『マドリード戦記』 王女革命編 4 決起
「『マドリード戦記』 王女革命編 4 決起」
ついに革命軍の軍事活動を開始するアリア。目標はマドリード第二の経済都市クロイスだった。
圧倒的に少ない兵力を補うため、機動兵器アーマーを駆使し電撃作戦で一夜にしてクロイスを陥落させたアリアは、この地で国内に向かって高らかと革命戦が始まりを宣言する……
5/決起
1
<アリア王女の暗躍>が噂されるようになったのは、パラ歴2335年の春、9月中頃からであった。首都シーマの貴族院の間でもその噂が雑談の中で語られる日が増えた。
一つには、9月から貴族院の議会が開かれ各地の領地から貴族たちが王都シーマに集まるからだ。彼らには国政に対してどうこうできる立場も権利もないが、園遊会や私的なパーティーなど社交の場が増え、自然と顔を合わす機会は多い。そこでの話題は社交界や収集した美術品の話もあったが、もっぱら領内の治安や不穏な噂を語り合うことが多かった。多くの領主たちにとって民衆の不満や治安悪化は彼ら自身がその原因であり、その事によって身を滅ぼす事にもなる。
そんな不安や噂を語り合ううちに、それらが尾ひれとなり、最終的に<アリア王女の暗躍>という憶測を生む土壌になった。言ってしまえば、貴族たちにとって嬉しくない領民たちの反抗は、自分たちの失政だとせずアリアに押し付けたい気持ちからそういう噂となったわけだが、その噂を民衆側も信じ、期待する動きが起こっていた。双方の不安と疑心暗鬼が勝手に暴走し、<アリア王女の反乱>を作り上げていた。これも時勢だろう。
貴族評議会たちもその点に神経を尖らせたが、物証はほとんどなく首班であるレミングハルトたちは「あくまでも噂」と割り切っていた。民衆の不安のはけ口がそのように具現化するのは政治上常識的な化学反応だということを知っている。その点、レミングハルトたちはただ騒ぐ貴族たちとは違う。
が……。
この化学反応は、根拠が掴めないだけで事実である……という事まで思い至らなかった。
そう、アリアはすでに動き出している。
ザールがタニヤの隠れ基地に戻ってきたのは、10月2日であった。貴族院議会が9月末で閉会し、各々の領地に戻るので、そのタイミングを図ってごく自然を装い合流した。
「シーマでも噂は大分広まっています。……順調に」
合流後、アリアが設けてくれた宴会兼作戦会議で、ザールは意味ありげに口元を緩めながら報告した。
その報告にアリアは満足そうに頷き、ナディアはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「なぁ~にが、噂は広がっている、よ。アンタ、貴族議会で散在吹いて回ったんでしょ?」
「まるで私が悪人のように言わないでもらいたい。噂を広める……それが重要な戦略ではないか」
ザールは誇るでなく、からかうでもなく一笑するだけでそれ以上は語らなかった。
貴族、民衆双方にこの類の噂を立たせ、今の時勢を作り上げることこそがアリアの決起のために必要な前段階の戦略的行動だった。国民全体から<アリアの決起>の願望と気運を盛り上げさせ、民意を得た革命戦を演出するのが狙いだ。そして、これにはもう一つ大きな狙いがある。革命戦争がいつ起きてもおかしくない……という事を民衆に報せることで、国民に警告を与え、疎開や避難を促すのも狙いの一つだ。もっとも、後者のほうは調整も難しいしタイミングも必要だ。このあたりは全てアリアの計算である。
アリア本人と目立つミタスはタニヤの基地で基本的に兵士たちの編成や訓練で篭っていたが、アリアは書状や伝言によってマドリード内に散らばる反貴族組織と連携関係を作り、組織の拡大に努めていた。そしてその活動はぼぼ満点というべき成果を上げた。
さらにもう一つ大きな収穫があった。
ナディアとタニヤの民兵隊長であるシュラザンの二人の工作で、マドリード国内で最も過激で組織的な反政府・貴族組織『フリルート団』……その総帥クシャナ=フォン=レーデルを完全に陣営に引き入れる事に成功していた。
実際のところ、マドリードの政府や貴族たちにとって現段階では実体の見えないアリアより、数々の活動を実際に行っているクシャナのほうが反政府組織としては有名であり、現実的な脅威の対象であった。そのクシャナに対し、一年前からナディアが接近し、様々な援助を行う事で信頼感を築き、ついにアリア軍への勧誘に成功し、8月半ば頃から、時折クシャナはタニヤに訪れ、ナディアやシュラザンたちと共同で、マドリード国内各地で暗躍し、扇動と情報活動を行っていた。
アリア、ミタス、ナディア、ザール、シュラザン、クシャナ、そしてグドヴァンスがこの酒席に出ていた。これが現在のアリア軍の幹部だ。
「……ええっと……そうですわね……もう十分民衆の鬱憤は高まっていると思いますわ。ううん、怒りですよアレは! ナディアちゃんと色々まわりましたけど、春になってからというもの、貴族軍の横暴は目に余るものがありますわ」
クシャナはいつものおっとり口調で発言しながら、ちびちびと美味しそうにワインを舐めていた。
クシャナ=フォン=レーデル……まだ21歳と若く、風貌は可愛らしく礼儀もよく和やかな雰囲気を持つ女性だが、彼女自身強烈な反貴族主義で、戦闘意欲は一番高い。どちらかというと小柄で格闘戦闘力はそれほど高くないが、弓の腕はマドリード国内でも屈指であったろう。さらにアーマーも多少扱える烈女だ。何せ領地も持つ貴族でありながら、大貴族たちの迫害を受け領地と財産は奪われ爵位は剥奪、領内は略奪の限りを尽くされた挙句一族は彼女の除き殺された。16歳で家族を失った不幸な貴族の娘は僅かに残った家僕たちに匿われていたが、17歳の時隠れ暮らすのを止め秘密裏に反政府活動を決意した。家僕や領民の生き残り、解放した奴隷たちによって130人ほどの義賊『フリルート団』を立ち上げ、不逞貴族や政府施設を襲ったり、強制収容所を襲撃したり、人身売買用に集められた奴隷を解放したり、悪徳商人に天誅を下したりと活動は数多い。
クシャナの境遇はアリアと似ている。ちなみに酒が好きな点もアリアと似ていた。戦場とそれ以外の場でのギャップの大きさも、似ているといえるかもしれない……。
続いてナディアが発言する。
「クシャナの言う通り。特に市民やアダに対する横暴は酷いものよ。難癖つけては財産奪う、反攻分子と聞けば証拠の有無なく逮捕、後は強制労働行きか人身売買で売られるか……もしくは貴族評議軍の犬になるか、ね」
それ以外、今のマドリードでまともに生きていくことは出来ない。国の荒廃はそれほど進んでいた。
これが今のマドリード国内の現状だ。
大貴族による恐怖政治。利権の独占、人身売買による奴隷の増加、そして国益の独占。
ただ分からない点もある。誰か一人が特別富を独占し貪っているという話はないのだ。これらの悪政の根源は今もって分からない。
「貴族の大半も不安を抱いている。政府に対する忠義をもつ家も多くない」
貴族院で散々噂を立て情報収集をしていたザールが続く。マドリードはトップに国王を戴いているが、その下は貴族たちの衆議による評議会があって貴族たちの権力が強い国である。国土の割には貴族が多いことも特徴だ。元々は清廉で高い誇りと精神を持った高潔な貴族が国王を支えるという政体だったのだが、貴族たちが私欲に溺れ血が澱んだ時、政体も根幹部まで腐敗した。その末が国王幽閉による貴族評議会の暴走である。
「もっとも、希望をいだく貴族も少ないですがいます」と続けた。
何も大貴族たち全てが貴族評議会に従順ではなく、彼らも多くの税を貴族評議会に搾取され、結果今では貴族評議会のみ肥え太らせている。それを面白く思わない貴族は多かった。ごく一部だが親王派の貴族もおり、評議会が王を傀儡としている現状を良しとは思っていない者もいる。偶然だがミタスがランファンにて最終的に頼ったフォーレス伯爵家も親王派である。
最も、それら親王派は中央には出ず、「せめて領内だけでも守らねば」と領地に引篭もり領内で貴族評議会の悪政のクッションになっている。
「味方は1割、中立2割……つまり国内の3割ちょっとくらいは静観するでしょう」
マドリードでは大きな領土を持つ大貴族が35家ある。ザールの話を信じれば5家前後は敵にせず済むという事になる。分家まで入れれば120前後だ。
「アリア様が王政復古を唱えれば、さらに中立を唱える家も増えるでしょう」
「ご苦労です」
こういう政治駆け引きや政治戦略はアリアとザールにしかできず、今アリアは前面に出ない以上、ザールだけが頼りだ。
「武器も揃い、我々の用意もできました」
そういうと、アリアは全員を見渡す。皆表情は柔らかいが、決死の覚悟を漲らせている。
「早々に、決起します」
アリアははっきりと宣言し、そしてマドリードの地図の一点を指した。
「まずは港町・商都クロイスを占領します!」
時代はこれより動き出す。
商都クロイスは、マドリード国内で人口こそ五番目だが、経済力では首都シーマに次ぐ第二都市である。
立地がいい。
まず、スレ・クル湾に面した貿易港を持ち、何より科学都市国家アルファトロスと隣接しているといっていいほど近く、マドリード国内を円で描く鉄道環状線ではアルファトロスの隣駅になる。山間と海に挟まれた都市であるため人口は多くないが、鉄道と国道が伸びており海の便もあるのでマドリードの海産物の産地、そして海の玄関口として栄えている。
