『マドリード戦記』 王女革命編 2 同盟と王覇の芽生え
『マドリード戦記』 王女革命編 2 です。
クリト・エ大陸に二つしかない科学都市国家のひとつアルファトロス。絶対中立の国是を持つアルファトロスと秘密同盟を結ぶためアルファトロスに向かったアリア一行。実はアルファトロスで育ったことのあるアリアは、アルファトロスと秘密の関係があり、代表プレセア=ヴァームとの会談に臨む。
ミタスたちの不安を他所にトントン拍子に話を進めるアリアとヴァーム。アリアはさらに話を進め、アリア革命軍とアルファトロスの同盟を結べないかと伺う。兵力で劣るアリアたちは圧倒的科学兵器が不可欠で同盟は是が非でも結びたかった。そんなアリアに対して、代表ヴァームは、同盟を結ぶ条件として、ある事をアリアに提案する。
「同盟の見返りとして、一晩アリア殿下はボクと寝る事」……
アリアの決意が、試される……。
3/同盟と王覇の芽生え 1
アリア達一行がアルファトロスに入ったのは、薄暮の午後6時35分であった。
定刻通りアルファトロスセントラル駅に到着した後は、駅の外で有料の貸し馬車を雇い<タワー>近くのロスピアル・ホテルに投宿した。部屋はアリアとナディアが相部屋、ミタスとザールはそれぞれ個室を取った。ホテルはアルファトロスでも一級の高級ホテルで、部屋はどれも宮殿のように整えられている。部屋は最上階で一番高級な部屋で、この日、このフロアーに泊まったのはアリア一行だけだった。部屋はアリアとナディアが同室、ザール、ミタスは個室だ。
「アリア様が一流ホテルを選ばれるとは、珍しいことですな」
ザールは部屋へ別れるとき、珍しく苦笑して言った。普段、貴族を名乗る時でも、あまり高級な部屋は選ばない。高級な部屋は上階にあり、人の注目も集める。そして特別な防犯設備をつけていることもある。もしもの時逃げにくい。一方、客が多く窓も多い普通の部屋のほうが殺気に気付きやすく逃げやすい。
「今回は一応、王女として正式にヴァーム氏と会談を申し入れているから、それなりに……ということなの。ここはアルファトロスですから、刺客や密偵の心配はないでしょう」
そういう気配りは、けして怠ることはない。
そしてアリアにとって、アルファトロスは子供の頃育った地の一つだ。
「じゃあ、ぱぁーっとどこか食べにいこうよ♪ ね♪ アリア様ぁ~♪」
街の華やかさに明らかに浮かれ気味なナディア笑顔の提案により、アリアは海の見える、最高の素材を使うという、知る人ぞ知るシーフードの名店<グアナ・パアラレストラン>で夕食を摂った。その後はアリアが簡単にアルファトロスの名所を案内し、夜10時前にホテルに戻った。
「明日は昼過ぎにヴァーム氏と会う予定になっています。10時にホテルを出ればいいでしょう」
「俺たちもやはり正装した方がいいか?」
少し困ったような顔をしたのはミタスだった。彼はそういう礼服は着た事がない。だがアリアは「必要ないです。ザールも私服で構わないわ。私も私服で行くから」と答え、アリアの正装を(この場合は無論王女としてドレスのことを指すが)内心物凄く期待していたナディアは露骨にガッカリした。
が、アリアに後ろから抱きつきながら諦めず……。
「アリアさまぁ~ なんだったらあたしがすっごく奇麗なドレス探してくるからさぁ~! あー! そうそう! さっきね♪ カワイイの買ったんだ♪ おそろいのパシャマ♪ うふふふふふっ♪」
「ちょ……ナディア!」
「せっかくこんな大都会だよぉ~♪ そして一緒の部屋……一緒のベッド……こんなチャンス中々ないじゃーん♪」
「ベ……ベッドはちゃんと二つですっ!」
「えーっ!! ダブルベッドで二人一緒じゃないのぉ~?」
「ナディアは寝相悪いじゃないですか!」
という具合に二人はじゃれ合いながら部屋に消えていった。ミタスとザールは黙ってそれを見送る。
「……元気だな。ナディアは」
「都会は人の心を躍らせる、というからな。ミタス、どうだね? 部屋で軽く一杯」
「軽く……で頼むな」
ミタスは苦笑した。酒盛りの雰囲気は嫌いではないが、ミタスは下戸なのである。
二人はザールの部屋に集まり、備え付けられたサービスのウイスキーで乾杯した。
「卿はアルファトロスに来た事はあるか?」
ミタスに水割りを手渡しながらザールは尋ねた。ミタスは首を横に振る。基本ミタスの活動は中央から北部にかけてだ。
「俺が渡り歩いていたのは大体治安が悪いトコだからな」
ミタスもこれほど賑やかな街は初めてである。
「私は何度か来た事がある。ほとんどアリア様と一緒だった。こんな高級なホテルに泊まったことはなかったがね」
「……あのお嬢ちゃん、子供の頃はこの街で育ったらしいが……誰が育てたんだ?」
ミタスが聞いている情報では、最初生まれてから7歳ころまではナディアの集落で暮らし、その時からザールとも頻繁ではないが接触があった。その後2年ほどアリアは単独でアルファトロスにいた。アルファトロスでどういう生活をしていたかわからないが、その後10歳からはナディアやザールと共にタニヤの奥集落に落ち着いた。導師ファルサムに教えを受けたのは5~7歳の間と、タニヤの頃である。
ザールは少し考えてから……一口ウイスキーを喉に流しこみ答えた。
「聞いた話では、ユイーチ=ロレンクル氏だ」
「先代の代表自らか!?」
「ああ。詳しくは私も知らない。だが、恐らくユイーチ殿とわが師ファルサムがアリア様の後見人だったのだろうな。その頃の事情や関係が、今のアリア様とアルファトロスの協力関係になっているのだと思う」
「…………」
幼馴染といっていいザールやナディアですら、アリアのアルファトロス時代のことは知らない。このブラックボックスというべき2年間に驚倒すべき事実が隠されているのだが、それは後の物語で語られる事なのでここでは置く。
ザールはウイスキーを口に含ませながら、彼自身も今回の事について考えてみた。
アリアははっきりと「同盟」を目的として今回このアルファトロスに遣って来ている。その旨は最初に知らされているが……そんなことが果たしてできるのだろうか? アルファトロスやロイズは科学都市国家としてどの国にも属することなく同盟は結ばない。
確かにアルファトロスはマドリードの港町クロイスと交流は深いし、食料や鉄鋼などはそこから輸入している。経済的にももっとも身近であることは間違いない、マドリードにとってもっとも重要な隣国だ。その上アリアはどうやらアルファトロス上層部と個人的な交流があるようだ。しかし、それと国としての同盟関係というのは違う。
アルファトロスやロイズの永世中立は国是なのだ。
その国是を破ってアルファトロスはアリアの陣営についてくれるものなのか?
そこがザールにも疑問だった。だがアリアの様子を見る限り、彼女は今回の同盟には自信を持っているようだ。
「だが……」
答えの出ぬ疑問を感じつつ、ザールは自嘲した。
「アルファトロスの同盟がなくとも、革命はできると思う。アーマーを買うだけならば同盟関係は必要ないからな」
「そうか。同盟であれば、肝心のアーマーの価格が安くなる」
「そう認識している。財力的には厳しくなるし、戦いは苛烈になるだろうが……まぁ打倒することはできるだろう」
「…………」
「もしアルファトロスと同盟が結べなければ……我らが死ぬ気で戦うだけだ。それが長期の戦争になれば、我々としてはゲリラ戦に移行するしかないしアリア様もそのことは想定されている。ただそうなったら、このマドリードの国自体、周辺国から侵略を受ける危険は大きい。だから絶対的な科学力を持つこのアルファトロスと……」
「同盟しかない、それが最良の一手ということか」
ザールの言葉の後をミタスは続けた。アリアはただ敵を倒せば済む、ということではだめだ。国を救う……それが彼女の目的である以上、復興の目安もなければならないのだ。
「難しい所だな」
ふと……ミタスはアルコールの入ったぼんやりとした頭で考えた。
もし同盟が成らず、内乱が泥沼化すれば自分はどうするのか……自分とアリアの契約は一年、すでに3カ月過ぎた。残り9カ月しかない。だが戦争はまだ始まっていない。
アリア一向が<タワー>を訪れたのは約束通り昼前だった。
<タワー>の総合案内でアリアはヴァームからの招待の手紙を見せ、面会約束の旨を伝えた。数分後、正装で身を包んだ男が中肉中背の黒髪の青年が出迎えにやってきた。
彼はアリアの前で愛想を浮かべるでもなく、事務的表情を崩さぬまま会釈した。
「アリア=パレ様ですね。代表の秘書室のスワマン=セージと申します。どうぞ」
「はい」
アリアは愛想良く微笑み返した。ちなみにアリアの服装は旅装の男装ではなくブラウスとスカートで令嬢の装いである。王女としての正装ではないが、男のような格好では無礼に当る……ということで、年相応の令嬢の装いにしたのだが、こうすればアリアはかなり人目を引く美少女になる。他の皆も少し小奇麗な私服で来ていた。皆、それぞれそれなりに着飾り礼を尽くしてはいるが、所詮市民レベルの正装で、王女一行には見えないだろう。
やがてエレベーターで最上階の代表執務室に案内された。
代表の職場は40階から50階のタワー最上部全てで、その中にはアルファトロスの議会やその関係施設、職務室があり、さらに代表の個人邸宅も入っている。
広い職務室は華厳な装飾や美術品はなく、一人用には不釣合いな大きなデスクが部屋の中央にあり、その前には応接用のリビングセット、会議室が揃っている。
「どうぞ。すぐにお茶を用意いたします。しばらくお待ち下さい」
アリア達はテーブルの方に通された。もっとも、席に座っているのはアリアだけで、三人は後ろに立ち控えている。
スワマンは「お茶の用意をさせて頂きます」と告げ立ち去っていった。
三十分ほど経過し、ナディアが少し苛々し始めた頃、執務室に迫る足音が聞こえ、そしてその直後、盛大にドアが開いた。
「アハハハッ どうも~♪ ボクがプレセア=ヴァームよ♪ アリア殿下、初めまして」
