『マドリード戦記』 革命賊軍編 21 国境線5
『マドリード戦記』 革命賊軍編 21 国境線5
一室に案内されたアリア。
そこには莫大な財宝があった。
得意気に説明するレイスに、アリアは驚くと同時にレイスの才に驚嘆するのであった。
国境線 3
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4月9日 午前11時15。
アリアはレイス将軍の案内を受けながら、グレントラ基地地下の秘密室を目指していた。
レイスはお喋りが好きなようで、歩きながらもずっと喋り沈黙することはない。
最初にレイスが語ったのは、突然試合を申し込んだ経緯についてだった。
「元々このグレントラ基地に配属された軍人は貴族が多くてね。アリア様の革命に内心否定的なの者も少なからずいるのですよ。ま、とはいえ貴族評議軍に参加するほどの度胸も意志もない程度ですけどね」
これは事実である。レイス自身伯爵だし、配下の部下には子爵、男爵といった中級貴族の出身者が数人いる。大物で一人、グレラ公爵家の子息が中隊長としている。騎士、騎士候のいたってはもっと多いだろう。貴族の子息の多くが意図して集められているのだ。
今になればその意味は分かる。レミングハルト候もクレイド伯も、国外脱出を計画していた。国境の基地には自分の息のかかった貴族がいるほうが都合はいいからだ。
しかし彼らの長にレイス=フォン=クロトクルという、ちょっと食えないがやけに人望厚い男がいたことが、貴族評議会にとって計算外であった。
「評議会は関係ねぇ! お前らは俺の部下だ! 俺のいう事だけ聞いてりゃいい! 政治の事に首つっこむなんて言後両断だぜ」
そういって貴族評議軍とは一線を引き国防軍として引き締め手綱を緩めなかった。
貴族評議会……レミングハルト候らもレイスを怒らせては後々厄介だと思ったのだろう。ペニトリー大将軍のように中立を宣言するほどレミングハルト候に否定的でもなかった。レイスは10年グレイトラ基地で地盤を築いて勢力を持っている。それを無理に強制して何かを命じることはあらぬ危険を呼ぶ結果になるかもしれない、と貴族評議会はレイスに対して慎重だった。
「そういうことで、そこそこ人望はありましてね。でもこれまで貴族評議会には突っぱねてきたわけでしょ? アリア様が革命を成されたからといってあっさり軍門に下れば不満が爆発します。だから小芝居がちょっと必要だったってワケですよ」
「それが試合で負ける事、だったわけですか」
「分かりやすい図式でしょ? 強い相手に従うのは男の本能みたいなものですからね。噂じゃあ、アリア様の直属の部下には一騎当千のランファンの英雄とかえらく強い女将軍とかいるって聞いていましたからな。そのあたりなら俺より強いかもって思いましてね。それがアリア様一人で乗り込んでこられたからこっちとしてはアリア様に勝って頂くしかなかったわけです」
もっとも……予想以上にアリアは手強く、手を抜くような隙は全くなかった。それどころか遣り合っているうちに楽しくなり本気で戦ってしまったが。
「貴方が手を抜こうとしていたことは分かりました」
最初の一撃と二撃目……レイスが渾身かけて放ったものだった。だがどちらも実は寸止めされた。寸止め前にアリアが払って凌いだだけだ。寸止めするつもりだから剣は軽い。アリアは払ったとき、レイスが本気でアリアを倒そうとはしていないことに気が付いていた。もっとも、本人が言っているようにその後は本気になってしまったが。
「武人としての矜持です。アリア様は相当な武人です。よほど鍛錬されたのでしょう。そんな武人相手に手を抜くほうが失礼にあたるかと思いましてね」
「私自身守られるような体たらくでは革命なんて起こせません」
「いい心がけだ。でも強くなりすぎです。俺に勝つのだから、この基地の誰もアリア様に敵わないでしょう。一応、俺はこの基地で一番強いんですから」
「剣術限定で、真剣だったらきっと私の負けです。紙剣だから裁けたけど、真剣なら無理だったと思います。それに長時間になれば私は体力がもたない」
真剣は重い。レイスの獲物は大剣だ。重さは3キロを超えるだろう。アリアの剣術の腕ではそんな重い大剣の一撃を何度も受け止められない。
そのアリアの言葉に、レイスは感激を覚え苦笑した。同時に素直に勝ちを譲ってくれるアリアの度量に感心もした。アリアはシャーマンでもある。実戦であれば剣術だけというわけではない。魔法を使われ結局レイスは勝てないだろう。
