表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『マドリード戦記』  作者: JOLちゃん
革命賊軍編
63/109

『マドリード戦記』 革命賊軍編 12 流転、激流4

『マドリード戦記』 革命賊軍編 12 流転、激流4



ガレット=フォン=マクギリス伯爵婦人と対面するアリア。


一転、ガレットの態度は軟化し恭順を示す。

その態度と聡明さに、アリアは改めてこの伯爵の有能さを知った。


 席が改められた。


 アリアの前には、若き女性伯爵婦人ガレット=フォン=マクギリスが着席し、その後ろに40代の男が立っている。


「私がガレット=フォン=マクギリスです。陛下、貴方を欺いた事、深く陳謝いたします。この男は当家執事ブラレス=フォン=ナイゼでございます」


 ガレット伯は改めて挨拶を陳べた。その態度はこれまでとなんら変わらない。


 罰が悪そうにしているのは、この茶番を組み上げたザールのほうだ。


「ザール……アンタ、ちょっと酷いんじゃない」


 ナディアはいろんな意味が含んだ眼で同僚を見つめる。アリアを欺いた事も許せないし、茶番を仕組んだことも許せない。そして件の伯爵がまだ20代の若き女伯爵であった事も気に食わない。


 アリアも今回ばかりにザールの無茶振りを褒める気にならない。アリアも騙されたのだ。


「しかし陛下。よくお気づきになられましたね」

「一商人がザール相手にあそこまで言い合いをすればおかしい事に気付きます」


 ザールはただの伯爵ではない。今マドリード国内の貴族の生殺与奪を握るアリアの政権の上級幹部だ。それに噛み付くなど一商人の度胸で出来る事ではない。


 ザールはガレット伯と見知った仲だった。互いに同等の伯爵家で以前から遠慮せず対話してきた証拠だ。


「ちょっとやりすぎでしたね」

「それに……ガレット伯は優秀な才覚を持っていると聞きました。しかし、それほど有能ならばレミングハルト候が地方総督なんて閑職で放置するはずがない……。ですが、女伯爵でそのご年齢なら、レミングハルト候が中央に引っ張らなかった事も納得ができます」


 レミングハルト候は敵対者であったが十分有能で、かつ人物眼も確かだった。それは多くの伯爵家の中からクレイド伯を見出した事からも明らかだ。それに齢40前後の伯爵であればアリアも幼少期に会っていてもおかしくない。が、彼の顔に記憶はない。


 それらを色々考え合わせた時……この茶番の真相に行き着いた。


「何かお飲みになりませんか、陛下。私、少々喉が渇きました。私にワインを飲ませていただけないかしら?」


「では一杯だけ頂きます。白のフルーツワインを下さい」


 それを聞き、ブラレスが恭しくアリアの前にグラスを置きフルーツワインを注いだ。


 アリアはそれを一口飲んだ。


「毒が入っているかもしれませんよ?」

「ここで私を暗殺するメリットが卿にありますか?」

「ありませんね」とガレットは言って笑う。

「どうも私は失言が多いようです」


 両者、一口ずつワインで喉を濡らした。毒は入っていなかったが、アリア自身ちょっと驚くほどワインは美味しかった。


「では先程の続きをしますか? 陛下」

「もうその必要はないでしょう。私の考えはお伝えした。卿の現在の考えも聞きました」

「そうですね」


 そういうとガレット伯は小さく笑い、そしてその場で手を付くとゆっくりと頭を下げた。


「このガレット、出来る限りの協力をさせて頂きます、陛下」

「本当ですか? 貴方の主義主張と異なると思いますがよろしいのですか?」

「アリア様の手腕は当方も十分調べています。陛下は卓越した政治家であることは認めますが夢想家である事実は変わりありません。しかし、陛下やザールの言う<新時代>がマドリードに訪れるという事は事実でしょう。で、あれば……私としても自家保全のため、アリア陛下に擦り寄るほうが賢い選択のようです。擦り寄るのであれば、全力をもって力添えさせて頂きます」


