『マドリード戦記』 革命賊軍編 9 流転、激流1
『マドリード戦記』 革命賊軍編 9 流転、激流1
西の都市コルベールに到着したアリア。
そこでザールも合流。ザールはこの都市コルベールの総督ガレット伯と旧知で、会談の必要を唱える。
考えるアリア。覇道をいくのであれば打ち捨ててもいい相手だが……。
流転、激流 1
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マドリード国地方都市コルベール。
マドリードで3番目に大きい商業都市で、人口は約22万を誇る。この周辺はマドリード第一の穀倉地帯を誇り、農業収益とその周辺地域の経済の中心都市として存在している。その場所は首都シーマとマドリード西の大都市キシリアとの中間にあり、どちらもマドリード環状鉄道線で結ばれている。
このコルベールとキシリアは、アリア軍にとって処女地といっていい。
この二都市は首都シーマより西に存在している事、そして貴族評議会の支配の強い都市という事、国防軍の直轄部隊少数が町の警備をしているということで、軍事勢力としてはそれほどのものはなくアリアの攻略から外れていた。本拠であるシーマが陥落すれば、貴族勢力など自然に消滅すると見ていた。もっとも、アリアは最短の革命を目指したのだから戦略としては間違っていないし、仕方がない。
コルベール、そしてさらに西のキシリアは、今回のアリアの革命戦に際しほとんど無傷であった。そして同時に無関心でもあった。
その都市コルベール周辺に、アリア軍の大兵力が集結したのは、4月8日午後16時頃であった。
戦艦<アインストック>、仮装戦艦<ミカ・ルル>、飛行戦艦8隻……そこにアーマー部隊56機が集結した。歩兵は5500人である。さらに夜には<グアン・クイム>部隊も合流する予定になっている。
これだけ大規模な機動部隊が町を包囲したのは、コルベール開闢以来始めてのことだった。
アリア軍は瞬く間に上空を制し、町の出入り口はアーマー部隊が制し、町中央の環状線の駅も制圧した。この制圧はものの30分で完了した。
しかし町全体を制したわけではなく、守備兵や空挺場までは手が回らない。
アリアは問答無用で都市を軍事制圧する予定であった。地方都市一つ完全制圧するくらい造作もない兵力をアリアは有している。
それを止めさせたのは、アーマーで辿り着いたばかりのザールだった。
ザールは<アインストック>に乗るなり、アリアに軍事行動の中止を進言した。その説明はなかったが、アリアはそれをすぐに容れ、全軍包囲を命じ停戦した。
<アインストック>の艦橋には、アリア、ミタス、ナディア、そして艦長のレイトン中佐がザールを待っていた。
そこにザールが姿を現す。アリア軍上級司令官が集結したのは、何日ぶりだろうか。
アリアはこれまでのザールの活躍と苦労を謝し、その手腕を褒めた。
だがすぐにザールに停戦の真意を問うた。
「コルベール、そしてキシリアを攻略するのは武力に頼らぬ手もあるという事です」
「どういう事です? ザール」
「ガレット=フォン=マクギリス伯を、私は存じています」
「ガレット伯……それって、<西の極楽伯爵>じゃん! ザール、知り合いなの!?」
ナディアも知っている。
<西の極楽伯爵>……貴族評議会からこのコルベール総督に任じられている、今となっては数少ない<敵の大物貴族>の一人だ。その二つ名の通り、何事も豪華かつ豪奢で贅沢好きの伯爵として名が知れている。しかし、私生活の豪華さは聞こえても民に対し非道であるという話はなく、また軍事力も持たないので、アリアも放置していた。
「私はガレット伯をよく知っています。同じ伯爵家ですからな。人物もよく知っています。殺しても構わないですが、場合によっては有用です」
ザールもアリアが決起するまではマドリード国ザナドゥ伯爵家当主として、そ知らぬ顔で貴族院に属していた。それだけにアリアよりマドリード貴族のことを知っている。
「放蕩貴族だと聞いたが違うのか?」とミタス。ナディアも同意見のようだ。世間での評判はそんなところで特筆すべき話は聞かない。もっとも、ミタスはマドリード北部出身でこの西部地方のことまではよく知らない。
「優秀だ。貴族として、という注釈がつくがね。能力という点でいえばレミングハルト候、クレイド伯に次ぐ才覚があるでしょう。いや……政治家、経済人としてはマドリード随一かもしれん」
実はザールがクバレスト地方を捨て単騎アーマーで急遽アリアの本隊にやってきたのは、このガレット伯の件があったからだ。
「アリア様が女王として軍を全面に出せば、ガレット伯はあっさり降伏するでしょう。別に貴族評議会に忠実な人間ではない。しかしそうすればガレット伯は報復処置として西部地方の政治と経済を破壊しかねない。そうなれば我々としてもガレット伯を悪逆貴族として断罪せざるを得ません。それも一つの方法です。我らは革命軍……前政権を完全否定する事が前提です」
最後の一言は完全に皮肉だ。
「その言葉を聞く限り、ザールはガレット伯の助命を考えているようですね」
「簡潔にいえばその通りです、アリア様」
「私もガレット伯の事は多少聞いています。彼はアダや農奴に対し大変厳しい人だと聞いていますが」
さすがのアリアもマドリード全ての大貴族を知っているわけではない。有力貴族はパーティーなどで顔を見たはずだが、さすがに幼い頃の話だし、貴族の全ては覚えていない。
「私の思想と合う人物とは思えませんが?」
「それも確かです。だから良くも悪くも貴族です。しかしその点に目を瞑れば有能な政治家で実業家です。私はこの際、ガレット伯を篭絡させることに利点があると思います」
「ティアラが誘拐された、この状況下でも……ですか?」
