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『マドリード戦記』  作者: JOLちゃん
王女革命編
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『マドリード戦記』 王女革命編 18 革命戦前章②

『マドリード戦記』 王女革命編 18 革命戦前章②


着々と作戦を進めるアリア。

一方、貴族評議会では動きがあった。なんとクレイド伯が軍を率い王城を去り、マドリード東部で軍を展開したのだ。

それに対応する一方、アリアも王城にナディア、クシャナの潜入部隊を放つが……

革命戦前章 2



 パラ歴2336年 3月11日


 この日マドリード西部の都市ファラクランと南部のコモールでついに市民が決起……さらに小規模ながら首都シーマでも暴動が起きた。これらはアリア軍の決起とは無縁の市民による暴動だが、その旗印は「政権をアリア様に!」「貴族たちの支配反対」というものだった。


 もしかしたら後ろにアリア軍がいるのではないか……という危惧……というより恐怖から、これまでのように武力で弾圧することができず、シーマ以外の市民決起は、そのまま勢力として残った。


 ついに、マドリード国内全体が革命ムード一色に染まりつつあった。


 アリア軍自体は動かず、当初の予定通りシーマ攻略案を進めている。





 首都シーマの王城にて、レミングハルトはクレイドからの申し出に戸惑い言葉を失った。

「起死回生の一手ですよ」

 クレイドは、密かに国内中の評議会派の地方軍兵力をかき集め一軍を組織したので、自分はその軍の指揮のためシーマを進発、アリア軍に対したいというものだった。

 この話を聞いたときレミングハルトは咄嗟に「この男逃げる気か!?」と思った。

今や貴族評議会にあるのは虚勢だけで、まともに思考力を残しているのはレミングハルトとクレイドの二人だけ、といった状況下である。ここにきてクレイドが「シーマを離れる」と言い出せば見捨てて逃げる以外考えられるだろうか。レミングハルトはともかくとしても、無能な他の貴族たちは間違いなくそう受け取るはずだ。


 クレイドもレミングハルトの疑心は十分理解している。


「貴方を助けるためですよ」


 クレイド曰く、シーマの貴族評議軍はクレイド直属部隊の1500しか連れ出さない。兵力は地方貴族の私兵団をかき集め約6600。これまでの兵力を考えれば少ないが、飛行艇は2隻、アーマーは10機と、軽いものではない。クレイドの説明ではこの軍は民衆鎮圧に向かうと見せかけその実はアリア軍の側面もしくはリィズナに向けることになり少しでもアリアの注意を引かせる、というものだ。

「そんな作戦、卿ではなく誰か適当な人間を差し向ければよかろう」

 事実そうだろう。クレイドは一応『マドリード大将軍』の地位にあり、彼は万単位の指揮をするべき人間だ。もうアリア軍が明日にでも進軍してきてもおかしくない状況で、貴族評議軍の残存主力兵力も首都シーマに集結している。

「アリア殿下は天才です。彼女は私の能力を正しく評価している。この油断ならない私が西地方で軍を挙げたと聞けばその支配下には万単位の兵力を想定するでしょう。しかし戦場で予想以上に我が軍が少ないと知れば必ず伏兵を勘ぐります。戦略的な意味は大きい」


 クレイドの構想は基本的には正しい。それはレミングハルトにも分からなくはない。だが彼がそれほどマドリードも貴族評議会も愛していない事は同じく貴族評議会と政府を利用するだけで愛国心などない、同じ穴の狢のレミングハルトはよく知っている。クレイドの真意は結局保身だとしか思えない。


 各地の民衆の蜂起は問題ではあるが、脅威といえるほどではない。所詮は烏合の衆だ。


 あくまでクレイドの特別軍の目的はアリア軍だ。


 だがそれだとしても軍を発動させて今更どうするのか……。兵力差が逆転した今まさか勝てるとは思っていないだろう。別働隊6000ちょっとの私兵団崩れの兵力で割拠してもアリアを脅かす事はできないだろう。むしろ強制参加させられた私兵団たちがアリア軍に寝返る可能性だってある。これまで貴族たちは政治的圧力と暴力で屈服されてきたがその神通力はない。

