『マドリード戦記』 王女革命編 21 革命戦中章②
『マドリード戦記』 王女革命編 21 革命戦中章②
広い定義において「アリアの女王革命」の火蓋がマドリード西部クバレストで勃発する。
対するのは別働隊司令官ザールと別働隊クレイド伯。
そして、進撃の形を取るアリア軍に対し激しく動揺する貴族評議会。
貴族たちの混乱と迷走が始まる……。
革命戦 中章 2
パラ歴2336年 4月2日
後世『女帝4月革命』と呼ばれる歴史的大事件が起きる月として記憶されることになる。
最初に戦端が開かれたのはクバレストであった。
後に『第一次クバレストの戦い』と呼ばれる会戦が、革命勃発の最初の第一戦とされている。
マドリード国西部クバレスト地方で激突したのはザール・サザランド率いる別働アリア軍7500と、攻撃目標をリィズナよりクバレスト鎮圧に戦略目標を変えたクレイド率いる貴族軍11500が数日睨み合っていたが、ついに両軍はクバレスト市郊外の草原地帯で砲撃戦が始まった。
アリア軍は飛行艇が二隻、クレイド軍は三隻。だがアーマーの数はアリア軍が24機、移動用砲台など簡易機動兵器は62と火力ではクレイド軍より勝っていた。また戦意に到っては歴然である。アリア軍は途中クバレスト地方の叛乱組織を救出、それを取り込みさらに西部地方の義勇兵の参加があって当初予定より2000ほど兵力を増した。彼等は自分たちが受けた迫害に対する復讐心に燃えているし、軍はすでにいくつもの戦いを潜り抜け戦闘馴れし、アリアに対する忠誠心も高い。一方クレイドも予定兵力より3500も増やしたが、その大半は強制的に集められた貧困者、農奴、アダたち、クバレスト騒乱の容疑者たちを「反乱罪で一族郎党処刑……を免ずるかわりに我が軍役を命ずる」と脅迫によって得た兵力でとても士気というものを期待することはできない。それらの事情は双方諜報によって得ている。
「ただの時間稼ぎだな」
ザールはそう断定した。本気でクレイドが戦争で勝とうとしているとは思えない。強制的に寄せ集めた兵など一戦して上層部の意志を挫くだけで一気に崩壊してしまうだろう。
ザールはアリア軍の中では最も冷静に情報を分析できる男だ。クレイド=フォン=マクティナスという男の力量を過小評価も過大評価もしていない。あのどこか人格的問題を持ちつつ英気と覇気を持つ貴族将軍が、純粋に勝利を求めてこのように対陣しているとは考えられない。
ザールは自軍に砲撃戦を命じつつ、戦端を開いた旨アリア軍司令部に無線報告をした。アーマーや歩兵は戦艦に収めたまま動かさない。
「一気に攻めたほうがよくないかね」
ザールの横でササランドが笑いかけた。兵力差はさほど大きくないし、士気や戦闘力の差は歴然だ。元々行動力の固まりのようなサザランドとしてはこれまでの戦争では後方支援が多かった分今回の作戦には意欲的だった。そんなサザランドを、ザールは愛想笑いするだけで指示などは出さなかった。サザランドの戦意はそのまま兵士たちの戦意だったがザールは司令官としてそれを抑えねばならない。今クレイドは持久の姿勢をみせ、今突撃しても戦機はない。突出すれば防御され逆に被害を受けるだけだ。ザールに言わせれば高揚するサザランドたちもまだまだ将校としては未熟だと判断せざるをえないがさすがにそれは黙っている。
ザールは目の前の戦闘ではなくクレイドの今後の行動と貴族評議軍の今後について考えていた。ただ一戦場の処理をするためだけの理由で出て来たわけではない。クレイドが意味もなくこんなところで軍事行動をするはずがない。
「しばらく戦闘指揮をお任せする。私は少し考え事がある」
そういうとザールは自室に引き上げるべく戦闘に背を向けた。ザールは「大きく戦況が動くか、アリア様から連絡があったら呼んでくれ」と言うと静かに艦橋を去った。
サザランドは少し残念そうな顔をし、「まぁいいさ」といわんばかりに苦笑し、部下たちのいる艦橋に戻った。砲撃戦はまるで祭りの花火のように散漫的に行われている。
ザールは歩きながら、もう一度クレイドの意図を考えてみた。
今が時間稼ぎだとしてあの男は何を考えているのか……知らない別働隊があってアリア軍に二正面作戦を考えている……いや、その可能性はない。ではこの場所か。当初の予定地から大きく北に移動しクバレスト地方で対決することとなった。ここは貴族評議会議長レミングハルト侯の領地だ。侯爵家所有地だけあって広大で肥沃した大地があり涼やかな高原地で戦争する上で有利となる地形効果はない。
ふとザールの脳裏にこれまでにない単語が浮かび上がった。
