『マドリード戦記』 王女革命編 6 第二次リィズナ会戦 ①
『マドリード戦記』 王女革命編 6 第二次リィズナ会戦 ①
ついに貴族評議会軍は持てる主力兵力6万で、リィズナ要塞攻略作戦を決行、進撃が始まった。
貴族評議会軍は三方向から包囲殲滅せんとリィズナに接近する。
その報に、動揺を隠し切れないアリア軍。増えたとはいえ現有兵力は5400人、10倍である。
だが、アリアはこの状況下で勝機を見出した……
7/第二次リィズナ会戦 1
パラ歴2335年 12月13日
ついに貴族評議会は、アリア軍を『反政府の賊』と認定、本格的な戦争に踏み切る決意をし、すぐに軍の出動を命じた。総司令官はクレイド=フォン=マクティナス伯爵に決定、進軍を開始した。
後に『第二次リィズナ会戦』と呼ばれる、アリア軍対クレイド率いる貴族軍及び国防軍連合の戦闘である。アリア軍約5400名、一方クレイドが率いる貴族評議軍と国防軍は、凡そ6万人。兵力差は約11倍の兵力である。
戦争前の10日ばかりの間に起きた事件を簡単に整理したい。
アリア軍が完全にリィズナと、その周辺を掌握したのは12月3日のことである。アリアたちもリィズナでの勝利に慢心せず、次の戦いに向けての準備を行っていた。当然、このリィズナ占領が作戦の最終目的ではないし、早々貴族評議軍による凄まじい反撃を受けることは火を見るよりも明らかで、そのためにもアリア軍はリィズナの要塞化を急ピッチで進めていた。
要塞責任者にはサザランドが選ばれ、彼の監督の下要塞化は進められた。もともと領内の土木事業の巧さに定評があったサザランドである。
完全な要塞化は最短でも翌年初めと見られている。だが、コンクリートやレンガで補強するのではなく、合金や装甲板を簡易化見立て式で組んでいくので完成はもっと早いかもしれない。歩兵、工兵関係なく参加をするから、動員できる人数も多く、彼らの士気も高く、工事はサザランドの予想より早く進んでいた。
「しかし、アリア様はこんなやり方、どこで仕入れた知識やら」
戦艦などに使われる装甲板パネルをまるで模型のように組んで防御壁を作っていく方法などサザランドは今回は初めて知った。だがサザランドの驚愕はそのことではない。これまでを考えれば、これらはアルファトロスの最新技術……おそらく大陸連邦のもの……ということはサザランドにも推測できる。問題はその予算がどこからでているかだ。
アリア軍はこういう革命軍では珍しく、微々ではあるが一兵士いたるまで給料が出ていた。この時代のクリト・エ大陸では考えられないことだ。クロイス政庁の公金と、リィズナに蓄えられていた余剰な公金は接収したし、クロイスの民間商人から献金もあったが微々たるもので大きな収入があるわけでもない。戦争は常に財政を消費するだけのものだから、常にアリアの財布の中は消費していく。アリアが「この戦争は一年」と判断したのは、戦略面での限界であり、財政面での限界でもあった。
基地の補修や改装は、アルファトロスから来た技師の指示で兵士たちが工作兵となり作業しているので人件費は安い。だが改装だけではない。強化要塞の素材、一万人が食う1カ月分の食料に簡易病院、追加武装と追加アーマー……それらが僅か5日で送られ揃えられた。サザランドが簡単に計算しても最低5000万マルズはかかっているはずだ。
サザランドやフォーレス家も軍費の提供をした。町民からの献金もあったし、クロイスとリィズナに蓄えられていた貴族評議軍の資金、さらに他地方からの支援者たちの献金もあった。だがそれらを全てあわせても3000万マルズを少し超える程度である。しかし今アリア陣営はその何倍も予算を持っているようでお金に困っている様子はないが、アリア個人が、これだけの軍隊を支えるだけの莫大な財産をもっているとは思えない。リィズナ陥落後、国防軍から脱出しアリア軍に加わった人間が1200名ほど加わり、軍としては拡大しているのだが、手当や兵糧などは十分行き届いている。
「得体の知れないことだ」
サザランドは苦笑するだけだ。
アリア軍の財政と財源に関してはアリアとザールしか知らない極秘事項で、他は誰も詳しくは知っていない。いや、それどころか一般兵たちはこの時期の数日間、アリアがどこにいたのか知らされていなかった。むろん幹部たちは知っている。そこは全員で見事にアリアの不在を偽装し、留守を極力知らせないようにしていた。どこに貴族評議会の間諜が入り込んでいるかわからない。
実は12月1日から3日にかけて、アリアとザールはアルファトロスに出張し、まず6日に先発でザールだけが5機のガノンを持って戻ってきた。一方、アリアはその後も残って商談を続けていた。行き来は軍艦だからまず安全だろう。