プレセア=ヴァーム……現アルファトロス代表であった。実力第一主義のアルファトロスであるのにヴァームは20代半ばという若さで、長身長髪で黒衣、薄いオレンジのサングラスをかけた、政治家にも科学者にも見えない風貌だ。
「…………」
予想もしない突飛な容貌と登場に、アリアも思わず沈黙した。これまでは全て書面でやりとりしただけで会うのは今回が初めてだ。手紙のやり取りはいたって真面目でどちらかといえば丁寧で細かく非常に紳士で、こんな奇矯な人物だとは思っていなかった。表情には出さなかったがアリアも驚きを隠せないでいた。
「じゃあ仕事の話でも始めましょう、アリア殿下♪」
「は……はい」
「お会いできて光栄よ、殿下」
「私もです。ヴァーム代表」
二人はそういうとテーブルを挟んで握手を交わした。
用件は手紙で伝えてある。ヴァームもすでに準備が出来ていた。ヴァームはアリアの対面のテーブルに着くと、書類をすっとテーブルの上に置き、ヴァームのほうに差し出した。
ヴァームは報告書を受け取り、楽しそうに見ながら笑っている。
「ユイーチから色々聞いているわ♪ 驚いた、ユイーチは殿下がこんなに美しい方なんて言ってなかったから♪」
「私こそ驚いています。その若さでこのアルファトロスの代表になられるとは……よほどの才能をお持ちなのですね」
「このアルファトロスでは、才能が全てですからね」
そう言うと「フフフッ、面食らったかしら? ボク、こういうキャラなの」とヴァームは笑って見せた。キャラと口調は軽いのに、彼の声は凄くバスの利いた美声なのだ。とても名誉ある科学都市の代表には見えない。後ろで控えていたナディアが不信アリアリにボソリと「何あのヘンタイ」と呟いた。
「ユイーチが、まだ若くユニークですが、すごく才能のある者がいる、と言っていました。確かにヴァーム代表は面白い方ですね。ですが、それは貴方が有能な証拠だと思います」
有能でなければ、こんなキャラでこのアルファトロスの代表に選出されたりはしないだろう。アルファトロスは商業も政治も全て実力主義が基本だ。
「お上手ね殿下。殿下は確かにいい瞳をお持ちだし、成程、話術も巧い」
そういうとヴァームは手にしている書類をアリアに差し出した。
「おしゃべりを楽しむのは仕事の後でね。まずは仕事の話にしましょう」
「はい。そうですね」
アリアも同意し、静かに冷えたお茶を一口含み、そして切り出した。
「新型アーマー発注の件ですが……いかがでしょうか?」
アリア達にとって今一番欲しいものがアーマーだ。アリアは基本戦略として兵力の少なさを最新鋭のアーマーと戦艦の性能で埋めようと考えている。
希望数は前もって打診してある。だが「返事は直接」ということで、その点アリアは不安を感じていないわけではなかった。
だがヴァームはケロリとした様子で答えた。
「ああ<ガノン>の事ね。とりあえず20機の追加は了解よ、プレゼントしてあげるわ♪ リボンはないけどね♪ ……後20機は欲しいのよね?」
「!?」
ミタス、ザール、ナディアの三人は驚き顔を見合わせる。
「20機は購入させて頂きます」
「そうねぇ……<ガノン>はトリエ・アーマーだからオリジナル・アーマー程の値段ではないけど、安いものではないわ。最も、進呈してあげてもいいんだけど♪ 譲るかはアリア様の意見次第かしら?」
ちなみに<ガノン>が大陸連邦に納品される時の価格は2万マルズ。むろんアルファトロスが買い取る時はそれより高い。ちなみに少し後の事だが、ヴァームはクリト・エの他の諸国には10倍の1機20万マルズ前後で取引している。
そんなアーマーを、アリアは20機をタダで進呈され、さらに20機も無償で……という話をしている。両者の間で散々手紙でのやりとりがあり予め決まっていた事だが、初めて知る三人は驚きを隠せない。
「しかし……現状だと40機です。これでは戦闘単位としての兵力配分や戦術に影響します。私は戦術としては3機一小隊で運用したいので、60機は欲しいのです。16小隊、補充用兼予備として12機……合計で60機です」
そういうとアリアは用意してきたアーマーを主軸とした、戦術案をまとめた書類を手渡した。
ヴァームの表情は先ほどまでの笑みを浮かべて軽薄で人を食ったものではなく仕事モードに切り替わっている。ヴァームは黙っていれば目鼻立ちも整っているし、代表としての威厳や風格もあり、けして悪い男ぶりではない。
「中々興味ある戦術案ね。ちょっと待ってね」
ヴァームは再びデスクに戻ると、仕事用コンピューターを持って戻ってきた。そして画面をタッチし、レポートを表示させアリアに見せた。
「これは大陸連邦の運用術だけど、あちらでは基本二機一セットで運用している。殿下の3機一組である根拠は?」と尋ねる。
アリアは大陸連邦とクリト・エのアーマーに対する運用のレベルの差が根拠であると説明した。そして<ガノン>とはいえアーマーを主軸とした軍事作戦は今回が最初であることを強調し、それによって得られる宣伝効果のメリットを伝えた。宣伝効果が目的である以上戦いは圧勝でなくてはならない。
「すごいな……」
驚嘆したのは後ろで控えているミタス達だ。ここまで綿密な戦術案はザールを除きミタスとナディアには聞かされていなかった。別に除者だったわけではない。アルファトロスとの交渉には身分が必要だからだ。
もっとも驚きはアリアの緻密な戦術の構成力のほうが大きい。
14歳の少女とは思えない見識だ。
「ホント、どこで覚えたのかしら……アリア様」
普段は凛々しい王女の顔、時に歳相応の愛らしく美しい少女、時に軍略家も驚く戦術家の顔を持ち、政治力に優れたアリア。ナディアですら時々不思議でしょうがなくなる。
「たかが20機くらい今後のアルファトロスにとってはそれほど損な事ではないと思いますよ?」
「あまりボランティアが過ぎるのも、ボクの立場もあるから。ああヴァームで結構。ボクはすっかり殿下が気に入っているの。親愛の証としてそう呼んでくれれば嬉しいわ♪」
「ありがとうございます、ヴァームさん。……決してアルファトロスにとって無茶な投資ではないと思いますがいかがです?」
「ほう」
「代表にとって最も大事なものは<情報>でしょ?」
「ふふん♪」
ヴァームは意味ありげに一笑した。
ここはヴァームのために少々彼について説明を挟みたい。
プレセア=ヴァームは、実はこの大陸……クリト・エ大陸出身ではなく、北の大陸の80%を占める巨大連邦帝国の大陸連邦人である。生まれはカレドニア公国のペタスという町の孤児で貴族ですらなかった。彼は幼少時より神童で、7歳の時、科学都市デラトリスの科学技術員の目に留まり科学技術部に引き取られ英才教育を受けた後、9歳の時交換留学生としてアルファトロスに渡る。そこで科学技術を研究する傍ら、16歳の時より自ら<クラン商会>を設立し、僅か数年で彼は一財産創り上げ、20歳の時アルファトロスの政治局に出仕。22歳の時、先代ユイーチ=ロレンクルの強い後押しで代表選挙で出馬、代表に就任した。
一種の傑物、天才と言っていい。
ヴァームがここまで上りつめることができたのは本人の才能と、時勢であろう。
ヴァームの出世とほぼ連動して勢力を伸ばした人物がいる。大陸連邦の帝王、チルザ=バトランだ。出身が同じカレドニアという些細な事は共通だが、両者に接点はない。しかしヴァームは独裁志向のチルザ=バトランが、急成長する科学技術に興味を示したことを知り、そこから<情報>を重視した商売や政治を行った。ヴァームは配下に<情報局>を作り、それらを大陸連邦の各科学都市に設置、そこから入る大陸連邦の科学技術情報の他、政治経済情報などあらゆる情報を収集し、時に大陸連邦相手に、時にクリト・エ各国に、情報や技術を売って瞬く間に莫大な財産を築き、政治家としてのし上がったのだ。
今回の<ガノン>の件も、実は彼にとって商売である。アリアへの義理は2割程度でしかない。
まず<ガノン>を売りさばくのが第一の目的。
開発した大陸連邦側は、その生産力はあるが、この<ガノン>の実戦データーが無い。今、大陸連邦国内で反帝王の気運が高まり、ドロム、ラルストーム両国は武力行使も辞さないほど過熱している。ソニアはこれに加わっておらず、分離独立戦争である一次大戦はまだ勃発していない。が、それは時間の問題であると有識者は見ていた。戦争が近い以上大陸連邦国内で<ガノン>もしくは<タファス>(名前が違うだけでほぼ同一機種)の配備を整えたいところであったが、不幸にも実戦データーが無いため大陸連邦側も大量量産に踏み切れないでいた。しかもさらなる別バージョンの新機種の開発も行われている。
それらの情報をいち早く知ったヴァームは、科学都市デラトリスと「実戦データーのテスト結果を売る」という契約を交し、約200機の<ガノン>を極秘に格安で購入していた。彼にとって、早々に革命を起こすアリアは格好の実戦データーを得る機会であり、機体性能を見るテストなのだ。そう考えれば60機くらいは惜しくはない。
そのことは、ヴァームは一部の部下にしか語っていないが、アリアは時世を先読みする洞察力と政治的直観力で理解していた。情報の元は恐らく先代代表ユイーチから聞いたのだろう。
クリト・エでそのことに気付いたのはヴァームとアリアだけだった。
アリアはそれをレポートにし、ヴァームに伝えた。ヴァームがアリアに強烈な興味と親近感を感じたのはこのレポートからであり、彼とアリアが連携するキッカケにもなった。
以上余談。
情報は時間との戦いである。そう考えるとヴァームとしても、<ガノン>が現在では有効である、と証明したい。そのため一番条件に合うのがアリアの革命軍ということになる。小競り合いの実戦データーでは情報として未完成であり、どうせなら劇的な勝利の情報が欲しい。その点でいえば、アリアの出した戦略案は理に適い、しかも劇的である。
