『マドリード戦記』 王女革命編 46 革命から王となり③
『マドリード戦記』 王女革命編 46 革命から王となり③
戦艦に集まる最後の敵、ダリウスとその一行。
クシャナは一人奮戦するが、無慈悲な矢が彼女を貫く。
それでも彼女は戦った。アリアの勝利を信じて。
そして全てを成した時、アリア軍歓呼の声が聞こえた。
だがその時クシャナは……。
最後の力を振り絞り、彼女は微笑む。
『微笑みの魔女』という勇名に恥じない、美しい微笑みを……。
※ 今回、挿絵あり
クシュナはフルオート・ボウガンを右脇に抱えるように持つと、すぐに格納庫中央に出てミーノスの背中を守る。
ミーノスが格納庫メイン扉開閉を操作する間、さらに通路奥から火薬式拳銃を手にした私兵団6人が飛び出す。彼らは物陰に隠れながら拳銃で応戦していたが、エルマ粒子の影響で半分も発射されず、飛んだ弾の多くはあさっての方向に飛んでいく。
「ミーノスさん! 扉が開いたら発炎筒を焚いて下さい! それでクロード中尉に通じるはずです!!」
発炎筒が炊かれれば救援求める……これは今回の全部隊共通の暗号伝達で、そのため今回参加しているアリア軍の中級以上の士官は小型携帯発炎筒を持ち歩いている。当然クシャナもミーノスも携帯している。すでにクロード中尉には<グアン・クイム>の破壊命令を伝えているから分かるはずだ。
ミーノスは扉の開閉が動き出すと同時に懐に入れていた発炎筒に火をつけ外に投げた。瞬く間に赤い煙が広がっていく。後は待つだけでいい。
「これでいいはずです、クシャナさん」
ミーノスが振り向いた時……一瞬、視界の中にクシャナの姿はなかった。
はっともう一度目を凝らしたとき……床に倒れているクシャナの姿を発見した。
「クシャナさん!!」
クシャナに駆け寄るミーノス。すぐにクシャナを抱き起こすと、彼女の腹部が血で濡れていた。そしてこの時、初めてミーノスはクシャナが左腕を失っている事実をはっきりと認識し、愕然となった。
「……大丈夫……掠っただけ……です」
抱き起こされたクシャナは意識を取り戻し苦笑した。クシャナが対していた6人はすでに射抜かれて死んでいる。しかし彼らが死ぬ間際に放った銃弾の一発が、クシャナの右腹部を貫いていた。
ミーノスは真っ青な顔でクシャナを抱きかかえた。もはや戦闘どころではない。ここは戦艦だから応急医療室もある。そこに向かおうとした。
が…………。
その時、背を向けたミーノスの後ろから何かの発射音が聞こえた瞬間、40cmもあるボウガンの矢がミーノスの右胸を貫いた。
「!!?」
ミーノスは肩膝をつく。クシャナを投げ出さなかったのはミーノスの根性だっただろう。ミーノスはクシャナをそっとその場に寝かせると振り返った。
そこにいたのは、6人の私兵団を引き連れたダリウス=フォン=コクラン騎士候と、18歳のカタリナ=フォン=ナサル侯爵令嬢であった。
この一団は王宮の秘密通路でこの<グアン・クイム>へとやってきた逃亡団で、主のレミングハルトより一足先に辿り付いていた。グリウスの計画では<グアン・クイム>を稼動後、アミルを人質にこのシーマから抜け出すという作戦になっている。場合によってはこのまま王宮に横付けしレミングハルトを拾うという計画まで用意されている。
ミーノスもダリウスの顔は見知っている。レミングハルト候の側近だ。ミーノスはこの時まだレミングハルト候が死んだ事を知らない。当然この後レミングハルト候が来ると直感した。ならばここで逃がすわけには行かない。
ミーノスはすぐ近くに転がっているクシャナの使っていたフルオート・ボウガンを見た。それを見つけた瞬間、ミーノスにそれに向かって手を伸ばし飛んだ。だが、オートボウガンを構えている6人の兵士が引き金を引くほうが早かった。放たれた6本の矢の内3本がミーノスに突き刺さり、体は激しい音を立て転がった。
「その褐色の肌……アダか。アダの汚い血で折角の戦艦を汚されては溜まらん」
ダリウスはミーノスを見て吐き捨てる。ミーノスはナディアと同じ村の出身でアダだ。マドリード周辺地方では、褐色の肌はアダの産まれであることが多い。
「潜入してきたゴキブリは確か10名ほどであったな。まだ入り込んでいるかもしれん。気をつけて中に入れ」
ダリウスは後ろに控える兵士6人にそう命じると、カタリナ令嬢の手を取りゆっくりと歩き出す。
そのダリウスが、床に倒れているクシャナに気付いた。
「…………」
クシャナも、ゆっくりと目を開けた。
二人の目が、合った。