「でも私だけで正解です。ミタスさんやナディアがいたら、貴方は今頃医務室のベッド直行ですよ」
「そんなに強いんですか? ランファンの英雄とその女将軍は」
「私がどんなに本気を出しても10合持ちません。魔法を使う隙もありません。ミタスさんとナディアだと、どっちが強いのか、これは分かりません。私が知る限り互角です」
ちょっとだけ本編と離れ、ミタスとナディアの強さについて語りたい。
この両者、アリア軍の白兵戦1、2位であることは揺るぎない。クリト・エ大陸でも五指に入るだろう。二人共武芸者だ。仲がいいといっても強さに対し強い興味はある。この二人、リィズナ滞在時、一度公開模擬戦を行ったことがある。
お互い短剣の紙剣で行われた。三本勝負で、多くの兵士たちがこの勝負を観戦した。
最初の勝負はナディアがとった。
二本目……ミタスは紙剣ではなく、稽古用の槍をもって挑んだ。元々ミタスの愛用武器は戦斧槍で短剣ではない。二本目はミタスがとった。
三本目……今度はナディアが二刀流で挑んだ。ナディアの真価は二刀流だ。
これで両者本領発揮となったが、今度は決着がつかず引き分けが5回続いた。6回目、ついにナディアが一本取られたが、もうその頃にはナディアの体力はカラカラで誰がみても疲れて限界だった。ミタスは勝ったというより勝利を拾ったに過ぎない。ミタス自身ナディアに勝ったとは言わず「引き分けだ。どっちも勝ててない」と公言した。
後世の歴史好きにとって、ミタスとナディア、どちらが強いかは議論が絶えない。しかしこの二人がクリト・エ屈指の武芸者であることは揺るぎない事実だが、世界をみると二人は世界一ではない。というのも、この時代の世界一の武芸者はフィル=アルバート、二番目がアーガス=パプテシロスとはっきりしており、三番目はパゾの怪物アスラ=クレナートとここもはっきりしているから、ミタスやナディアは4位から10位あたりまでの議論の対象者である。なぜはっきりしているのかというと、アーガスが20代の頃世界中放浪し、世界中の4位以下10位以上の英雄剣豪武芸者(この中にミタスも含まれている)と戦い勝利しているからだ。そのアーガスが基本的にはフィルに敵わなかったのだから最強の議論は結論がついてしまっている。フィルとアーガスが英雄としてもいかに規格外であるか、この事だけでも分かるだろう。余談……。
「手合わせしてみたかった」
「二人共容赦ないです。コテンパンにされて大怪我を負っているところです。そうならなかったことを幸運に思ってください」
「俺も運は悪くないということだな」
武芸者として興味はあるが部下たちの手前みっともないほど惨敗はしたくない。このあたりレイスは純粋な武芸者ではなく軍人としての素養のほうが強いということだろう。
そんな話をしているうちに、二人は基地地下にある倉庫に辿り着いた。
人気はない。
レイスは奥に進み、厳重に封印されている部屋までアリアを案内した。
「まずは見てください。説明はそれからで」
そういうと、レイスは扉を開けた。
中を見たアリアは、思わず息を呑んだ。
札束が無造作に積み上げられている。他にも宝石や金塊、高い価値がありそうな絵画や美術品、美術刀剣などがそこいらじゅうに転がっている。そして、それらには名札がついている。
まるで王城の宝物庫だ。いや、銀行の金庫か……。
「これは……!?」
「貴族たちの賄賂です。価値にしてざっと5億マルズはあるでしょう。一家からではありません。たくさんの貴族たちから集めたものですがね」
一家一家はそこまでの額ではない。だがそれも集まれば莫大な額になる。
アリアはすぐに貴族たちの意図に気付いた。
これは、国外逃亡を目論む貴族たちがレイスを懐柔するため送ってきた賄賂だ。レイスは拒まず、かといって自分の財布にもいれず倉庫に積み上げていた。それをアリアに披露しているのだ。
アリアは中に入り、財宝に付いている目録を手に取った。貴族評議会の大物貴族から、子爵男爵といった中級貴族、さらに騎士候たち、大商人のものまで揃っている。アリアが戦慄を覚えたのは、マドリードの凡そ7割の貴族にも及んでいたからだ。該当しない清廉な貴族の1割はアリア軍に参加、2割は誇りをもって国防軍に所属している家だ。驚いた事に、賄賂を贈った貴族のうち現在も国防軍に所属している家もあることだ。