結局ヴァームは「納期は2カ月待ってもらうことになるけどいいかしら?」という条件を出し、アリアがそれを了承したので<ガノン>60機譲渡の件はあっさり決着した。
そこまでの事情を知らないミタス達には、あまりの話の進み具合に唖然としたまま言葉が出ない。60機という数はマドリード国防軍の保有数より多いのだ。
あとはアーマー運用のための飛行艇の話に移った。こちらもアリアのレポートの戦術案から推測して必ず必要なものだ。アーマーの足は歩兵や騎兵より速いといっても限度があるし体力が保たない。アーマーの運搬、そして後方支援用の飛行戦艦が必要だった。だがこればかりはアーマーと違い値段が張る。
商業都市であるアルファトロスは、クリト・エの東側において最大の飛行艇、飛行戦艦業者である。20m前後の商船飛行艇はともかく、50m以上、火砲やアーマー積載能力をもつ飛行戦艦はアルファトロスか西の科学都市ロイズでしか手に入らない。
「ん……船はあるけど、殿下、買えますか?」
「中型と大型飛行戦艦を混ぜて三隻……三年払いでいかがでしょう?」
「ダメね」
「どうしてですか? 分割払いは不等な取引ではないはずですし、その資金は当方にはありますよ?」
「じゃなくて……飛行戦艦じゃアーマー運用に向かないの。アーマーは補修パーツやエルマ鉱石を載せたらかなり重いわ。普通の飛行戦艦じゃあノロノロとしか飛ばない。それじゃあ殿下の考えている戦術は完遂できないって事」
この時代のクリト・エの飛行艇は、基本的船底に飛行石を敷き詰め、帆や補助エンジンによって上空をゆったりと飛ぶものが大半で、それらは一般商人も使っているし、都市には必ず飛行場がある。戦艦の場合は帆がなく、エルマ・エンジン搭載した無帆タイプ、鉄張り、火砲搭載可能だが、主な動力は飛行石で、その補助としてエルマ粒子式エンジンを使う。商船よりは機動力もパワーもあるが劇的な差はない。ただし、クリト・エにはアルファトロスとロイズを除いて僅かだが、飛行石を補助用とした、純エルマ式エンジン搭載の戦艦も存在する。
むろんアリアもエルマ式戦艦が欲しい。だが小型艦でも飛行戦艦の10倍以上の値であり、アーマーの搭載数も少なく、そもそも今のアリア達では操艦できない。
ザールがマドリードの季節風が東から西に流れる春の時期に、計算をあわせれば可能であるということを補足した。それは確かに一つの方法であり、ヴァームも理解したが……。
「弱いね」
ヴァームは一笑して返した。実際はどうかザールの言うとおりやってみなければわからない、博打といったところだろう……アリアの革命軍が時勢に乗ればおそらく成功する。だが、危うい。ヴァームはそれが気に食わない。第一、飛行戦艦では危ういというのは、目の前のアリアもそう思っているのだ。目で語っている。
「ボクとしては、やってもらう以上は戦争に勝ってもらって、是非アリア様には是非マドリードの国権を握って欲しいの。そのあと国内整備用に色々買って欲しいしね」
「そこです。実はその点でヴァームさんにお願いがあるんです」
「はい? なにかしら?」
「まず……当面私達以外には<ガノン>の販売を差し控えてほしいんです。私達が第一戦、第二戦と勝利すれば、さすがの貴族評議会も<ガノン>の存在、必要性に気付き、購入しに来ると思います。貴族評議会には、売らないでいて欲しい……というのは、わがままですか?」
「ボクとしては、困り抜いて泣きついてくる貴族評議会にふっかけて巨利を得るのが得策と思ってるんですけど? でも、まぁいいでしょう。ボクの考えはともかくそのあたり、殿下も何かお考えがあるご様子。続きをどうぞ~」
「内容は似たようなものです。私が革命を成立させて王位についた後……一年か……せめて半年か……周辺諸国や貴族達に兵器を売らないで頂きたいのです」
そういうと、アリアは静かに目を閉じた。
「これはヴァームさんには何の利益もない話ですが、私にとっては大切な話なのです。けして私自身の保身のためじゃありません」
そういうとグッとアリアは拳を握り締める。
「国民のためです。私は革命という名目の内戦を起そうとしています。それは、本来為政者としては最低なことです」
アリアにとってそのことが何より辛かった。
自分達はまだいい。だがこれによって無関係な民衆に被害がでると思うと胸が張り裂けそうになる。だが、起たなければ国民の苦しみはさらに続く。
もしアルファトロスが貴族評議会側にもアーマーを販売すれば内戦の長期化の可能性は大きくなるし、その間もしくはその後、周辺国から侵略される危険も出てくる。そうすればマドリードはボロボロになる。
「それだけは……」
アリアはカッと目を見開いた。
「それだけは、なんとしても!」
「!?」
「なっ!?」
その瞬間……その場にいたヴァームとミタス達は何か見えない波動に打たれ、体を強張らせた。アリアの言葉に圧倒された……ただそれだけだ。ただそれだけだが、明らかに見えない力が働き、その言葉をこの場にいる全員に打ちつけ動きを封じてしまっているのだ。
それだけではない。
じっとヴァームを見つめるアリアの体から……うっすらと、極彩色のオーラが滲み出ている。見えない圧倒感は、そのオーラと連動しているようだ。
「ア……アリア様?」
ナディアが喉の底からなんとか声を絞り出したがアリアには届いていない。
「これは……<王覇>か……」
ザールが呟く。
……まさか……本当に……ハイ・シャーマンの<王覇>なのか……だとすれば、その言葉は一種の<王の言葉の魔法>と言われるもので、常人には抗えない。
「私個人の地位や、我が父アミルのためではありません。……みんなのためにです。そのためなら、私はどんなことでもします!」
アリアの<王覇>が意図的にヴァームを包み込む。この言葉はヴァームに向けられたものであるからだろう。ヴァームも今の現象に驚き、言葉が出ないまま黙って座りなおした。
(……これが<王覇>か……)
なんという不思議で、そして強い力だろう。少しでも気を抜けばこの場で平伏してしまいそうな衝動が込み上げる。
(取巻きの連中の様子からしてこれが初めての発動……かしら? ……ユイーチが知れば喜びそうね……)
ヴァームはアリアの力に耐えながら、ふと先代代表と彼女の関係を思い出していた。この現場に立ち会えている自分は幸運だとも実感している。
パンっ
「?」
ヴァームは手を軽く叩き笑った。突然のことにアリアはキョトンと気を緩め、その瞬間<王覇>も消えた。
「ご高尚、結構。ボクは好きよ、そういう殿下が。まぁそれが口だけでなければ♪」
「口だけでは……!」
「アリア様。アリア様の要求は、つまりアルファトロス自体、アリア様に従属……とまではいかなくても、アリア様……ひいてはマドリードと一対と見られてしまう結果になることは分かって言ってるのかしら」
「……はい」
「なら、それは難しい相談ね。アルファトロス存立の理念の権利に関わるもの。アルファトロスは確かにアリア=フォン=マドリードに対し個人的友誼関係はあっても、従属関係はない。マドリードの国民のためならアルファトロスの権利はどうでもいい? それがアリア様の考え?」
「そ……そんなことはありませんっ! ……ただの、私のわがままな要求を個人的にお願いしているだけです」
アリアは少し顔を落とし言った。自分でもつい感情に任せ無理押ししすぎたことを悟った。
だがこのアリアの素直な返答がヴァームは気に入ったらしい。大きな笑い声を立て、
「アルファトロスの政治はボクの領分だから口出しはなし。だけど安心して、殿下。ボクだって、ここまで殿下に加担している以上、後ろからナイフで刺すような商売はしないわ。それだけは約束しましょう」
「本当ですか!?」
「マドリードの貴族評議会が気に食わないのはボクも同じだからね」
ヴァームは苦笑した。実はヴァームが2年前代表として就任することが決まり、アルファトロスで大々的に就任式が行われた。その際マドリードの王家・貴族評議会も招待したが、来たのは下っ端評議会員で、型どおりの祝辞だけ述べさっさと帰っていった。後で「あんな若造相手に……アルファトロスも先がない」と周辺に吐き捨て、存在を軽視していることがヴァームの耳にも入った。ヴァームは個人的感情面では陰湿な面がある男で、その一件を聞き露骨に猛烈に不快を覚え、以後マドリード貴族評議会を相手にしなくなった。アリア達革命軍に肩入れする遠因の一つでもある。
「ありがとうございます。今後頻繁にご相談させて頂く事があると思います。その時は宜しくお願いします」
と、アリアは笑顔を見せると、軽く頭を下げた。それを受けヴァームも楽しそうに微笑み会釈を返した。
その後、ザールが進み出て、内戦勃発時において一時的な補給の要請に関する段取り、休息のため、兵士の一次駐留などの戦時要望書をヴァームに提出し、いくつか細部の訂正はあったもののヴァームは大方ザールの作った戦時要請書を承諾し、署名捺印してアリアに手渡した。これが結ばれたことだけでもアルファトロスの立場を考えればかなり際どいものだ。
そして話は最初の飛行艇の話に戻る。
アリア達はどうしても飛行艇が欲しい。アリアの提示は三年の分割を提案していたが、ヴァームは一笑し跳ね除けた。それはアリアが政権をとることが前提でこの場合の契約にはならない。
「飛行戦艦にしても戦艦にしても他の備品にしても買わないといけないわよね? 殿下」
「はい」
「ぶっちゃけた話、殿下の今の経済力はいくらくらい?」
「…………」
ここで初めてアリアはチラリと後ろに控えるザールを見た。具体的な額はザールしか知らないからだ。ザールは頷く。
「約5000万マルズです」
「……へぇ……」
驚いたのはミタスとナディアだ。普通の市民の年収が約2万、貴族でも準爵らは8万マルズであることを思えば財産としては立派なものだ。これはアリアの総財産とタニヤの公金、そしてアダの組織からの献金の総額だ。武装に使えるのは精々2500万マルズ前後だろう。
