『マドリード戦記』 革命賊軍編 3 賊軍3
『マドリード戦記』 革命賊軍編 3 賊軍3
タニヤの陥落を確認するミタスとナディア。情報は事実だった。
そしてアリアは新たにアルファトロス代表となったユイーチ=ロレンクルを糾弾する。
アリアを戦争に向かわせるユイーチ。それを拒み平和を望むアリア。
だが…………。
賊軍 2
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<ミカ・ルル>がアリア軍秘密基地であり隠れ里のタニヤに着いたのは午後20時21分であった。
「ひどいっ」
ナディアは舌打ちする。
村の家のほとんどが炎上し、黒煙に包まれ視界が悪い。この煙は上空遠くから確認できていたから、ミタスたちの衝撃は多少緩和されていた。それでも降り立ってみると、その凄惨さに言葉を失う。
降りたのはミタスとナディアのヒュゼイン紅機のみである。<ミカ・ルル>には十数名の戦艦搭乗員が残っていたが彼らは戦艦護衛のため残した。第一乗員たちはこのタニヤを知らず対応はできない。
「俺は基地に行く!」
「あたしは村と避難所見てくる!!」
二人はそれだけ言うと、それぞれ別方向に向かって走っていく。
基地は鉱山跡にある。そしてアリアたち王族の仮王宮もこの中にある。
一方、ナディアは村を一巡した後、南にある山の中を目指しヒュゼイン紅機を飛ばした。タニヤはアリアの隠れ村として長く、襲撃を受けたときの事も決められていた。何者かがやってきた場合、抵抗せず南の山の中にある避難所に逃げ込むよう決められている。南の山の中は木々が生い茂り岩が隆起していて天然の要害になっている。アリア、ナディア・クラスのパイロットでなければとてもアーマーで中には入れないし、土地を知らない歩兵が入るには険しい。
……村の大半は焼かれていた。だけど負傷者の気配はなかったし、死体も少なかった。だから、村人の多くはきっと避難したはず……。
それが村を一巡し知ったナディアの結論だ。避難訓練は月に一度の頻度でやってきた。村の男の半分は軍に参加したが、それでもタニヤの住民は400人ほどいる。全滅したとは思えない。
もっとも……これは、全てナディアの願望だったが。
王城ハーツティスの王宮6階の無線室で、アリアは一人であった。この会話は誰にも聞かれたくないから、周囲に兵はいない。
無線通信を出すこと20秒……相手が出た。
「アリアです」
その声は、どこにも親愛の情は感じられない。むしろ冷たく怒りが秘められていた。
『革命成功おめでとう。よくやったもんだ、祝いでも欲しいのかえ?』
「貴方からは何も欲しくありません。ユイーチ=ロレンクル」
相手は先々代にして現アルファトロス代表、ユイーチ=ロレンクルであった。
ユイーチは代表室で一人、アリアからの無線を受けていた。
この二人、浅からぬ関係にある。アリアにとってユイーチは育ての親の一人であり、科学技術の師匠でもある。だが、アリアの言葉にも表情にも、一片の敬意や愛情はそこにはなかった。
アリアは誰にも見せた事のない、不機嫌と不快さを隠そうともしない。
一方、ユイーチはニヤニヤと笑いながら楽しそうな顔をしていた。
『何か用かい? 何もないなら俺ぁボチボチ酒でも飲んで寝たいンだがな』
「クリスとティアラが誘拐されたかもしれない」
『そりゃあ大変だな。一難去ってまた一難ってやつだ』
「貴族評議会に<ガノン>を売りましたよね!? それに色々情報も売った! 何故です!?」
『そりゃあ買い手がいれば何でも売るさ。それがアルファトロスだろ? ヴァームの小僧はお前に肩入れしすぎた。だからアルファトロスとしてはどこかでバランスをとらにゃあ、俺も立場がねーからよぉ』
「<ガノン>の一件はまだ理解できます! しかしタニヤの事、クリスやティアラの事をクレイド伯に売ったのは許せないっ!! 完全な内政干渉です!! しかも貴方がクレイド伯と接触したのはヴァームさんが存命の時です!! アルファトロスのルールにも反しているではないですか!!」
<ガノン>の販売もそうだが、クレイド伯がタニヤの事を確定情報としたのは彼が首都シーマを出る前のはずだ。でなければ秘密工作部隊を首都シーマ近辺に隠し、アリア軍にとって最悪のタイミングで襲撃することなどできない。そして恐らく僅かな時間で制圧したことからその特殊部隊はアーマーを所有している。シーマを出る時のクレイド伯にそれほど最新兵器があったとは思えない。そしてこの事をレミングハルト候が知っていた様子はない。
が、今のクレイド軍には少ないが存在するはずだ。
アルファトロス……ユイーチが情報だけを売るはずがない。アーマーも売ったはずだ。ヴァームの輸入数と数は合わないが、そのくらいの事はユイーチであればなんでもない。
この時期はまだヴァームが代表で外交権は彼にある。他国の存亡に関わるような行為はアルファトロスの国是に反する。だがそれらはすでに終わった事だ。ユイーチは責められても何とも思っていないだろう。