「レーデル家の令嬢か……」
「!!」
ダリウスの一言が、クシャナを覚醒させた。
そう……レーデル子爵家を取り潰しに来たマドリード政府の役人たち。抵抗した家族や家臣たちは無慈悲に殺されていった。一族、家僕、領内の住人……抵抗無抵抗関係なく、女子供も関係なく、動くもの全て対象となった。大虐殺であった。
その二ヵ月後……生き残った家僕によって保護されていたクシャナは、自分の領内だった地で略奪を指揮する貴族の男たちを見た。それが司法大臣ゴルドバ伯と、レミングハルト候の指示でやってきたダリウス=フォン=コクラン騎士候であった。クシャナは飛び掛る寸前のところを生き残った下僕たちの身を挺した必死の制止で、その場を逃れた。
ダリウスはクシャナにとって元凶の男であった……今は遮る者は誰もいない。
「キサマァァァッッ!!」
クシャナは絶叫し跳躍した。
だが、距離があり、そして私兵団のほうが早かった。
彼らはオートボウガンを構え、引き金を引く。その内の1本が、クシャナの体を貫いた。
クシャナの体が、空を舞い、そして落ちた。
「レーデル家の令嬢ということは、アリア軍の幹部だな。この女は殺すな、人質としての価値がある。もう一人のゴミは外に捨てよ。あまりカタリナ令嬢に薄汚いものはみせるな」
6人の兵士たちはクシャナとミーノスが虫の息であるのを確認すると、<グアン・クイム>の格納庫のメイン扉を閉めようと扉のほうに走っていった。
その時だ。赤い発煙の中からクロード中尉の乗る<ナイアザン>が姿を現した。クロード中尉が発煙に気付き駆けつけたところだった。
兵士たちは突然煙の中から現れたアーマーに驚愕し、迎撃しようとそれぞれオートボウガンを向けた。それが彼らの運命を決めた。対人用のオートボウガンなどオリジナル・アーマーには怖くも何ともない。そして攻撃したため彼らの足は止まり全員の居場所がクロード中尉にバレた。クロード中尉は3人を対人用長槍で薙ぎ倒し、残る3人は小口径ビームで撃ちぬいた。しかし、彼らは死ぬ直前メイン扉の開閉ボタンを押していた。
再び扉が閉まっていく。
カタリナ侯爵令嬢が悲鳴を上げた。
「扉が閉まります。アーマーは入ってこられません。今のうちに中に行きましょう、カタリナ様」
「だ……大丈夫なの!? ダリウス!」
「我々には人質がいます。切り抜けられます」
そういうとダリウスはクシャナの胸倉を掴むと持ち上げた。
「レーデル子爵令嬢。無駄な抵抗はなされるな。貴方は生かして差しあげる」
「……貴方の……名前は……」
「ナサル侯爵家一族ダリウス=フォン=コクラン騎士候。貴方は一応子爵家令嬢だ。抵抗しないなら貴族令嬢として礼節を尽くし応対します」
「貴族令嬢……ですか?」
とクシャナは微笑んだ。驚くほど無邪気で柔かい笑顔だった。だがその後の言葉は笑顔から程遠かった。
「貴族……なんて……くそ食らえ……ですわ」
「…………」
ダリウスは全く加減することなくクシャナの頬を殴った。奥歯が折れ、口から血が流れる。
ダリウスは知らなかった。クシャナの根性と本当の強さを。
「貴方なんかに利用されるくらいなら死を選びます!!」
クシャナがそう叫んだとき、ダリウスはクシャナが舌を嚙むかと直感した。そうさせまいと頭を腕で締め上げた。だが、それこそクシャナの狙いだった。クシャナはズボンのポケットに入れていたナイフを取り出すと、ダリウスの首目掛け突き刺し、全力で引き裂いた。
血が高々と舞い、ダリウスはその場に足を突いた。クシャナの刃渡り15センチしかないナイフはダリウスの頚動脈と喉を完全に切り裂いた。
「私……は……アリア軍大佐クシャナ=フォン=レーデル! 貴方を殺した人間です」
そういうと、クシャナはニコリと無邪気に微笑んだ。『微笑みの魔女』の異名は彼女のために捧げられたものだ。マドリードの貴族はその名を恐れ憎んだ。そしてその名に恥じない活躍をしてきた。
クシャナがダリウスの息が止まるのを見届け、ミーノスのほうを向いた時…………。
一発の銃声が鳴り、クシャナの胴体の真ん中を貫いた……。
クシャナは、すぐ横で震えながら拳銃を握るカタリナ令嬢が目に入った。
「こ、こないでよ!! 殺人鬼!! 暴力女!!」
カタリナは必死に叫びながら拳銃の引き金を何度も引く。しかし不発で弾は出ない。
「わ……私は侯爵令嬢よ!! 何よその生意気で無礼な態度!! か……傅きなさい!!」
クシャナは動かなかった。
……この目の前の女は、何なんだろう……?