アリアがこのクロイスに目を付けたのは、この都市がマドリード政府の直轄地で在ると言う事と、この都市には貴族評議会軍は駐屯しているが国防軍はいない事が理由だ。現在は貴族評議会・バハム公爵が管理している。さらに商都でありアルファトロスと隣接していて物資や軍事品の調達も容易い。鉄道と国道を押さえれば周囲は山に囲まれているので占領した後防衛しやすい。従来の戦法では攻めにくい都市でもあるのだが、それが過去の概念であることはアリアが証明するだろう。
アリアはこの商都クロイス攻略の日時を10月15日に定め、動き出した。
まず、ザールとナディアが、数人のアーマー兵士を連れアルファトロスに先発した。
彼らはアルファトロスに<アインストック>を受け取りに行き、その後、日時に合わせてクロイスに向かう。
第二陣はクシャナが自身の部下とアリアの革命軍の一部を率いた潜入部隊の第二陣が出発する。その後、第三陣にシュラザンが革命軍二小隊を連れ出た。第一陣から第三陣は全て隠密作戦部隊で、商人や観光客を装い、鉄道や徒歩を混ぜ、各隊長の指揮の下、さまざまなルートでクロイスに潜入する。
そして10月5日、ついに<アインストック>がタニヤにやってきた。
その精強で大きく美しい戦艦の姿に、革命軍の兵士たちは興奮を隠せず盛り上がり、村の女子供たちも騒いだ。
王妃クラリエスとクリスも、窓から見える初めての戦艦に、目を奪われていた。
「姉さま! あのお船は姉さまのなんですかっ!?」
「ええ、そうよ。私はあれで、お父様を助け出すわ、クリス」
アリアも同室し、着陸の様子を眺めていた。村にある広場では着陸できず、少し離れた草原に着陸しているが、村の中に入れるとその大きさと力強さは圧倒的なものがあった。
興奮し抱きつくクリスを優しく抱擁していたアリアに、王妃クラリエスは不安げな表情を向けた。
「戦争に往くのですね、アリア」
「はい、お母様」
「私も王妃。王女である貴方の気持ちは痛いほど分かります。アリア……力になれない母を許してください」
王妃にとっては辛いことだった。立場として、国民の事、国の事、王の事を憂いに思う反面、まだ14歳でしかない娘を戦争の先頭に起たさなければならないという辛さ……母としての気持ちが、王妃の中で双方こみ上げ複雑な心境になっていた。
……このまま静かに暮らしていくのでは駄目なのか……。
王妃クラリエスはアリアと二人だけになった時に一度聞いたこともある。アリアは例えようのないほど複雑な哀しい笑みを浮かべるだけだった。王妃は素直に、この問いはアリアを苦しめるだけだとすぐに分かり、以後二度と口にしたことはない。
王妃も知っている。
マドリードを救えるのは自分ではなく、王アミルでもなく、他の如何なる者も出来ず、アリアしかいないという事を。アリアには天成王者の才がある事も王妃は知っている。アリアでしか、このマドリードを救える者はいないのだ。
そしてその事は、アリア本人が一番よく知っていた。
「お母様は、産まれて来る新しい家族の事と、御身と……クリスのことだけ守っていてくだされば、アリアはそれだけで心安んじて戦えます」
「はい。母の心はいつでも貴方の傍にいます。忘れないで下さい」
「お母様」
クラリエスはアリアを優しく抱きしめた。
「アリア。貴方はマドリードの国を背負う女王となって下さいね。私たちは、全力で貴方を支えます」
「ありがとうございます……お母様」
さすがのアリアも、少し震えていた。母クラリエスとこれほど親密に心通わせ、お互い抱き合ったことが実はアリアにはない。マドリード王位継承者は、幼少期をすぎれば王宮外で世間の中秘密裏に育てられる。
この二人の親娘関係は良好だが、上記の事情に加え王妃たちは今年の初めまで監禁されていた。心は通い合っていても、実際こうしてお互い肌で感じあうことはほとんどなかった。母と娘としての温かい関係はこの二人には薄いのだ。
それでも二人は親子だ。高貴なる立場を持つ女という点も共通している。
いつもより少し長い抱擁を終え、今度は傍で見ていたクリスに「お母様をお願いね」と軽く抱擁した。
母クラリエスの時よりほん少しだけ長い抱擁の後、アリアはゆっくり立ち上がった。
「ではいってきます」といい、軽く会釈した。
立ち去ろうと踵を返したアリアに、クラリエスはふと何かを思い出し、アリアを呼び止めた。
「そうでした。アリア、実はお願いがあるのです」
「なんですか?」
「少しミタス殿と話がしたいので声をかけてきてはもらえないかしら?」
「え? ……何か彼に……?」
「うふふっ♪ 特別なことはないのよ? ただ『アリアのことをお願いします』ってお願いするだけだから。頼めますか?」
「……わかりました。ではすぐに」
アリアはちょっと意外に思いながら退室した。そして基地内で革命軍の若者たちと雑談していたミタスを見つけ、その旨伝えた。ミタスも意外な顔をしたが、特別なことはないだろうと思い気軽に王妃に謁見していった。この数ヶ月、王妃たちとミタスはすっかり親しくなっている。
この時、王妃クラリエスは重要な情報と命令をミタスに与えていたのだが、その内容は、後にミタスが語るのでここではあえて伏せておく。
アリアが兵士たちに囲まれながら<アインストック>の説明をしているとミタスが戻ってきたので、自然、二人は合流し、一緒に<アインストック>に向かった。
「ついに戦争か」
「です」
答えるアリアの声には緊張も興奮もなくいたって冷静でいつも通りだ。その様子に正直ミタスは感心していた。成程ゲリラ的な戦闘行為の経験はある。が、本格的な軍事行動は今回が初めてのはずだ。なのに、怯えも興奮もなく普段どおりというのは一体どれほど逞しく強い精神力なのか……14歳の少女とはとても思えない。完全に一軍の将としての風格と心強さがある。
……確かに、この姫さんは不思議なオーラを発した……。
ヴァームの時、シュナイゼンとの対峙、そして森での戦いのとき……確かに彼女から極彩色のオーラ……いや、波動のようなものが発せられていた。全て一瞬のことだが、その波動が発せられた時、相手は圧倒され、味方には異様な高揚感と気力が芽生えた。
……おそらく、あれが<王覇>なのだな……。
……ハイ・シャーマン……か。
その真価は、ついに試されることになるだろう。
「なぁ姫さんよ。正直、勝算はどのくらいある?」
「この第一戦は、間違いないと確信しています。限られた市内で、完全な奇襲ですし、こちらはアーマーの数が圧倒的に多い。町を占領することは容易いです。気をつけることは、民間人に被害を出さないこと……そして、仲間をできるだけ死なせないことです。でもミタスさんやナディア、シュラザン、クシュナは一級の戦士であり指揮官です。きっとうまくやってくれると思っています」
「上手いこというよ、姫さんは」
ミタスは苦笑した。アリアは人を褒めるのも上手い。しかも、それがまるで嫌味でなく、本人も本心から言っているので言われる方はなんともいえない気持ちになってしまう。この王女のためなら誰もが命を捨てるだろう。ミタスはできるだけそれに染まらないようにクールな立場でいようと思っていたが、どうももう手遅れなようだ。
「ここには一小隊だけ残して、今残る全員は<アインストック>で向かう予定です。兵たちの面倒はミタスさんにお願いしようと思います」
「ああ、了解だ」
「ところで……あの……」と、アリアは覗き込むように声を潜める。これまでと違い少女らしい幼さを見せた。
「母……王妃は……ミタスさんに、何を話したのですか?」
「ん? あ……いや、別に大したことはないよ。姫さんをよろしくって事さ」
ミタス自身はさらりと答えたつもりだったが、アリアにはどこか空々しく誤魔化しているように聞こえた。
「本当ですか? それだけのことで特別に貴方を呼びますか? だってそんなこと、いつでもお話する機会はあったのではないですか?」
「本当さ」
「ほ……本当にそれだけ……ですか?」
めずらしくアリアが食い込む。そういえばミタスは基地に残って兵士たちの訓練や指揮系統調整という役目があった関係もあり、基地にいる事が多かった。ミタスは顔が知られているため諜報活動には全く向かず、そしてミタス自身今回初めて自覚した事だが、彼は大人数を指揮し指導するにしても高圧的ではなく、だからといって威厳や将軍の風格がないわけでもいく、あっという間に人心を得た。そのためミタスは主にこの基地で統帥を自己流で学んだといっていい。アリアもそのミタスの才を認め、ミタスに基地の統帥を任せた。自然この基地にいる時間が長く王妃やクリスとよく一緒に遊ぶことが多かった。ミタスは見た目も涼やかな男ぶりがあり、度量も大きく、男女問わず好感を持たれ人気があることをアリアは知っている。
アリアのような絶対的カリスマではなく<頼れる兄貴分>という感じ……と表現するのが妥当だろうか? そういうミタスの才を見出したアリアも、こうして個人としてミタスと接している時は自然とそんな風にミタスを慕っている事にアリア自身も気付いていない。
「ミタスさんは……その……母の事、どう思っているんですか?」
「は……はぁ?」
こういう時、普段ならミタスは大人の余裕で上手く答えるのだが、今回は頭を捻り沈黙した。めずらしくミタスが困惑しているのを見て、ますますアリアは余計に気になる。
「なんですか? ミタスさん、その表情」
「いや……大人の話だからさ」