「どうしてそんな事をしたんですか!? 貴方やアルファトロスに何の意味があるんです!! 何が目的なんですか!?」
アリアの怒声に篭もった詰問が飛んだ。だがユイーチは全く動じない。
『そりゃあオマエ、お前さんへの試練さ。愛情だよ愛情』
「愛情!? どこがですか!」
『もっと戦争して、鍛えられてくれヨ。英雄は戦うのを辞めたらただのロクデナシだぜ?』
「何を言っているんですか!」
『そりゃあこっちの台詞だ、アリアよぉ。お前さん、英雄になるって選んだンだぜ? だから俺がそう育てたんだろうがよ。今更<嫌です>は無しだぜ?』
「そんなくだらない理由で! 私は大事な友人を一人失ったんですか!!」
『一人くらいでギャーギャー言うなよ。英雄だろ、アリアよ。英雄っていうのは血に餓えた獣が敵味方関係なく牙を剥き血みどろの道を無我夢中で駆け上っていくモンだぜ? いいかアリアよ……』ユイーチはニヤリと笑うと、声を一段落とした。『この程度の戦争で終わるタマか? ちっせぇよ。ちっせぇだろ? アリア』
「小さくて結構です。私は……マドリードだけで十分です!」
『それをな……決めるのはオメーじゃねぇーんだよ』
「貴方が決めるというのですか? ユイーチ=ロレンクル」
『俺じゃねぇよ』そういうと、ユイーチは不敵に一笑した。
『<歴史>が決めンだよ。そしてな、アリア。オマエは<歴史>に選ばれたんだ。嫌だとは言わせないぜ、アリア。オマエは<歴史>に選ばれたからマドリードを手に入れた。だから王になれたんだ。そして、<歴史>はこれからもオマエに血を要求するサ。それがオマエの運命ってヤツだぜ?』
「そんな運命……私は否定します!」
苦々しい表情だが、アリアははっきりと断言した。
しかしアリアの気持ちと言葉とは裏腹に、アリアの意識のどこかが……冷静にユイーチの言葉を噛み締め、理解し、分析していた。
アリアはマドリードを手に入れた。その権力はマドリード国内に限ったもので、アルファトロスを別にすれば諸外国に迷惑をかけてはいない。しかしそれはアリアだけの言い分だ。
クリト・エ大陸は半戦国時代だ。西のザムスジル帝国は絶えず領土拡張の軍事活動を起こし周辺諸国と軍事摩擦を起こしている。それに対し諸国も軍事力で抵抗し、一切の妥協をしない。常に緊張し、なんとか諸国は均衡を保ち現在の小康を形成している。
が、その均衡は過去のものになった。
東の中央に位置する、取るに足らない小国であったマドリードが、アリアの台頭と同時に最新鋭の精鋭軍を持つ軍事国家として生まれ変わった。いや、爆誕した。アリアが現在持っている軍事兵力(アーマー所有数という意味で)は、旧マドリードのざっと3倍であり、その練度と機動兵力は今や諸国を凌駕する。
この突然出現した軍事大国マドリードの存在が、ザムスジル帝国にとってどう映るか。ザムスジル帝国に怯える諸国にとってどう映るか……。
好意的に受け取る国はおそらく少ない。多くが、脅威として受け取るだろう。ザムスジル帝国が膨張をし続ける以上、自国を守るための番犬として同盟を考える国だって出てくる。遅かれ早かれ戦争に巻き込まれる公算は高い。
アリアの存在は激しい炎であり、爆発だ。それが、多くの枯れ草で埋もれたクリト・エという草原に放たれた。マドリードという土地だけを綺麗に燃やして鎮火するとは思えない。恐らく、炎は瞬く間に全ての土地に広がるだろう。その最果てまで……。
アリアは、不幸にも聡明すぎた。政治と軍事の天才であった。今後起こるであろう火災について十分に想像することが出来た。出来てしまった……。彼女の鋭い政治感覚が、ユイーチの言葉に真理を認めた。
それでも……アリアは自分の意志を伝えた。
「戦争は起こしません! 私が望むのは、平和です!」
『そりゃあ無理だぜ。お前がどうこうじゃねぇーつってんだろ? <歴史>が決める、つってんだよ。まあ、足掻くんなら足掻け。足掻いて苦しんで、そしていつか自分の宿命に気付いて、その時――』
「私が望むのは平和ですっ!!」
アリアは叫んだ。
数秒間……間があった。
ユイーチは、一笑した。
『平和を勝ち取るのも、それを守るのも、軍事力だぜ? アリア』
「それは分かっています。……私が貴方に聞きたい事はただ一つ。どこまでクレイド伯に援助を行ったかです。もっとも、答えてくれなくても構いません。推測は出来ますから」
ユイーチも、何だかんだと言っているがアリアの敗北を望んではいない。クレイドはあくまで火種であって炎ではないのだ。それに機動部隊の大兵力など隠しとおせるものではない。
それに対しユイーチは無言を貫いた。
その上で、彼はとんでもない別の爆弾をアリアに投げた。
『なんだ。小僧の容態かと思ったが違うのかい?』
「……え……」
ユイーチの言葉に、アリアは一瞬言葉を失った。
……今、この老人は何と言った……?