「ティアラ様が誘拐された今だからこそ、ガレット伯に価値があると私は考えます」
「…………」
「あくまで一つの提案です。武力革命、貴族の完全根絶……それがアリア様の御意志であれば、我が進言は採るに足りません。それもまた正しい正義の道の一つです。ガレット伯程度にその志をお曲げになされることもなかろう。覇者として君臨なされるのであれば、中途半端な情けは返って悪道です」
「ちょっとザール! 随分ひどいじゃん!」
「…………」
「御裁可を。私の進言は以上です」
「…………」
アリアは口を閉じ、目線をザールから外ししばし考えた。
大貴族に対する嫌悪や不快感は、アリアの中では強い。何より今はティアラの事があり、悠長な政治工作は邪魔だ。だが、それはアリアの感情論である。
……貴族に対しても、寛容を示せという謎かけだろうか……。
……いや、それだけ有能な男を捨て置くな、人材登用という事もある……。
ザールがここまで言うには理由があるはずだ。
……覇者……軍事強国……軍の専横……政治……政治家……。
アリアは女王だ。軍事だけ見ていればいいというわけではない。政治もまた絶対に必要な女王の義務だ。軍事に偏った国はとても健全とはいえない。
「分かりました。ザール、ガレット伯と会いましょう。ただし、伯の身分、身の安全は一切保証しません」
「手配しましょう。アーマー一個小隊(通常運用なので3機)、私に貸していただきたい」
「許可します。行くならすぐに。悠長はできません」
「心得ています」
ザールは会釈すると、すぐに踵を返した。
その背に向け、アリアは思い出したように声をかける。
「どういう人物なのです? もう少し具体的に教えてください」
「そうですな。ミタスとウァーム氏を足して、そこに大貴族という身分を加えて2で割ったような人物です。食えない人物だし弁も立ち頭も良く狡猾だが、腹黒さは少ない。残念ながら貴族臭さが強いから私かアリア様以外の人間にとっては不快な相手だと思うがね」
「…………」
そういうとザールは一笑し、この場から出て行った。
ザールが去ってから、ナディアが不安げな表情を浮かべアリアの顔色を伺った。
「大丈夫。ザールを信じましょう」
「でもさぁ~。ガレッド伯って……メチャクチャ悪い噂は聞かないけど、いい噂だってない奴だよ?」
ナディアは長くマドリード全土で諜報活動や秘密活動を行ってきた。貴族の評判は大体見聞きしている。ナディアの記憶では、あまりいい評判は聞いた事がない。もっともナディアも直接は知らない。
しかし、ザールの進言を聞き、アリアは別の見解をもった。
……そういえば、あれだけ国内で暴動や決起が起きたのに、コルベールやキシリアでは民衆の蜂起はなかった。叛乱の気配もなかった……。
あまり深く考えてこなかったが、それはそれで凄いことではないか。国内はほぼ全域アリアの革命に呼応する動きが発生した中、軍事力ではなく揺るぎもしない市政でそれを封じた事実は軽視すべきではないのかもしれない。
アリアがそう考え、猶予を与えてみようと決意した。
ここに至る原因はいくつかあった。一つはアリアも十分な睡眠と休息を取り、昂ぶっていた感情が落ち着き、冷静さを取り戻したこと。もう一つは先日、ユイーチに言われた「覇者の道」という言葉に対する嫌悪……そしてザールの遠回しの諫言。それらがアリアの中でひっかかり、軍事解決から一歩離れさせた。
「ザールが話をする間、完全に停戦するわけじゃありません。鉄道だけは支配下に置きます」
そういうとアリアはミタスを見た。
「鉄道?」
「これは私の推測ですが……多分、ティアラを攫った賊は早々に鉄道を利用して西に向かったと思います」
「包囲網にも引っ掛らなかった。そしてクバレスト地方のクレイド伯は南西に移動したからか?」
「はい。乳母のメルセリアさんも一緒という事です。アーマーには長時間乗せられないし、ゆっくり移動していては我々に捕捉される。アーマー移動がなく、飛行船もないのなら、次に一番早い移動手段は鉄道です」
「そっか。鉄道なら赤ん坊連れた女の人でも移動できる!」
「環状鉄道線は革命中も通常通りでしたから」
鉄道は国民の足であり、経済活動の動脈だ。そしてアリア軍にとってもクロイスやアルファトロスからの重要な補給線の一つで、むしろ保護していた。鉄道は環状で回っているから西部地方だけ止めるわけにも行かない。クレイド伯はそこに目をつけたのだろう。その一点だけは、完全にクレイド伯がアリアの計算を上回っていた。今更悔いても仕方がない。
「私の名前を出してください。君命です。赤ん坊を連れた不審者の目撃があれば助かります。この時勢の中、夜赤ん坊連れは目立ちます。目撃者がいるかも」
「分かった。じゃあ俺がいって確認してこよう。ザールの手前もある、大兵力では拙かろう。アーマー2個小隊借りる」
「無線対応のため一機は<ナイアザン>を連れて行ってください。何かあれば<アインストック>に連絡を」
「了解だ」
ミタスは短く答え頷くと、彼も艦橋を後にした。
この時、4月9日 午後16時53分……。
革命の業火は、一旦鎮火した。
代わって興った炎は、政治という名の炎である。
『マドリード戦記』 革命賊軍編 9 流転、激流1でした。
予告してた通り政治編に突入です。
西部エリアは本編では未開拓地、ということでまだ敵?も残っているわけです。
まあ、まだガレット伯が敵とは決まってませんが、現段階では味方でもないですね。
それをどう対応するか……アリア様にとっての初外交(国内ですが)の場となっていきます。
ということで、アリア様の政治編スタートです。
むろんこの間にも賊軍は動いています。戦争も終わっていません。
これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