「母とミタスさんはそんな話してたんですか!?」
珍しく素っ頓狂な声を出すアリアに、ミタスは哄笑した。
……この姫さんでもそんなことを考えるのか……。
が、考えればアリアはまだ14歳の思春期の少女だ。一番そういう話題が気になる年頃のはずだ。今のアリアのギャップに、ふと、その事実を思い出してしまい、ミタスは込み上がってきた笑いが止らない。
「そ……そんなに笑うことですか!?」
こういう事に関しては、アリアは普通の女の子に戻る。これがまた珍しい光景なのでミタスの笑いは、ますます止まらない。
「いやぁ……姫さんも女の子なんだな♪ いやいや、失礼」
笑いながら答えるミタスにますます頬を膨らませ見つめるアリア。
「どういう意味ですか? で、どうなんですか?」
むっ……とアリアはミタスを見つめたが、相変わらずミタスは楽しそうに笑うだけで答えない。もっとも……もしこの時、重要すぎる王妃クラリエスとの約束を口にしていれば、アリアの心は戦争だけに集中できなかったかもしれない。
「だから秘密だ」
「…………」
そういうとミタスは笑みをかみ殺しながらアリアより先に<アインストック>に向かっていった。アリアは恥ずかしいやら分からないやらで、すぐにミタスを追いかけることできず、かといって母に聞きに戻るような無節操なこともできず、立ち尽くしてしまった。
結局アリアが乗艦したのは最後だった。
10月5日、午後15時10分。<アインストック>はタニヤを出発した。
これより、ついにアリアの革命戦の幕は上がるのであった。
5/決起
2
パラ歴2335年 10月15日 商都クロイス 午前5時16分。
朝陽が昇る直前の薄明るい早朝の中……何も変わらないいつもの朝は、突然、街中のいたるところで起きたアーマーの爆騒音と戦闘音によって静寂は破られた。
町はまだほとんど眠りの中での出来事である。道行く人はほとんどいない。その道を、無数のアーマーが疾走していく。
アーマーは、紅白二機のオリジナルアーマーと、ガノン12機である。
それと同時に、見知らぬ騎兵や兵士たちの一団も、町の至る所に出没し、一斉に活動を開始した。
マドリード国機<ヒュゼイン・白機>のコクピットで、アリアは無線のスイッチをいれ叫んだ。
「ナディア隊は軍本部! クシャナ隊は警察本部! シュラゼン隊は鉄道と港。それぞれ確保せよっ!! ミタス隊は政庁にっ!!」
『了解ですわ』
『まかせてよ♪』
アーマーに搭乗して無線返信が可能なナディアとクシャナはすぐに応答してきた。ミタス隊、シュラゼン隊の主力は歩兵がメインとなる部隊だ。
最も早く任務を完了したのはシュラゼン隊で、あっという間に駅を制圧し、すぐに反転して30分後には港の管制事務所を制圧した。次にミタス隊が、僅かにいた警備兵と戦闘した後、全施設を制圧し、政庁の無線からアリアに制圧報告を告げた。
「やはりボスはそっちのようだ。姫さん」
そう報告し、ミタスは愛用の戦斧槍を担いだ。その大きな刃には血が生々しく付着し、戦闘の激しさを物語っていた。
アリアはミタスの報告を受け、キャノピーを跳ね除け傍にいるザールを見下ろした。
「どうやら<玉>はこっちのようです。ザール、行きましょう!」
「そうなるでしょうな」
「派手に行きます。ザール、貴方たちはすぐ後を付いてきて!」
アリアはそういうと再びコクピットに戻った。アリアはザールと共に僅か一小隊、10人しか率いていない。アーマーもアリアの<ヒュゼイン>のみである。
アリアはすぐにアーマーに火を入れ、そして目前にある大きな屋敷に向かって突撃した。この屋敷こそ、このクロイスを掌握している貴族評議員トドレス=フォン=バハム公爵の邸宅であった。
アリアは<ヒュゼイン>の腕に内蔵されている荷電ビーム砲により、派手に屋敷の外壁を破壊し踊りこんだ。
トドレス=フォン=バハム公爵は、凄まじい爆音と振動によって目を覚まされた。
すぐに執事を呼び寄せ説明を求めたが、執事も何が起こっているか分からない。数分後、ついに破壊が屋敷に及んだ時、ようやく賊が押し込んできたことを知った。
「何をしているっ!! 警備は何をやっとるんだ!!」
バハムは怒鳴り散らしながら寝間着から着替えた。バハムは自宅に私兵を30人駐屯させている。彼らがすぐにこの突然の襲撃者をなんとかするだろう。もし手こずるようなら、都市防衛のための貴族軍本部から増援を受け対処する……それで済むことだ……少なくともバハムはそう考えた。そして、その直後、激しい銃声が聞こえた。
バハムは自分の警備兵が賊を蹴散らしたものだと思い安堵した。30人の私兵は貴族評議軍の中でも選りすぐりの連中を集めた。戦闘音は短く、数秒後に聞こえてきた悲鳴は愚かにもこの町の統治者であるバハム公を襲った愚かな賊の末期の叫びだと解釈した。思ったとおり、2分もたたないうちに銃声も悲鳴も止み静かになったではないか……。
……テロリストごときに屈するものか……!
「朝から面倒な仕事をするのか」
この事後処理をしなければならないと思うと、バハムはそのことのほうが気重く感じた。せめて少しでも清々しさを取り戻すため、ワインが飲みたいと思い執事をベルで呼んだ。だが、何度ベルを鳴らしても執事はすぐに現れなかった。このことがバハムをさらに不快にさせた。
この時になって、バハムは初めて町の中からも無数に銃声や破壊音、爆発音が起きていることに気付いた。
「なんだ?」
バハムが窓の外を見ようとしたとき、丁度、彼の執事が顔色を変え駆け込んできた。
「だ……旦那様っ!!」
「なんだ! その醜態は!! 一体何が起きている!?」
その直後だ。ドカドカという足音が鳴り響き、そして彼の寝室に武装した一人の少女と、一人の青年が入ってきた。
「無礼なっ!! 貴様らっ!!」
「無礼は貴方の方です。バハム公」
青年……ザールは笑みを浮かべたまま貴族としての会釈を交わした。だが少女……アリアは胸を張った真っ直ぐバハムの前に立ち、腰のホルスターから拳銃を抜き突きつけた。
「バハム公爵。卿を逮捕する。抵抗しなければ殺しはしない、素直に従ってもらおう」
「なんだと小娘っ!! 貴様っ」
「無礼ですよ、バハム公。王に対し礼節を尽くして下さい」
ザールがそういうと、バハムは初めてザールが誰か分かった。
「貴様! ザナドゥ伯!? 何を……狂ったか!! どうしてワシが貴様如きに命じられねばならぬ! 伯よ! この所業、正気か!?」
「勘違いなされますな、バハム公。私は、私の立場で貴殿を逮捕するのではない。王の命により、貴殿を逮捕するのです」
「お……王だと!? ま……まさか……」
バハムも、ようやく悪夢のような事態が飲み込めた。
アリアは、ザールの宣言に推されるように一歩さらに前進して、再度告げた。
「私はマドリード国王、アリア=フォン=マドリードである! もう一度言う。卿を逮捕する。抵抗すれば、殺します」
アリアはそういうと、マドリード国国章がグリップに掘られた拳銃を突きつけた。
10月15日 6時4分。クロイス統治者トドレス=フォン=バハム公爵は逮捕され、同日8時39分に、商都クロイスは完全にアリア革命軍によって占領された。
同日9時丁度に、計画に従い政庁を制圧したミタスが、代理としてアリアの名前を出し、町には戒厳令が出され、その旨はスピーカーとラジオ放送の二つで宣言された。こうして市民たちはこの早朝に起きた騒動の真相を知ることとなった。
アリアとザールがクロイス政庁に入ったのは同日10時03分である。そこでミタス隊と合流した。
「駅も港も封鎖は完了した。今、シュラゼンとクシャナが制圧した町を管理しているところだ。ナディア隊もクシャナ隊に合流、以後クシャナの指揮下に入り占領の指揮を進める。ナディアだけが単機、こっちに向かっているところだ」
「ご苦労様です、ミタスさん」
今回のクロイス制圧の実質的司令官はミタスである。アリアとザールは政治的な立場としてバハム公爵を押える必要があったため実戦指揮の司令官をミタスに頼んだ。ミタスとザールには軍団を統率し戦略を組み立てられる将才がある。ザールはアリアと共に幼い頃から帝王学や政治を学んでいるから当然だがミタスが軍団長として軍事・政治の才能が如何なく発揮された。アリアの見込みは的確であったということだ。
やってきたミタスは、無傷で疲労も見られない。
「こちらの被害はありますか?」
「俺の方は軽傷二人。クシャナの方も軽傷が数人。ナディアの方は重傷者が二人出て、病院に運び終えた。軽傷者は4人……大体全体で10人前後負傷……といったところだな」
「死者がでなくて良かった。アーマーの損害はない?」
「それはナディアに聞いてくれ。じきに来ると言っていた。まぁ……革命軍の初陣としては完勝といったところだろう」
そうであろう。ほとんど眠っている都市とはいえ、クロイスは10万人が住む都市だ。それを僅か約350人で短時間のうちに制圧したのだ。これで自軍に死者なし、というのは完璧な成功だろう。
最も、アーマーの数は多く、総合的な戦闘力はアリア軍が圧倒している。
「姫さんが来たし、指揮権は姫さんに返そう」
これからは政治と政略がメインとなる。ミタスはあくまで実戦の司令官だ。
「本当のクロイス占領はこれからです」
元々決起自体に障害があるとは思っていない。問題は突然占拠された民衆との軋轢や、経済の混乱、そして情報操作を今後いかに上手く運営していくかにかかっている。これは政治家の領分になり、アリアとザールが手腕を振るう場だ。当面、民衆が事態を飲み込み受け入れてくれるまでは、不安にかられた民衆が敵になる可能性がある。ます今は、武力によって民衆を押さえつけるしかない。
