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『マドリード戦記』  作者: JOLちゃん
王女革命編
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『マドリード戦記』 王女革命編 48 革命から王となり⑤

『マドリード戦記』 王女革命編 48 革命から王となり⑤


皆が集う。

クシャナがこないことに不審を覚える一同。


やがて遺体となったクシャナが運ばれた時……


アリアの悲しみが、全員を包んだ。

 謁見の間に、上級士官や部隊長たちが集まる。


 ミタス少将、ナディア少将、シュナイゼン大佐、カルレント少佐、シュラゼン少佐、トドーレス大尉、ノーゼン大尉で、各小隊長である各中尉はそれぞれの部隊の整理と処理のためされざれの部隊のほうでそれぞれの仕事をこなしている。


 アリアが各指揮官を呼び寄せたのは、シーマ全土に出す勝利宣言と終戦宣言をどのように取り仕切るか、その相談のためだった。



「…………」



 クシャナ大佐とミーノス大尉が来ないな……と最初に気づいたのはミタスであった。


 王宮のすぐ裏が飛行船場だ。遠くはないし、もう戦闘音は止んでいる。嫌な予感がした。


 17時32分。


 謁見の間にクロード中尉が姿を現した。彼の腕の中でクシャナが抱かれている。




 クシャナを見た一同に、冷たい戦慄が走った。



「クシャナ大佐。ただいま……参上いたし……ました」



 クロード中尉が、重い言葉でそう告げた。

 その瞬間……クシャナに何が起きたか、全員が悟り、言葉を失った。

 重苦しい空気が広がる。


「ク……クシャナ!! 嘘っ!?」

 沈黙に耐え切れず、涙交じりの叫び声を上げたのは彼女ともっとも親しかったナディアだった。駆け出そうとした彼女を、すぐ傍にいたミタスが肩を掴み止めた。


「何故!?」という顔で振り向いたナディアに対し、ミタスは殊更表情を殺し、頭を振るとナディアだけに聞こえるよう囁いた。


「アリア様が先だ」


「…………」


 その言葉で、ナディアはなんとか感情の爆発を抑えた。


 そう、アリアが一番最初に言葉をかけなければならない。


「…………」


 アリアは気丈に感情を殺し、生命の火が消えたクシャナの遺体にそっと近寄った。


 クロード中尉は、クシャナを抱いたまま敬礼し片膝を付いた。

 アリアはクシャナのところまで行くと、そっとその頬を撫でた。彼女は満足そうに微笑んでいる。永遠に……。



「誰が……誰が貴方に『死んでいい』なんて命令を出したんですか? その馬鹿は、誰ですか?」



 アリアの言葉は、傲慢で無慈悲で暴言であった。

 だがその言葉とは裏腹に、アリアの本当の辛さが分かった。

 今、本当の気持ちをアリアが素直に吐露すれば……彼女は激しい悲しみと後悔と贖罪で取り乱したに違いない。クシャナを死に至らしめた自分の作戦を呪い、自分を罵ったかもしれない。だが彼女はもう王女ではなく王なのだ。王としての威厳と体裁がある。少なくとも、アリアは自らを律していた。


 アリアはクシャナを抱きしめようと手を伸ばした。手は震えていたが、それでも……。


 だがクロード中尉は、アリアの伸ばした手に困惑を見せた。


「…………」


 この時……初めて、アリアの顔にも困惑が浮かんだ。アリアは何度も両手を差し伸べたが、クロード中尉は困惑したままそれに応じようとしない。


 この奇妙な光景に、アリア軍幹部たちも違和感を覚えた。


 そして、最初に……クシャナの状態に気が付いたのはナディアだった。気付いたナディアは、小さな悲鳴を上げると傍にいるミタスの背に顔を押し付け嗚咽した。



 すぐにミタスも気付き、思わず口を覆った。



 ……腕を失っても尚、戦い続けたのか……!? それほどまでして……!!



 片腕喪失が死因ではない。それは彼女の血に染まった衣服が物語っている。彼女は正に命の灯の最後の最後まで戦い、その全てを燃焼させ燃え尽きたのだ。恐らくアリアが勝利宣言を行った30分ほど前まで。そして勝利を知り、彼女は満足の笑みを浮かべ役目を終え眠りについた。

きっと勝利を聞いたはずだ。だからこそ、彼女は充足の笑みを称え、嬉しそうに眠っている。そこには一切の苦痛は見て取れなかった。


 クシャナの元気な声を聞いたのは、一時間ちょっと前のことだ。偶然か、あるいは彼女の願いであったか、その元気な肉声はアリア軍全員の耳に届いた。誰もがクシャナという優しい風貌をもつ烈女を記憶しつづけるであろう。


