『マドリード戦記』 王女革命編 34 城内の戦い⑤
『マドリード戦記』 王女革命編 34 城内の戦い⑤
相変わらず動かないクレイド伯に、違和感と不審感を覚えるザール。
しかしザールも今では手が出せないでいた。
一方孤軍奮闘しているクシャナは、圧倒的不利な状況に追い込まれ苦戦していた。
袋叩きにあうクシャナ。
そこに友軍の一隊がようやく駆けつけるのだが……衝撃的な事実が判明する。
城内の戦い 3
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一方クバレスト地方の戦線にも触れてみよう。
ザール軍とクレイド軍の激突は、この日も大きな動きなく戦いが続いている。
クレイドは徹底した防御重陣を布き派手な動きはしない。一方ザール軍のほうは予想外に多忙であった。クバレスト地方だけでなく近隣地方の民衆の暴動や一揆の収拾、クレイド軍が放った小規模部隊のゲリラなど発生し、ザールはそれら全ての対応を余儀なくされていた。
この点、ザールはアリアの軍師であり総参謀長に在するだけあり、軍事的手腕も政治的手腕もずば抜けていて。問題が起きても動ずることなく的確に手持ちの部隊を手配し、それらを鎮めていった。しかしその処置のため、目の前に陣取るクレイド軍に一大攻勢がかけられない。
「どっちが政府軍なのかわからん戦いですな」
午後14時過ぎ……遅い昼食の米パンサンドイッチを食べながらサザランド中佐は嘆息する。ザールはそれを聞いても特に反応することなく無言で前方に広がる戦闘を見ていた。
成程、クレイド=フォン=マクティナス伯爵という男は、人格はともかく能力は一流だ。用兵能力も高く、こちらの攻撃を理解し、巧みに防衛陣を操りザールに攻勢の好機を与えない。ザール軍の攻撃が弱まれば「我々を忘れるなよ」とばかりに砲戦を繰り出してくるし、いやらしいタイミングでゲリラ部隊を出す。戦争をしているというよりボードゲームの対局でもしているかのようだ。正直なところ、サザランドだけであればクレイドに翻弄されていたに違いない。
しかし、それにしても動きも意欲もない戦いだ。
クレイドは勝とうとせず、負けないだけの戦いに徹している。
戦いに勝つだけならば簡単だ。<アインストック>を突撃させ、一気に蹴散らせばいい。だがそうすればクレイドは軍を四散させ、町や村に逃げ込み徹底したゲリラ戦を行うだろう。そうなれば完全制圧には時間を有する。クレイド自身はその隙に国外逃亡してしまうだろう。ザールの今の緩い現状の対陣は、追い詰められたクレイドにその策を取らせないためでもある。
……クレイド伯の狙いは、バルド王国への国外逃亡だ……。
ここで長々と対陣しているのはレミングハルト侯が合流するのを待っているため……だとザールは睨んでいる。首都シーマが陥ちた時、初めてクレイドは動く。ザールはそう観察していた。
そのザールの観察は、半分あっていた。
クレイドの関心は前面の会戦にはなく、無線のやりとりばかりに集中していた。その中には王城ハーツティスの戦況もあったが、そこにレミングハルト侯の動向やアリア軍の事ではなかった。
もしクレイドの考えをアリアやザールが知っていたら……知ったとしたら、これまでの戦略を変えてでもクレイド軍の壊滅に梶を切ったはずだ。だがアリアもザールも全知全能ではなく、世界の情報全てを握っているわけでもなかった……。
機体が激しく揺れ、コクピット内で激しいスピークが起きる。
「ちっ!!」
クシャナはキャノピーに頭を強かにぶつけた。鬱陶しい長髪のウィッグを脱ぐと手には血がついていた。頭のどこかを切ったようだ。
クシャナは流れる血を無視し、再び<ガノン>のコクピットに座りなおすとすぐに機体を後退させた。しかし後ろにも敵<ガノン>が回りこんでいる。そして対アーマー戦用の長槍を繰り出した。
長槍は、クシャナ機の左腕付け根を串刺しにした。小爆発と共に左腕は砕けた。クシャナ機の右腕はすでに戦闘で失っている。これで完全に戦闘力は失った。
しかしクシャナの闘志は消える事がない。
「うりゃゃぁぁぁっっ!!」
そのままバックし、後方にいた敵<ガノン>に激突する。その衝撃が収まると、あろうことかクシャナはコクピットから飛び出ると、すぐに後ろの敵<ガノン>に飛びつき外部についているキャノピーの強制開閉装置を作動させた。そして何が起こっているか分からない混乱の極にあった敵パイロットを、持っていたナイフで首を切り裂き、半死半生の敵パイロットをコクピットから叩き落した。
新しい<ガノン>を強奪したクシャナは、一度距離を取った。
「……さすがに……大変ですわね……」