「ミタスさん、すみません……状況が状況で……今は町の治安に関してはクシャナのほうが把握しています。ミタスさんの隊は……クシャナに従って下さい」
アリアは済まなそうに頭を下げた。一時的には降格人事になる。だがミタスはそんなことは気にしないし、元々彼ら幹部たちにもそういう身分差は持っていない。
ミタスはナディアの<ヒュゼイン・紅機>が政庁に着くと、入れ違いに歩兵隊50人を連れ町に向かった。
入れ違いに戻ってきたナディアは、無事なアリアの姿を見つけニコニコと笑顔でアリアに抱きついた。
「ちょっ! ちょっとぉぉナディアァァァァ!?」
「んーーーっ! アリア様やったねーっ! ナデナデナデっ♪」
「ちょっとっ!」
「まだダーーメ! あたしだって頑張ったンだもーん♪ ご褒美として<アリア様分>を補充させてもらわないとっ♪」
数分間じゃれあっている姿を、傍で見ていたザールは苦笑した。
今回一番の激戦の中にあったのは、貴族軍を急襲して抑えたナディアの部隊だ。唯一戦闘らしい戦闘が行われた。奇襲プラス先制とアーマーの多さという圧倒的有利で、貴族軍の大半は戦うことなく降伏させたが、それでも相手は軍であり、当然早朝でも一部は起きていた。アーマーの火力でとにかく制圧したが、それでも戦闘時間はナディア隊が一番多く、中でもナディア自身が一番働いた。アーマー撃墜2機、敵の死傷は今回の占領戦で一番多く371人。捕虜は約2800人である。今は、まとめてクシャナの指揮下に入り、ナディアだけが抜け出てきた。ナディアはアーマー部隊の隊長であると同時にアリアの親衛隊という存在だからだ。
ようやくナディアの溺愛から解放されたアリアは、ザールとナディアに向かい今後の計画を説明した。
「午後一番には、アリア=フォン=マドリードとしてこのクロイスを占領した事、今後のこと、貴族評議会に対する宣戦布告を行います。ザール、貴方にはその準備をお願いします。私たちは<アインストック>に戻って用意してきます」
「了解です」
「有事が起きたときは貴方の裁量に任せます。ミタスさんやクシャナと連絡を取り合って捕虜の始末と、演説場の用意をお願いします」
「分かりました。アリア様もお気をつけ下さい」
「あたしがしっかり守ってるから大丈夫大丈夫♪」
「信頼しています」
三人はそれぞれ笑みを零すと、すぐに動き出した。時間は貴重で無駄にできない。
ミタスは騎馬に乗り、部下30人を連れて革命軍によって陥とされたクロイスの町を進んだ。時々、自軍のガノンと、街灯に結ばれたマドリード国旗が目に入り、それを目撃するたびに兵たちは興奮と感動の混じった感嘆を上げた。国旗は予め用意されていたものだ。
11時前にミタスはクロイスの警察本部でクシャナと合流し、部下たちはそのままクシャナの指揮下として、指定されたエリアに国旗を掲げるよう指示された。こうして町中に国旗を揚げることで町の支配権が変わったことと、アリアの威勢を市民たちに示しつつ、怪しい行動を探知する……それが、今クシャナが受けている命令のひとつだ。
警察署の中では、警察官たちは全武装を解かれた状態で、各フロアー一箇所ずつに集められていた。
(危ない橋だ)
内心ヒヤヒヤとする思いでミタスは彼らを見た。今の革命軍の兵士より長年訓練を受けた警察官たちのほうが個人戦闘力では上だろう。これは軍本部のほうでも同じだ。しかも警官、軍の捕虜の数は実際アリア革命軍の10倍近くいるのだ。
全て、アリアが立てた作戦の効果だ。
マドリード王女という存在と、40機のアーマー……彼らは、アーマーの数から逆算してアリアの革命軍の兵力を当然1万はいると考え、自らの判断によって敗北の地位に降りた。もし、アリア革命軍が350人前後……しかもほとんどが正規の兵士ではない……と知れば、どうなるものか……。
やがてミタスは警察所最上階にある一室で、クシャナと合流した。彼女はミタスを確認すると、礼儀正しく一礼した。
「やめてくれよ。仲間内で」とミタスは苦笑する。クシャナも笑みで返したが、ミタスとは少し違う返事をした。
「今回は特別ですわ。これから本格的になれば、わたくしたちの中でも統率をとっていかないといけませんわ」
外に出ましょう……と促され、二人は部屋を後にした。
「統率というんなら、君の方が貴族、俺は市民だよ」
「アリア様はそういう身分でわたくしたちを差別されたりはしませんわ」
「まぁそうかもしれんが……」
「ザールさんとミタスさんと、ナディアちゃん。お三方は特別でしょ? そう聞いていますわ。わたくしも同意見です。ですから、わたくしのことは部下と思って扱ってくれてかまいません」
ちなみに公式な場でない時、クシャナはナディアのことを<ナディアちゃん>と呼ぶ。年上だから当然といえば当然だろう。
「君は変わっているな。そう気持ちよく言えるのはすごい」
「ですかぁ? でも、わたくし、人を見る目は確かだと思っていますよ? 残念だけど、わたくしは……わたくしに出来る相応の分がありますから♪ あ、でも、わたくしだって大人しいタイプじゃないんですよぉ? こう見えても」
「そりゃ知っているさ」
「ミタスさんにお願いしたいのは、軍の捕虜のほうです。今、シュラゼンさんに確認をとっているところですが、飛行船を1隻用意してもらっているところです。軍人さんと警官さんは、バハム公爵と一緒にシーマに送り届ける予定ですが……」
ミタスは頷いた。先に述べたように残存兵力は、実際は貴族軍のほうが多いのだ。こちらが少数とバレないうちに不穏分子はいなくなってもらう方がいい。
「ですが一部の兵士は我々に協同する人がいるかもしれません。その人たちは、乗せずにこの町で使う……とアリア様は仰ってました。とはいえすぐには採用ともできませんし……警察のほうはわたくしが見極めますから、軍はミタスさんにお願いしたいんです」
「そうだな。軍は男所帯。クシャナみたいな女性は喜ばれるだけかもな」
そうからかうとクシャナは複雑な表情を浮かべた。傷ついたらしい。
クシャナは、アリアと違い一見大人しそうな女性だが、幹部の中ではナディアと共に好戦的で、元々反乱組織の長だったほどだ。反骨心は一番強いだろう。
「悪かったよ。気にしないでくれ」
「わかっていますわ。それに、ミタスさんの指摘は正しい。どうしても外見でわたくしでは舐められてしまいますから。その点ミタスさんはいかにも強い戦士! という感じですし、なんといっても<ランファンの英雄>ですわ」
「俺はその二つ名こそいい加減忘れて欲しい」
「大丈夫ですわ♪ きっと今度は<革命の英雄>って呼ばれますから♪ クスクスクス」
「…………」
そうこうしている間に、二人は路地に出た。ここからはミタスは一人軍本部に向かう。
クシャナは、路上に積み上げられたマドリードの国旗を感慨深げに掴んだ。
「ミタスさん……。この国旗……今、わたくしたちはこの国旗の下で戦うんですね」
「傭兵の俺には考えも付かなかったことだったな」
「何度燃やしたか覚えてないんです、この国旗を……憎くて憎くて……。だけど、わたくしには実際できたのは……ただの山賊の紛い物のようなもので問題にすらされなかった……アリア様はすごい。都市を一つ、あっさり獲ってしまいましたわ」
クシャナの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。クシャナははにかみながら涙を拭うと握ったマドリードの国旗をミタスに手渡した。
「今度の国旗は、燃やさせません。誰にも」
「ああ。守ろう」
ミタスもはにかみ、その国旗を抱えた。
こうして、アリア軍のクロイス占領は完了した。
これはまだ、壮大な革命戦の、ほんの序章に過ぎない。今、彼らは初めて歴史の本道という後戻りの出来ない修羅への道に足をかけたばかりだ。
3
自室で静かに読書をしていたアミルの元に、血相変えたレミングハルトが血相かえ怒鳴り込んできたのは、10月16日午前10時13分のことだった。
「ど、どういうことだぁっ!! アミルっ!!」
怒気を発し迫るレミングハルトを見て、アミル=フォン=マドリードはすぐに何が起きたか理解し、僅かに口元を緩めた。
時間は15日に遡る……
クロイスの政庁前。その広場に集まったクロイスの市民2万人の前でアリア=フォン=マドリードが演説をしたのは丁度午後2時である。そして、その光景は映像で、ラジオで、そして新聞号外としてマドリード国内全域に即座に発信された。
即席で用意された演台にはマドリードの国旗が布かれ、旗が煌き、演台の後ろには二機の紅白の<ヒュゼイン>が並んでいる。
その演台の上には、国章が施された真新しい白い軍服と紅色のマントを纏うアリアの姿がある。後ろには、真新しい深い紅色の新軍服に身を包んだナディアとザールの二人が立っていた。
「私は、マドリード国23代国王! アリア=フォン=マドリードである!」
アリアはマントを翻し叫んだ。どよめきが市民の間で起きる。
「私が王位に就くに至る権利に関しては、先代王アミル=フォン=マドリードと王妃クラリエス=フォン=マドリード両人の承認状がある! そして何より、我が元には、王の資格であるマドリード国国宝、アーマー『ヒュゼイン』と玉璽がある!