「私にも軍人としての意地がありますからねぇ。もう一度、アリア殿下と一戦、心ゆくまでぶつかってみたいのです」

「このシーマで正に直接対決できるではないか!? アーマーの数も揃えてある。局地戦力では負けん。じき最新鋭艦も手に入るのだぞ」

「限定条件のある市街戦より野戦で正面からというところに智謀のぶつかりがあり、武人の美学があるんですよ」

と、クレイドは全く聞く耳を持たない。

「卿からそんな言葉が出るとは思わなかった。どういうつもりだ」

「まいったなぁ」

 クレイドはそんなレミングハルトを見て一笑すると、そっと囁く。


「私は貴方と違って今後の身の振り方が難しいンですよ」


「…………」


「貴方と一緒にいて、私だけが全て押し付けられるのはゴメンですからねぇ。貴方に友誼を感じないわけではないですが、私も自分の身が可愛いので。貴方のプランに私は入っていないはずだ」


「…………」


 そういうと、静かにクレイドはレミングハルトから一歩離れ優雅に会釈した。


「これが今生の別れにならぬ事を祈ります。レミングハルト侯」

「クっ……クレイド伯っ!!」

「ご安心下さいレミングハルト侯。私は前回の戦いでアリア殿下に徹底的に嫌われております。よもやアリア殿下の陣営に駆け込んだりはいたしません、そのくらいの節度はあるつもりですよ。私も馬鹿ではないですから」

「クレイド伯っ!!」

「失礼します」

 レミングハルトが慌てて引き留めようとしたが、それより早くクレイドは去っていった。


 レミングハルトもクレイド……長年現在の政権を支えあい、バルド王国との事も知っている同志ではあったが根の深いところでは所詮他人で、お互いの暗部を見せることはなかった。結局、盟友と呼べるほどの一体感も信頼関係もなかった。


 もっとも、クレイドは別にレミングハルトを見限っているわけでもなかった。彼は宣言どおり、アリア軍の監視を掻い潜り3月20日に西部地方カアラメントでクレイド軍は現れ、シーマ進軍中のアリア軍本体とリィズナの間の両断を試み進軍を始める。


 だが、予期した通り3月10日の時点でクレイドの単独出撃という話は貴族評議会の中では、「もはや貴族評議会もここまでか」と王城に立て篭もった評議員たちを落胆と士気の低下を与えた。またクレイドによって行われた強制連行によって多くのアダ、農奴のみならず軍資金奪われた貴族や商人たちは益々アリア軍を後押しすることとなった。これこそレミングハルトがもっとも危惧していた事だが、クレイドが去った時点で彼も腹を括っていた。


 レミングハルトが心中マドリードという国を捨てたのはこの瞬間だったのかもしれない。そのためにも、一刻も早くアルファトロスからの飛行艇を手に入れたかった。


 



 各地の民衆蜂起とクレイド軍の発生はすぐにアリア軍の諜報網に引っかかったが、アリアは動じなかった。時期はともかく民衆がアリア軍に呼応して決起する可能性は前々から計算にあったことだ。

 アリアは元々民意によって決起した。民衆を無視することはできない。

 アリアはすぐにクロイスにいるグドヴァンス=サードル少将に命じ、民衆の代表と接触すること、そして士気を落とすことなく暴動を抑えるよう命じた。グドヴァンスは軍事面が専門ではないがすぐれた民政家でありアリアに忠実だ。民間人の煽動や暴動の冷静化、そして民兵の組織法はザールが作戦書を書き上げグドヴァンスに渡してある。彼は元々国内のアダの組織の長老といった存在で、民間の先導、掌握の手腕に長け内政能力は非常に頼もしい。彼の手に余る問題が出たとき、グドヴァンスは素直にアリアに連絡してくる。アリアとしてはその時初めて動けばいい。