バルド王国。
マドリードの約二倍の国土を持つ隣国。そのバルド王国との国境まで80キロちょっとしか離れていない。100年前ならいざ知らず飛行船が発達した今では遠いとはいえない。バルド王国とマドリード王国とは不可侵協定が結ばれている。しかし50年前政府間で結ばれた古い協定で両国間の交流はほとんどない。経済的なつながりがあったのは……
「このクバレスト……か」
このクバレストはマドリード国内において、独立した経済圏のひとつだ。この都市だけが僅かではあるがバルド王国と商業取引があった。そう……交流がったのだ。このマドリードで唯一……。
ザールの中でバラバラの欠片が一枚の絵に仕上がっていく。レミングハルトの行動とクレイドの意図、そして連動して起きるであろうバルド王国の動きがはっきりと見えた。
ザールはすぐに無線室に向かった。この事実をアリアに伝えなければならない。賢明なアリアならば、ザールの推理を理解し適切な手を打つに違いない、その事だけははっきりと確信をもっている。
一方、首都シーマやアリア軍にとって4月2日は平和な日というわけではなかった。
まず貴族評議会と首都シーマの動きから追ってみたい。
これまで貴族評議会のことはレミングハルトとクレイドの二人に絞って筆者は話を進めてきた。だがむろん貴族評議会は彼等二人が完全に独裁していたわけではない。貴族評議会とは選抜された大貴族によって評議会を開き、そこで上がった議題をまとめ王に報告、王の認可を得るとそれをまた評議会で実行に移す……これがマドリードの貴族評議会制度で、コロコス王国とトリメルン王国もほぼ同じ制度を用いているし、ザムスジル帝国も四侯プラス帝王というやはり似た制度だ。
マドリード貴族評議会を支配しているのは筆頭議長であり宰相のレミングハルト侯爵、そして貴族評議会軍の総司令官であったクレイド伯爵が自然次席という形だったがクレイドは別軍を指揮しシーマを去った。その跡を継いだのは<大熊>と徒名されるバロウズ=フォン=コクラン伯爵であった。現在の職は『首都憲兵長官兼国防軍軍務長』で、首都シーマの事実上の市長だ。軍人気質で武芸と暴力と財産と遊蕩をこよなく愛した典型的な<暴君貴族>で、その行動はまるでザムスジル帝国人を彷彿とさせる。貴族特権に煩い反面その秩序には忠実で、格上であるレミングハルトにとっては忠実な男であった。政治家としての能力はさほどもなくシーマでの市政処理は政治というものではなくただの乱暴狼藉で全てが強引だった。そのため多くの市民が市民権を奪われ、多くの商人たちの資産が彼の懐に消えた。彼にとって王はただ自分の権力を維持するための道具で、レミングハルト以外何人にも屈しないこの倣岸で無能な男が政府内で重要な職を約8年あまり居続けたのは、レミングハルトの売国陰謀の一端であった。バロウズは期待通りシーマ市民の憎しみを一身に集めてくれた。当人はその憎しみを『我が威を恐れ入っている卑屈者たち』と勝手に解釈するその程度の男である。
余談ではあるが彼の先代、バートロング=フォン=コクランは一時期マドリード宰相にもなった辣腕者で羨望と尊敬を集めた貴族政治家であったが息子には全くその遺伝子は受け継がれなかったらしい。
この時期、今にもシーマで革命戦がおきようとしている現状ではこのバロウズ伯が事実上ナンバー2にのし上がった。むろん自分たちの特権を奪おうと革命を起しているアリアに対して敵対心を持っている……どころか彼は恐らく貴族評議会一番の反アリア過激論者であった。バロウズ伯は自分なりの正義を確立するため「アリア殿下など存在しない、架空の王位簒奪者」と憚る事無く公言していた。
他には最も高齢な内務大臣のクリギヌス=フォン=パーサ公爵がいる。彼はレミングハルトが貴族評議会になる前からいた評議会の先輩だが、元々アミル王と不仲であった。レミングハルトの推挙によって内務大臣となったが特に何ができるわけでもなく、レミングハルトやクレイドたちに協力して自分の権利だけを守る。昔から続く大貴族というだけの男だ。無害といえば無害だが、内務大臣が無害無能ということは国にとってこれほど不幸な事はないだろう。しかもアリアの決起を知り今では「恐アリア症」に陥ってしまい、この一年ろくに仕事らしい仕事など全くしていない。
先に出てきたレイトンの親戚ナムルサス公爵など、財務大臣だったが全く仕事はせず政庁にこもり、不安と恐怖のため暴飲暴食に明け暮れている始末だ。他の諸大臣たちや関係貴族たちも似たり寄ったりである。