そういう不思議な目で、カタリナ令嬢を見ていた。
カタリナ令嬢にとっては恐怖と混乱でなにをしているのか分からなかったに違いない。彼女が生まれ育った世界には血生臭い暴力などなく、誰もが自分を大切にし、敬意を払い、無条件で愛し、傅いてきた。今目の前で起きた出来事が処理できるような頭はないのだ。
クシャナのほうが色々な世界を知り物が分かる。こんな貴族令嬢が今後マドリードで生きていけるはずがない。アリアが貴族を全否定している事を知っている。それが歴史の流れなのだという事もクシャナはよく知っている。怒りより、彼女に憐憫する。
が……。
「私はアドリード王の寵を受けているのよ!! アリアなんて小汚い平民かぶれの王女なんて王位に相応しくない!! 分かってンの!? 私は次代のお妃だって言っているのよ!! 平伏しなさい!!」
彼女も姉テレサロッサ同様、アミル王の夜伽の相手の一人であった。しかしこういう言が出ることから考えるに、姉妹は父レミングハルト候から「次代の王妃として」と説明を受け妃候補と理解し夜伽をしていたのではないかと思う。でなければこの言葉は出ないし、高いプライドと権力欲を持つカタリナ令嬢を説得することはできなかっただろう。この言葉を吐いたカタリナ令嬢は、クシャナにとっての逆鱗にいくつも触れた事に気付いていなかった。
大貴族令嬢の傲慢。アリアへの暴言。アミル王の寵愛を嵩にきた発言……どれひとつとってもアリアへの侮辱であり、アリアにとって看過できない存在であり、アリアを心から愛するクシャナに対する何よりも大きい憤怒を覚えるに足る理由であった。
クシャナは、何も言い返さなかった。言ったところでこの貴族令嬢は理解できまい。
そのまま彼女の懐に飛び込むと、ダリウスの血でベトベトになっているナイフを、真っ直ぐ彼女の心臓に突き刺した。ナイフは信じられないことだが、ほとんど柄まで突き刺さった。
カタリナは死を迎える30秒ほどの間、苦痛に呻き悪罵を放ったが、すぐに声は小さくなり、やがて沈黙した。
「…………」
クシャナはナイフを抜き、その場に捨てた。
クシャナは、歩いた。
……空が……見たいな……新鮮な空気が吸いたい。
もう、成すべき事は全部やった。
三歩ほどで、足が動かなくなった。
その時、誰かがクシャナの身体を両横から支えた。瀕死のミーノスと中に駆け込んできたクロード中尉が、ふらふらと歩くクシャナを見つけ両横で支えたのだ。
彼らはその場でクシャナを寝かせようとしたが、クシャナは「空が……みたい……」と言って頭を振ったので、クロード中尉がクシャナを抱き上げそのまま<グアン・クイム>から飛び出した。その後を、ゆっくりとミーノスが追った。
クシャナは<グアン・クイム>近くにある公孫樹の樹にもたれ、二人に介添えられて空を見上げた。
アリアの勝利宣言と、革命成就の宣言が無線を通じて王城ハーツティス全域に流れたのは、この時であった。と同時に、王城ハーツティスのあちらこちらから「アリア様万歳! マドリード万歳!!」「アリア陛下万歳! 革命成功万歳!!」と割れんばかりの歓呼が起こった。これを聞いたクシャナはこれ以上ないと思えるほど嬉しそうに微笑んだ。
「やりましたよクシャナ大佐!! 我々の勝利です!!」
「アリア様の……勝利……です! クシャナさん……」
クシャナは、嬉しそうな顔で、頷いた。
……勝った。足掛け3年あまり……家族を失い、仲間を失い、爵位も失った。そして闇に生き、草の根をかじるような貧困にも耐え、それでも正義のため戦い続けた。それが今、やっと報われた。
あの辛かった2年半……そして、楽しくて、誇らしく軍を率いた9カ月余り……。
今では、自信をもって誇れる王に仕え、沢山の仲間にも恵まれた。
「ひょっとすると……私は……幸せなのかもしれません……」
そういうと、クシャナは笑った。
……これは、まだ助かるのではないか……?