私、アリア=フォン=マドリードのみが、マドリードの国政を決定できる唯一の存在である!」
そういうと後ろのザールが承認状を開いて見せ、アリアは懐から金で作られた大きなマドリード国の印鑑、玉璽を取り出し、演台に置いた。
「私は! 愛する我らの国のため、王として戦陣に立つ事をここに宣言するっ!
6年前、貴族評議会により我が父アミルと王妃クラリエスは幽閉され、その後貴族評議会は王の名を騙り、自分たちにとって利己優先的な政策を行い、反対する者を捕らえてその財産を没収し、貴族平民関係なく奴隷に落とした挙句殺害していった。国民を守るべきはずの軍を私物化し悪法と暴力によって民衆への搾取を始めた。だがそれら全ては、貴族評議会が捏造した偽法である! 何故ならば! 国法を承認する唯一の証明、玉璽は我が手の中にあるからである。その上で貴族評議会は暴政に走り、さらに大貴族もそれに協力して私腹を肥やし続けた! 結果、マドリードは……このクリト・エ大陸においてもっともひ弱で悲惨な国となった。大貴族も、貴族評議会も、そんな虐げられた国民の声を無視し、自らを省みることなく、我が父アミルを傀儡とし、その行いを改めることはなかった。このままではどうなるか……いずれは諸外国に蹂躙されるか内部から崩壊するか、そのどちらかしかない! 私、アリア=フォン=マドリードは、王位継承第一位者として、この現状を看過することはできない。よって! 父アミルの意志に従い、私アリア=フォン=マドリードは第23代マドリード国国王となり、諸悪の根源である貴族評議会を打倒し、マドリードを、平和で豊かな国の姿に戻すことを全国民に誓うっ! この度の決起は、その第一歩である」
アリアが拳を大きく突き出し叫ぶと、民衆からは大きな歓声が上がった。
「このクロイスから、我々新生マドリード軍の活動は広がっていく……だからクロイスの市民はもちろん、全国民に私は約束する。けして、私は皆をただ戦火に放り込み苦しめるようなことはしない。私は私の国民を愛している! 一人とて見捨てない。そして一人の国民のためにでも、私は悪逆な貴族たちから守りぬくと誓う!
皆……全国民に約束する。戦乱は長くは続かない! なぜならば私は強いからだ!
だがそれは皆の応援があるからである! 私はマドリード全ての国民のために、奇跡を起こしてでも、貴族評議会を打ち破るであろう。
貴族評議会に告げる。今すぐ私の宣言を受け入れ、愚かな蛮行を止め、父アミルを解放し、速やかにシーマを明け渡すことを要求する。そして、法の下、裁きを受け自らの行いに対し責任をとることこそが、唯一貴族としての責務を真っ当するものであるっ!」
そういうとアリアは背中から短剣を抜き。大きく前に突き出した。
「私は王である責任を果たす! 皆……どうか私を支えて欲しい! 私は全力で、皆を守ろうっ! 私は……自分の王位のためではなく、国民のために起つのであるっ! そのために! 少しの間、皆を戦禍に巻き込むこととなる……だが、ほんの少し……ほんの少し耐えて欲しい。必ず、私アリア=フォン=マドリードは皆を救う! 国民のために!! だから皆も、私に力を貸して欲しいっ!」
その瞬間、民衆の呼応は大きな叫びとなり、「アリア様万歳っ」「アリア様っ!」「王家万歳っ」と口々に叫び声が巻き起こった。
「ありがとう。改めて、この場で皆に約束する。貴族評議会からこのマドリードを解放し、平和で豊かな、美しいマドリードを取り戻すことを!!」
言い終わった時、政庁前の広場は地を響かせるほどの歓声に包まれた。まさにこの瞬間、歴史に名だたる『マドリード革命』の戦いは始まったのである。
首都シーマ 16日午前11時04分。
兵士に囲まれた状態で、アミルは大会議室でレミングハルトと共にアリアの映像を見終えたところだった。怒気を必死に押さえ込むレミングハルトに対し、アミルは爽やかな表情を浮かべている。
そこにクレイド伯も入ってきた。
クレイドは沈黙している二人を見、一笑すると明るい様子でレミングハルトのほうに歩み寄っていった。
「どうやら噂は本当でしたな。王女は存命……そしてしっかり我々に対して叛意をお持ちだ♪ アハハハハッ♪」
「美人だろう、我が娘アリアは」
「ええ、あの白の軍服もいいですな♪ 素晴らしいデザインで清潔感と高貴さがいい」
二人はまるで他人事のように、楽しげに会話をしている。むろん二人ともその腹の中に抱えたものは別物だが。しかしレミングハルトにとっては二人共不愉快だ。
「暢気な会話をするなーっ!!」
レミングハルトは大きく拳を振り下ろしテーブルを叩いた。
「クレイド伯っ! 馬鹿話はやめて頂こう! そんな事態ではないっ!!」
「失礼。ジョークが過ぎましたな」
クレイドは苦笑すると一歩下がった。
レミングハルトはアミルを睨みつける。
「どういうことか説明してもらおう! アミルっ!!」
「どういうことも何もない。王女……いや」アミルは少し佇まいを正し座り直す。
「アリア陛下の宣言通りだ。彼女は正真正銘、アリア=フォン=マドリードであり、現在では彼女は王座を握っている。それは王家国宝機、<ヒュゼイン>と彼女が見せた玉璽が証明しているではないか」とまるで他人事のように語るアミル。
「ふざけるなっ!! 玉璽だと……!? では……!!」と、レミングトンは金でできた拳大の大きさの国印……玉璽をアミルの前に突き出した。
「これは偽物というのか!?」
「ああ、偽物だ」と、済まして答えるアミル。
見る見る間にレミングハルトの表情が怒気に染まっていく。
「正確には、それは副印だ。本来王位継承権第一位の者が持つものだ」
副印に法的拘束力がないわけではなく、王の代理としての役目がある。もっとも正印である玉璽と王が存在すればその効力はない。
本来正規の玉璽はアミルが持つべきものであり副印はアリアが持っているはずのものだ。
「すり替えた、ということですな」
と笑みを浮かべ、クレイドは言った。アミルは頷いた。
「嘘だとおもうなら、王家書殿に行き過去の国印と比べてみたらいい。その副印は玉璽より一回り小さく、王家とマドリード国章のデザインも違うし金の純度も違う。貴殿らはそんなことも知らぬのだな」
「ふざけるなっ!!」
レミングハルトはアミルの顔面を横殴りに殴り転倒させた。アミルは抵抗するでなく、すぐに立ち上がり、表情を変えることなく口から流れる血を拭った。
「いつだ!? いつすり替えた!? そんなことはできなかったはずだ!」
玉璽……副印だが……は、職務以外はレミングハルトらが管理していた。最初はアミルがクラリエスに託し半年前クラリエスがアリアに奪還された時すり替えたのかと思ったが、その仮説には無理がある。まずアミルが職務時レミングハルトら貴族評議会員たちの目を盗みまず偽物をすり替えなければならない。だが幽閉されている今のアミルには一人の侍従もおらず部屋には一人で常に監視され、公務の場合はレミングハルトが手配した監視兵が護衛と称し就く。全ての行動は監視下にあり自由な時間などない。偽物を用意することがまずできないし、そこまで隙はなかったはずだ。
ではいつか……。
「ちょっとした手品ですな」とクレイドも頭を捻る。
アミルは特に誇るでなく淡々と言った。
「6年前だよ。貴様らが私を監禁する前だ。<ヒュゼイン>も、王とする承認状も、全てその時アリアに渡したものだ」
確かにそれなら話は合う。だが、そんなことがあるのか!?