「厳しいところね」
組織としても貴族としても立派な財力だが、私兵団を築き上げるには少ない。戦争にはさらに人件費もかかる。
「戦術案をもう一度ご覧いただけますか? ヴァームさん」
「ふむ?」
ヴァームは手元のパソコンモニターの作戦案に再び目を落とした。アリアの三段階の戦争で終わらせる作戦案で、具体的な地名やその後の方針、兵力分布など書き込まれている。
ヴァームは戦略家ではないから戦術には興味はないが、優秀な政治家である。アリアの軍事意図はすぐに分かった。アリアが言いたいのは最初の第一弾の作戦で、貴族評議員の所有する町を武力占拠するというものだ。財産は即決裁判で裁き貴族の財産は没収する。
アリア達はあくまで正義の戦いを打ち立てる。アリアは民衆側の味方として起つ。ただし民間団体の献金は受け入れる。今の世情を考えれば……特に貴族評議会直轄の町の搾取は酷く、貴族達への反感は大きい。献金など得られるだろう。アリアの地下ネットワークはマドリード全国に渡っている。この献金活動は国内全体に広がるだろう。
が……。
「疲弊したマドリード商人たちに過大な期待はしちゃダメ♪」
このあたりはマドリードの商人やアリアやザールよりヴァームの方が経済のプロフェッショナルである。冷静な分析もできる。アリア達の予想は正しいが、細い一本橋の上を歩くようなもので危なっかしい。もっともアリアの計算が甘いのではない。現状アリアの力ではその危ういギリギリの一本橋が、彼女たちにとって出来る最大限の力なのだ。
「確かに今の殿下の財力だと飛行戦艦が限界ね」
「はい。頭金として半分を即金で支払わせていただき、あとは分割で……」
「でもそれは、アリア殿下が死ねば雲散霧消……てことでしょ? ふふふふっ」
「…………」
そこがアリア達の辛い点だ。そこを突付かれれば黙らざるを得ない。
だがヴァームは笑みを浮かべた楽しそうにアリアを見ている。
「まぁその程度の負債くらいかぶってもいいけど♪ ……<ガノン>の方がよほど大きなプレゼントだしね……ただ、アルファトロスが行う好意はここまでよ」
「では支払いはこちら滞在中に銀行で手続きさせて頂きます。<ガノン>追加40機譲渡の件、飛行艇の件、内戦時の有償補給の件……以上を文面として取り交わす……ということでよろしいでしょうか」
「ボクは構わないけど……それで大丈夫? 殿下。勝てそう?」とヴァームは姿勢を崩し顎に手を当てながら言った。
「……勝ちます」と、アリアは言い切り立ち上がった。
「勝てればいいわね」
「……何がいいたいんですか?」
「ボクにいわせれば、危うい橋は好きじゃないのよ」
「…………」
その言葉にアリアは表情を曇らせた。これがいかにギリギリのことかはアリア達も分かっている。 だが中立都市国家のアルファトロスは政治的にこれ以上の支援を求めるのは無理だし自分たちにこれ以上に財力はない。
だがヴァームは全て見抜いている。その点彼は、凡庸な政治家でも経済人でもない。重ねて言うようだが、天才肌の男なのである。
「そうその顔よ、殿下。貴方のその顔が、周りに不安を与える……その些細な綻びで、貴方たちの乗っている橋は意図も簡単に崩壊するでしょうね」
「ちょっとアンタ! しつこいよっ!」と後のナディアが声を荒げるのをザールが制する。
アリアは答えない。それは分かっている。そしてその沈黙が答えだった。
ヴァームはニヤリと微笑むと、またもパン、と手を叩いた。
「1億マルズくらいかしら……一部公金もあるけど」
「?」
「ボクの財産よ。そしてここからはアルファトロス代表ではなく、プレセア=ヴァーム個人の話。まぁ座って♪ ……聞く気があるなら」
アリアは黙って座りなおした。
「なんですか?」
「ボクね。三隻所有してる。エルマ式の船をね。一隻は大陸連邦との連絡用で、これはちょっと貸せないけどあと二隻は飛行場で遊んでるわ」
「?」
「あと……そうねぇ……個人的なパトロンとして、出資してもいいかなって思ってる。先代ユイーチのこともあるけど、アリア殿下のこと好きよ。今日話してみてとても好きになったわ。殿下がマドリードの国政を握れば、ボク達はすごくいい商売パートナーになれると思うの。殿下は情報に対する価値観も、経済の仕組みも、物事の道理も心得てる。……大陸連邦やクリト・エのどこを見回しても殿下ほどの逸材はいないわ」
「あ……ありがとうございます。そういっていただいて嬉しいです。あ……で……それで個人的に協力して頂ける……ということ……ですか?」
「ふふふふっ」
トントンッ……とヴァームは意味ありげにテーブルを叩きながら笑っている。その様子にアリアは戸惑った。いや、どうやらその戸惑っているアリアを見てヴァームは楽しんでいるような感じだ。
「殿下が素晴しく頭のいい、高尚な方な英雄予備軍の逸材っていうのはよく分かったわ。でも今のところ、口上だけの頭の切れるお嬢ちゃん……」
「ちょっとアンタっ!! いい加減にっ!!」
「ナディアいいの! ……ヴァームさん、何がいいたいんですか?」
ナディアを制止し振り向いたアリアに、ヴァームは「フフッ♪」と清々しい素顔で、とんでもない爆弾を吐いた。
「今夜、ボクと一緒に寝て頂戴♪」
「……え……?」
「何だって?」
アリアとミタスが聞き返したのは同時だった。それに構うことなく、ヴァームは笑顔で言った。
「今夜、アリア殿下は一晩、ボクと寝る。……覚悟があるんでしょ? なら、ボクにその覚悟をみせてほしいわ♪ それがパトロンになる条件よ♪」
ヴァームはまるで何でもないことのように軽く言ったが、アリア達はその提案に意味に愕然となり即座に反応することができなかった。
2
アリア一行はロスピアル・ホテルに戻ったが、空気は重かった。<タワー>を出てから誰も一言も発していない。
「ふふ♪ じゃあ話はそういうことで……もし殿下が応じるなら夕方にでも<タワー>に来て頂戴。明日、飛行場で会いましょう、10時でいいかしら」
呆然とするアリア達を尻目にヴァームはさっさとそれだけを言い、退室していった。
その直後……。
最初に石化が解けたのはナディアだった。
「あの野郎っ!! 殺すっ!!」
ナディアはまさに飛び掛るように跳躍し、ヴァームが消えたドアを激しく殴りつけるがドアは開かなかった。アリアは弱々しい呟くような声で「ナディアやめて」と言ったが、激昂しているナディアは止めない。
ミタスがナディアを力ずくでなだめこみ、その後案内のないまま、一行は無言で出口に向かって行った。
そして全員が今、アリアとナディアの部屋に集まっている。
アリアは沈黙している。ナディアも黙っている。だが二人の沈黙は対照的だ。触れれば泣き出しそうな沈痛なアリアに対し、ナディアの瞳は赤く光り、今にも飛びつきそうな威嚇するように殺気を漲らせている。
口火を切ったのは、ミタスだった。
「こういう事態は考えてなかったわけじゃないんだろ?」
「…………」
その言葉に飛び掛りそうになるナディアをザールがそっと抑えた。
「俺たちに切った<白紙委任>に、俺やザールが同じことを書かない保障はあったか?」
「……もちろん……覚悟はできています」
「光栄だ」
ミタスは無感動に頷く。
嘘だ。今日のアリアの反応を見て分かる。
アリアは自己の魅力についてあまりにも無関心で、良識的すぎる。きっと未成年の自分が性的対象になるとは考えた事が無かっただろう。それにアリアはその人物を見て<白紙委任>を渡している。ミタスもザールもそういう要求をしない事を確信していていた。そしてアルファトロスの元首たる<代表>が、そんな低俗な要求を出すとは夢にも思っていなかった。
ミタスはザールを見た。ほとんど表情に変わりはないが、あの冷静沈着なザールですら衝撃を受け表情が僅かに暗く困惑の色が浮かんでいる。
仕方なく、ミタスは冷たい現実論を説明する役となった。
「だけど、ヤツが言ったのも同じ……姫さん、アンタが望んだ事も同じ」
「…………」
「民を救うためには、何でもする……自分自身のためじゃない、と……そのために王になる、と」
「はい」
アリアは頷いた。理屈としてはミタスの言う通りで、その事実の前に一同沈黙した。が、ミタスが次に言ったのは全く逆だった。
「だったら、あの男のスポンサーなんか必要ないぜ、姫さんよ」
「えっ?」
ミタスの思いがけない言葉にアリアはおろかナディアもザールも驚きの顔を上げた。
ミタスがこれまで述べていたのは理に叶った見識だ。普段ならザールが言いそうな一般論を言っていただけだ。全員理屈ではその正当性と効果、王足るべき人間、革命など起す人間の覚悟の理屈を理解していたからこそ言葉が出そうにも出なかった。
それを、ミタスはあっさり覆した。
「必要ない。ギリギリのモノは揃う契約は済んだ。なら、あとは俺達が死ぬ気でその不足分を埋める。そのほうがよほど気持ちよく戦えるってもんだ」
ミタスは一般論を捨て、自説に入った。
「……ミタス……さん」僅かにアリアが驚きの声を漏らした。
「ナディアを見てみろよ」
ミタスは顎でナディアを指した。怒りと屈辱によってナディアの眼に殺気が籠もり、体は小刻みに震えている。怒りと屈辱でどれだけ感情を爆発させても、ナディアにはどうすることもではない。だが暴れても何の解決にもならないし、そうして傷つくのはアリアとアリアの面子と覚悟だ。その無力さが分かるだけに、無言で堪えている姿は痛々しい。
「ナディアだけじゃない。姫さんの軍隊の仲間は、皆同じじゃないのか? 姫さんを犠牲にするのは耐えられない。それなら、その分死力を尽くす。姫さん。アンタの軍隊はそういう絆で結ばれた軍隊じゃないのか?」
「そう……そうだよっ! そうだよっアリア様っ!!」
ナディアはそう言うと、今度は激しく頷きながら大粒の涙を零し叫んだ。
「アリア様は大事なんだよぉ! 大事なのっ! みん……皆……皆にとって大切なのぉ……! アダじゃないんだ!! アリア様はアダじゃないんだ!! 大切な……大切な……!!」