キュノピーが閉められず向き出しのコクピット内でクシャナは荒い息を吐いた。外部から強制開閉装置を使った場合はもう一度外から操作しないとキャノピーは元に戻らない。仕方なくそのまま乗っている。
午後14時45分になろうとしていた。
クシャナの働きは凄まじく、敵<ガノン>を計6機大破させ、5機を小破させた。今も敵<ガノン>8機を相手にしている。歩兵はどれだけ相手にしたか覚えていない。クシャナがこれほどの戦果を上げた一因は敵にアーマー戦に通じ全体の戦略を知る指揮官がいなかった事、<ガノン>に不慣れでパイロットたちが上手に扱えなかった事などだ。だがやはりクシャナの獅子奮迅の活躍が大きいだろう。彼女の派手な働きを目にした貴族評議軍はアリア軍本軍ではなく目の前のクシャナに集中した。この戦況こそクシャナの狙いではあったが、いかにクシャナが勇猛果敢で優秀でも、完全孤軍で戦うには限度がある。同じ孤軍でも、アリアやナディアは搭乗機がヒュゼインだがクシャナのアーマーは<ガノン>で性能の違いは大きくアーマーの腕も段違いだ。アリアより巧いパイロットはナディアしかおらず二人は突出した才能を持っているが、クシャナは10指内というところで近い腕のパイロットは多く存在する。当然貴族評議軍のパイロットたちと比べても頭一つ抜けたところはない。そのクシャナが大群相手に一人奮戦しても限度がある。単騎奮戦というより、単騎袋叩きというような状況だ。
それでもクシャナは逃げる事も怯む事もなく、果敢に敵<ガノン>の輪の中に飛び込んでいった。
貴族評議軍パイロットたちも、これが反乱ではなくアリア軍の潜入者であることに気が付いたようだ。
新しく乗り換えた<ガノン>だったが、瞬く間に小型ビーム砲を内蔵した右腕が破壊され、胸部と背部の装甲が潰され、キャノピーは打ち砕かれ、今や長槍を持つ左腕のみで奮戦するような状況だ。
「なんとか時間を!!」
できるだけここで食い止める……それがクシャナの狙いであり、彼女が打てる最大の戦略目的だ。しかし8機相手では時間を稼ぐ事も容易ではない。逃げ回っていてもすぐに後ろに回りこまれ四方から攻撃を受ける。
クシャナ機が完全に敵に包囲された、その時だった。
敵<ガノン>部隊は、突然横からのビームの集中砲火を食らい、体勢を崩した。
「あれは新型!? 味方!?」
クシャナはコクピットの中で立ち上がった。
ナディアと別れた<ナイアザン>2小隊6機の急襲であった。
クシャナの姿を見つけたのだろう、ナイアザン隊はクシャナ以外の<ガノン>を的確に狙い蹴散らしていく。性能も練度も<ナイアザン>と<ガノン>では比べにならない。
8機いた<ガノン>は2機まで討ち減らされ、残った<ガノン>は戦艦のほうに退却していった。
こうしてクシャナは、この革命戦で初めて友軍との合流を果たした。
「クシャナ大佐。大丈夫ですか!?」
この分隊を指揮するクロード=モスバーグ中尉がキャノピーを開け顔を出した。彼は以前第二次リィズナ会戦でアリアの飛行船爆弾に参加したアーマー乗りだ。
「大丈夫です。それより敵戦艦<スサノーテ>と<クアロノス>、アルファトロスから持ってきた<グアン・クイム>の確保です! まだ敵<ガノン>が数機残っていますから警戒を怠らずに!!」
「ほ……本当に大丈夫ですか!? クシャナ大佐!!」
クロード中尉の顔は真っ青だ。
「大丈夫です。何を……?」
返事をしたクシャナだったが……その時初めて体の違和感に気が付いた。血の匂いと、冷たい左腕の感覚に……。
「!?」
彼女の左手は、操縦桿を握ったまま取り残され、体とは離れていた。
クシャナは敵<ガノン>の砲撃を受け、左腕の第二関節から下が切断されていた。傷口の大半は超高温のレーザーで焼かれたため流血は少ない。これまで戦闘の興奮と昂揚と緊張感で痛みなど感じる余裕がなかったのだ。
さすがのクシャナも顔面蒼白となり、呆然とコクピットに座り込んだ。
クロード中尉はすぐに部下一人を呼びクシャナの手当と収容を命じた。
その命令を聞いてクシャナは軍人として甦った。
「今の命令は取り消します! 全部隊、敵戦艦拿捕を!!」
「クシャナ大佐!!」
「大丈夫。傷口は焼かれて出血は少しですから失血死の心配はありません。自分の手当ては自分でできますわ。……少し、休ませてもらいますけど構いませんよね?」
かすり傷です、というような普段どおりの彼女の応対にクロード中尉のほうが飲まれてしまって言葉が出ず、震えがおきて仕方がない。普通の貴族の子女が自分の千切れた腕など目にするだけでショック死してしまうのではないか。さらにクシャナはクロード中尉を落ち着かせるためか、千切れた左手を掴むと無造作にコクピットの外に投げ捨ててしまった。
「クシャナ大佐!?」
「だって邪魔でしたもの」
ビームで撃ち抜かれたのだ。どうせ接合はできない。ならば今の彼女にとってアレは無用なものだ。