実は、アリア軍の運用資金は残っていたが、それとは別にアリア個人の資産はすでに尽きていた。アリア個人の資産……というより、アリアの政治資金といったほうが正しい。
今、彼女の財政を支えているのはプレセア=ヴァーム個人であり、アルファトロス政府が全面的に投資していた。アリアには担保があった。マドリード国内全ての政敵貴族の資産である。
「革命後、私はマドリードの政府組織を一新します。貴族はあくまで肩書きとし、全ては中央集権で、地方も貴族の所領として任せるのではなく中央政府で統括しようと思っています」
アリアはヴァームにだけ、戦後のマドリード政策について語っている。アリアは、貴族というものを肩書きだけのものにし、実権を奪う。事実上の貴族廃止を考えていた。当然貴族は反発する。そこは武力で撃つ。そしてその際貴族の財産を没収する、というのがアリアの戦後財政回復案の一つだ。クリト・エはマドリードに限らず貴族が領主として領民から集めた公金を私物化しているケースが多く、その額もざっと推定できている。2億マルスはある。これがアリアの担保だ。
今回の革命で、アルファトロスとクロイスの直接貿易による利益、他諸国への軍事品の販売でアルファトロスの景気はいい。諸国もアリア革命軍の強さに注目していて、その裏にアルファトロスの最新兵器があると分かってきて、そのため大きな商談の相談が来ている。ヴァームはアリアの手前、貴族評議会にはアーマーは売っていないが、秘密裏に周辺諸国に少数販売していた。そのことだけでもアルファトロスは諸国に対し、政治的にも経済的にも強い立場を得ることができていた。この公益を考えればアリア個人への投資など安いものであった。もちろん、そのための秘密同盟だし、アリア軍は広告塔として、是非戦争に買ってもらわなければならない。そのためのアーマー譲渡なのである。
「アリア様が勝ってくれれば、こちらとしては最高の宣伝になるわ♪ こんなにおいしい商売はないわね」
「そうですか」と、アリアは苦笑せざるを得ない。もちろん、今のアルファトロスの流れを生み出すことがアリアの立てた大戦略であり、トリックでもあるのだが……おおっぴらに口にされると、多少自身のあくどさを実感しなくもなく、あまり愉快ではない。
各種の手続きと今後の要請など終え、アリアがアルファトロスを去るため空港に向かった直後、ヴァームのところに貴族評議軍の情報が入り、ヴァームは至急アリアを<タワー>に呼び戻した。
「ごめんなさい。急ぎたいところだろうけど、情報はナマモノですもの。離陸しちゃう前でよかったわ」
「貴族軍の情報と聞きました。具体的にはどのような情報ですか?」
「今回の情報は高いわよ? 商売上アルファトロスは各国に情報源を持っていてね。結構機密も手に入るの。クレイド=フォン=マクティナス伯は、ついに一部の国防軍を口説き落としたようだわ。リィズナの件が堪えたようね。これがクレイド伯の討伐軍の陣容と侵攻予定図よ」
そういうとヴァームは数枚のレポートを手渡した。そこには、クレイドが組織した討伐軍とその陣容、そして戦略案が書かれていた。それを一読したアリアの顔色が変わった。
右翼軍・貴族評議軍 1万5000人。
中央軍・貴族軍と国防軍の混成部隊 1万5000人
左翼軍・北部国防軍 1万5000人
後方本軍・貴族評議軍 1万5000人
合計6万前後。
三方向から大きく包み込むようにリィズナを目指し進軍が開始され、12月13日が進軍開始日。全軍到達予定日18日、20日に本軍も参加し、総攻撃の予定……となっている。
さすがのアリアも、この兵力差を見て絶句した。アリアの予想では、精々2万と見て今後の作戦を立てていた。そしてそのことはヴァームも知っている。
アリアはしばらく無言でレポートを見つめていた。心中、何を考えたか……。
「情報、ありがとうございます、ヴァームさん。では、私も急ぎ戻り戦闘の準備を始めます。情報はありがたく利用させて頂きます」
アリアは表情変えることなくレポートを受け取り、そしてそのままヴァームの前を去った。
ヴァームもこの時、アリアの前途を心配し、「負けたときはアルファトロスに亡命なさい」と、アルファトロスの国是に触れてしまいかねない一言が喉まで出かかっていた。だが実際アリアに投げかけた言葉は「頑張ってね♪」とサラリとしたものだった。なんとなくアリアの様子を見ていると、勝てなくても負けるとは思えなかったからだ。
アリアも、アルファトロス出発時点では勝算を見出せなかったと思われる。彼女はリィズナに戻るまでの6時間……一人、部屋に籠もって思案した。
