『マドリード戦記』 革命賊軍編 7 賊軍7
『マドリード戦記』 革命賊軍編 7 賊軍7
賊軍となったクレイド軍。
クレイド伯は配下を集めて現状を説明する。
部下たちは理解していなかった。現状の厳しさを。
だが、そこにクレイド伯の策謀が潜んでいる……。
賊軍 4
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4月8日の夜が明け、朝となった。
午前8時……クバレスト地方のクレイド軍で大きな動きがあった。
クレイド伯が配下の幹部全員を、旗艦である大型飛行船戦艦<デオトラート>に集めた。
クレイド=フォン=マクティナス伯爵は7時間ほどぐっすり眠り、朝食のフルコースを平らげ肌艶もよく快適な顔色であった。とても戦争中の賊将には見えない。
しかし集められた賊軍幹部たちはろくな睡眠もとれず、食事すらまともに喉を通っていない。首都シーマの陥落、賊軍に落ちたこと、戦争の継続……とてもじゃないが心休まる暇もない。
「なんだ、皆顔色が悪いねぇ。肝が小さい連中だよ、本当」
クレイド伯は居並ぶ幹部たちを見渡し一笑した。
「さて。こうして皆を集めたのは他でもない。我々の現状を正確に理解してもらうためだ。私の賢い話を聞けば、心置きなく朝食を食べる余裕が生まれるよ」
いつもと変わらぬクレイド伯の口振りに、幹部たちは僅かに心を励ます。
だがそこはクレイド伯だ。彼の軽薄かつ辛辣な性格は部下に対しても変わらない。
まず、簡潔に王城ハーツティスの陥落とレミングハルト候含め貴族評議会が全員死んだ事を伝え、さらに産まれたばかりの王女殿下を誘拐し手中にある事を説明した。
「よって我らは亡命するよ。その手配も全て完了している。この地で軍を起こしたのも、つまりはそれが目的だ。皆、生き残りたいだろう?」
クレイド伯は軽い口調だったが、一同大きく同様し、混乱を見せた。これらの情報を今初めて知った幹部も多い。だがそれもクレイド伯は十分計算した上だ。
「亡命など、アリア様を余計に怒らせるだけではございませんか!? 閣下、ここは軍がある事幸い、それを背景に素直にアリア様と交渉する手もあるのでは?」
クレイド軍の参謀長コマイセン=フォン=トレイゼン男爵が皆を代表して発言する。このコマイセンはマクティナス家の縁戚で幹部の中では一番の年配者であり、クレイド伯が評議会に参加後その右腕となり仕えてきた男だ。気の弱いところはあるが、それでもクレイドに対して意見がいえる数少ない存在だ。
ここにいる幹部たちは皆マドリードの爵位を持っている。男爵、子爵といった連中だが、それでも貴族として少ないながら領地を持ち、貴族の上流社会しか知らない連中だ。亡命すればその地位は失われ、生活の保障もなくなる。第一ここにいる誰もがマドリード以外の国など知らない。
他に追従する者はいなかったが、場の雰囲気から、それが幹部たち一同の総意である事ははっきりしていた。
クレイド伯は、そんな一同をゆっくりと見渡すと、不意に声を上げ笑い出した。
「…………」
「お前たち、本当に世間知らずだな。馬鹿じゃないのか?」
「閣下! それはあまりにもお言葉が――」
「死ぬよ」
クレイドは笑うのをやめた。表情にはまだ笑みが零れていたが、眼は笑っていない。
「お前たち、もしかしてまだ降伏すれば命だけは助かる、と本気で思っているのかい?」
「どういう事です!? 閣下」
「アリア陛下は私たちを一人だって助ける気はないよ。ああ、それは私が王女殿下を誘拐したからじゃない。元々そういう筋書きだって事さ」
その言葉は一同驚愕させるに十分だった。少なくともアリアは降伏者を処刑するという発言はしていない。それはシーマの時から一貫している。
「それが甘いっていうんだ。いいかい、皆。アリア様とは一体何だった? 王位簒奪者か? 新国家の創立者か? いや違う。彼女が起こしたのは<革命>だ。やったことは似たようなものだけど、現実には少し意味が違う。さて、同志諸君……他の二つと革命とでは明確に違う点が一つある。それが何か分かるかな?」
「…………」
「<革命>は、前政権権力者の断罪が必要なんだよ」
「断罪……」
「王位簒奪というのは権力の移動だ。新国家設立は全く別の権力の確立だ。しかし革命は、前政権を完全駆逐し国を再生するものだ。当然、罪を問う存在があってこそ成立する。分かるかい? アリア様が革命軍である以上、敵対した大貴族を公開処刑にでもしないかぎり、その完遂を国民に知らしめることは叶わない。では同志諸君、考えてみよう。レミングハルト候他貴族評議会は皆自害して公開処刑台から逃げた。じゃあ残った処刑台の候補は誰になる?」
「それが我々というのですか!?」
「他に誰がいる? お前たち……この中で一人でもアリア様に対し清廉潔白を主張できる
者はいるか? 一度でも略奪や民衆への危害を加えてない者、不当に税を蓄えたり横領をしていない者はいるかい? 賄賂や不当献金はどうだ? 自ら手を下さぬとも自家の者がそういう行為を一切していないと胸を張れる聖人はこの中にいるかい?」