 ミタスの目からも涙が零れた。


 その直後、全員が気付いた。


 最後に気づいたのが……アリアだった。




 その瞬間……僅か数秒だが、アリアは呼吸を忘れた。



「クシャナを……私に頂けませんか? お願いします」

「……はい。アリア陛下」

 クロード中尉も泣いていた。そして彼は、大粒の涙を溜め崩れてしまいそうなアリアの瞳に抵抗することはできなかった。


 クロード中尉はその場にクシャナを座らせた。

 そのクシャナを……アリアは両手を広げ受け止めると、力強く抱きしめた。



 間違いなく、クシャナの左二の腕から先が、なかった。



「うわあぁぁぁっっ!! うわああぁぁぁぁっっっ!!!」



 アリアは絶叫した。クシャナの胸に顔を埋め、大声で泣いた。


 もう、彼女の理性は限界だった。彼女は耐える事をやめ、気持ちの全部を吐き出した。


 その瞬間……アリアの悲しみが具現化したかのように、哀しき王覇……極彩色のオーラの波が周囲に広がっていった。


 ミタスはナディアの肩を抱く。ナディアはクシャナに抱きつく代わりにミタスに顔をあて泣いた。シュナイゼン、カルレントの元国防軍軍人の両人は殊更表情を固く繕い静かに敬礼し、第二軍で部下であったトドーレス大尉は激しく泣きながら敬礼した。他の諸君もそれぞれクシャナの死を悼んだ。


 部下を失って大声で泣く王は未熟かもしれない。大人なら耐えるべきであり、王であれば部下の死を受け止め毅然とすべきである……それは一般論だ。アリアも最初はそう思っていた。アリアは王であり、作戦家だ。クシャナだけではなく多くの部下が革命で命を落とした。それに対し哀しむ立場にはない。いかに効率的に味方を殺すかが彼女の職務であり、そういう部下の死を乗り越えてこそ真の作戦家であり、英雄だ。アリアはその道を選んだのだ。耐えるべきであった。クシャナだって自分の死を悼んでアリアが泣く姿は望んでいない。


 だが、15歳の多感な少女がその重責に耐え切れるだろうか? 

 アリアはまだ、15歳なのだ。それもなったばかりの、まだ少女なのだ。

 そして、この場にいた幹部の誰もが、大声をあげ泣くアリアを未熟とも恥ずべきとも思わなかった。むしろ、どこか心の中で愉快といっていい心地よい感情が湧き上がっていた。クシャナだけが特別ではない。「きっと、この愛すべき高潔で英邁な王は、自分が死んでも同じように泣いてくれるだろう」と、思った。それは、なんと気持ちのよい事であろうか ……こんな王だからこそ、命を賭ける甲斐があるというものではないか……。


 この場にいた全員が、むしろ誇らしくアリアの事を思った。


 凡そ二分……。


 いつのまにか王覇も消え、アリアは泣きやんだ。


「アリア様」

 気付けば、後ろにナディアが控えていた。

ナディアもまた泣き腫らした顔だが、もう涙は乾いていた。そしてハンカチを取り出すと、それをアリアに手渡した。

「ありがとう」

 そう言って、アリアは涙を拭った。そして、ナディアにだけ聞こえる小さい声で「こんなに泣いてはクシャナに笑われますね」と呟いた。

「ナディア。少し、クシャナをお願いできますか?」

「?」

 ナディアは頷きクシャナを抱く。


 この時……アリアは一変した。



「トジーユン=ミタス! ナディア=カーティス! 両名、革命戦戦功第一! よってマドリード軍元帥に任じます!!」


 突然のアリアの言葉に、全員声が出ない。


 続いてアリアは大声で命令を下した。


「クシャナ=フォン=レーデル! マドリード王国伯爵に列し、マドリード軍大将に任じます!! ……伯爵家なんて貴方は嫌がるでしょうけど、私の命令に背いて死んだ罰です。享けて貰いますよ、クシャナ」

 もうアリアの声に悲しみはない。

 そして、全員が驚愕する。

「クシャナにマドリード軍大将着を贈ります」


 そう言うと、アリアは自分の着ていた軍服の長衣を脱ぐと皆が止める間もなくクシャナに被せた。


 これにはさすがに全員が仰天した。



「ア、アリア様!! 服っ!! 何してんの!?」



 いくら感極まったからといって、軍服を脱いで部下に下賜するなど聞いた事がない。それにアリアは王女……いや、女王だ。軍服を脱げばアンダーシャツだけで下着姿にも等しい。他の皆からの目がある。ここにいるのはほとんど年若い男性ばかりだ。


 だがアリアは超然としていた。

「クシャナはマドリード軍<大将>です! <大将>の軍装を着るのは当然です。この服は今はクシャナこそ相応しい」

「アリア様! そんな肌着だけの姿駄目だって!! じゃああたしの上着を着て!」

「駄目です。ナディアはミタスさんと同じく軍を統括する<元帥>です。他の兵士たちに対し規律と規範を重んじ軍の重職にある者として超然としてもらわなければなりません!」

