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『マドリード戦記』  作者: JOLちゃん
革命賊軍編
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『マドリード戦記』 革命賊軍編 14 流転、激流6

『マドリード戦記』 革命賊軍編 14 流転、激流6



コルベールを去るアリア。

それを冷静な眼で見つめるガレット。

いくつもの計算が彼女の脳裏を駆け巡る。


そしてアリアたちも、ティアラの情報を、僅かながら入手していた。

その結果を聞き、アリアはザールを元帥に昇格させようとしたが……。

 アリア軍はコルベールの包囲を解き、全軍キシリアに向け進発した。午後20時には、コルベールは元の静かで賑やかな街に戻った。



 コルベール政庁の最上階で、ガレット伯は去っていく<アインストック>を見ながら、アリアの胆力と迅速な行動力に舌を巻いた。



「馬鹿正直なだけか、世間知らずか……」



 たった一度の会食で、アリアはガレット伯を信じ、監視も残さず全軍率いて去っていったのだ。もしガレット伯が裏でクレイド伯と通じていれば、アリアは全ての勝機を失う事になる。だがアリアは微塵も不安を見せず、疑う素振すら見せず堂々と背中を見せ去っていった。とても15歳の少女の度胸でもないしメンタルでもない。



 ……可愛いく無邪気な顔して、すごい交渉人だわ……。



「お嬢様……クレイド伯を、お売りになられますか?」


 マクギリス家執事ブラレス=フォン=ナイゼが、ガレット伯の後ろに立ち静かに囁く。


 ガレットは僅かに頭を向け、一笑した。


「売れるうちに売っておかないと、腐った後だと始末に負えなくなるわ」


 実はクレイド伯からノルベール商会キシリア支部を通じて『あくまで商売』ということで、飛行船一隻の賃貸と私財の運搬の契約が結ばれている。10日ほど前の事だ。前金で1000万マルズも受け取っている。


 契約は絶対、秘密保持も絶対……それは商人としての鉄則だ。


 だが、ガレット伯は商売人であると同時に政治家だ。


「では何故そのことを会食の時アリア様に仰らなかったのですか?」

「それが政治よ」


 もしあの場でそれをいえば、アリアはガレットを通じてクレイド伯と接触し、捕縛しようとするだろう。だがあいにくクレイド伯もそこまで馬鹿ではない。ガレットの計算ではクレイドが素直に引っ掛って捕縛される確率は3割。逆にこれを機会に逃げ切ってしまう可能性が5割。この時クレイド伯を逃せば、アリアの中でのガレットの評価は一段下がるだろう。


 見た目や言動は清々しく正道を好むのがアリアの政治だ。だが政治の駆け引きや腹芸など十分知っていて、ただの夢想家、理想主義者でない事も分かった。

会食中、何度かガレット伯は若い娘らしく媚びたり甘えたり、時に姉のように親身を見せたりと同姓として、そして政治家として放てる矢は何度か放った。それをアリアは無邪気に喜び、時に年少の少女らしく可愛げをみせてくれたが、だからといって「マクギリス伯爵家は安泰」という一語はついに言わなかった。政治家としてのアリアは少女のような無邪気さはなく、老練な度胸と信念がある。


 ならばガレット伯も、結果で自分の有能さを証明するしかない。


 王女を誘拐したクレイド伯の手腕は見事であった。当然、クレイド伯の息の掛かった者がガレットの周辺にいないとは言い切れない。少なくともガレットがクレイドの立場であればそういう監視役をコルベールにも残す。


 アリアとクレイド、両天秤にかけているのではない。アリアに追従する以上ガレットはクレイド伯のことは完全に見限った。今回の会食は、アリアは非常に友好的で優しく寛大であった。だが、これはあくまで執行猶予期間のようなものであるとガレットは掴み取った。今のところ功績のないガレットが評価されるはずがない。アリアがただの夢想家でない事は、彼女が起こした革命の成果が物語っている。軍事的成功を見てのことではない。アルファトロスとの関係や占領地クロイス、リィズナ基地の運営など政治手腕をガレッドは買った。最初はザールの手腕だと思っていたが、それが間違いであることは会食中はっきりとした。


 アリアはあくまでも独裁者なのである。愛らしい相貌と夢のような理想を掲げているが、同時に冷酷なほどリアリストでもある。若いのに稀有な才能だ。そしてこれだけはいえる。彼女は自分を裏切った者をけして許しはしないだろう。