その結果、リィズナに戻ったときには彼女の中で壮大かつ大胆な歴史的戦略案が完成していた。世界初の「アーマー電撃作戦」である。類似した「アーマー奇襲電撃作戦」が大陸連邦の第一次世界大戦でフィル=アルバートが実行する2年前である。むろん両者は共にお互いの存在を知らないが、歴史の寵児と呼ばれるこの同世代の天才英雄たちの発想と結論は時と場所は違えども同じになるようである。
ここで、両軍によって俄かに重要拠点となった場所がある。
マドリードの都市、ペンドルである。
元々ペンドルは、アリアがリィズナを陥落させたことで重要度が上がった。リィズナのほぼ真南にあり、距離も約100キロと遠くない。事実、リィズナ陥落後、ペンドル駐屯部隊は貴族評議軍3000、国防軍は2000の計5000人に増員された。
貴族評議軍は、この5000人の兵の指揮者として、貴族評議会の末端に属していたシュデール=フォン=トレメント男爵で、トレメント男爵は一躍総大隊長の任命を受け、派遣された。貴族評議軍の指揮権と、事実上ペンドルの町の警備指揮権もトレメント男爵が握った形になった。
自然、これまで町の警備主任で軍司令だったシュナイゼン=フォン=カラム大隊長は国防軍のみの指揮官となった。が、総軍としてトレメント男爵が派遣されてきた。彼は当然のように総司令官の地位につき、国防軍を下と見た。別に評議会はシュナイゼンに対し悪意があったわけでなく、シュナイゼンも従順だった。だが国防軍兵士たちには評議会に対し不満と怒りを覚えさせ、評議軍との間に見えない溝が出来つつあった。
そこに、クレイド派となった国防軍、バールル=フォン=メイン将軍(北軍司令官)より、シュナイゼンに「国防軍を率い出陣し、12月20日、リィズナ攻撃部隊に参加せよ」との命令が下った。
この命令は命令系統を無視している。まず、そもそも国防軍に対して、貴族評議会は命令権を持っていないのである。まずその大原則が無視されただけでなく、人事の面でも階級は違うが、地方指揮官ということでいえばシュナイゼンとバールルは同じ立場で、共に上官はペニトリー=フォン=グレース将軍だけのはずだ。だが貴族評議会は、シュナイゼンではなく自分たちに協力的で従順なペニトリーを選んだだけで、深い思慮はなかった。
ジュナイゼンはこの命令に対し「了解しました」と返答し、16日に全軍進軍させる。このシュナイゼンの軍が第二次リィズナ会戦の後半戦において大きな意味を生むことになる。
アリアがリィズナに戻り、作戦会議を行ったのは12月10日である。
その場でアリアはヴァームが入手したクレイド軍の陣容と戦略を説明した。6万という兵力に、全員が絶句した。だがアリアの第一声は「この戦い、勝てます」だった。
「アリア様。じゅ……十倍ですわよ! 無理ですわっ!」
ユニティアは顔色を変え発言した。当然の反応だ。勝てるはずがない。サザランドもレイトンも同意見だ。サザランドはリィズナで篭城する一方、アリアの王位の正当性を主張し、国防軍に助けを求めるしかない、と発言した。籠城であれば、兵力差があっても一撃で粉砕されるようなことはないはずだ。
「いくら俺たちが最新鋭のアーマーを持っているって言ったって、6万は無理だぜ」とサザランド。他の幹部の意見も同じだ。
「当然です。私も6万のクレイド伯の軍と戦って勝てるとは思っていません」
「は? おいおい、じゃあ……」と驚くミタス。そのミタスをアリアは一瞥し胸を張った。
「私たちが戦うのは、2万の各軍です」
「え?」
アリアは、用意していたリィズナ周辺地図を広げた。そこにはクレイド連合軍の進行予定図と、到着予定図が書かれている。クレイド軍は大きく両翼を伸ばした包囲網をしき、予定では20日に全軍がリィズナを包囲する予定だ。
アリアは、その中で左翼……南軍を指差した。
「私の予想では貴族評議軍が動因できる最大兵力は2万……クレイド伯は6万という兵力はその三倍、かなり無理をしています。そのため、クレイド伯が各軍統一指揮をとれるのは全軍が集結するこのリィズナ、20日以降ということになります。つまり、それまでは各15000から20000の個軍です。2万以下であれば、我が軍に勝算があります。元々2万以下であれば勝てる準備をしてきました」
「ちょっとまて、姫さん」
アリアの横で作戦を聞いていたミタスはアリアの意図を悟った。
「つまり……集結前に各個撃破か?」
ミタスの質問をアリアは笑みを浮かべ肯定した。それで全員、アリアが考える壮大な作戦を理解した。戦慄すべき作戦だ。
敵の進軍途中を襲撃していく……それがアリアの戦略だ。あわせると4連戦することになる。成程、2万以下なら勝算があるとすれば全軍合流する前に破砕していけば、理論的には可能だ。
だがそんなことが可能なのか?