そう涙を流し喋るナディアを、アリアは無言で近寄り、そしてそっと抱きしめた。ナディアはそのままアリアを抱きしめ、号泣した。
この時、アリアは決心した。
夜となった。
執務を終え<タワー内>の居住区に戻ったヴァームの所に秘書官のスワマンから来客の報告があった。
「ああ、通さなくてもいいわ。どうせお断りの手紙をもった殿下の取巻きでしょ? あれはジョーク、ボクは気にしてないからって伝言しておいて~」
電話口でそう答えたヴァームだったが、その後のスワマンからの報告に「へえ~」と漏らし、しばらく色々無言のまま思案していたが、思い出したように苦笑した。
「じゃあボクの部屋を教えて一人で来てもらって。案内はしなくていいわ……今日の職務は終わり、お前も帰って休みなさい。ボク? ああ、ボクはボクで色々とね♪」
そういって電話を置くと、ヴァーム腕を組んだ。
……どういう趣向かな……これがただ普通に終わるんならちょっと拍子抜けだけど、もしかしたら面白いことになるかもしれない……。
とりあえずヴァームは出迎えるためキッチンに向かった。冷蔵庫からよく冷えたオレンジジュースの瓶を取ると、それをリビングまで運んだ。
それから約5分後、インターフォンが鳴り、玄関のドアが自動で開く。
「夜分ご苦労様♪ アリア殿下」
「…………」
そこには、着替えをつめた鞄を持ったアリアの姿があった。
「まさかホントに来るとは思わなかったわ♪」
「冗談であのようなことを言ったのですか?」
アリアの声は平常……に聞こえるが、どこか怯えのようなものが混じっていた。
服は昼と違い男女兼用のチェニック服に深いフード付き外套を羽織り、着替えの入った鞄を持っていた。
「そんなことはないわよ♪ 殿下の心意気、感心だわ。よく仲間が許したわね。それとも、こっそり出てきたの? まぁいいわ入って。ボク、部屋はキレイな方だから……リビングにオレンジジュースと果実酒とお菓子があるから自由にどうぞ♪」
「…………」
アリアはため息を吐くと、無言で部屋の中に入っていった。
部屋は執務室同様無個性でまるで生活感が感じられないほど綺麗だった。部屋に区切りは少なく、全て一部屋の中に納まっていた。唯一生活感を感じるのは、デスクの上にコンピューターがあり、そのディスプレーの明かりと、その傍に飲みかけのジュースが置いてある。その空間だけだ。
「もうヴァームさんのお仕事は終わりなのですか?」
「ボクの公私はあってないようなものだもの。仕事したいときはいつまでもしているし、寝たいときはいつでも寝る人間なのよ」
それほどアルファトロスの<代表>という職は多忙だといえる。でなければ職場と自宅が同じ<タワー>の中に設けたりはしない。
アリアは、意を決し言葉を吐いた。
「シャワーと着替えを……あの……したいんですが……」
「ああどうぞ♪ じゃあボクはちょっと席を外すわ。殿下は入浴好きと聞いているから<タワー>の大浴場のほうがお好みかもしれないけど……今日は、人目は困るでしょ?」
クククッとヴァームは喉を鳴らして笑うと、「寝室は右の奥にあるわ。その右手にバスルームがあるからどーぞご自由に♪」と言い、退室していった。
取り残されたアリアは、ヴァームが消えてから……頭を垂れ……一筋の涙を零した。
「ナディア……皆……ごめんね」
アリアは一言、誰に言うわけでもなく呟いた。
ロスピアル・ホテルのアリアの部屋。
そこでナディアは声を上げずもう一時間以上泣いていた。
就寝前、アリアはナディアにだけこっそりとヴァームの元に行く旨を伝えた。
「私とナディアだけの秘密よ。ナディア、了解して……」
「そ……そんなの! どうして!」
「ナディアの気持ち、すごく嬉しかった。皆の気持ちもすごく嬉しかった。だけど、やっぱり私は皆の指導者として、自分だけが犠牲を払わず皆には犠牲を強いる……そんなことは出来ない」
「そんなこと気にするのがおかしいよアリア様ぁ」
ナディアは外聞もなく泣きじゃくりながらアリアに懇願したが、アリアも泣きながら笑顔で自分の思いを説明する。
「だから……これは私とナディア、二人だけの秘密。あのね……私、この話、もしヴァーム氏がナディアを所望したんなら即答で断ったわ。ナディアの方が魅力的だもの。だけど彼は私を選んだ。……多分、彼は欲望で私を選んだんじゃない……私の覚悟を証明しろって言っているのだと思う」
「アリアぁ様ぁ……あんなヘンタイの言うこと真に受けちゃダメだよぉ~」
涙を零し懇願するナディア。だがアリアは決意していた。
「ヴァーム氏はあれはあれで相当切れる人だと思う。だけどその分、扱いづらい人……」
「どっちにしたって……そんなのにアリア様の大切な貞操あげちゃうのっ!? アリア様は……王女様だよ? お願いだよぉ~ アリア様はいい恋愛してほしいの。こんなことで……体で金持ちの寵を受けるなんて……アダじゃんか……」
ナディアはそれからどう言葉にしていいか分からずアリアに抱きついて泣いた。
アダは基本的に貴族達の所有物であり、貴族達に売買され時に租税の代わりや貿易品として娘は買われていく。それどころか時にただ性欲の衝動に駆られた貴族に強引に押し倒され抵抗することもできず成すがままに遊ばれ捨て置かれる事もしばしばだ。今回のアリアへの処遇はアダの処遇ではないか。それがアダ出身のナディアには腹立たしく、怒りと屈辱は消えない。
それでもアリアはナディアを説得した。
「私を本当に愛して信頼してくれる。そんなみんなが私にとっては大切だから。そんな命を一人でも守りたいの。ミタスさんやザールには秘密。お願いナディア。いかせて……後悔したくないから……これは私に課せられた役目なの」
その言葉にナディアは顔を伏せ、さらに激しく泣いた。
「アリア様ぁ~……ごめん! ……何もしてあげられなくてごめんっ」
「ううん。ありがとう……ナディア…… ナディア、パジャマ……使うね……」
「うううっ……うわぁぁ~んっ!! アリアさまぁぁっ!!」
そう言うと二人は30分ほど静かに抱き合って泣き合い、そして、アリアは黙って出て行った。
アリアが去った後、ナディアは放心したように先日アリアとおそろいで買ったパジャマを抱きながら泣き続けていた。
そのアリアとナディアの部屋の前で、ザールとミタスは黙って立っていた。
二人ともとっくにアリアが出て行った事を知っていた。その辺りミタスは武人としての勘、ザールはシャーマンとしての気配で分かるし、夕方のアリアの表情からもこうなるだろうことは予見できていた。アリアという少女は他人の犠牲であれば認めないが自己犠牲で状況が好転するのであれば最終的にはそれを選ぶだろう。夕方の時から、その決意は表情にも出ていた。
黙っていたのはアリアに対するミタス達の気遣いだ。
「いいのか、ザール」
「こういう場合男は知らんフリをしている方がアリア様も傷つかないと思う」
ザールもこういう場合の対応は困る。
「ザール、アンタは気にならんのか?」
「ならぬ事はないが……実は卿等ほどにはな」
「?」
「もう少し時間をたった後でナディアを寝かしつけて我々も寝よう。ナディアはほっとくと暴走しかねないからな。ミタス、卿は大丈夫だろう?」
「大丈夫だ。今のところはな」
答えて、ふと
「寝かすとは? 酒か? 薬か?」
「魔法だ。卿もどうだ?」と悪びれる事無くザールは答えた。
「遠慮する」
ミタスはそう言うと自室に戻り、珍しく寝酒を煽った。
ヴァームの寝室のだだっ広いベッドの中で、アリアは冬眠する小動物のように縮こまって丸まり、ただただ何も考え無いよう寝転んでいた。一分が一時間以上に感じる。リビングにあった果実酒で気分を紛らわせようとも思ったがそれは無礼だし、事ここまで至ったのだ。
時計は見ていない。何分か何時間か経過したかわからない……そんな時、部屋の主は何事も無いように戻ってきた。彼の趣味なのだろう、黒い絹の寝間着に着替えている。
「あら? もうお休み? 殿下」
「……お……起きています……」
鳥の囀りのような返事がシーツの中から聞こえた。ヴァームは苦笑すると、そっとベッドに上がった。
「色々疲れたんじゃない? 殿下。色々と」
「…………」
「顔を見ても……いいかしら?」
そう言うとヴァームは静かに頭まで被ったアリアのシーツを動かした。アリアは静かに顔をヴァームに向けた。もう泣いてもいないし、かといって怒ってもいない。不思議なほど奇麗な表情だ。
「可愛い顔ね。残念……可哀相に……殿下。殿下が普通の貴族なら、きっと普通の令嬢として生きられたでしょうね。お互い才能と生まれを恨まないとね。ボクもそうよ……こんなに才能豊かでなければ、ボクは大陸連邦の一学生か一技術者で終わっていたと思うわ」
「……貴方も……苦労したんですね……」
「そりゃね♪」
そう言いながらヴァームはアリアの髪を撫でる。さすがにアリアはビクッと身を強張らせた。
「髪も奇麗。ちゃんと手入れもしてるし……殿下は王になったらやっぱり女として贅沢するのかしら? その時は言ってね。美術品も化粧品も上等のものが手に入るから」
「……贅沢なんか……しません」
「ふふっ♪ そんな怯えなくてもいいのよ、殿下」
「覚悟は……しました」そう言うとアリアは目を閉じた。
「私……その……経験は……エスコートして下さい」
「エスコート? ……ふむ」
ヴァームは部屋の電気を消し、ベッドサイドランプを点けた。意外に明るく、アリアはちょっと戸惑い、赤面した。
「で……できれば……電気は……消してください……お願いです」
「どうして?」
「ど……! どうしてって……」
アリアはさらに赤面し困惑の目を向ける。
「だって、ボクはアリア様が見たいのよ? 真っ暗じゃダメでしょ?」
「!?」
ヴァームの言葉にアリアは耳まで真っ赤にした。これから起こるであろう痴態は、アリアの記憶の中に永遠に刻まれてしまう。破廉恥だ……と思ったが、もう後戻りも出来ない。
アリアは黙って目を瞑った。ヴァームがシーツに入ってくるのが分かる。
