『マドリード戦記』 革命賊軍編 1 賊軍1
『マドリード戦記』 革命賊軍編 1 賊軍1
新章『革命賊軍編』突入。
秘密基地タニヤの陥落と姫殿下誘拐の報に驚愕するアリア軍。
焦燥のアリア。
それを戒めるミタス。すぐにミタスとナディアがタニヤに向かう。
一方、賊軍クレイド伯と対峙するザールも、敵の壮大な戦略に舌打ちする。
賊軍 1
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タニヤ陥落……その報がアリアの元に届いたのは午後18時14分であった。
報告はザール軍、リィズナ双方からで、襲撃者が何者であるかも判明していた。
クレイド軍の特殊部隊によるものだ。
憶測でも推測でもない。何故ならクレイド=フォン=マクティナス伯自身が無線通信で高らかに自分の仕業であると高言しているのだ。
『アリア軍……いや、マドリード政府に通告する。当方マクティナス伯爵家は亡命を希望する。その代償は保護した王女殿下の安全である』
この報を前に、今やアリアの所有となった王城ハーツティスは騒然となった。
何より……この報を受けたアリアの衝撃は生半可なものではなく、あのアリアが顔面蒼白となり、数秒間思考が停止した。
「すぐに<ミカ・ルル>を! タニヤに向かいます!!」
アリアはそう叫ぶと駆け出した。だがそれをミタスが制した。
「何をするんです! どいてください!!」
「タニヤには俺とナディアが行く! 冷静になってくれ! 首都での終戦宣言があるだろ!?」
「クリスとティアラがいるんですっ!!」
「分かっている! だから俺たちが行く!! 虚報かもしれんだろ!」
「ミタスさん! 退いてください!!」
「首都シーマの住民40万より大切か!? 王になったのだろう!! アリア陛下! もう起きた事で今襲われているのではない!」
「…………」
ミタスの言葉にアリアも詰まり足が止まった。
言うとおりだ。もう、起きてしまったことだ。
首都シーマは対陣も含めれば一ヶ月以上戦場になっている。そしてこの数日の激戦があった。市民たちは今も不安と混乱の中にあり小さな事件は数多く起きている。まだ民衆は戦争が終わりアリアが正統な王となったことを知らない。知らせて安心を与えることが王としての責務であった。
「…………」
「アリア様は俺とナディアに元帥を授けた。大陸連邦では元帥位は軍の最上位で軍事の全権を握る職だという。つまり、現在マドリードの軍事権は俺とナディアの職務で政治の最高権力者であるアリア王にはない。これは軍事活動だから、我ら元帥の仕事だ」
あえて、ミタスは高圧的かつ堅苦しい物言いでアリアの感情が落ち着くのを待つ。
ドンッ!
アリアはミタスの厚い胸板を思い切り殴った。ミタスは動じず黙ってその拳を受けた。
「…………分かりました。お任せします」
苦渋と苦悩に満ちた声だった。だが、その一言でアリアの頭脳は少し冷却され、回転をしはじめた。
「随分……皮肉が上手くなったんですね、ミタスさん」
「これからは元帥閣下だからな」
悪態なのはアリアも分かっている。だがそういう事で少しずつ乱れた心が落ち着いていく。ミタスの言う通り政治の長となった自分にはやるべき優先順位がある。第一アリアが飛び出してしまえばシーマに残されたアリア軍が行動できない。政治家としても戦略家としても大局をみて行動しなければならない。相手は未だ1万の兵力を持つ有能なクレイド伯が相手だ。ただ飛び出して対応できる相手ではない。これまでの経過時間を考えれば、クレイド伯の行動は十分計算と計略を張り巡らせた上での行動だ。アリアがまずどう動くかも計算しているだろう。
「<アインストック>を呼び寄せた。シーマでの軍務はシュナイゼンに任せている。俺とナディアはヒュゼイン紅機を載せてすぐに向かう。いいな、アリア様」
「……はい。連絡は密にお願いします。被害状況、事件の真相の調査、お願いします。援軍も追って派遣しますから」
「了解だ」
ミタスは頷くと、踵を翻し歩き出す。その数歩進んだ時、アリアは一度ミタスに声をかけた。
「ミタスさん。僅かな時間でも休息してください。ミタスさんは二日連戦です。倒れられては困ります」
「……分かった。ナディアにも伝えておく」
こうしてミタスとナディアは<ミカ・ルル>でタニヤに向かい出発した。
少し時間が遡る。
最初にクレイド伯のとんでもない通告を受けたのは、対陣しているザール軍であった。
「そういう事か!!」
ザールは思わず卓を叩いた。この瞬間、クレイド伯の狙いの全てと戦略を理解した。
この時間稼ぎでしかない会戦を続けていたのはレミングハルトが脱走してくるのを待っていたのではない。レミングハルトが破れアリアが権力を握るのを待っていたのだ。王女誘拐の効力が発揮されるのは、アリアが王になってからである。
「優秀だとは思っていたが、非凡なものだ! 悪党のな!」
クレイド伯は全て計算していた。別軍を組織し、シーマを離れ、このクバレスト地方に対陣したのも、全てはフェイク……真の狙いは王女誘拐にあった。