 先程までの喧騒は嘘のように、ガレットはあっさり降伏した。


「賊軍への対応、陛下の国内政策……それに協力して差しあげます。とりあえずその誠意として、我がマクギリス家とノルベール商会連名で、1億マルズを寄付させて頂きます」

「それは受け取れません」

「ご心配いりません。これは当家と商会の財産で市の財政とは関係ないものです。もし私のこれまでの行いに非があると断罪されれば、さらなる責任を負いましょう」

「私は本当にそれで貴方への評価が甘くなる事はないですがよろしいのですね?」

「構いません。全財産というわけではないですもの」

 ガレットは澄まして答える。事実、マクギリス家はマドリードの貴族の中でもずば抜けて金持ちで、そしてノルベール商会もマドリード西部の経済の中核を担う大商会だから、連名であれば1億マルズくらいは工面することができた。それにしても巨額であったが、そこはガレットなりの政治であり計算でもあった。


「アリア陛下がクロイスで決起されてからというもの、貴族評議会は東部地方と絶縁となり、アルファトロスとの交流と断たれました。結果、首都シーマを経済と流通を支えたのは西部地方です。私は貴族商人として十分儲けさせて頂きました。そのお礼です。革命の祝い代わりとしてお納めください」


「ありがとうございます。では素直に受け取らせていただきます」


 ヴァームの援助が切れた今のアリアにとって1億マルズは大きい。国を立て直す費用としては全然足りないが、それでもアリア軍として一息つくことはできる。


「そして賊軍の対応についでですが、こちらに関してもご協力できることはありそうです。私は軍も武装も持っていませんが、情報は握っておりますし人脈もあります」

「都市キシリアの総督はティクス=フォン=マクレイヤ男爵です。ティクス男爵はガレット伯に頭が上がらぬそうですからな」とザールが付け加える。

「ティクスは私に多額の借金がありますの。それに人間としても小粒で才覚もないヘッポコです。貴族評議会から何度助けてやったことか」と笑うガレット伯。

「で、具体的に何をしていただけますか?」

「王女様誘拐犯の捜索に協力します。さらに、政治面や経済面で協力できることは何でもやりましょう」

「有り難い申し出です。そういうことであれば是非力をお借りしたい。しかし何が出来るのですか?」

「そのためには、私がコルベール総督である事が必要です」

「地位の保証は、今はできません」

「アリア陛下が賊を討ち取るまでの期間で十分です。その期間中に、私が有能な人物である事を証明しましょう。査定、懲罰……それらは賊を討った後なされたらよいでしょう」


「分かりました。ではガレット伯、コルベール総督の地位剥奪の前言を撤回します」


「ありがとうございます」


 ガレット伯は恭しく頭を下げた。



 畏まった対談は、これで一区切りとなった。



 アリアは大きく息を吐くと、「いささか疲れましたね」と声色がいつもの明るい少女に戻ると、無邪気にフルーツワインに手を伸ばした。アリアもすっかり喉が渇いていた。


「折角用意していただいた料理です。頂いても構いませんか? 実はお恥ずかしながら……戦争続きで、こんな御馳走、久しく食べてないんです」

「はい。どうぞ楽しんでください」と答えたガレット伯は、まだ緊張が解けていない。いや、急にアリアがみせた無邪気さに少し戸惑っていた。


 だがそこは有能を謳われた政治家だし、若い女性だ。


 アリアの無邪気さを見て、可愛げを感じたガレット伯は、幾分警戒心を解いた。


「存分に堪能ください。このガレットも、ご相伴預かっても構わないでしょうか?」

「はい。ザール、ナディア……あなたたちも一緒に。ご飯は皆で食べたほうが美味しいですから」


 その言葉にナディアは正直戸惑ったが、ザールは何でもない事のように返事を返すと、空いていたアリアの横の席に座り、「私もこの二日ほどロクなものを食べていないので助かります」とパンとロースト肉に手を伸ばした。それを見て、ナディアも戸惑いつつも果物に手を伸ばした。