『ああ、言ってなかったか。スワマンのニーチャンが言ったものだと思っていたがな。ヴァームの小僧だが、まだ生きてるぜ』
「ほ……本当なんですか!? 生きているんですか!?」
『正しくは、死んでないだけだがなあ』
「死んでない?」
『あの小僧な、毒杯引いたワケじゃねぇーんだ。あの馬鹿弟子が引いたのは致死率50%のグレーの毒杯だったみてぇでな。今、生死の境を彷徨っているぜ。ま、ここが難しいところなんだが、代表の禊である<毒杯の儀式>に挑んだ者に対して治療はできねぇーんだわ。それが儀式に挑んだ代表の宿命ってやつなんだな。他人が手助けしちゃあ、儀式になんねぇーだろ? だから最低限の栄養点滴以外は本人の自力ってやつなワケだ』
しかし、その言葉を聞いたアリアはその言葉を額面通りに受け取らなかった。
確かに法ではそうかもしれない。しかしユイーチ=ロレンクルほどの奸雄怪物であれば、その法の抜け道も対処方法もいくらでも知っているはずだ。
「た……助けられる……ンですか? 貴方なら、助けられるんですか!? ヴァームさんを!」
この瞬間ほどアリアはうろたえた事はなかっただろう。
政治家としてではなく、ただの友人としてヴァームには生きて欲しい。
『俺の医学の知識がどれほどのものか、オメェが一番知っているだろうがよ』
「助けてください!! ヴァームさんを助けてください!! お願いします!!」
『何で俺が小僧を助ける? 小僧が死ねば俺がまた代表としてこのアルファトロスに君臨できるんだぜ? 何故助ける義務があるんだ?』
「いえ! 貴方は助ける!! ……貴方は……助ける気がなければヴァームさんのことを口にしたりはしない!! それに……」そこまで言った時、アリアは瞳から涙が零れている事に気付き、それを拭った。ヴァームが生きている……こんなに嬉しい話はない。嬉し涙だった。だが、ユイーチはまともな男ではない。
「貴方の言う<歴史>には、ヴァームさんは必要だから!」
『じゃあ、俺にお願いしろ、アリア。百回な』
「お願いします! お願いします、お願いします! お願いします、お願いします、お願いします! お願いします、お願いします、お願いします! お願いします、お願いします、お願いします! お願いします、お願いします、お願いします! お願い――」
『いいよ、煩ぇ……。アリアよ。ヴァームを助けて欲しかったら一つ、俺に誓え』
「何を……ですか?」
『<世界を手に入れる>と、誓え』
「…………」
アリアは呼吸を忘れた。ユイーチが何を言ったのか、頭が理解を拒み停止した。
数秒……アリアにとっては永遠を錯覚するような長い沈黙の時間が流れた。
ユイーチ=ロレンクルは、そんなことは構いもしない。
『クリト・エだけなんて、小せぇ事は言わせねぇ。世界を奪え、アリア! 世界を手にしてみろアリア! お前が限界の限界のさらにその向こうまで足掻けば世界がとれるはずだ! 俺はなぁアリア! お前を育てた唯一つの理由は新世界が見たいからだぜ!? ザムスジルも、大陸連邦も、全て滅ぼし新世界を作って見せろ!!』
「……正気……ですか? 本気なのですか? ユイーチ」
『世界を奪え。それがハイ・シャーマンだ』
語り尽くし、満足そうに頷くユイーチ。
沈黙するアリアの中で、いくつもの言葉が頭の中を駆け巡る。それは言葉には出せない、様々な秘密と大それた話。そして、気持ちと裏腹に積み重なっていく計算。
ユイーチは……正しい。
アリアは、彼の言葉に頷くしかない。誓うしかない。それが、マドリードを手に入れることの代償だったのだから。いくら大それた野望……いや、夢物語でも、アリアはそこに向かわなければならない。それが、アリアが足を踏み入れた<覇王>という名の地獄の一本道なのだから……。