それからしばらく……。
「殿下ってそんなに力んで普段寝ているの?」
「え?」
「あー♪」
ヴァームはすごく間の抜けた声をあげ、大声で笑い出してしまった。驚いたのはアリアの方だ。思わずシーツを抱いたまま起き上がった。
「なっ……なんですか!? いきなりっ」
「殿下って結構マセているのね♪ アハハハハハッ!!」
「?」
「ボク、何て言ったか覚えている? 『一緒に寝ない?』よ? ただ寝るだけ……ボクはね、殿下。殿下と寝話と寝顔が見たかっただけ。殿下の貞操が欲しかったワケじゃないの♪ あはははっ♪」
「えっ? ……あ……ええっと……」
アリアは完全に混乱してしまい言葉が出ない。その様子を見て、ヴァームは再び大笑いをする。
「じゃあちょっと、果実酒とオレンジジュースとってくるわ♪ 寝物語にはちゃーんと付き合ってもらわないと♪」
「は……はぁ……」
そう言うとヴァームは身軽にベッドから抜け出しリビングに向かった。アリアはというと、未だに事態が飲み込めないで唖然としている。その様子を見て、戻ってきたヴァームはクスクスと笑った。
「それとも殿下。殿下がご希望ならお相手するけど? ボク、こういう喋り方だけど別にゲイってワケじゃないし、女性の扱いも得意だけど?」
本気かジョークか分からないヴァームに再び戸惑わされるアリアだった。
ベッドに二人でもたれかかり話している。
「アリア殿下、今日殿下は<王覇>を発していたの知っていた?」
「本当ですか?」
「本当よ。それでボクを言葉で圧倒しようとしていたわ。ハイ・シャーマンの能力ね。一説には<王覇>はハイ・シャーマン本人には見えないらしいけど……確かに見たわ」
「…………」
アリアは果実酒、ヴァームはオレンジジュースを傾ける。
「ユイーチからの薬はまだ飲んでる?」
「はい」
「……処方箋はボクも持っているから無くなったらボクが処方するけど、あれが好転の兆しか不幸の兆しか……」
「…………」
「話は変わるけど……殿下には是が非でもマドリードの王になってもらう。これは投資するボク達の利権にも関わるけど……もっと大きな意味もあるかもしれない」
「もっと大きな動き……ですか?」
「じき大陸連邦で一波乱が起きる。今聞いている話だと……ボクが耳にするのは大陸連邦のカレドニアからの情報だから帝王寄りな情報だけどね。今の大陸連邦帝王チルザ=バトランは相当のやり手。……といえば聞こえがいいけど、実際はかなり独裁者で、反発も大きいようよ。近いうちに、内戦になるとボクは思っているわ」
「内戦……大陸連邦がですか?」
「大陸連邦の評議会は、マドリード評議員と違って有能だし、それぞれの公国の国力も大きい。反対しているのはラルストーム公とドロム公らしいわ。ラルストームもドロムも、公国の国力はアルファトロス含めたマドリードは勿論、クリト・エのどの国より五倍以上はある大国よ。その大国二カ国だけじゃなくて他の国も帝王に反発している。これまで中立派だったソニアが反対派に回りそうな気配らしいわ。チルザ=バトランは武力派……対立は火を見るより明らかね」
「だから大陸連邦は<ガノン>を開発して……そしてさらに新型を開発している?」
「そう。中々ハードでしょ?」
事実、実際はもう戦争勃発寸前の状況であり、実はこの状況は海を隔てた遠いクリト・エ大陸にも対岸の火事では済まされない話だ。チルザ=バトランは公国制を廃止、中央集権政府とし、その後領土拡大を画策していた。大陸連邦のある北の大陸も全てが大陸連邦ではなく、西方に未開拓の都市国家群があり、南東には小国マルドレイクがある。これらは大陸連邦にとっては取るに足らない小国家だ。チルザ=バトランが本当に目指していたのはクリト・エ侵攻で、そのため大陸連邦軍の中から有能な人間を引き抜き、大陸連邦軍とは別の独自の帝軍を組織し帝王直属の独自の軍事力を手にした。治安維持を目的に設立された帝王軍だったが、その規模は瞬く間に巨大になり、今や正規の大陸連邦軍に匹敵する規模となっている。このやり方に反対しているのがドロムのミック=パドソワード公とラルストームのヴァリアム=トルメキム公、そしてそれに同調的なのがソニアのホルム=アルバート公で、この三カ国は隣接していることから、大陸連邦からの離脱・独立を計画していた。翌年2336年、チルザ=バトランは帝軍を使い『ソニア大公一家暗殺事件』『ラルストーム大公暗殺事件』を引き起こし、ついに第一次世界大戦に突入することとなる。
以上余談である。
ヴァームは、それら大陸連邦の混乱が、あと数年もすればクリト・エにも波及するだろうと見ている。
「するでしょうか?」
「ボク達には関係ないでしょうけどね。でも、ザムスジル帝国は反応するわ。……ザムスジル帝国内には科学都市ロイズもあるしね。あの帝国は大陸連邦に興味があるから」
ザムスジル帝国はクリト・エ西半分を支配する、クリト・エ最大の軍事主導の大帝国だ。ザムスジル帝国は、大陸連邦政府が覇道を進み、その支配をクリト・エ大陸に伸ばさないかということを、異常なほど警戒している。ザムスジル帝国が過敏に反応すれば、クリト・エ大陸の諸外国にも大きな影響を受けるだろう。
「…………」
「今回、アーマーだけじゃない。飛行艇も大陸連邦は凄まじい進化をしているわ。全長150m級の大型戦艦も建造されたらしいし」
「150m!?」
飛行石を使った大型風帆船でもアルファトロスですら120mが最大だ。それが150mもの大きさで全く飛行石を使わない完全なエルマ式戦艦だという。ヴァームの言っていたのは大陸連邦のデュエル級大型戦艦のことで、事実この当時10隻実戦配備されている。もっともこれは最新鋭戦艦で特別だが。
これらデュエル級であれば、大陸間移動も難なく行えるし、アーマーなら100機、歩兵なら2000人は載せられ、そしてエルマ粒子砲の他、前面にはフォース・フィールドを展開する事が出来る。今のクリト・エの軍事力であれば、一艦で戦況を大きく変えるだろう。
さらに大陸連邦では、常識外の超大型艦の開発を進めているという話まである。こちらは250mを超える超大型戦艦だ。(後のディスカバー級ディスカバーの事)
「信じられませんね」
さすがのアリアも息を呑む。ヴァームは苦笑し同意した。
「さしあたりクリト・エには関係ないからね。当面は。でもいつか……いつかは直面する話になるわ」
「その時は力を貸して下さいね」
「ボクの手に負えるとは思えないけどね」
さすがにヴァームもそこまでは今は分からない。今は笑って答えるだけだ。
「もう分かってきたとは思うけど……今回の悪戯。ちょっと殿下を試したワケ」
「……そうじゃないかって……今は気づきました」
『一晩寝る』という条件でどう反応するか……ヴァームはそれが見たかった、という理由だったのだろう、と今のアリアには分かった。アリアの覚悟や仲間たちの結束や態度など、ヴァームは見てみたかったに違いない。そしてアリアがこうしてやってきた。アリアはヴァームと寝たとしても、アリアは心配する仲間達をなだめる方法や自信もあった。だから来た……。これはヴァームなりのアリア達の力量や人物を知る一番手っ取り早い方法だったのだ。
そう知ってしまえば、腹が立つやら滑稽やら……アリアも言葉がない。
「無茶です。もしかしたら今頃ナディアが貴方のその細首落としていたかもしれないのに」
「そう? ……ボクはむしろあの長身の男の方が怖かったわ。ボクが言った瞬間、本当に殺されるかと思ったもの」
「ミタスさん……ですか?」
グビッ……とアリアはヴァームから顔を背け果実酒を舐めた。まさかミタスがそんなに怒っていたとは思いもよらなかった。少し照れくさい。
「今夜ボクの寝首を狩りにこなきゃいいけど。その時は弁護してね♪」
「考えときます」
今度はクスクスとアリアのほうが笑い、ヴァームを憮然とさせた。
その後差し障りのない世間話を30分ほどした後、ヴァームは就寝を提案した。疲れが回ってきたアリアは、黙ってそれに従った。
ベッドはトリプルベッドくらいの広さだ。十分二人は接触することなく寝ることが出来た。
「明日、朝はホテルに戻って皆と食べるといいわ。心配しているでしょうし」
「ありがとうございます」
「ああ。手は出さないけど、寝顔を見るっていうのは約束だからしばらく観察させてもらうけどいいわよね?」
「……恥ずかしいですよ……」
そういうと、アリアは静かに眠りについた。
ヴァームは眠らない。
言ったとおり、黙ってアリアの顔を見ている。ただ見ているだけだ。
アリアの寝顔は穏やかで、正に天使のようなあどけなさを浮かべている。こうして見ると、まだかなり幼さが残り、思わず笑みが零れそうなほど愛らしいのだが、それが逆に痛々しくヴァームには感じられた。
ヴァームは静かにアリアの髪を撫でた。
「不憫」
ヴァームの口から出た言葉は、意外な言葉だった。
「ホント……不憫な子」
ヴァームは今日、確信した。アリアの聡明さ……外見的魅力に加え、王者としての資質、それに心酔する仲間達。そして<王覇>……。
彼女が進むのは間違いなく<覇道>であり<修羅>だ。
……こんなあどけない可愛い少女が……そんな道を進むのね……。
……それを時代が望んだ……そして彼女は自らその茨の道を選んだ……。
もし平和な時代であれば、この純粋で、高貴で愛らしい王女は、国民や貴族に慕われ、いずれ女王となり、いい恋愛をし、国を豊かにした名君として歴史に名を残し、平和で満足な一生を過ごしただろう。
だが不幸な事に、彼女は乱世に生まれた。そしてそれ以上不幸な事にこの少女はその乱世を切り取り、新時代を作る覇王たりえる才能を持ってしまった。
もはや彼女には、覇道を進む運命しかないのだ。
「できれば……普通の王女でいさせてあげたかったけど……運命は残酷ね」
ヴァームが見たかったのは、この天使のような寝顔だ。
彼女がこれから進む道で、安らげる日は幾日あるだろうか?