こんなにも腐敗した貴族たちが政権を握っている珍現象といっていい状況はむろん自然発生したわけでなくレミングハルトがそのように仕上げたことであり、最初に構想したのはなんとアミルであった。アミルは富国強兵主義を望み財政の健全化のため貴族たちの腐敗を見極めた後、それら腐った枝葉を一斉に間引き国を活性化させる計画をレミングハルトと立てていた。結局双方思惑の決裂によってレミングハルトがアミルを切り捨て、腐敗を切るとどころか養い続ける方針を採り10年も経たぬうちに無能と腐敗の巨大な巣を作り上げてしまった。
一方、アリア軍が目前まで迫り、まさに喉元に短剣を突きつけ力を込めるだけ、という今になって、急にこっそり転身した貴族も少なくなかった。
貴族評議員で司法大臣のゴルトバ=フォン=アアリラス伯爵は、アリア軍発生当時はバロウズ伯と共に気焔を上げていた一人だったが、リィズナの戦いで貴族軍が破れたと知ると途端にその口は一切開かず、その軽口には重々しい鎖と鍵がかけられ政変に関する事は一切口にしなくなった。そしてレミングハルトに隠れてこっそりアミル王に接近し、「自分は騙された。アリア殿下の敵ではない」とこっそりアミルの耳に呟くようになった。それ以外自分を弁護することができなかったのだろう。しかしそれはあまりに節操なく、アミルの失笑を買っただけで、王の心を動かすことはなかった。なぜならばゴルドバ伯は司法長官として46貴族院以外の自分たちに反抗的な貴族たちや財産を貯えていた下級貴族たちを冤罪で告発し土地や財産を没収したのは彼であり、アリア軍屈指の勇将クシャナを生み出したのは彼の働きによるものだ。クシャナがアリア軍幹部であるかぎり彼は投降もできない。アミルに擦り寄ることが唯一できる保身であった。
そんな中、もっとも行動的に転身したのがガブリオス=フォン=クロムスト男爵とスノーデン=フォン=スズラレン伯爵であった。
ガブリオス男爵はまず置き、スノーデン伯爵の話から先にしよう。
スノーデン伯もリィズナの敗戦後急に態度を変えた貴族評議員で、彼はアリアに内応する、と決意した。彼はこの段階で完全にレミングハルトたちに叛旗を翻し、移行自身の無能を表明し政府の仕事は全てサボタージュを決め込んでしまった。彼は爵位がなければただの臆病で金に汚い肥満中年というだけの男で、彼の妻パサーラ夫人も夫と全く同質の人間だった。彼は財務大臣であったが、むしろ財政の管理よりいっそ作家の才能のほうがあったかもしれない。レミングハルトやクレイドが発する無理難題な財源確保をあらゆる口実と名目で国民から搾取し、多大な税金をかき集めてきた。むろんそのうち何%かは当然の取り分として伯爵家の金庫に貯められて行った。こういう点で多少の小才はあったのだろう、彼はレミングハルトの眼を盗み……実際のところ全然盗みきれてなどいなかったが……46貴族の中の反アリア派貴族数人と結託し、アリアに対し「自分たちが陛下を助力して差し上げましょう」と真実は降伏者でありながら五分の援助者の体で現われた。
そんな彼等に対しアリアは直接面談した上で苛烈に言い放った。
「事ここにいたってそのような転向者の力を私は必要としていない! 降伏するというのであれば構わない、自らの領地で謹慎し身辺を整え我が勅命を待て! シーマを陥とした後、法に乗っ取り卿らの愚かさを裁断する! 逃亡すれば地の果てまで追いかけ問答無用でその心臓を握りつぶす! そう覚悟せよ!!」
この激語に怯まない者はいなかった。皆一つ以上後ろめたい行為の覚えがあり、シーマが陥落するということはアリアの革命軍が完全にマドリードを掌握するという事だ。革命は必ず流血なくして革命成立の証にならない、それが常識だ。アリアは苛烈をもって彼らを断罪するであろう。
(許されるはずはない)
そうスノーデン伯は受け取っても無理はなかった。事実アリアは戦後徹底して貴族撲滅に動くわけだが、極刑が科せられた者はいなかった。
この時もスノーデン伯ら大貴族の投降者に対し、アリアは激烈な言葉を叩きつけた後、
「……とはいえ、こうして私のところに来て自らの罪を認めるというのであれば私も命まで取ろうとは思わない。生きるだけの権利を卿らに保障する。だが私に敵対する限りは抹殺の対象だ。どの立場を取るか卿らは自由に決めるがよい」
と最後は若干言葉を和らげた。スノーデン伯他4家は結局恐怖に打ち勝てず領地に逃げ帰り沈黙したが、他に貴族院に属するある2家はその場でアリアの宣告に従いこれまで犯した罪と自分たちの不見識を謝罪しアリアの宣言を受け入れた。この2家は戦後貴族の爵位を失い財産の多くを没収されたが、一族の存続は認められた。