「クレイド伯を売るなら……こっちの釣り針にガッツリ食いついたときでないとね。そのくらいはやらないと駄目」


 上手くクレイドが釣り針にかかるか……それとも勘付いて逃げられるか……こればかりはガレットも分からない。








 <アインストック>の司令部で、アリアはミタスから重要な目撃報告を受けた。


「6時間ほど前か……メルセリアらしき女性が赤ん坊を連れてコルベール駅構内の食堂で昼食をとっていた……らしい。一時間ほど休息して、次の列車でキシリアに向かった」


 目撃者は駅の憲兵で、女性が傍目にみても酷く憔悴しやつれていたから覚えていたらしい。しかしその様子からシーマからの避難民だと判断された。


「それだけ?」

と言ったのはナディアだ。ちなみにナディアは戻ってくるとすぐにドレスから元の私服に着替えたので、アリア軍猛将ナディア=カーティス元帥の稀有のドレス姿を拝めた者はごく僅かな兵士だけだ。

「周囲に怪しい人間とかいなかったの?」

「それらしいのはある。これはあくまで情報だけでメルセリアなのかティアラ様かの判断はつかないが、記録ではその一時間後出発した列車の中で赤ん坊のチケットは三枚。そのうち母子だけのセットは一つ。避難民が母子だけってことはあまり考えられない。避難するなら家族でするだろ?」

「で?」

「その母子のすぐ後ろの席を、四人の男がチケットを買っている。そして母子の前も二人の男。その車両は他は皆商人らしい。……もしこれが賊だとすれば……」

「賊は6人……という事ですか」とアリア。

「一時間くらいの調査だ。これ以上はわからなかった。ただハッキリ分かっているのは、この一行のチケットはキシリアまでということだ」

「首都シーマから戦争を逃れて避難民が一日かけて安全なコルベールに辿り着いた。この先キシリアまで移動するのは赤ん坊連れということを考えれば不自然……というところですかな」とザール。

「それがティアラたち……と見て間違いないようですね」


 時間的に考えても他に考えられない。


 首都シーマで本格的な革命戦が起きたのは4月2日頃から。避難民はミタスがセントラル駅を制圧しアリア軍下となった頃がピークで、それ以降は減り続け、最終的にアリアがセバストーリ公園で演説を行った後は大規模な市民の避難や疎開はそれほど多くなかった。4月6日になると戦いは王城ハーツティス周辺に集中し、市民の生活に影響を及ぼす状況を抜けていた。そして同日17時過ぎにはアリアの勝利宣言である。この時点で戦闘は終結し避難をしなければならない事態にはない。しかし件の赤ん坊連れは計算上19時以降に環状鉄道線に乗っている。その時間にはもう革命は終了しているのだ。


 さらに、このコルベールの南西にあるのがクバレスト地方だ。ここでは暴動が起き、それを鎮圧する名目でクレイド軍が出て、ザール軍と衝突した。むしろ首都シーマより治安の保証はない。


 アリアはこの一行をティアラ襲撃者に定め、奪還作戦の立案を各将たちに命じた。


 具体的には、機動戦艦である<アインストック>、<ミカ・ルル>は快速を活かしキシリアに向かって先行する。予定では三時間後には<グアン・クイム>が合流する。戦艦としての攻撃力は低いが元々レミングハルト候が逃走用にもとめただけあって機動力は高い。<グアン・クイム>は南回りに索敵をしながらこちらに向かっている。他の足の遅い飛行戦艦は集団となって機動艦隊を追う。


 それらの作戦と命令を出し終えた後、アリアはようやく一息をついた。


「ザール。今度は貴方が休む番です。司令部は私たちで運営しますから貴方は休んでください」

「そうですな。私も4時間ほど休ませてもらいます」


 先にアリアたちを有無言わせず休ませた張本人だ。従わなければアリアとナディアは怒り出すだろう。それは困るし、さすがのザールの疲労も軽くない。第一次クバレスト会戦から今まで、ほとんどまとまった休みは取っていないのだ。白兵戦こそやっていないが、実働時間は誰よりも長い。


 アリア軍再編成と作戦指揮、そしてガレット伯を紹介する事……それらの大役は果たした。彼も休むべきである。彼自身も4時間は何事も起きない、と判断している。


 艦橋を去ろうとしたザールを、アリアは何かを思い出し呼び止めた。



「なんです? アリア様」

「ザール。貴方にもマドリード元帥位を授けます」

「…………」

「やったじゃん! これでザールも一緒だね!」と我が事のように喜ぶナディア。


 いや、ザールがアリア軍の事実上の№2で、アリアに対しても遠慮することのない総参謀長であることは皆が知っている。現在では上官になるミタスやナディアもザールが下だとは思っていない。他の兵士たちも同様だろう。アリアが今まで言い出さなかったのは、授けるに足る名聞がなかったからだ。しかし今はその名聞も揃い問題はない。