そう思うと、不憫に思う。だが、同時に……ヴァームの実感である、「今自分が歴史の舞台に上がった」事を認識している。舞台役者の一人として、今のアリアの姿を眼に焼き付けておきたかった。
……これからは、もう安らげないかもしれないのだから……。
ヴァームは色々な思考を整理しながら、1時間ほどアリアを見続け、やがて彼も眠った。
3
アルファトロス飛行場。
町の南にあり、官民共有の飛行場……とはいえ、半分以上アルファトロス政府の所有船だ。3平方キロの土地に無数の倉庫と、二隻の飛行艇が地上と上空に浮かんでいる。
その飛行場を、恨めしそうな表情でヴァームは見上げていた。彼は晴れ晴れとした天気はあまり好きではない。もっとも雨はもっと嫌いだが。本日の天候は良好で、冬の風もさほど冷たくない。
9時47分……ようやく、アリア一行の姿が見えた。
「やぁ♪ こっちよ~」
ヴァームは笑顔で軽く手を振ったが、僅か2分後、その笑顔は崩れることとなる。辿り着いた瞬間、アリアが止める間もなく無言のまま笑みを浮かべたミタスがヴァームをぶん殴っていた……。
アリアは朝6時には目を覚ました。
ヴァームはぐっすり眠っていてアリアが起きた事に気付く様子もなかった。昨夜寝話で、ヴァームはとにかく朝は弱いので勝手に帰っていてくれ、とのことだった。
アリアはシャワーを借り、そして私服に着替え<タワー>を出てホテルに戻った。
(……どう説明したらいいのかしら……)
さすがのアリアも予想外の顛末を皆にどう説明したらいいか分からなかった。
ナディアも朝は早い。きっともうミタスもザールも知ったことだろう。今頃皆起きてアリアの帰りを待っているはずだ。重苦しい雰囲気で……。
ホテルに戻ったのは7時を少し過ぎていた。ホテルの客たちもまだ動きだしてはおらず人影も疎らだ。
静かに最上階に上がった。廊下は静かだった。
アリアがこっそりと自分の部屋に入ったとき……アリアが見たのは、ベッドの上で正座して待つナディアだった。ナディアはアリアの姿を見た瞬間、再び大粒の涙を浮かべた。
「ナ……ナディア……あ……あの……」
「うわぁぁぁーーーんっ!!」
もう説明も何もあったものではない。突然襲われるように抱きしめられ、ナディアは号泣し始める。
「かわいそうっ!! かわいそうなアリア様っ!! うわぁーーーん!」
「え……ええっと……! あの……」
「うええーーーーんっ!!!」
ナディアは本気で泣き出し、もう始末に終えなかった。次第にアリアも意味の分からない涙がこみ上げ、微笑みを零しながら涙を流した。
二人が泣き合っている間に、ミタスとザールも現れた。二人とも着替えも洗顔も済ませている。少なくとも多少は寝ているようだが、それでもアリアを待っていたのは間違いないようだった。二人は口を出さず、黙ってアリアたちを見守っている。その二人に気付き、アリアのほうが困った。彼らは大人として、男として同情を示してはいけないと努めて冷静なのだ。
とりあえずアリアは涙を拭き、泣きじゃくるナディアを抱きしめたまま、二人に事の真相を話した。
「えっ!?」
驚いたのはミタス一人だけだった。ナディアはまだ泣いているしザールは表情を変えなかった。
「本当なのか? 姫さん……」
「ええ。あの……ホント……皆を騙して申し訳ないと思いますけど……ホントなんです」
困ったようにアリアがいうと、ガバッと顔を上げた。
「嘘ッ! アリア様ぁっ!! いいのっ! アリア様はあたしたちにそんな気ぃつかわなくていいのぉ~!! アリア様が優しいのはわかってるっ! 一番つらいのはアリア様なんだからぁ~。今は泣いていいの! あたしたちがいるんだから泣いていいのっ! うぅぅっっ」
もうナディアは昨晩から泣き続けで、顔はむくみ眼は腫れ、今も大粒と涙と鼻水でベタベタになっていた。
「アリア様っ! 泣きたいときはおもいっきり泣いていいのっ!! そして全て忘れるのっ!! うわあぁーーんっ!」
「…………」
アリアはハンカチを差し出しナディアの顔を拭いてあげながら、本当に何もなかったことを説明する。
アリアがゆっくりと三度同じことを、しっかりと、昨夜の出来事やヴァームの意図などを繰り返し説明した時……ナディアはようやく落ち着きアリアの顔を見た。そしてアリアの顔に精神的な疲れもストレスもない事に、ようやく気付いた。気配も軟らかくて穏やかだ。このあたりはなんだかんだいってナディアも一級の戦士であり付き合いも長い。相手の表情や機微を見抜くことができる。
「て……ことは……ええっと……」
「なんともないです……本当に、泊まって来ただけです」
「…………」
「ホントに?」
「ホントです」
キッパリとアリアは断言し、微笑んだ。その笑顔に、ナディアはようやく事実を理解し、今度は唖然となった。
「なんで!?」
突然のナディアの大声に、キョトンとするアリアと男二人。
「えっ!?」
「どーなってんのよぉっ!! おかしいんじゃないのあの馬鹿男ぉっ!!」
さっきまで泣いていたのはどこへやら……ナディアは表情を一変させて怒号を発した。これには全員仰天した。さらに仰天の暴言といっていい言葉を吐くナディア。
「あのヘンタイ、アリア様の寝顔見て寝ただけだぁー!? こーんなかわいいアリア様の寝顔見て欲情しないなんてあいつ真性のヘンタイじゃないのっ!? あたしならガマンできないわよっ!!」
「は? は??」
ナディアはそういうと、アリアに「アリア様あたしとおそろいのパジャマ着てた? もってる?」と口早にいい、訳分からずアリアが頷くとナディアはアリアからパジャマを受け取って、その奇麗に折りたたまれたパジャマを抱きしめ「アリアさまの残り香ぁ~」と呟きながらフラフラとベッドに歩いていき、そのままパジャマを抱いて、ものの数秒で深い眠りに落ちていってしまった。
「ナ……ナディア……?」アリアは訳が分からず当惑顔。
「ナディアは一晩、アリア様を思って徹夜で泣きながらお待ちしていたようです。今は寝かせましょう」
と、ようやくザールがアリアの側に近付き言った。
朝食は全員まだだった。昼前には再びヴァームとの約束がある。三人は、まずホテルのレストランで摂ることにした。その場でアリアはもう一度、ヴァームの件を説明した。
「俺も騙されたワケだ」
ミタスはやれやれとため息をついた。だがアリアや昨日からのナディアの様子を見ていてアリアを怒る気にはならなかった。そして一つ、今更だがザールはこうなることを知っていたのではないか、と思い尋ねると、あっさり「実はそんな気はしていた」と認めた。
「え!?」と驚くアリア。
そんなに難しいことではない。ザールはシャーマン・マスターである。ザールは会談中、ヴァームが嘘をつかないよう観察していた。嘘をついたり感情を高ぶらせたり怖れを感じる時オーラの光が変わる。ある程度のシャーマンであれば自身のオーラを抑制できるので通用しないが、相手に全くシャーマンの能力がなければ有効だ。特にクリト・エでは大陸連邦よりシャーマンの人口は少なくヴァームはシャーマンではない。ヴァームのオーラはなんら変化しなかった。だから、ザールはあの提案がこれまでの会話から察するに自分達を試しているものだということをいち早く検討はつけていた。
「私がそれを教えては、ヴァーム氏の投げかけた折角の試練に水を差すことになりますからね。すみません、だから黙っていました。怒らないで下さいね」
「……ザールらしいわ……」
アリアは苦笑する。見方によっては主君であるアリアを欺くようなザールのやり方が、好きではないが貴重だとも思っている。感情論や時流に流されず客観的かつ冷静に物事をみることができる人間は、組織としては必要だ。その点はアリアもよく分かっている。
「気に食わねぇーな」
結局ミタスだけは釈然としなかったが、やはり腹は立たなかった。ミタス自身どうしてか分からなかった。アリアが無事帰ってきたことの安心のほうが大きかったようだ。
こうしてアリア達は着替えた後、小休止を挟んで飛行場に向かったのだった。
ミタスに左頬を殴られたヴァームは、今も頬を擦っている。
「いきなりはひどいわ、ホント」
「すまん。顔に虫がいたのでつい手が出た」
「ミタスさんっ」
むろん冬に虫はいない。
「あー。 なんか急に今日気分が悪くなったわ。朝ご飯、殿下と食べようと思ったのに殿下はいないし」とぼやくヴァームだが、先に帰っていい、と言ったのはヴァームである。
「代表が起きられたのは、つい先ほどです」と秘書官のスワマンがさらりと答えた。ちなみに彼はすぐ傍に控えていたくせにミタスを止めようとはしなかった。彼も彼なりに自分の主人とは言えその奇行には手を焼いているようだ。これは小さな抗議かもしれない。ミタスとしては、一発でも殴らなければ、昨夜から色々積もり積もった鬱屈が晴れそうになかった。それにミタスが殴った後でそのことをナディアに伝えておけばナディアの溜飲も下るだろう。第一本気ではない。ミタスほど膂力のある大男が本気で殴れば貧弱なヴァームくらいならば一撃で顎の骨を砕いていたはずだ。
……そういうことですから、大目に見て下さいね……。
とアリアは目でヴァームに覗き込むように語るとと、ヴァームも「分かってるわよ♪」とウインクで答えた。ミタスだって本気で殴ったわけではない。
「で、ヴァームさん。船の件ですが……」
アリアは周りを見渡す。地上、上空に何隻も飛行艇が停泊していて、アリアのために船はヴァームが見繕って選んでいるはずだ。このうちのどれかだろう。
「60機は搭載できるアーマーよね? あれよ」
そういって指差したのは、300mほど先にある巨大な倉庫だった。倉庫の大きさはやはり500mはあるだろう。
ヴァームに促され、全員歩き出した。
「ボクなりに色々考えさせてもらったんだけど……頭金1500万マルズで、あとは分割払いが基本ベース……よね?」
「はい」