「陛下。ちょっと信じられん話ですねぇ~。6年前とすればアリア殿下は7つか8つではないですか? ちょっと常識ないんじゃないですか、陛下」
さすがのクレイドも、その話には納得がいかない様子だ。
今のアリアであればアミルがアリアに期待し、全てを託すのは分かる話だが、6年前の、僅か7、8歳の少女にどうして国が託せるというのか?
当時、レミングハルトやクレイドたちの王宮制圧は完璧だった。アミルが国軍の発動を許さぬほど迅速で、完璧な計画だった。
「卿らの悪巧みを、まったく気付いていないと思ったかね?」
「ほう」
初めてクレイドは感銘を受けたように感嘆の声を上げた。が、目だけは笑っていない。冷酷な彼の本性が浮かび上がっている。
「ですが、その時期までは……確証はなかったはずだけどね」
クレイドは冷たい眼でアミルを睨みつけた。
当時作戦を計画し、実行したのはクレイドだ。多少の不審は持たれたかもしれないが、ここまで予見できるはずがない。
アミルはどちらかといえば凡庸な王で、特に長所も短所もない王だと彼らは見ていた。頭脳戦や戦略に自信がある現・マドリード軍総司令官であるクレイドにとってアミルごときに今まで騙されてきたのかと思うと耐え難い屈辱だ。
「ああ。だからこのザマだ」アミルはやはり変わらぬ態度で淡々と肯定した。
「愚弄するのかアミルっ!!」
今度はクレイドがアミルの顔を殴りつけた。だが、彼は激昂したのではない。すぐにいつもの冷静な顔でアミルを起し、笑みを浮かべた。
「ということは……陛下は、本気で少女のアリア殿下に王位を譲った、というわけですか?
我々にいいように使われるのが分かっていたとでも? あはははっ♪ それはいくらなんでもないでしょう?」
「そうだな。そこまでは私は予見できんよ」
まるで他人事のようにアミルは笑みを浮かべ答えた。
「私は、凡庸な王だからね」
「その凡庸な王が……こんな大奇策を打つとは……ちょっと納得できんのですよ」
「私は凡庸だ。だが、こんな私でも、一つだけ才があってね。それは、才能を見極めることだ。もっとも、これは私の才ではないのかもしれん。単に、彼女が目映すぎただけかもしれん」
「……彼女……? 殿下ですか?」
「ああ。アリアは少女の頃から特別だった。……王者……いや覇王の風格とカリスマを持ち合わせていた。私のもう一つの長所は嫉妬深くないことでね、素直に娘の才能に感動したよ。だから王位を譲ったのだ」
その言葉にレミングハルトはさらに怒気を発したが、クレイドは頷きレミングハルトを制した。
「侯爵。その点は認めましょうや。少なくともこの馬鹿な王……失礼、元国王より、アリア殿下の方が、王としての素質はあるでしょう」
そういうとクレイドは衣服を正し、いつもの冷酷な笑顔に戻った。
「真実が確認できた、それで十分ですよレミングハルト侯。ただ、それを認めるかどうかは別問題。玉璽の件や国宝のアーマーなどなんとでも説明できる。少なくとも、まだ大半の国民にとってはこのアミルが国王であるという認識は変らないし、愚民共に玉璽の真贋など関係ありますまい」
「…………」
「ようは、<力ある者、勝利した者の発言>が事実となる。真実など、関係ない。力こそが、事実であり真実なのです♪ ふふふふふっ♪ あははははははっ♪」
笑いながらクレイドは会議室を後にし、その後アミルは兵士に連れられ自室に戻された。残ったレミングハルトは、一人映し出されたアリアの映像を睨んだ。
「そうだ。どう吼えようとも……倒してしまえばよいのだ」
アミルは押えている。アリアが死ねば、自然再びアミルに王座は戻ってくる。小娘の決起など、何を恐れることがあろうか……レミングハルトは自分にそう言い聞かせ落ち着きを取り戻し、クレイドの後を追った。これからクレイドや他の評議員たちと、アリア討伐について打ち合わせよう、そう考えていた。
クロイス占領の翌日……すでに町はいつも通り活動している。最も駅は完全に封鎖、港もほとんど封鎖されている。漁民の活動やアルファトロス、パストーム地方との交易のみ本日からアリア軍の監視下の元許可されている。パストーム地方は同じくスレ・クル湾に面した場所で、パストームは穀倉地域でもある。これで一応、クロイスの市民が飢えることはない。尚、パストーム地方はザナドゥ伯爵家領地だからそちらを心配する必要もなかった。アリアがこのクロイスを最初の占領地に選んだのは、北にアルファトロス、南にパストーム、そして東……背にスレ・クル湾という感じで、周囲を固める事ができ、アリアの革命軍は丁度穴に篭るように、正面にのみ集中して対陣できるからだ。
アリアはクロイス政庁を本部とし、占領の事後処理に追われていた。午後になり小休止をとろうと政庁の休憩室にいった時、丁度同じく休憩にしていたミタスとナディアに会ったのだが……。
「うわっ! なんですかその服の着かたは! ミタスさんっ! そしてナディア!」
「やっほー♪ アリア様♪」
「やっほーじゃないですっ! ナ…ナディア! 軍服っ!!」
「あー なんか堅苦しかったからさ~ 作り直しちゃった♪」
なんと、ナディアは軍服の両袖を落として肩を露出させ、チェニックはミニスカートのように成形直されスリットまで入れられている。そして胸元は大きく開けていた。見事なまでにナディアの女性らしさを強調した軍服……というより衣装に仕上がっていた。
「マリノーアが見たら嘆きますよ……」
マリノーア=ヤートというのはアリア軍に参加している女性で、元々画家を目指していた。村に在住中そのことを知ったアリアが個人的に依頼し出来上がったのがこのアリア革命軍専用の軍服である。ちなみに今はナディアの指揮下の女兵士だ。
「マリノーアも『オシャレな着方』ってホメてくれたもーん♪」
ナディアは裁縫仕事が得意だ。おそらく今日の朝から作り直したのだろう。
「いいセンスだと思うけどな、俺は」
とナディアを褒めるミタスも、軍服の袖を捲り胸元を開いて風を入れアンダーシャツは着ていなかった。ミタスも堅苦しい服装は苦手で、軍服を涼しげに着こなしていた。ミタスは唖然とするアリアに「ナディアよりマシだろ?」と平然としている。
腹が立つことに二人ともそれが似合っていてだらしなさは全く感じない。
実用一点張りの大陸連邦と違い、クリト・エの軍服は儀礼服も兼ね、士官以上のものは貴族階級である証明もあるので、どの国も豪華で煌びやかな造りだ。アリア軍もそれに倣い、相当凝った意匠が施され美々しい。
アリアは大きくため息をついた。
「二人は軍のトップになるんですよ!?」
下級士官ならともかく、軍の将がこれでは他のものに示しがつかないではないか。ちゃんとした軍服を着こなすというのは、自軍が正統なもので単なる反乱組織ではない、という意思表示でもあったのだ。
「そんな柄じゃないもーん。あたしはアリア様の傍にいれたらいいんだから。こうしないとアーマーに乗るとき窮屈なんだよネ」
「そういうわけにはいきませんっ! 二人は<大佐>なんですよ?」
「<大佐>? なんだそりゃ、姫さん」
初めて聞く単語だ。
アリアは言い合いをする労力の無駄を悟り、近くのソファーに座った。そこに一部始終見ていたザールが現れアリアの肩を叩く。
「この二人はこのくらい気さくなほうがいい。あんまり堅苦しいと、民衆や兵士たちと壁を作ってしまい兼ねませんからね」
さすがにザールは見事に軍服を着こなしていた。
よく見ると、男女のデザインの差はあるが、三人は同じデザインの軍服だった。肩には三人共階級を示す銀のボタンが片方三つ、計六つついている。三人共階級は同じ<大佐>である。
ザールは、アルファトロスから発注していた全員分の軍服が届いたことを告げ、そしてアリアに新して部隊編成案を手渡した。
「軍服は階級によって変ります。これだけ細かく階級で仕切れば、雑軍を一つの組織として運用できます」
アリアは了承です、と頷いた。これはアリアとザールが前々より打ち合わせて決めていたもので、内容は大陸連邦の軍制度と呼び名を完全に採用している。将官4、高級士官の佐官3、下級士官の尉官3、下士官4つ、兵士3つの区分けだ。マドリードではここまで細かくなく、小隊長、中隊長、参謀、大隊指揮官、騎士指揮官、基地司令官、将軍……といった大雑把なものだ。貴族であるか民間出身か……貴族出身かマドリード国軍所属かでも微妙な上下関係があり、はっきりしない点が多い。そして軍の中で貴族特権がある。