「……それは……」
そこまで言われれば誰も言葉がない。誰だって民衆に対し私的な追加課税徴収や税や国費の横領はやっている。しかし度を越えない程度の民衆からの搾取は貴族特権の一つだ。身に覚えが全くない者などいるはずがない。
クレイドはそこを突く。
「アリア様はそれを一切許さないよ。彼女は清く正しい革命者……民衆の代表だ。彼女は貴族を全否定し、アダや奴隷の解放を宣言している。だから貴族評議員たちは自殺を選んだ。自殺する以外名誉が保たれる道がないからさ。いや、自殺と言っているけど、本当はアリア様が皆殺しにしたのかもね。公開処刑台の候補がここに残っている以上、殺してしまってもいいわけだ」
「お待ちを! 閣下……」コマイセンは額の汗を拭う。「私がいうのもなんですが、アリア様は非常に正義心の強いお方。そこまでするでしょうか?」
「逆さ。アリア様は正義に煩く世の中の不浄や権力の横暴を誰よりも嫌っている。だからこそ、諸悪の根源だけは断罪するんだよ。私はね、この中で一番アリア様の事を理解している。崇高にして高邁、美しい理想を追うからこそ、一度悪と断罪した相手を救う事はない。もし、仮にこの期に及んで私たちの命を助けるような甘ちゃんなら、新生マドリード国なんか諸外国の毒牙にかかってあっという間に滅び去るよ。だがね、コマイセン。アリア様は少女なれど現実は残酷なほど優秀な天才だ。この程度のマキャベリズムは理解しているよ。だからマドリードの巨悪という名を冠むる生贄の羊である私たちは、抗うか、国外に逃げるしか生きる道がないのさ」
「しかし閣下」
「その証拠に、ナサル侯爵家令嬢の二人も死んだだろう!」
「な!? ま……まことなのですか!?」
そこまでの情報はコマイセンたちも知らなかった。しかしクレイド伯は知っていた。
彼は首都や城内に情報諜報員を潜伏させていた。潜入者たちには一切の戦闘もさせず情報にのみ集中させたから、さすがのアリア軍も感知できなかった。この手配り、戦略眼こそ、若いながら貴族評議軍を手中に収めてきたクレイド伯の凄みであり手腕であろう。彼のすごさは、アリアの首都攻略前の段階でアリアの思想と勝利を確信した事だ。
「大逆者レミングハルト候の娘とはいえ罪のない侯爵令嬢を殺す。これほど徹底した強い正義をもつ方だよ、アリア様は。令嬢と私たち貴族残党……殺すのにどちらが良心の呵責を覚えないか……確認するまでもないよね?」
ここまで言われた幹部たちは、ようやく今自分たちが置かれている現実を知った。
いや……この瞬間、彼らの思考はクレイド伯によって洗脳された。中途半端な彼らの意思を、完全に自説に引き寄せたのだ。彼らも死ぬのが怖い。
「そこで私は、亡命という手段を取るのさ。王女誘拐は私たちが国境に辿り着くまでの大切なチケットだ。細かいやり取りは全部私が引き受けるから心配いらない」
居並ぶ幹部たちも言葉がない。クレイドの言うとおりだ、と頷くしかない。
クレイド伯は周りの理解を満足そうに見渡した。
「では各位戦線に戻ってくれ。ただ、皆も逃げるための足の手配はそろそろするといい。領地から飛行船を呼ぶんだ。亡命するなら家族も一緒がいいだろ? 牽制している今なら呼び寄せられるはずさ」
賊軍……一応クレイド伯が統括する一軍ではあるが、彼らは主従関係にはなく、中級貴族の寄り合い所帯だ。貴族評議会が滅んだ今、クレイド伯に絶対指揮権はないし、ここにいる全員を助ける責任もない。
実際のところ、各貴族たちも戦艦として通用する大型船は所有していないが、小型の飛行船くらいならば領内にある。家族を乗せ、国外に逃げるくらいは出来るだろう。
「私の助言は以上だ。ああ、大丈夫。こうなった以上、私が皆の盟主となり上手に導く事を約束する。これからの戦いは、戦闘で勝つことではなく自分のみを守るためが目的さ」
クレイド伯はそう宣言すると、満足そうに頷いて見せた。
……クレイド伯に、この連中を助ける気などさらさらない。全ては自分だけが国外に逃げるための布石であり、この演説も作戦の一つに過ぎない……という現実に気がつく者は、残念ながらここにはいなかった。
『マドリード戦記』 革命賊軍編 7 賊軍7でした。
今回はアリア様もアリア軍も出番なしです。
クレイド伯だけのターンでした。
今回、かなりクレイド伯が用意周到で、情報網が密で、底知れない陰謀家であることが分かったと思います。
彼が何を考えているか……その本当のところはまだ分かっていません。
多分、彼の部下たちよりアリア軍のほうがクレイド伯の恐ろしさをは分かっていると思います。
それにまだまだ彼の策謀は残っています。
事実上、アリア様の革命戦のボスは彼です。ということで彼がいかにアリア様の前に立ちはだかるか……その挙動を楽しみにしていてください。
これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