そう……アリアはもうただの少女にも、ただの王女にも戻れないのだから。
『沈黙は、同意だと受け取るぜ? アリア』
「…………」
否定しようとした。何度も「戦争はしない」と声に出そうとした。だが、声が出なかった。言葉にしようとする度、ヴァームの顔が脳裏を過ぎった。ヴァームだけでなく、父アミルの顔、クシャナ、死んでいった部下たちの顔が、何度も過ぎった。最後に、幼いクリスとティアラの顔が浮かんだ。
もし、アリアの代で平和な世界が築けなければ、その戦禍は次世代に引き継がれる……。
もうアリアは覇者の一本道を駆け上がった。自分が駆けるのをやめた瞬間、その地獄の道はクリスやティアラの眼前に現れるだろう。そしてきっと、その道は今アリアが駆け上がっている道より険しく、遠い。アリアにだけはかすかに道の先の天辺が見えているが、妹たちではけして天に届くことはないだろう。そして、苦難の末転げ落ちる。
……それは、嫌だ……! だけど……!!
他の人間がこの話を聞けば、ただただ笑うだけだろう。こんな約束というには馬鹿馬鹿しい夢物語を誓うことでヴァームが生き返るのであれば、これほど好都合な話はないではないか。ヴァームが再び代表になればアルファトロスは完全にヴァームが掌握する。禊の儀式を済ませた以上堂々とヴァームはアリアを後援できる。
だが、アリアは知っている。自分の才能を……能力を……時代の急速なうねりを。
我ら歴史家は知っている。彼女が成し遂げる栄光の偉業の数々を。
ユイーチはそれ以上何も言わない。
アリアは……この時、僅かに口を動かした。ほとんど声が出なかった。
だが、確かに返事をした。
「はい」だったのか、「いいえ」だったのか……それはアリアにしか分からない。それほど小さい声で。
ユイーチは黙って無線通信を切った。
「っ!!」
アリアは渾身の力で両手を卓に振り下ろした。
激しい音を立てた。
そして、アリアはその場に突っ伏し、嗚咽した。
様々な感情が溢れかえった涙だった。彼女の心情は、彼女にしか分からない。
我ら歴史家も、誰も正確に彼女の心情を知ることは困難である。だが、これだけはいえる。アリア=フォン=マドリードが、パラ史において比類なき女王として、歴史の表舞台に第一歩を刻んだ。
パラ歴2336年4月7日……アリア=フォン=マドリードは、貴族評議会と父アミルに対し革命を起こし、それを成し遂げ、新生マドリード国女王となる。
そしてこれが、後に歴史に大きな光彩を放つ史上最大にして最高の大帝国<マドリード帝国>の最初の一日であった。
『マドリード戦記』 革命賊軍編 3 賊軍3でした。
今回、区切りが悪いのでちょっと長めです。
ユイーチはアリア様の育ての親で師匠です。そしてヴァームの師匠です。
ですがご覧の通りアリア様はユイーチを嫌っています。
それはユイーチがアリアを英雄に仕立てた本人であり、「世界統一」という夢……野望の先駆者だからです。ユイーチは歪んだ愛情でアリア様をみています。もしくは野望のための道具くらいにしかアリア様をみていません。アリア様もそれを知っているから好きになれないです。
とはいえ、アリア様の人生を大きく変えた人物だし、有能なのは間違いありません。
もっとも、白か黒かといえばかぎりなく黒に近い悪人ですが。
ではこのユイーチの存在が、アリア様の今後の人生に大きく影響します。
ちなみにユイーチとの事はアリア様は他人には言っていないので、二人の関係を知っているのはヴァームくらいになります。
この革命賊軍編……まだユイーチが色々爆弾を仕込んでいるので楽しみにしていてください。
ということでこれからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