クロード中尉はそう思った。そう思えるほど、クシャナの笑みには生気があり美しかった。
だが、クシャナは空を見上げ微笑んだまま……動かなくなった。
ミーノスとクロード中尉がクシャナの様子がおかしい事に気づいた。耳元で声をかけても、擦っても、もう瞬きすらしない。
「…………」
二人は言葉を失った。が、その時、微かにクシャナの口が動いた。
「……アリ……ア……さ…………」
そこまで声を発すると、後は口を閉じ、口元が微笑んだ。
瞳から生彩が消えた……。
「……クシャナさん……?」
「クシャナ……大佐……」
ミーノスとクロード中尉は、しばらく呼吸を忘れた。そしてその冷たく厳しい現実を理解し頭を垂れた。
クシャナ=フォン=レーデルが死んだのは、午後17時09分……これはクロード中尉がしっかり記憶し後に証言しているから間違いない。
アリアの勝利宣言を聞き、兵士たちの割れんばかりの歓呼の声を聞き、自分たちの勝利を知り……おそらく満足の中、元マドリード子爵家令嬢、そしてアリア軍第二軍司令官クシャナ=フォン=レーデル大佐は、22歳という若さで激動と波乱の生涯を終えた。反政府活動家としてはもっとも長くて古い歴戦の女傑であった。そして最期は、『微笑みの魔女』の勇名の如く、戦争など感じさせないほど澄み切った美しい微笑みを称えていた。
そしてクシャナの死を看取り、その死を嘆き泣き叫んだミーノスも、この後収容され治療を受けたが、結局この時の傷が元で翌日亡くなった。
彼はクシャナのことを上司ではなく一人の女性として好意を寄せていた。その事を知っているのは幼馴染で妹同然のナディアだけで、ミーノスは「身分差があるから」と好意を伝えられないでいた。しかしアリアの革命後アダが解放されれば、夢のような恋は叶うかもしれない……その事は彼のとって一つも支えであった。しかし彼はその想いをついに伝えることが出来ず、アリアの成功を見届け、クシャナの死を見届け、クシャナに殉じるように後を追った。元より彼も即死ではないが致命傷を負っていて、どれだけ手を尽くしても死という終末から逃げることは敵わなかった。ただ彼が一日だけ長く生きたのは、クシャナに心配させないためと、アリアを気遣っての事であったかと思う。ミーノスが一日後に亡くなった事で潜入部隊の悲惨な全滅……というアリアの作戦上の責任を軽くしたいため生きる努力をしたような形跡がある。ミーノスも又、笑顔を浮かべ死んでいったという事だから、その生涯を悔いることなく自分の人生を全うしたということだろう。
アリアの王女革命において、上級士官で戦死したのはクシャナとミーノス、ただ二人であった……。
『マドリード戦記』 王女革命編 46 革命から王となり③でした。
クシャナさん、見事な最期でした。
本編で書いたとおり、革命編においてアリア配下の上級士官で戦死したのはクシャナとミーノス、この二人だけです。
作戦の失敗か、それとも必然か、それは意見が分かれます。
クシャナさんは優秀で、見た目は大人しい淑女風ですが、実はアリア軍第二の猛将でした。(一位はナディア)そんな彼女だから、ついつい戦闘から手を引くことが出来ず、こんな最期になってしまいました。
もし、潜入したのがミタスやシュナイゼンだったら、多分途中で主力の合流を待つか、兵力が集まるまで待った気がします。レミングハルト候が死んだ段階で、戦艦脱出はさほど重要な戦略目標ではなくなっています。そして制空権はアリア軍が握っています。ミタスやシュナイゼンなら、上空で撃墜する戦略をとっていた気がします。
クシャナさんはその分愚かだったのか……
それも違うと思います。
上のパターンだと、戦争終了までもう少し時間を有したはずですし、被害も出たかもしれません。
犬死ではないです。それどころか革命戦で一番の大功だったのだと思います。
アリア様より反政府活動を早く始めたクシャナさん。その彼女の人生の集大成であり、その人生の表現だったと思います。彼女は美しく、そして激しく輝き、そして満足してその生を終えました。
ミーノスさんは殉死ですね。愛の力だったかもしれません。きっと彼の人生も深く書けば色々趣がある男らしいドラマがあったと思います。ただ本作はアリア様の人生を語る物語で、出てくる英雄全員の軌跡を物語る群像激ではないので、これ以上語りません。
さて……革命はこれで完全に終了しました。
で、無事王位を得て平和に暮らす……という人生ではないんです。
アリア様の波瀾の人生は、まだ続きます。
革命編は、正確にはアリア様が戴冠式を行うまでの動乱編です。まだ続きます。
これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