この点ペニトリー大将軍は清潔な人間で、これら賄賂の類は一切受け取らず軍人として揺るがない立場を堅持していた。北の国境が駄目ならば、貴族たちとしては西の国境しかない。南のバルト王国はレミングハルト候だけのルートで東はアルファトロスで逃げようがない。
「落ちぶれたものですね、貴族も」
「同感だ。ま、貴族特有の同調意識っていうこともあるでしょう。本家が払って分家が払わないなんてことがあれば気まずいでしょうからな」
面白そうに笑うレイス。凡そ10年……積もり積もった賄賂が5億マルズである。言うまでもなく元をただせば貯めに貯めたマドリード政府の金だ。ここまで集まれば愚かさを笑うしかない。
その話を聞き、アリアは改めてレイスを見た。
当然の疑問がある。どうしてレイスがこれを懐に入れなかったかという事だ。
この一年に限れば分かる。アリアが反政府行動をとっている。だがアリアが決起するまでの7年を超え10年も前からレイスは賄賂を使わず蓄え続けた。それは驚嘆すべき意志だ。レイス=フォン=クロトロルはけして清貧良しとする徳人ではなく、色町で遊んだり騒いだりすることが好きな将軍、という評判があるのだ。この金を使えばほぼ無限に遊ぶことが出来たはずだ。
「少しは使いましたよ。酒や肉は部下たちと酒盛りしたんで。そりゃあもっと使いたいとは思いましたが、使ったら使ったで後先厄介になる金だ。でしょう?」
この金に手をつければ当然賄賂を送った側と同じ人種となる。そしてこのグレントラ基地は堕落と腐敗の地に成り下がり軍隊士気や規律も崩壊する。レイスが危惧したのはまずその点。次に使ってしまえば後に貴族評議会がレイスに不満を覚えれば、横領の罪でその首を飛ばすことが出来るし抹殺する大義名分にもなる。いや、むしろそういう罠のつもりで貴族評議会は送った可能性もある。一伯爵の将軍に送るには額が大きすぎる。
レイスはその性格の割に慎重な男だった。この賄賂の危険性に勘付いた。だから使わなかった。
アリアはそれだけでレイスの意図を悟り、改めてこの不敵で飄々とした基地将軍の聡明さに驚いた。いくら理屈で分かっていても実行できるかどうかは別だ。ただ拒絶するだけよりよほど高度な政治力が必要なのだ。そしてその政治力を、この将軍は誇りにはしない。彼が誇るのはあくまで軍人としての才だけだ。
……こんな軍人がまだマドリードにいたのか……!
アリアはそのことに新鮮な驚きがあった。
いや、この驚きはレイスだけでなくガレットに対してもだ。この二人の才をもし革命戦の最初から見出せていたら、革命戦はもっと容易であったに違いない。そしてこの二人が貴族評議会側に属せず残っていた事を心底安堵した。二人共独立独歩の精神が強いから評議会は陣営に引きこめなかった……という事が真実だし、二人共元々爵位が高く性格的にレミングハルト候やクレイド伯の下につくことを良しとしないからそういう事にならなかったが、もし敵になっていれば恐るべき存在となりアリアの革命を阻んだであろう。この二人が敵にならなかった事をこの瞬間ほど安堵したことはない。
『マドリード戦記』 革命賊軍編 21 国境線5でした。
これがレイスの持つ秘密です。
これ自体はそれほど大きな出来事ではないけど、アリア様が驚いたとおり、これを管理したレイスの政治的手腕のほうが驚きだったという事です。
とはいえ5億マルズは大きいです。
何せこの当時のマドリードの国家予算より多いんです。
日本の感覚でいえば、国家予算3000億円の国が突然5000億円が国内で発見された、くらいの規模です。それを貯めつづけたレイスも凄いし、それを横流ししていた貴族たちがいかに国の財政を掴みどっていたかという証拠でもあります。
先の話をいえば、この賄賂によって多くの貴族の横領と賄賂が発覚してほとんどの貴族が処罰を受けることになります。そしてそれによりアリア様は国内改革の正義を貫けることになるので、実はレイスの今回の案内は政治的にはかなり重要な出来事です。
さて、これでほぼレイス編は終わります。
次はついに最終ボスであるクレイド伯です。
アリア様たちも、ついに追いつきます。
ですがまだ波乱が残っています。そして巨大な敵の存在も……。
これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