 しかし、ザールはしばらく考え、アリアの申し出を断った。


「私は後でいいでしょう。全てが片付いてからでいいですよ」

「そうはいきません」

「私にあまり気を使われないほうがいい。ミタスやナディアと違って誰もが認める功績を立てたわけでもありません。私は私の仕事をしただけです」


 全ては軍師であり総参謀長の仕事だ、とザールは自分の功績を認めない。


 アリアもしばらく黙った。ザールの言葉の真の意味が分かったからだ。


 ミタスとナディアの活躍は大きく誰も文句は言うまい。しかしアリアが一躍二人を中将や大将を飛ばして元帥に抜擢したのは、アダや平民でも功績があれば貴族以上に取り立てる、という政治パフォーマンスの意味もあった。二人を軍の最高職に任じつつ爵位を授けないという点も重要な政治意志であった。ミタスやナディアほど活躍しても爵位が与えられないということは、他の兵士たちも一切爵位でもって功労に報いないという意思表示だ。そしてそれほどアリアは貴族というものに興味がないという姿勢でもあった。事実、革命軍で功績により高い爵位を賜ったのは故クシャナ大将とグドヴァンスだけだ。彼女の伯爵受勲は、死者で、そしてそれを継承するレーデル家の人間はいないからだ。


 しかしザールは違う。伯爵で元々階級関係なくアリアの右腕だった人間だ。ザールだけは軍事面だけでなく政治面でも参画しアリアに対しての影響力も大きい。元々ザナドゥ伯爵家はアリアの後見貴族だった。その縁故であるという印象を世間や部下に与えたくはないし、論功行賞するとしても、同じく伯爵家であるサザランドやユニティアとのバランスもあるし、今ではガレット伯との調整も必要だ。


 ミタスとナディアも、そこは軍人という枠を越えた才覚者だ。ザールの言い分を理解した。


 しかしナディアは分かった上で文句を言った。


「ヤだよー!! ザールが少将のままだったらやりづらいジャン! あたしたち三人は一緒がいいって! これまであたしたちに差なんかなかったんだから!」

「そういってくれるのは嬉しいんだが」とザールは苦笑する。


 いや、伯爵と平民とアダが三人並び立つということこそがアリアの革命思想であって現実と相違があるのだが、それが分かった上でナディアははっきりと自分の気持ちを優先させた。


 ザールはナディアを説得しようと体を向けたが、それより早くアリアが制した。


「ではザール。貴方をマドリード大将に任じます。これは受けて頂きます。ペニトリー男爵やガレット伯らと立場を明確にするために」


 その一言で、ザールはアリアの政治の手を理解した。


 これからはガレット伯や国防軍大将軍ペニトリー男爵の手腕に頼ることになる。当然それに対し正統に評価をしなければならない。その評価が、軍階級でいえば少将、中将といったところか。それらに対しザールが頭一つ上である、としなければ統帥上拙いという事だ。確かにアリアの言い分は正しい。


 そこまで分かれば、それ以上固辞する理由はない。



「では拝命いたします」

「よかった。でもこれはあくまで仮処置です」

「分かりました」


 ザールは一笑し、一度恭しく頭を下げると、今度こそ艦橋を去っていった。



 ミタス、ナディア、ザール……この三人は後に「マドリード栄光の三元帥」と呼ばれ、軍事政治の枠を越えアリアの特別な忠臣として長く歴史に名を刻む。アリアにとっては掛け替えのない三人で、後にも先にもマドリードの歴史上元帥はこの三人だけである。


 後世の多くの人間が三人は同時に元帥となった……と思っているものも多いが、実際は違い、最後に元帥位を拝命するのは上級貴族出身のザールで、戦後の論功行賞の時である。が、結果としてもっとも多くの職の任命を受けるのもザールであった。




『マドリード戦記』 革命賊軍編 14 流転、激流6でした。



一癖も二癖もあるガレット伯です。

そしてご覧の通り優秀な政治家です。女性なのが惜しい人物です。

ちなみに年齢は24歳で、アリア様やナディアが10代ということを考えるとお姉さんキャラなんですが、リアルに考えるとまだかなり年若く早熟で老成しています。ただ背はアリア様より低いンですけどね。実はアリア様結構長身(15歳で167cm)、ナディアは173cm、ガレットは160cmないくらい。ガレットのほうが標準に近いんですけど。


ザールの功績はわかりづらいですが相当立派なものです。実際、この賊軍編でアリア軍を掌握し、色々手配し、指揮しているのはザールです。アリア様は現状どちらかというと政治面だけみている感じです。なのにアリア軍がちゃんと連動しているのは全てザールの手腕です。


ということで動き出したアリア軍。

姿を消したクレイド伯をどこまで追い詰めることができるか……そこに全てがかかっています。


これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。

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