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『マドリード戦記』  作者: JOLちゃん
革命賊軍編
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『マドリード戦記』 革命賊軍編 16 流転、激流8

『マドリード戦記』 革命賊軍編 16 流転、激流8


一向に情報を得られないアリア軍。

だが続々とアリアの軍は集結し、拡大しつつある。

そこでアリアは司令部を二分する決断を下す。


そして、アリアの下についに手掛りが舞い込んでくる。



 そして丁度午後22時を過ぎた頃……マドリード西部では、逃走する貴族、解散した旧クレイド軍らと、追撃するアリア軍との間で混戦が始まった。アリア軍がようやく噛み付いたといったところか。戦場ではアリア軍が圧倒的優勢でほとんど自軍に被害を出すことなく制圧していったが、いかんせん敵は散らばり戦域は広い。


 アリア軍は広範囲に軍を広げている。アリア本隊の主力のほか、先行するアリアの機動部隊、サザランド指揮下の旧ザール軍、<グアン・クイム>の別働部隊、時間は遅れることになるがシュナイゼンの国防軍主力……これらがキシリアからマドリード西部の国境地帯一帯に広がり少々始末に終えない。


「貴族の馬鹿たちの大脱走かぁ」


 やれやれ、と溜息を吐くナディア。


「首都シーマの事を知って慌てて逃げ出す、といったところだろうか」 


 腕を組み考え込むミタス。首都シーマでのこと……というのはレミングハルト候を含めた貴族評議会の上流貴族たちの敗北と死、そしてアリアは反貴族とアダ奴隷解放の宣言の事だろう。アリアの権力が確立した今、貴族たちの多くがその粛清を恐れている。自らを鑑みて罪が思い当たる愚かな連中は、堪らず飛び出して行ったのだろう。そして各々大した戦力ではないが無視はできない私兵団を有している。


 こういう事態をアリアも予見していないわけではなかったが、この最悪の状況下に同時多発で起きることは予想外だ。


 むろん、これはアリアの計算ミスでもなければ不運が重なったわけではない。抜群の契機を見て狡猾に動いた人物がいただけだ。それが誰か、アリアたちは今更言葉に挙げたりせず溜息で苛立ちを見せるだけだった。いうまでもない、全てクレイド伯の仕業だ。クレイド伯が力量を如何なく発揮し、アリアにとって要注意重要人物として記憶するに到ったのは皮肉にも革命成就後のこの政治手腕によってだ。軍人としては一流半といったレベルでアリアにとって脅威ではないが、政治と政略の手腕だけは油断できない才覚者と再認識するしかない。


 22時30分になった時、アリアは一大決心をし、軍首脳全員を招集し、新たな作戦を皆に公開した。


「主力本隊を二分します!」

「本隊を、ですか?」とザールが問い返す。アリアは黙って頷いた。ザールは休息途中だったが呼ばれた。よほど大きな戦略の変換があるという事だろう。


 現状、アリア軍に足りないのは将軍級指揮官だ。今、アリア軍は国防軍を入れれば約37000人の歩兵、アーマーは70機前後、飛行戦艦は15機まで膨れ上がっている。そのうち半分はアリアが自ら率い掌握しているが、この状況では逐次部隊を派遣しながら対処することになる。

 アリアは王なのだ。軍だけではなく政治面にも対処しなければならない。この際、アリアは枝葉となる軍の部分を切り離そうと決断した。


「<ミカ・ルル>を旗艦として歩兵3000人、アーマー24機を連れて国境を目指し進軍してください。途中<グアン・クイム>他周辺領域の飛行戦艦と歩兵部隊、サザランドさんの旧ザール軍を吸収し貴族残党を蹴散らしながらクレイド伯を追跡。私の本隊はクレイド伯の捜索を続けながらキシリアを経由、その後国境を目指します」


 ほぼ現有するアリア軍主力部隊の半数になる。アリア軍としては思い切った新編成だ。


 軍を分散させ兵力集中を崩すのは戦術の愚作だ。だが賊軍の兵力を鑑みて、もはや大兵力を有しているとは思えない。今の主力を二分したとしても十分に対応できる、とアリアは計算した。それよりも今は多くの軍団をマドリード西部に広めることのほうが戦略的に有効だ。


 しかしその人事は、少し……いや、かなり思い切ったものだった。


 この部隊は別働部隊だが、アリアの指揮下を出て独自裁量権まで与えられた。アリアが一人で全て把握し作戦指揮を行うにはもはや限界だ。


「第二主力軍の総司令官はミタスさん。その参謀長かつ副司令官にザールを任命します」


 アリアは自分の最上級幕僚を二分したのだ。これには命じられたミタスもザールも、そしてナディアも驚いた。ザールだけでいいのではないか……と三人の表情が物語っている。


「第二主力部隊は文字通り第二の主力隊です。軍司令官としてミタスさんの手腕が必要です。そしてこの第二主力部隊には政治的判断と独自の戦略行動を許します。そちらはザールが受け持ってください。大きな政治戦略上の問題が起きない限り、運用は二人に一任します」