貴族評議会の中で唯一アリアにとって見るべき人材として意外な態度をとったのは、前出のガブリオス=フォン=クロムスト伯爵であった。歳も29と最も若い。彼は外務大臣だったが、彼だけは政治手腕の能力をレミングハルト、クレイド両人に買われ22歳の時外務大臣に抜擢された。実際の外交決定権はレミングハルトが握っていたものの、その下で大いに能力を発揮した。バルド国以外の国に「内政不干渉」を要求し、一応諸外国にそれを飲ませた。また国防軍と交渉し、これまでぎりぎり中立を保たせたのは彼の手腕だ。 彼もまた正確には降伏者だったが、それと同時に糾弾者でもあった。彼は臆することなく単身アリア軍に乗り込み、その場で「アリア陛下に全面的に降伏いたします」とまず告げたが、その後
「アリア様も宜しからず。内乱に際して外交問題に御手落ちがある。俺の知る限りアリア様の視野はあくまでこのマドリードのみ、外交に際して何ら手を打ってはおられぬ。この内乱によって他国からの侵攻がないよう手を施した功績は、陛下にとって敵である俺でございます。それら手落ちは国を治める人間として不徹底でありましょう、俺はその点抗議いたします」
と胸を張って宣言した。
この発言はあまりに大胆といえるだろう。この場にはアリア他ミタス、ナディア、シュナイゼンたちが居並んでいる。だがガブリオス男爵としては言わずにはいられない点であった。
アリアはこの潔く、それでいて釈然たる態度に感心した。そしてこの抗議によって自分たちの秘密外交が全くバレていない事を知り、心中胸を撫で下ろした。
アリアは外交を全く無視していたわけではない。
それどころかより巧妙かつより壮大な手で対処していた。アルファトロスとの秘密同盟と、電撃的な短期決戦。ヴァームと連携した情報戦による牽制、あえて諸外国とアリア自身が接触しないことによるアーマーや科学兵器情報の独占による戦後の経済成長をちらつかせる事で、諸外国に手を出す機会を奪っているだが、ザールやナディアやミタス、グドヴァンス、ヴァームを除いてアリア外交の真実を知る人間はなかった。だが意外にも愚物ばかりの集団と思っていた貴族評議会の中に有能な政治家がいた事がアリアにとって新鮮だった。さらにその後のガブリオス男爵の態度がアリアに好感を持たせた。
「で、全面降伏ですか?」
「はい。今更政府を裏切り陛下の陣営に身を置くのも俺自身潔く思えません。領地に戻り謹んで謹慎いたします。どのような処分も陛下のご意志のままに」
「どのような処分でも、ですか?」
「構いません」
とガブリオス男爵は愁傷に……ではなく自信ありげに頷いた。
「平民に落されようとも、さらに農奴、アダになっても、ガブリオス=フォン=クロムストはその才能によって再び相応しい地位に上がる、そういう男です。レミングハルト侯はその点俺を認め外務大臣という職を与えてくれました。俺はその職にいささかの私心も私欲もなく尽くしたつもりです。アリア陛下はレミングハルト侯より人を見る眼があおりだと世間ではいっております」
「自信家だな。抜け抜けと言う」一笑したのはミタスだった。「だが面白い貴族さんだ」ミタスは笑った。
アリアはそれ以上多弁せず、領地での謹慎を命じた。が、後にアリアは戦後処理に当たりガブリオスの仕事が適切であった事実を確認した。その後彼は領地での謹慎が許され、戦後処理で爵位は準爵になるもののその手腕を認められアリアの新政府に出仕が許され、後に内務次官となり84歳の天寿を全うする。彼の活躍は後の話である。
これらの貴族の動きがあったため、当初予定していたシーマ進撃への予定がずれ、4月2日を迎えた。
そしてそこにザールからの報告が持ち上がり、アリアはレミングハルト、クレイド両人とバルト国の陰謀を知った。ザールの推理はナディアがアミル王から聞いた話から裏が取れている。
そんな中……ある事件が起きた。
『マドリード戦記』 王女革命編 21 革命戦中章② でした。
今回も貴重な政治編です。
多くの貴族の名前が出てきたので中々覚えるのは大変だと思います。
本編でこの後も多く登場するのは、貴族評議軍司令官となったバロウズ伯です。彼はアリアの直接的な敵としてクレイド伯に変わって出てきます。
さて……クレイド伯がすごく怪しい動きです。
もちろん、ちゃんと色々があります。
彼がどうするか、楽しみにしていてください。
そろそろ本格的に革命戦に突入しそうです。
これからも『マドリード戦記』を宜しくお願いします。