確かに先の戦いで4000の兵力で2万の兵力を誇るリィズナを陥落させた。ただし敵半分は戦っていない。アリアの戦略手腕は全員認めているのでアリアが勝てると言うのであれば勝てるだろう。だが移動には時間がかかるし兵士は消耗する。貴族評議会軍は成程三方からの進撃で、大きく包囲してから進む作戦だから各個集結するまでわずかに時差がある。しかし、それはごく僅かな時間差だ。そんな短時間でこれだけの移動と連戦が可能なのか?
「我が全軍、基本的に戦艦で移動します。だから兵の疲労は最低限で我が軍は最速で移動します」
そのためアリアはヴァーム個人が所有する全長60mのエルマ式飛行艇<ロロ・ニア>を1カ月という期間限定でレンタルしてきた。戦艦ではないが、火砲とエルマ式対地機銃を搭載し、準戦艦としている。アーマーも10機搭載できるし、歩兵であれば1000人は乗せる事が出来る。(あくまで戦時対策での数で常駐人数ではない)
「リィズナの守りの指揮はサザランドさんにお願いしようと思います。サザランド少佐……この基地を三日守りきるのに最低何人いれば可能ですが?」
「そうですな……基地の維持と守るだけなら我が家の荒くれ800人……それで十分です。攻められても三日から五日なら守りきれるでしょう。どうせ大規模な侵攻はここに来ないのでしょう?」
「ではサザランド少佐、宜しくお願いします。それ以外の兵士は全員、連れて行きます」
その他ごくわずかな整備兵や予備隊も入れれば1000人ほど……アリアの持ち兵は約4500人だけとなる。
「しかし……アリア様? わたくしはアリア様の天才的な戦略能力と、強いカリスマを伴う指導力を信じておりますが、本当に大丈夫なのですか? いえ! 私は怖いのではないのですわよ? この戦いに負けてアリア様に万が一があれば……そう考えると心配です」
ユニティアが不安げに左右に目を走らせる。だが元々アリア軍のナディアやクシャナたちに不安はまったくない。むろん元々立案に関わったザールは余裕の表情を見せている。
「心配ありがとうございます。ユニティアさんの心配は当然、その心遣いに胸が満たされます。ですが心配は無用、私は死にません。そしてユニティアさん……それに他の皆…… 誰一人、私は失いたくない、失わないよう考えてあります。どうか私を信じて、皆さんの力を貸して下さい! この作戦は皆が私を信じてくれる事が勝利への絶対条件なのです」
「もちろんですわ! アリア様っ!」
ユニティアは力強く声を上げる。その後全員が頷きあった。
気持ちはそれで一丸となる。アリアは笑みを浮かべ、しばらく間を取り皆が静まるのを待って宣言した。
「野戦軍出発は12月12日20時。作戦詳細は出発後に」
そういうとアリアは机の上に広げた地図を叩いた。
こうして両軍の作戦は終わった。後は激突するだけである。
『マドリード戦記』 王女革命編 6 第二次リィズナ会戦 ①
『第二次リィズナ会戦』の序章です。
地球史でも中々ない、10倍兵力差の戦いがこれから始まります!
ということで次回は、完全に戦争編になります。
いかにアリア様がこの戦いを勝って見せるか、それが『第二次リィズナ会戦編』の見所です。
アリア様の天才的用兵戦術……は、無茶苦茶な理論はなく、作者ご都合主義もなく、現実っぽく色々計算して考えてみました。次回、それ手腕を楽しんでもらえたらと思います。
ちなみに、「一章が長い」というご指摘いただいたので、これまでは3つくらいの章をまとめてましたが、一つずつに区切ってみることにしました。読みやすく感じてもらえたら幸いです。
次回も『マドリード戦記』 王女革命編 をよろしくお願いします。