「本気か、アリア様」

「こうすれば司令部が二つです。ミタスさんとザールの二人は南を進む移動部隊も指揮下にいれつつ行動してもらいます。私とナディアの第一主力は一旦キシリアに寄り、情報収集の後国境に向かいます。そして賊軍を捕捉できなくとも国境線で合流し、防衛線を布きます」

「そしてシュナイゼンとペニトリー大将軍の国防軍が南進し、後方から迫る……というわけですな」


 ザールはアリアの考えている壮大な戦略を理解した。これまでアリアの戦略は、いわば一点集中の狩り……猟師の攻め方だった。それを大きく網を広げて獲物を絡めとる漁師のやり方に変えるのだ。その漁師の船は二つになる。


 そう考えれば、アリアの人選は手堅くバランスがいい。ミタスとナディアは実戦戦闘指揮官。作戦参謀、戦略、政略担当としてアリアとザール、それを実行できる将官がきっちり半分ずつである。第二主力の司令官をザールではなくミタスにしたのはミタスの人気と人望、統率能力を買われてのことだ。最終的には現在移動行軍中の諸部隊は第二主力軍が吸収し兵力が膨らむ事が予想される。

 アリアを別にすればこの中でもっとも兵士たちから人望を得ているのはミタスだ。その能力もこれまでの戦いで実証済みである。一方兵力としては減るアリア直属の主力部隊だが、<アインストック>や<ナイアザン>他オリジナルアーマーの親衛隊は指揮下に残る。これらアーマーでの集団作戦能力ということであればアリアとナディアの二人は恐らくこのクリト・エの誰よりも優れ実戦経験も豊富だ。精鋭を集めたアリア主力部隊は機動部隊で、賊軍主力と当たっても十分対応できるだろう。


「ようは私の部隊か、ミタスさんの部隊か、そのどちらかがクレイド伯を捉えることができればいいんです。片方がクレイド伯を捕まえ交戦して時間を稼いでいるうちに、もう片一方がその背後に回って挟撃する。それで勝ちます」


 これがアリアの立てた賊軍壊滅の戦略だ。機動部隊であるアリア軍だからこそできる挟撃作戦でうまくいく可能性は大きい。いや、機動戦を得意とするアリアだからこそできる戦略だろう。


 ミタスを別働司令官にしたのは、現段階においてミタスのほうが元帥で階級が上だからだが、それだけではない。



 アリアは見てみたいのだ。ミタスの真価を。彼の司令官としての器を。



 政略関係とクレイド伯の情報はアリアが担当し、賊軍残党と脱走貴族の応対はミタス・ザールが引き受ける事も決まった。


 ティアラについてはお互い連絡を取りつつ、情報を共有しあう。しかし状況によっては独断行動を起こす権限はミタスとザールに与えられた。


 アリアは説明すべき命令は全て伝え終えた。


 ミタスとザールは一度目を合わせると、その命令を受領した。


 こうしてアリア軍主力は一度進軍を停止し、素早く人員の移動をすませると、2軍に分かれ夜のマドリードの空に消えた。









 アリアの主力をアリア主力軍、ミタス・ザールの軍を便宜上ミタス軍と呼称し進めていきたいと思う。


 アリア主力軍司令部に、また別の動きが発生した。アリアにはまったく休まる時間がない。


 時間は23時を過ぎていた。

 緊急連絡が入り、アリアとナディアは<アインストック>の司令室でその無線を受け取った。


 相手はガレット=フォン=マクギリス伯爵だった。


『お休みかと思いましたが、事が重要なだけに直接連絡されて頂きました』

「大丈夫です、ガレット伯。伺わせてください」

『単刀直入に言います。クレイド伯と賊は見つかりませんでした。ですが、クレイド伯に繋がる重要な鍵を手に入れました』

「本当ですか!?」

『本当です。ですが、その鍵はすぐにはクレイド伯には辿り着きません。いささか泳がす必要があります』


 アリアとナディアは顔を見合う。どういう事か……。


『これは半分は政治の問題、半分は憲兵の問題です。私は軍人ではないので誰か人を寄越していただけるほうがいいかと思います』


 ガレットは政治家であり経済人で軍人としての才能は未知数だが彼女は軍事に興味を持っていない。彼女も伯爵家で300人ほどの私兵を雇ってはいるが、マドリード随一の商会の貿易を守るための警護兵で軍事の専門家ではない。


「分かりました。ミネルバという騎士候の士官に一部隊持たせてそちらに送ります。それでよろしいですか?」


 ミネルバ少佐はシュナイゼン少将の副官だがシュナイゼンには同行せず現在アリア本隊の機動部隊の指揮官として<アインストック>に同乗している。副官としての能力以上があると知りアリアが急遽シュナイゼンから引き抜いたのだ。いい忘れたが彼女もシュナイゼンが少将に命ぜられた時同時に昇進し現在は少佐である。現在のアリア軍で佐官は一部隊の長としての権利を有する上級士官になる。