タニヤ襲撃もこのタイミングしかない。アリアの革命戦が最終局面まで進まなければ、実行したところでアリア軍が転進し迎撃されるだけだ。アリア軍が全面攻勢に転じ、その主眼がハーツティス攻略のみとなった時、初めてアリア軍後方に空白が生まれる。そこを突いた。事後の心配は要らない。アリア軍の王城制圧は間違いないだろうが、激戦によって活動限界となっているであろう。その観測も正しい。第一軍と第三軍は約二日、第二軍と司令部は約一日戦い詰めで疲労の色は濃い。ここに戦勝の気の緩みもある。急な大規模作戦ができる状態ではない。この二、三時間の僅かな空白を的確に突いたクレイドの戦略眼は尋常ではない。
「どうする!? ザナドゥ伯!」
サザランドもまさかこんな展開が起きるなど夢にも思っていない。そして、正にこの瞬間からこの後方別戦線は最前線に変わった。
「砲撃戦をしばらく続ける。クレイド伯が文句を言ってくるまでは大丈夫だろう」
ザールはもういつもの彼に戻っていた。少なくとも表面的には。
「しかしいいのか!? 王女殿下が誘拐されたんですぜ!?」
「それは構わない。クレイド伯が王女殿下を手にするまでは」
「何ですと?」
「クレイド伯はタニヤを襲撃した、それは事実でしょう。おそらく誘拐も事実。しかしまだ襲撃部隊はクレイド伯本隊と合流はしていないと思われる」
ザール軍は東、クレイド軍は西に展開している。ザールはその精密な計算で鉄壁の陣を布いて、クレイド軍がアリア軍の後背を攻めるという事態が起きないよう注意していた。守勢に関してはザールの手腕は完璧そのものでクレイド軍本隊から襲撃部隊を送り出すことは不可能であり、さらに合流を許す事もない。
「襲撃部隊は精々中隊規模。恐らく出陣時から別働隊として当初からシーマ近辺に隠していたのだろう。アリア様の首都攻略部隊の流れを探ればタニヤを探り当てる事は可能だ。ただ、その部隊は恐らくクレイド伯が掌握する兵士の中でも特に優秀な人間。夜間戦闘も得意としている。恐らく夜陰に紛れクレイド軍と合流するはずだ。我々はそれを防ぐことが第一目標。第二目標はできるだけクレイド伯をこの地に留め、アリア様の増援を待つこと。クレイド伯が王女を直接手にする前に我らが合流すれば、一気に蹴散らすことが出来る」
「つまり、今夜合流する腹積もりって事か」
「今夜か明日の夜か。明かりのない原野、夜の闇に乗じるのが必勝の策だ。アリア様が王城ハーツティスを陥としたのは一時間前……ほぼ丸一日の激戦だ。それに勝った今、兵の士気は高くても戦闘力は低い。再起動のためには休息が必要です」
首都シーマ地方からこのクバレスト地方まで距離にして約500km。飛行船であれば一晩で来れる距離だ。オリジナル・アーマー部隊だとしても二日ほど。
「全軍を再稼動するまでは5日はかかるはずだ。首都攻略作戦はほとんど予備戦力なしの総力戦だ。1万の数と疲弊した軍を立て直すにはいくらアリア様でも困難でしょう。アリア様は恐らく機動部隊だけでも再編して強行軍を組むだろうが、それでも2日」
「その間に俺たちでクレイドの馬鹿野郎を殲滅するって作戦はどうだ?」
「クレイド軍は強固な防衛陣地を築いている。兵力はほぼ同じ、我々に精鋭兵もない。無理だろう。逆にこちらが無理押しをした結果、万が一破れればもはやクレイド軍を押し留めるものは存在しない。クレイド伯は堂々と王女殿下を手に入れ国外に逃げ切ってしまう」
完全に戦略でザール軍は負けた。元々ザール軍はクレイド軍を押さえるだけの軍で、機動兵器も少なく、それを指揮する優秀な軍人も少ない。これまで基地守備の任にあったサザランド貴下のリィズナ防衛部隊と首都攻略の選から外した第二級の兵団で作られた部隊だから、大規模攻勢ができるほどの能力はない。
アリアとザールの戦略ではそれで良かった。
所詮は主力会戦ではない。アリアが首都攻略後堂々と主力を差し向け挟撃すれば、一撃で粉砕できる相手だった。だがその戦略案は過去のものとなった。
「今は足止めです。ただこれまでよりやや苛烈に。敵を休ませず疲弊し少しずつでも削る。我が別働隊が疲弊しても明後日にはアリア様の回復した主力軍と交代できる。地味なようだがこれからは敵を消耗させる事が第一だ」
「それだけでいいのか?」
「むろんよくない。アーマー部隊は後方に下げ、急な命令でもいつでも対応できるよう温存する。場合によっては長躯出動を命じるかもしれない」
ザールを持ってしても、今できる戦略はそれくらいしかない。何にしても情報が足りなさ過ぎる。
ザール軍VSクレイド伯の『第一次クバレスト会戦』は事実上終わった。
今度はアリアのマドリード軍VSクレイド伯の戦いとなる。
『マドリード戦記』 革命賊軍編 1 賊軍1 でした。
ということで、今回から折角昨日もあるので新章にしました。
大きいくくりではまだ革命編のシリーズなのですが、この章からアリア様の呼称も<陛下>になるし、けっこうそこそここの後も続くので賊軍編1ということにしました。
ということで本編、いかがでした?
クレイド伯のことをけして忘れていたわけではなく、ちゃんと彼には陰謀があったわけです。
アリアが勝利して一番油断し、そしてアリア軍の活動限界となったこの瞬間こそ、最大に弱体化した瞬間、というわけです。つまり、クレイド伯はレミングハルト候ら貴族評議会すべてをおとりにしたわけです。
とはいえクレイド軍は所詮1万ちょっとしかいません。
一方、アリア軍は現有で2万を超えます。
ただ、そこに王女誘拐……という問題が横たわります。
ということでアリア様の戦争はまだまだ続きます。
これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