「アリア様だって!」

「私は王です! たとえ裸であろうがそれは変わりません! 私は美飾と権威で着飾るつもりはありません。ボロ同然のマドリードを建て直す責務を担った新生の王です!」

 そういうとアリアは立ち上がった。


 ナディアが何を言っても聞きそうにない。ナディアは困じた挙句助けをミタスに求めた。だがこの場にいる男性幹部は皆動揺が隠せず、さすがに肌着姿のアリアを見つめるわけにも行かず、アリアのほうに目線を向けようとしない。しかしアリア、構いはしない。


「クロード中尉。クシャナ大将を別室で休ませてあげてください」


 そういうとアリアは他人の目など気にせず、アンダーシャツのまま玉座に向かうと、そこに座った。


「アリア様ちょっと待って!!」


 駆け出そうとしたナディアの腕を、シュナイゼンがやってきて掴むと何かをナディアに耳打ちした。それを聞き、ナディアは言葉を飲み込み頷いた。


 ナディアは、今度はそれをミタスに耳打ちした。ミタスも頷き、他の皆の顔を見回し沈黙を促すとアリアに向かって背筋を正した。



「アリア様。各部隊の報告、以上です。ここに各軍団、全作戦の終了を報告します」

「ご苦労様です。ミタス元帥」

「では、アリア陛下。30分後首都シーマに向けて終戦宣言を行っていただきます。それで、このシーマは解放されます」

「分かりました」

「各軍、警備の作戦を立てるのでこの場からの解散を御許可下さい」

「許可します」

「ナディア元帥。貴殿はアリア陛下の補佐を。各軍指揮官、退室」

 ミタスはあくまで事務的な口調で言うと大きく一礼し、他の幹部を連れその場を退出していった。


 こうして、謁見の間はアリアとナディアだけとなった。



「…………」



 皆が退室してしばらく……アリアは改めて玉座に座り直すと、苦笑いを浮かべた。


「どしたの? アリア様」

「……建国以来初めてでしょうね。肌着姿で王座に座る王は」

「そりゃあそうかもね」

 ナディアも苦笑する。よく見ると、アリアの表情には戸惑いが見え隠れしていた。さすがに冷静になって今の自分がおかしくなったらしい。さらに恥ずかしさも込み上げてきたようだ。15歳の乙女が、理性ある軍人とはいえ若い男たちの集まる中服を脱ぎ肌着になるなど、いくら鈍感なアリアでも羞恥心を覚えずにはいられない。もっとも、後悔はない。クシャナはアリアより女性らしいことが好きだった。あんなボロボロの服のままというのは可哀相だ。せめて彼女が殉じたアリア軍の最高のもてなしで彼女心地よく眠らせてあげたい。それが彼女に報いるアリアの精一杯の感謝とはなむけだ。


「私らしいんです。見得ではなくて、絢爛さもなくて、何も持たない私。私にあるのは仲間だけで十分です」

「……綺麗だよアリア様。すごく、綺麗」

「?」

「どんな服着てても……どんな場所にいても……アリア様は、すごく綺麗で輝いてる」

 ナディアは誇らしげで、そして嬉しそうに言った。

 そう。ナディアの目には、アリアは輝く女王であった。これまでも……これからも……。


 アリアは何も言わず、玉座に深く座りなおした。

 この玉座は、もはや彼女だけのものである。


 そしてこの玉座に最後に座ったのもアリアである。これから彼女はこの玉座を足掛けとし、さらなる栄光と歴史の高みに登りつめる。いつか、その生を終えるまで……。


 アリアとナディアは再び15分ほど二人だけの時間を過ごした。



 この間、二人がどんなことを話していたかは……歴史の立会人がいないので分かっていない。





『マドリード戦記』 王女革命編 48 革命から王となり⑤でした。



アリア様、涙の対面話でした。


アリア様は部下のためよく泣く王女……女王です。


15歳になったばかりの少女です。人一倍感情豊かで優しい女の子です。


だから、泣きます。


でも、そこが純粋なところで、そしてアリア様の魅力だと思います。

アリア様が英雄として偉大なのは、感情は感情、女王は女王……とちゃんと分かっているところだと思います。

こんな優しい女の子が、前人未到の誰も成しえなかった史上最高の覇王となっていく……その哀しいギャップと葛藤が、「マドリード戦記」の醍醐味だと思います。


さて……悲劇の一つはこれで分かりました。


まだ衝撃の事件は残っています。


アリア様たちの戦いはまだ続きます。

というより、次からある意味別の戦いが始まるといっていいかもしれません。革命が終わり、次なる戦いが待っています。だから、本当はここからは「革命編」ではなくその後の「賊軍編」というべきかもしれません。アリア様の王女時代はこれで終わりますし。


ということで、まだアリア様の話は続きます。


これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。

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