 初めはぎこちなく食べ始めたアリアたちだったが、用意されていた料理はどれも絶品で素晴らしく、こんな豪華な料理は半年以上ご無沙汰だ。すぐにワイワイと食事を楽しみ始めた。


 アリア一行が楽しそうに料理を食べ始めたのを見て、ガレット伯の警戒心が少し緩み、その表情にこれまでとは違う女性らしい笑みが浮かんだ。


「育ち盛りのアリア様には負けますが、実は私もこう見えて結構食べるのが好きでして。それに食には煩いんです。折角用意した料理が冷めていくのを見るのは、とても辛いことでしたわ」


 そういうと執事ブラレスに料理の取り分けを命じた。



 彼女は非常に有名な美食家で名が通っている。<贅沢貴族>と呼ばれる所以はそこにあった。そのガレット伯が用意した料理はどれも絶品で、ナディアは勿論、アリアですら料理の出来に感銘を受けた。思えばアリアは王女……そして今は女王となったが、美食という事に関しては全くの初心だった。美食は人の心を打ち解けさせる効能があるようだ。



 こうして、30分ほど……これまでの緊迫した雰囲気は消え去り、和やかな食事会が開催された。


 食事会が終盤になるころには、アリアはガレット伯の興味と関心と好意を得ることに成功していた。アリアの話術とカリスマと魅力にガレット伯は篭絡されたといえる。



 史上、アリアほど人心収攬術とカリスマに満ちた英雄はいない。アリアは高潔と高貴さを全面に出した女王としての魅力と、歳相応の初心で素朴で純粋な少女としての魅力、その双方を供え持っている。アリアはそれを相手によって使い分け人の心を奪う、天性の人蕩らしであった。軍人たちはアリアの毅然とした態度とその天才性を愛し、他の者はアリアが持つ意外な人懐っこさと聡明さ、愛らしさを愛する。アリアはこの二面性を嫌味なく見事に使い分けるから、接する人はアリアを愛さずにはいられない。



 値踏みをするつもりだったガレット伯も、いつしか毒舌や皮肉は言の葉から消え、すっかりアリアが好きになっていた。




 余談を挟む……。



 同じく人を魅了する天才と言われたフィル=アルバードも、その人間的魅力という点においては勝るとも劣らないが、二人は全く別の資質を持っている。アリアが人間的魅力に溢れているのに対し、フィル=アルバードは至高の完璧者で<天才>という言葉がそのまま具現化したような存在だ。



 人として才能が完璧なのがアリアであり、人を超えた完璧者がフィルである、と表現するといいかもしれない。奇しくもこの二人は王族として生まれ、王としての高貴な才覚と威厳を持ちつつ下々の者にも優しく人懐っこさがあり、共に絶大な人気を当代、後世に博した。北の大陸とクリト・エ大陸、大陸は違えども同時代、同年代にこの二人の英雄が生まれた事は特筆すべき歴史の奇跡といえる。……余談。





『マドリード戦記』 革命賊軍編 12 流転、激流4でした。



ほぼガレット編です。


ということで味方に引き入れることに成功したワケですが、彼女の活躍はこれからということになります。同時にアリア様の対人関係の巧みさも感じられる話でした。


軍人、英雄として巨大な武勲をたてたアリア様ですが、政治家としても一級以上です。


このあたり、最後の余談でふれましたが、フィルさんと比べると中々面白いんです。もっともまだフィルさんの偉業は語られていませんが……まぁ、アリア様とは別の意味の別次元の天才が北の大陸にいる、ということを覚えておいて欲しいです。マドリード戦記にはフィルさんは直接でてきませんが、アリア様の人生を変え、或いは狂わした最大の人物はフィルさんになっていくのです。


ということで賊軍編もまだこれからです。

肝心のクレイド伯の行方が分かってませんし。まだ戦争は残っています。


これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