「私はここで見ていますから、皆さんは戦闘を。敵戦艦が動き出せば色々問題ですから、早く。拿捕できないなら破壊してください」
「わ……分かりました。何かあればすぐにお呼び下さい」
「クロード中尉。ミーノスさんたちが城内の無線室を占拠し抵抗しているはずです。連絡を取ってアリア様に報せてください。もうじきアリア様はここに乗り込んでこられるはずですから」
ついさっき、内苑正門のほうから凄まじい爆発音が聞こえた。それでアリアの入城を知った。戦闘は終局に近づいている。<ナイアザン>には無線機が付いているから連絡は取り合える。
「もしこちらの戦線の敵が手に余るようなら救援要請を忘れずに。さすがに戦艦が動き出せば新型アーマーでも手に余ります。気負わず、無茶をせず、アリア様を信頼し連絡は密に」
「クシャナ大佐! それより機を交換しましょう! この<ナイアザン>に移って下さい!! 安全ですから!」
「んー……そうしたいんですが、そのアーマーは初めてみますもの。操作が分かりませんし、片腕ではそちらに移動するのも大変ですからここでいいです。まだこの<ガノン>は動きますから」
この言葉を聞きクロード中尉はさらに肝を冷やした。「休む」と言っていたが、この口調からするとまだクシャナは戦う気だ。
「では早く行ってくださいクロード中尉。命令ですよ」
と言った後、クシャナは苦笑しながら頭を下げ、悪戯っ子のようにペロリと舌を出した。
「あ。私の負傷の事ですが、ここだけの秘密です。絶対アリア様にもナディアちゃんにも報せてはダメですよ? 破ったら私は本気で貴方を叱ります」
クロード中尉、もはや言葉も出ない。
これ以上会話するのは戦機を逃す事になる。それにクシャナにも負担だろうと考えたクロード中尉はクシャナの命令を受領し、<ナイアザン>部隊に攻撃命令を出した。
<ナイアザン>は3機一隊となって、まずは一番近い<クアロノス>に向かって行った。
……アリア様といい、ナディア少将といい、クシャナ大佐といい……マドリードの女性は何か特別なのか……!?
と、クロードは不謹慎ながら戦慄を覚えた。彼もアダ出身でナディア同様タニヤ時代から長くアーマーに触れ、アーマー操縦の腕は10指に入り歴戦のパイロットだと自負していた。しかし今のクシャナを見た後ではそんな些細な誇りや根性は消し飛んでしまった。彼の勝手な想像だが、アリアもナディアも、同じように片腕くらい失っても態度は変わらないような気がした。
クシャナの周囲がようやく静かになった。
クシャナは自分の上着を脱ぎ、ベルトを外した。ベルトで傷口の上の二の腕を縛り、切り裂いた布で傷口を縛ると、また上着を羽織り器用に上着の前を閉めた。これならばぱっと見、片腕である事は気付かれないだろう。
「これじゃあ……もう弓は使えませんね、アリア様」
そういうとクシャナは<ガノン>の席深く座りなおして苦笑し、目を閉じた。
アリアは物凄い剣幕で無鉄砲を叱るだろうか?
いいや、きっと誇らしく思ってくれるに違いない。
そして多分、二人きりになった時、アリアは叱りながら泣いてくれるんじゃないか?
クシャナは目を閉じ、そんな光景を思い浮かべ微笑んでいた。
涙が、少しだけ流れた。涙に、クシャナは気付いていなかった。
『マドリード戦記』 王女革命編 34 城内の戦い⑤でした。
ちょっと今回はザール軍とクレイド軍に触れてみました。
実はここに大きな意味があります。よかったらこの関係を忘れず覚えていてください。
そしてクシャナ、激戦でした。
ようやく増援が来ましたが、それでも他の戦域と違いここはアリア軍が圧倒的少数で圧倒的劣勢です。
……クシャナの左腕喪失は……これまでの展開で一番ショッキングな事件だったと思います。
ビームが左腕の関節辺り撃ち抜き、彼女の腕を切断しました。
ビームは一瞬。そしてクシャナもあまりの激戦でその痛みに気付かなかった……というわけです。
こういう事は、実際(地球のです)一次大戦や第二次大戦の歩兵や飛行機パイロットたちによく起きた事例で、こうして手足を失った歴戦兵は多く存在します。もちろん普通の戦争でも結構手足を失う事は多いですが、歩兵と違い一人で戦うパイロットの心理状況は結構特殊で、歩兵は士気をなくしますがパイロットは意外に逆に高揚感や戦闘意欲を落さず戦った……といわれています。
と……めずらしく今回あとがきで注釈として書いてみました。
ということで次回に続きます。
もうアリア軍は城内戦に突入……革命の成功も間近です。
ですが、まだ無数のドラマ、無数の戦い、そして悲劇が残されています。
ということで今後も、「マドリード戦記」を。アリア様の革命戦を、宜しくお願いします。