アリアの軍は、一部のクロイス市民による義勇兵、近隣の義勇兵も吸収していく予定だ。細かい統制を階級で示さなければ統帥も命令系統も破綻する。そのため全面的に大陸連邦の軍階級方式を取り入れることにし、そのための資料もヴァーム経由で受け取りアリアとザールで研究を重ねていた。
その日の午後一番に、幹部と士官にあたる各小隊長たちを集めそれぞれの階級と、階級の役割、それぞれの軍服を支給した。
高級士官の所属と階級は以下の通りである。
マドリード国・革命軍総司令官 アリア=フォン=マドリード 中将
総参謀長(兼第三軍大隊長) ザール=フォン=ザナドゥ 大佐
親衛隊隊長兼第一軍大隊長 ナディア=カーティス 大佐
占領地軍務長 グドヴァンス=サードル 中佐
第一軍分隊指揮官 ミーノス=サムン 大尉
第二軍大隊長司令 トジーユン=ミタス 大佐
第二軍参謀副隊長 クシャナ=フォン=レーデル 少佐
第二軍分隊指揮官 シュラザン=ムードン 少佐
これが現時点での幹部たちの階級と役職である。
後のマドリード帝国で「栄光の三元帥」と呼ばれるに至るミタス、ナディア、ザールの三人は、この時からそれぞれ特別で各自<大佐>。実際は将軍にあたる。アリアとザールが長く研究しただけはあって、各役職の権限や指揮下に入る兵力はほぼほぼ大陸連邦と同じといえるだろう。
アリアが中将で最高位の元帥ではないのは、まだ国を掌握できていない事がある。革命戦時中に論功行賞を出したり、新規参入者も出てくるので階級に上の空きも必要だった。
基本、軍隊は、アリア自らが率いる第一軍、ミタスを頂点とした第二軍と、二つの軍に分けている。アリアの軍はアーマーが主戦力で本軍にあたりザール、ナディアやグドヴァンスは総司令部所属だ。そして国軍や民衆軍が参加し増えた場合は、ザールが新設の第三軍を設立し率いることになっている。ナディアはアーマー部隊の長兼親衛隊所属として常にアリアの傍にあり、場合によっては戦場でアリアの代理にもなる。
本来民政家のグドヴァンスが中佐であるのは、あくまで軍は政治の下につく、という意志表示だ。クシャナ、シュラザンなどの戦闘隊長は中佐ではなく少佐なのは、状況次第で二人は格上げできる余裕をとるためだ。ほとんど大陸連邦の一軍団の編成をベースにしている。
彼ら高級士官たちは、軍服のデザインも凝っていて、一目で指揮官だと判断できるようになっている。16日昼の段階で新生アリア軍の軍服をもらったのはこの6人だけだ。
ミーノス=サムンはアリアが予備兵力として国内に隠している民兵を束ねていて、ここには合流していない。
これらの発表は、昼過ぎには全員に通告され、それぞれ軍服を受け取った。
アリアの革命軍はほとんど民兵や反貴族の反乱組織出身者が多く、この立派な軍服に感激する者、興奮する者、改めて覚悟を決める者などおり、見て分かるほど士気は上がった。
午後2時に政庁に今度はクシャナが戻ってきた。彼女は無邪気に軍服の出来と士気の高揚を楽しそうな口調で伝えた後、本来の報告を行った。警官たちのほとんどが、アリア軍に協力するという。
その報告はアリアと、ミタス、ザールが聞いた。
「現地警察の大半は土地の者ですから……まぁ、支配者が我々になっても職務はかわらない……ということだと思いますわ」
「そうでしょうな」とザールは頷く。警察は領主の指揮下で軍隊でもあるのだが、組織は軍隊ではない。クシャナの相談は警官たちの処遇を正式にどうするかということだった。一応現状では、一部の下級警官は非武装で町の警備に当らせている。
「クシャナの意見は?」
「このまま町の警備隊としておくのがいいと思います。でも、油断はできませんから」
「それであれば、軍の内応者と一つにするのがよいかもしれんな。ミタス大佐、軍の方はどうなのだ?」とザール。
クロイスの貴族軍を掌握しているのはミタスだ。ミタスは「軍人はそうそう簡単じゃないね」と苦笑する。
軍は約3200人。そのうち、アリアの演説を聞き、率先的に革命軍に参加を希望したのが約120人。「クロイスの守備軍としてなら」とアリア軍に友軍として参加希望が850人。あとは捕虜ということで内戦中一切どちらの軍活動にも参加しないという約定を交し、<非戦闘捕虜>となったのが約1500人。それらに該当しない通常の捕虜が約750人……という内訳になっている。
<通常捕虜>は、港で鹵獲した飛行石メインの飛行艇に収容され、バハム公一族と共にこのあと準備が出来次第シーマに送られる事になっている。<非戦闘捕虜>は数が多いので、それぞれ海上船にて随時アルファトロスに送られている。彼らの行動はアルファトロスで自由となる。ここまではいい。問題は参加を表明した120人と友軍で守備兵となった850人だ。彼らは武器を取り上げられ、元いた軍基地で待機している。
この約1000人の兵士たちの扱いは難しい。アリアにとっては初めて得る外様の軍である。1000人という数は戦争単位では対した数ではないが、少数精鋭方式のアリア軍にとっては軽視できない数だ。完全にアリアに心服しているのかどうかも計りかねる不安要素もあり、また、彼らのような兵士の扱いが今後増えるであろう。その扱いでアリア革命軍に参加を表明する外様組織たちの扱いにも影響する。アリア軍としては、新規参加兵を増やしていかなくては戦争に勝てず、その最初である今回は、今後の戦略にも影響する高度に政治的問題だ。
アリアはその場でこの後軍基地に向かうことを決めた。自然アリアとナディア、ミタスの三人が向かうことになった。
向かいながらアリアはミタスとナディアに軍の運用の方法を伝えた。
「それはザールの知恵?」
「私の考えです」
「はぁ……アリア様って相変わらずすごいこと考えるよね~」
「同感だ。姫さん、キミには感心させられる」
「簡単な軍事行動ですが、指揮はミタスさんにお願いします。……本当は参加表明の勢力の中で信頼に足る人材がいればいいのですが……」
「俺は随分と買いかぶられてるものだな」
ミタス自身、どうしてアリアが自分の事をこんなにも買ってくれるのか不思議でしょうがない。出会った頃からアリアはミタスを特別扱いしている。アリアに言わせれば別に特別でもなんでもなく、ミタス自身自覚がないだけで、ミタスには先に述べたとおりアリアとは違う兵たちに慕われるカリスマ性と、非凡な戦闘力、そして高い戦略戦術能力があり、英雄としても将軍としても非凡な才能を持っている。さらにこの傭兵上がりの戦士は稀有なことだが、アリアに篤い忠誠をもち、揺るがない。ザールやナディア他幹部の皆もミタスに絶対の信頼をいだく所以である。
「ミタスさん。どうぞお気をつけ下さいね」
「姫さんの演説があるからな♪」
「…………」
そういわれてアリアは恥ずかしそうに苦笑した。
軍基地にて、アリアはミタスを指揮官として、新規参加の兵士たちを前にアリア軍として初の直接協力者となった兵士たちを褒め、鼓舞し、彼等の主がいまやこのアリアであるということを演説で示した。その後早速、アルファトロスからペンドルの間にある鉄道沿線上にある中規模の町、パトロスの制圧を命じた。編成はミタスを指揮官として、第二軍のシュラザンの部隊から50名とガノンを3機つけ、残りは全て新規参加希望者で臨時の即席中隊とし、その日の夕方に進軍を命じた。
アリア陣営から派遣されるのは、ミタスと他ガノン操縦者の2人で三人でしかない。
これがアリアの手法だ。
新しく参加した軍人たちにはまず戦闘をさせる。しかもアリアの直属部隊はあまりその作戦に参加させない。まずは手柄を取らせるという手法で、一種のテストであり、裏切る要素があればそのまま捨てるし、結果を残せば組織に組み込む。
この手法は王道といえる手法だが、この命令は必ずアリア個人の口から発せられた。
戻ればかならずアリア自身が慰労を労う。ほとんどの兵士はアリアの華厳さや風格や、清潔感ある少女の魅力により、たった一作戦でもう長年アリア直参であったかのような意識を持つようになる。後に軍の規模が大きくなっても、この方法は変えなかった。
予想通り、その日の夕方ミタスに率いられた約170人は、列車とアーマーで移動し、夜の早いうちにパトロスを制圧した。このパトロスを制圧したことにより、クロイス、アルファトロスの一帯は完全にアリアが掌握し、その結果鉄道網もアリア軍によって握られることになった。
その報告を、16日深夜に、アリアはミタス本人からの無線報告で確認した。
「お疲れ様です、ミタスさん。……すみません、ミタスさんは2、3日そちらで様子を見て下さい。全ての裁量はお任せします。あ……ただ、軍法だけは必ず徹底させて下さい」