それは昨日会談で決まった内容だ。アリアたちは専門家ではないので細かい船の性能までは分からないし、昨夜の一件でヴァームの性格と能力には全幅の信頼を置いた。肝心の船はヴァームがアリアの要望をできるかぎり取り入れて、それで手配する、という事で総額や実際の船名が出たわけではない。
そこはただの商談ではなく、軍事同盟を申し込んだ関係だ。ヴァームがどれだて手を尽くしてくれるか……。
「じゃあそこに、ボク個人から3500万マルズを貸して5000万マルズにするわ」
「あ……ありがとうございます」
ヴァームはさらりと言ったが、アリア達の総資産の倍をいとも簡単にヴァームは出した。それがたった一晩、添い寝の代価だ。中型の半エルマ式の当時基本的な戦艦が3000万から6000万マルズだから、分割なく一隻丸々買えるほどの額だ。
もちろんそれでは艦数は足りないから、ヴァームの好意を受け入れた上で分割払いということになる。
「それで三隻……でもいいと思うけど、それじゃあスピードでもインパクトでも欠けるでしょ? だから、それはやめて、ボクは5000万マルズを頭金にして、年分割で一隻購入を提案したいのだけどどうかしら?」
「え?」
「5000万が頭金なのか!? それも一隻!?」
「どんな船なのだ?」
アリア達は驚き口々にヴァームに詰め寄るように尋ねる。ヴァームは苦笑を返すだけで答えず、秘書官のスワマンが説明を続けた。
「保証人はヴァーム氏個人で、氏とアルファトロス政府とで契約。もしアリア殿下に支払い能力がなくなった時、それまでに支払った額に関係なく船はアルファトロスが差し押さえます」
「ひどいのよぉ~スワマンは、ちっともボクに遠慮してまけてくれないんだから~」
「<代表>としてではなくプレセア=ヴァーム氏個人との契約ですから当然です。これでもかなり<代表>のため配慮しているのです。アルファトロスの極秘秘蔵品なのですから」
「極秘秘蔵品?」
「値段は現状つけられません。まだ相場がないので当方でもいくらにするか判断できないのです」
訳が分からぬまま一行は倉庫に到着し、中に入った。
中に入ったアリア一行は驚愕した。
そこには巨大なエルマ式飛行艇が鎮座している。
全長は約135m、全高も30mは越すであろう。まるで巨大な鯨のような姿で、帆はなく全面特殊装甲に包まれている。
見たこともない船だ。その威厳、壮大さにアリア達はただ唖然と見上げている。
「戦艦<アインストック>。アルファトロスで開発した最新鋭戦艦よ。前面に粒子火砲2門、側面に小型砲4門ずつ。搭載アーマーは50機。移動基地にもなるわ。ただし載せるだけなら80機まで搭載可能。歩兵は乗せるだけなら3000人から5000人は収容可能」
「凄いな。こんなのが存在するのか……」
「私も初めて見る」
ミタスもザールも愕然と見上げている。
アリアは思わずヴァームのほうを振り返った。ヴァームは黙って苦笑している。
「これは、昨日言っていた大陸連邦のデュアル級……ですか?」
「ま、そうなるかしら? ノウハウはデュアル級をベースに去年からアルファトロスで作っていたの。だからこれはアルファトロス産デュアル級ね。クリト・エでは初のエルマ式の大型戦艦。倉庫を大きく取って、一部飛行石を使用してアーマー搭載量を増やしている。かわりに一般兵の居住スペースは狭くしているから遠出は向かないわ。でも、近場で行き来するクリト・エ向きだとは思うの」
近場……と言っても、飛行船は大陸横断にも使われる。純エルマ式の大型戦艦の速力は、一日でマドリード国内を横断することができるだろう。しかも風の影響やエンジンの最高点に達するまでの時間は必要なく、発進は格段に速い。その総合機動性は、マドリード他周辺諸国が制式戦艦としている飛行船戦艦の倍以上あるだろう。
「あ……あの……ええっと……」さすがのアリアも驚きと戸惑いで言葉が出ない。
「ああ、運用ね。それは大丈夫。舵手や機関士は当面お貸しするから。暇な時に彼らから訓練を受けて習得して頂戴。大丈夫、その人間はボクが雇うから。すぐに育つわけじゃないだろうから、当面アリア様は命じてくれればそれでいいわ♪」
「……いいの……ですか?」
アリアは思いがけないヴァームの好意に、どう答えていいか分からない。アリアですらそうなのだ。ミタスやザールなど、何がどうなっているのかさっぱり分からない。こんな戦艦があることすら知らなかったほどの、最新鋭艦だ。
「言ったでしょ? ボクはパトロンになったんだから、これはボクの酔狂。そしてボクの打算よ。投資するからには、失敗してほしくないしね♪ それなら持てる最大の協力をしたいだけ。別にタダであげるっていってないしね。ちゃんと分割で買ってもらうわ。それとも、風帆船の方でいいの?」
「…………」
「では艦内の確認をお願いします、アリア殿下。それで問題なければサインを。<代表>のサインはもう頂いておりますので、アリア殿下のサインを頂いて契約は成立となります」
スワマンは淡々と説明し、奥のアーマー・ハッチを指差した。むろんアリア達に異論はなく、十分に内部を観察し、一時間後正式にサインを取り交わした。これでこの船はアリア所有となった。尚、大陸連邦では、政府に納入されるデュアル級の戦艦は平均8~10億マルズ(それでも大陸連邦ではデュアル級は最新艦ではないので安いほうになる)だから、アリアはそれだけの資産を突然得たのと同じであった。これだけで現マドリードの飛行戦艦全てより値段も資産価値も高い。
問題はアーマーの積載をどうするかという点だ。未納の40機はこのままこの<アインストック>に入れるとして、残り20機はタニヤの隠れ村にある。挙兵後はともかくアーマーがそれほどの数が動いていれば目立ってしまう。こちらについては戦場で合流させる以外手がない。さすがにこの<アインストック>を今多用するのは人目につきすぎる。
契約を終え、用件が全て終わったかと思われた時、ふとザールが思い出したように発言の許可を求めた。
「風帆飛行船の数日間のレンタルはいくらです」
「風帆飛行船? そんなものどうするの? 何隻?」
「10隻。火砲はいらないし、けして壊さない。借りるのも数日だけ。どうでしょうか? ヴァーム代表」
「…………」
「すぐにではありません。時期はその時お知らせします」
ヴァームはアリアを見たが、アリアも分からない様子だった。これはザールの独創で今思いついた事の様だ。アリアはザールを一瞥し、認める意志を頷きで示す。
「じゃあ100万マルズで。そのくらいならボクが出すわ。代わりにこのあと、殿下がボクと昼ごはんに付き合う条件でね♪」
「あんまり調子にのっていると、ナディアが貴方を刺しますよ? 100万マルズなら私達で出します」
「も~♪ アリア殿下ったらっ♪ 一緒に寝た仲じゃないっ♪」
「私が出します。手続きの書類、お願いします。スワマンさん」とアリアはヴァームを無視し断言した。
「了解しました」
ヴァームの抗議を余所にアリアとスワマンがさっさと手続きを済ませてしまった。
「皆と一緒なら、食事いいですよ? ヴァームさん」
「ふぅーむ……いけずな子ねぇ~」
結局この件はアリアの提案通り、昼食はアリア一行とスワマンを入れたヴァーム達と一緒に<タワー>内の一般レストランで摂られ、ここでアリア達のアルファトロスの用件は終わった。
食後、アリアは世話になった礼を述べ、ヴァームと別れの握手を交した。
「次会うときはもっと美人になっててね♪ 期待してるわよ♪ 殿下」
「貴方もお元気で」
ヴァームはやや声を落としアリアだけに聞こえるよう呟く。
「もし本当に危なくなったらアルファトロスに亡命しなさい。安易に死ぬんじゃないわよ。よーく覚えといてね、もう貴方は簡単には死ねないのよ」
「はい」
「走らない手はあった。でも貴方は走ってしまったのだから」
「……はい……」
その言葉には色々な意味がある。その意味は、アリアとヴァームの間にしか分からない。
今度はニコリとわらって、握った手をさらにギュッと強く握り返した。
「早くて3カ月後くらいにまた会えるかしら? どっちにしても、楽しみにしているわ」
「はい」
「……ところで……」
握手を終え、ふと思い出したようにヴァームはミタスとザールを見まわし、彼らしいボケとも本当とも知れない言葉を吐いた。
「取巻きの皆さんの名前、なんでしたっけ?」
「…………」
……アリアにしか興味がなく元々覚える気がなかったのか……それとも彼流の嫌味さか、ジョークか……そのあたりは分からない。ただ、この時はミタスも殴るのを堪え、ザールと共にヴァームに自己紹介と握手を交し合った。
こうしてアリア一行は14時発シーマ行きの列車に乗った。予定では22時半くらいにはタニヤに着く。連絡して馬車の迎えは用意してもらっているので、夜中には隠れ村に着く予定だった。一応アリア達も貴族評議会に追われる身で、このアルファトロスにもスパイが入っている可能性は高い。長居はあまり得策でないし、夜間の移動の方が目立たないだろう。
だが、これが予想外の不測の事態になるとは、思いもよらなかった。
『マドリード戦記』 王女革命編 2 <同盟と王覇の芽生え>編でした。
アリアの革命戦にとって、重要な人物となるプレセア=ヴァーム氏が登場しました。彼は後々までアリアにとって重要なキーパーソンとなる人間です。結構奇矯なキャラですがかなり有能な人物です。今回の話によって、アリアは革命戦を本格的に突入することになります。
備考として、一つ。
作中、クリト・エの共通通貨として「マルズ」という通貨単位が登場していますが、目安は1マルズ=1ドル です。その感覚で見てもらうと、大体の物価や資金力の目安になると思います。
次回、アリアたちは帰路事件に巻き込まれます。革命戦前の事件ですが、この事件が後々革命戦を展開する上で重要な事件となります。アリアや他の三人もそれぞれの能力を発揮し活躍します。どうぞ次回も宜しくお願いします。