 アリアの任命を聞き、ナディアは黙ってその場を去った。ミネルバを呼びに行ったのだ。機動部隊は半舷休息中でミネルバは今寝ているだろう。


「具体的に、その鍵とやらは何なのですか?」

『飼い犬に手を嚙まれました。……厳密には私は飼い主ではないですが、愚かな犬です。叱られると思って一心不乱に脱走をしはじめましたの。新しい飼い主の下にきっと真っ直ぐ進みますわ。それをわれらは追っていくだけです』

「それは誰ですか」

『あら、私その愚犬をお報せしていませんでしたか。申し訳ありません、私も少し動揺しているようですわ』


 と、全く動揺のない澄み切った声で答えるガレット。事が事だけに、さすがのアリアもほんの一瞬、血が頭に昇った。が、すぐに落ち着いた。こういう話術や交渉は政治家としての技でガレットにはそういう技術がたっぷり染みこんでいる。即断即決を是とする軍人ではないのだ。いついかなる状況でも話術を自分のペースで進めることこそ政治家としての才能だから、ここで彼女を責めるのは酷だ……とアリアはすぐに理解を示した。


「その鍵は、誰ですか?」

『ティクス=フォン=マクレイヤ男爵です』

「キシリア総督の!? しかしどういうわけです? ティクス男爵は貴方の指揮下にあると聞いていますが」

『内心では小娘だと嘲笑っていたのでしょう? 逃げれば多額の借金も踏み倒せますしね。無一文で夜逃げする勇気なんかないと思っていたのですが、私の見込み違いだったようです。申し訳ありません』


 不快そうに言葉を吐くガレット。どうやらこのティクス男爵への嫌悪感は本物のようだ。


 アリアは頷いた。


「ではティクス男爵の件、お任せしても大丈夫ですねガレット伯」

『陛下は吉報が届くよう祈っておいてください』

「我が<アインストック>は朝にはキシリアに着きます。いい報告が聞ける事を祈っています」

『お任せ下さい、陛下。王女殿下の捜索のほうも続けております。ですが一時間二時間で判明する様子はないので、陛下は三時間ほどゆっくりお休み下さい。不眠は美容に大敵です。もちろん、決断力の低下にも繋がります。ご心労は察するに余りありますが、これからはミスは大敵。休まれることを具申いたします』

「ありがとうございます。考えておきます」


 同じ事を10分前ナディアに言われたところだ。アリアは頭脳の半分を切り外し独自にミタス軍を作った理由のひとつは司令部の疲労を考えてのことでもある。司令官足りえる人材が4人いたとしても一塊であれば有事ごとに全員叩き起こされることになる。それが分散すれば、最悪4人のうち2人は休息がとれた状況でそれぞれ対処できる……という計算だ。時間にしていえば各人それぞれ一定時間は休息しているが、それは体力面だけの話で心労は革命戦勃発からずっと続き、その間試練は積み重なっている。それぞれ驚異的な精神力で乗り越えているが、それがいつ崩壊し大きなミスを犯すことになるか分からない。


 もっとも……アリアの精神的疲労が完全になくなる事は当分先の話の話だろうが。


 無線交信を終えたアリアは、司令部の椅子に深く座った。


 賊軍の解散、そしてそれによって起きた貴族の逃亡。これが全てクレイド伯が周到に計画した作戦だということは分かる。いち早く首都を脱出し決起したクレイド伯には工作する時間もあった。それも分かる。そして、その目的が国外脱出である事も。


 ただ一つアリアが気になる事……それは、どうしてクレイド伯がティアラ誘拐などという危険な賭けに打って出たのか、だ。



 勿論誘拐によってアリアに衝撃を与えることは出来るし、人質としての価値もある。万が一という時強みになる。手としては間違ってはいない。しかし、貴族の逃亡まで考えての事だとすれば、少々やりすぎだ。ここまでやりすぎれば悪手になる。



 これまでと違い、アリアはクレイド伯の能力を過小評価せず計算している。これだけ大規模に陰謀を張り巡らせ実行してみせた。さらにやりすぎて悪手に手を出すとは思えない。



 ……何が本当の目的なのか……クレイド伯はただ国外に逃げたいだけなのか……。



 ……分からない……。



 いや、アリアの頭の奥底では、ぼんやりとそれが何か摑みかけている。そんな感覚はある。だがその輪郭はふやけてはっきりと姿は分からない。



 まるで喉に刺さった魚の小骨だ。



 まだ、それが取れる気配はない。





『マドリード戦記』 革命賊軍編 16 流転、激流8でした。


「流転、激流編」は今回で終わりです。


ついに事件が動きます!

そしてガレット伯の活躍もこれからです。


これからは戦争編というより政治編です。

なのでいざ戦闘になるまではミタスやナディアの出番はあまりないかもしれません。この二人の山場は攻城戦が一番の出番でしたね。ザールはまだ活躍の場があります。もちろんアリア様はいくつも活躍してもらわなければなりません。


ということで、本格的な追撃戦の始まりです。


これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。


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