アリアが示した軍法はごく単純だ。市民に対する略奪暴行の禁止……捕虜の勝手な殺害の禁止の2点だ。これはアリア軍全体の絶対軍法で違反者は階級問わず公開死刑と厳しい。
アリアは静かに無線機を置き、結果の報告をザール他幹部の皆に伝えた。
「おーっ♪ やったぁー♪ アリア様の勝利にかんぱぁーい♪」
「乾杯ですわ♪」
と、ナディアとクシャナが声をあげグラスを鳴らし、ワインを傾けた。乾杯、といったがもうすでに二人はボトル半分を飲んだ後だ。
「二人とも! 何でもう飲んでるんですか!」
「いーじゃんいーじゃん♪ これでようやく一段落ってことだし♪」
ナディアはアリアに「こっちこっち♪」と手招きする。アリアは大きなため息をつき助け船を求めようとザールを見たが、ザールも「では度を越えない程度で……飲もうか、シュラザン」と、シュラザンやグドヴァンスを促しワインを開けた。アリアは言葉もなく座り込む。
そんなアリアを、ナディアとクシャナが囲んで座った。
「ホラホラ♪ アリア様もぉ~楽しんでくださいな。少しは気を抜かないとダメですわ♪」
「そだよぉ~♪ 戦争のことばっか考えてると髪、白くなっちゃうよぉ~」
「なりません」アリアは言ったが、その時にはすでにクシャナがアリアの分のワインも用意して、手に握らされていた。
「ナディアのいうことは一部正しい。アリア様、少し気を抜きましょう。真面目すぎると判断にも余裕がなくなる。これで一段落したのは事実ですよ」
ザールまでそう言い出し、めずらしくグドヴァンスやシュラザンも
「左様、アリア様。アリア様は昔から根を詰めすぎにございます。我々……そしてミタス殿もいる、ご安心なさいませ」
「です。あの立派なアリア様のお姿を見れただけで、我々はどれほど勇気を頂いたかわからない。それは国中同じでしょう。今は一息おつきになってください」
「ありがとう、皆」
アリアは苦笑した。言われてみればどうも自分は気負いすぎているのか? と思った。
ここにいる仲間たちも、これで全てが万事上手くいくとは誰一人思っていないだろう。だがこのように時に気を抜かねばならないことは、年齢が上なだけに経験でよく分かっていた。(もっともグドヴィンス以外は皆20前後の若者だが)
その後、アリアはナディアとクシャナにクシャクシャに弄ばれ、そしてワインやお菓子攻めにあった後、そのまま強引にナディアたちにベッドに連れて行かれた……
その光景を苦笑しながら見ていたザールだったが、やがて女たちの騒々しさが聞こえなくなると、グラスを置いた。
「これで少しはアリア様の張りつめた気も解れる。こういう時はナディアが頼りだ」
「ですなぁ……」
グドヴァンスも頷きグラスを置いた。
「本当は我々大人が頭を悩ませねばならぬ事を一身に……さぞ大変でございましょう。我々に何かできぬものですか? ザール殿」
「人材面の問題がこれからは我々幹部の課題となるでしょう」
「人材面ですか?」
「グドヴァンス殿はともかく、クシャナ、シュラザン……卿らは馴染ある部下を率いるには長けている。そこに少々新しい兵士が加わっても十分やっていけるであろう。だが、万の軍勢を率いていけるか?」
「それは……どうでしょうか」
シュラゼンも目線を落とした。
シュラゼンに才能がないわけではない。
彼は若く優秀な男で、タニヤでアリアが組織した革命軍の実戦隊長としてこのクロイスでも活躍している。だが彼も実はナディア同様アダの出身である。万人を率いるには経験がない上、まだ心の中には市民兵や貴族出身者を指揮する自信が万全ではない。クシャナも戦術指揮官としては一級だが、戦略能力は同じくまだ若い。
実は戦略眼はないと自称しているナディアのほうが、アリア、ザールと接してきたため司令官としての才能は高い。彼女はアダの生まれで貴族に対して強い反感はあるものの、それは敵に対してだけで部下に貴族がいても臆せず、差別もせず、評価も態度も公平なので、司令官に適していた。ミタスもその点同様で、彼も身分に拘ることなく部下を平等に扱うし、好感も威厳もあり司令官としての才能を有している。ザールは元々上級貴族出であり、戦略戦術能力はアリアの勝るとも劣らない。
結局、完全にアリアなく独立部隊を運用できるのは、<大佐>であるあの三人だけだ。
アリアとザールの悩みもそこにあった。
三人になんとか準ずる才覚を持つのは、元反乱軍リーダーだったクシャナだけだ。彼女は優秀な人材で政治の手腕も持ち合わせているが、やや反貴族の気持ちが強いのと、戦略より戦術家向きなので三人に比べるとやや片寄りがある。
これから兵力は増強されていくだろう。民衆軍に貴族私兵軍の転向者、国防軍からの参加者などが、今後増える。彼らは当面は第三軍として、総司令官アリア、司令官はザールということになるが、その下につく実戦部隊指揮官がいないのだ。他に反政府組織と連携していて、反政府組織にも人材はいるが、クシャナほど才覚と忠誠心を持つ者はおらず、精々中尉がつとまるレベルなのだ。
今欲しいのは、大尉、もしくは少佐が務まる人材だ。今はその階級でも、将来的には将官となる人物である。
「反政府の組織よりマドリード国軍からの士官が参加してくれれば……」
国防軍には訓練を受けた指揮官、士官がいるはずだ。
マドリード国防軍は組織としては国王の純粋な指揮下で、総兵力10万あり、国内では最大の軍事組織だ。指揮官として受けた優秀な人材もいる。だが彼らはアリアの決起が判明後、マドリード国軍ペニトリー=フォン=グレース将軍は早々に中立を宣言した。体勢が決しない限りアテにできない。
「では、どうなりましょうか?」
「私にもわからぬよ、グドヴァンス殿」
と、ザールは正直に答え苦笑した。むろん国防軍にも引き抜きの交渉や説得はしていくつもりだが、どうなるかは未知数だ。
……ふと、ザールは一人の人物を思い出した。彼が参加してくれれば助かるのだが……
ペンドルの軍司令部で、シュナイゼンは熱いコーヒーを持ったまま、じっとラジオを聞き流していた。
ラジオの演説を聞いたシュナイゼンは、2カ月前の事件の真相を理解した。
「ついにアリア殿下は決起された……」
ここペンドルは、シーマとアルファトロスの中間にあり、ほとんどの国軍が国境配備である中で数少ない国軍の大隊長……それがシュナイゼンである。しかも立地からして、このペンドル周辺は戦場になる可能性が大きい。シュナイゼンは動けなかった。
シュナイゼンが行ったことは、まず直属の将軍であるグレース将軍にアーマーの補充と、2個小隊を自らの配下として派遣してもらうよう要請しただけだ。ペンドルの守備軍のほとんどは貴族評議軍で、シュナイゼンは出向隊長だ。正確には貴族軍との両属にある。軽挙に動ける立場ではない。
「すぐにでもアリア殿下の下に行きたそーな顔ねぇ~ シュナイゼン♪」
秘書官兼副指揮官であるミルネバは幼馴染の上司の心情を察し、クスクスと笑った。彼女のケガはすでに治り原隊復帰している。
シュナイゼンは、『鉄仮面』と部下たちから揶揄されるだけあって、そんなミネルバの言葉を顔色一つ変えず無視し、黙ったままゆっくりとマグカップのコーヒーを飲み干した。
「私には私の職務がある」
「職務って?」
「このペンドル守備だ。都市を守る重要な任務だ」
「ふーん」
ミルネバは苦笑し、自分のマグカップを置いた。正直シュナイゼンは堅く職務第一の生真面目な性格を知っている。ミネルバ的には、貴族軍よりアリア革命軍のほうに好感を持ってはいるが所詮シュナイゼンの副官でしかない。この複雑な現状でシュナイゼンの真意が何なのか、幼馴染の彼女にも計りかねた。
シュナイゼンは沈黙している。
「『マドリード戦記』 王女革命編 4 決起」でした。
ついに革命戦がスタートです。
現段階でも圧倒的な兵力差……果たしてアリアはその後どうしていくのか……
アリアの構想では、革命戦は一年で終わる、という事になっています。これからがアリアの神域にある、とまで言われた天才戦略家としての才能が花開いていきます。
この時代のクリト・エは、丁度……地球の歴史でいえば、一次大戦の頃に近いかもしれません。戦争が歩兵中心であった常識の中、機動兵器が出現し戦争の価値観がごろっと変わる時代と似ています。アリアの天才的戦略も、ほとんど新しい時代を思わせる機動兵器による電撃作戦によるところが大きいです。
ということで、ついに戦端が開かれた「マドリード戦記」。
これからはアリア様の王者としての気質、素直で優しい純粋な少女の心、そして時代を先取りする天才戦略家の活躍をお届けできると思います。
今後も「マドリード戦記」をよろしくお願いします。