアがレイス中佐とガエル共和国との対応策を話し合っていたとき、ついに念願の報が<アインストック>に届いた。
クレイド伯の居場所が、ついに判明したのだ。
辿り着いたのは、ガレット伯の探索が功を結んだ結果だ。
ガレット伯はティクス男爵の所在を摑み、その逃走ルート上を先行して調べた結果、ついにクレイド伯の戦艦<デオグラード>を発見したのだ。国境まで20キロという地点だ。
ガレット伯は頼まれたわけではなかったが時間を稼ぐ意味でクレイド伯と接触した。そこはガレットも政治家だから、クレイド伯を糾弾したりはしない。
「王女殿下を当方に渡してくれれば、無事国外逃亡できるようアリア軍に工作してあげますがいかがです?」という内容を無線で投げかけた。
勿論突然無線で語りかけられたクレイド伯側は仰天した。即答はしなかったが、無視することは返って不利になると思ったか戦艦<デオグラード>の足は止まった。
そこで予想外の条件がガレット伯に提案された。
一つ目。まずガレット伯の真意を確認するためティクス男爵の逃亡を成功させる事。
二つ目。ガレット伯本人が直々<デオグラード>にくるのであれば、王女を引き渡す。その代わりガレット伯には国境突破まで同乗してもらう。人質交換である。
それを聞いたガレット伯は「ではその条件で」と即答した。これはアリアの指示ではなくガレットの独断だ。
「あっちは狸。こっちは狐。化かしあいね。どっちが上手に騙すかしら?」
ガレットはそう超然としていた。
風雲急を告げ、ついにマドリード革命最後の舞台の幕が切って放たれた。
『マドリード戦記』 革命賊軍編 22 国境線6でした。
ついにクレイド伯捕捉です。
そして最大の敵、ザムスジル帝国の出現です。
ザムスジル帝国は大陸最大の軍事大国です。国力も軍事力も到底マドリードは敵いません。
まあ、この軍事帝国がなければアリア様の覇道はないわけですが……そのあたりはそのうち。
とりあえずは国内平定のため……アリア様の国内戦最後の戦いは次から始まります。
戦争編であり、政治編です。
ついにアリア様の王女編もクライマックスに突入です。
これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