 問題はクレイド軍だ。


 通常会議で当然すぐ議題に上った。その場でまずアリアが基本方針を宣言した。


「基本首都攻略軍の陣形は崩しません。クレイド軍が我が軍の後輩もしくは側面を突くには時間があります。先にシーマを落としてしまえばいいのです」

「しかしヤツの軍が強盗化し町を襲えば始めたらどうする姫さん? 助けに行かないわけにはいかんだろう。いや、あの男の事だ。そのくらいの暴挙に出て嫌がらせをしてくるぜ」

 ミタスはクレイドという人間をよく見ている。あれは貴族と軍を握った一種の異常者だ。貴族としての誇りも軍人としての矜持などありはすまい。

 この点はクレイドが考えた戦略通りアリア軍にとっての痛点だ。民間解放を旗印としているアリアとしては放ってはいれない。

「それはそうなのですが……一軍を割く余裕は厳しい。情報では首都シーマでも一部民衆の政府への抵抗活動が起きていると聞きます。生死が厳しいのは彼らのほうですし、直接私たちとの軍事活動と関係します」

「じゃあ俺が対処しましょうか」と身を乗り出したのはサザランドだ。

 サザランドはリィズナ防衛司令官として、各軍制とは別に3000人ほどの守備兵士を支配下に持っている。守備軍であると同時にアリア軍唯一の予備兵力でもある。3000と兵力は多くないがアーマーは10機、飛行戦艦<サルバルド>もある。

「すでに一度ぶち当ってこちらの怖さを知るクレイド伯が相手です。こちらが飛行艇をだしていれば警戒するでしょう。アリア様がシーマを落すまでの足止めならそれで十分ですぜ」

「そうかもしれぬ」とザールは頷いた。

「クレイド伯の軍主力は伯爵個人の私兵団で最後の予備兵力だっただろう。この状況下で出してきたという事はリィズナを襲う危険は少ないと見ていいでしょう。それにもし敵がリィズナを標的にやってくればリィズナで足止めすればいい。その程度の貴族私兵軍ごときに落ちるリィズナではない。その間に我々が首都シーマを攻略し、取って返してクレイド伯の横腹を叩けばいい。簡単に挟撃殲滅できるでしょう」

 結局クレイド軍に対してはサザランドが対応することとなり、アリア軍の本隊の作戦に変更が加えられることはなかった。アリア軍の秘密作戦が、ついに始まる。




 パラ歴 2336年 3月26日。


 アリア軍がシーマを包囲し対陣している中、ちょっとした小競り合いが発生した。


 場所は上空だ。


 アルファトロスから輸送された小型純エルマ式飛行船<グアン・クイム>は、アリア軍に発見されないよう上空高度を移動し、ついにシーマ近くまで来たとき運悪く上空を巡回していたアリア軍率いる巡航艦隊に発見された。


 アリア軍側は未確認飛行艇に対し警告を発し、アルファトロスの船だと知ると検閲を求めたが<グアン・クイム>はそれを拒否し、強行にシーマの王城内にある飛行場への直陸を行ったため、両艦の間で空中砲撃戦が行われた。この戦闘に驚いたレミングハルトは、シーマに待機していた対空砲撃部隊と2隻の飛行艇が出動させて、ついに首都シーマの上空で空中戦が行われた。アリア軍側も主力艦の<アインストック>が長躯して迎撃し、戦いは短時間で終わった。アリア軍は<グアン・クイム>を含めた全艦に軽度のダメージを与えたが、結局<グアン・クイム>がシーマの市内圏に入ったため攻撃を中止し退却した。


 これが、アリアが行う首都攻略作戦の一端であり、全ての始まりであり、そして革命戦の最後の幕開けであった。




「こんなことになるとは聞いていません。安全の確保も発注側の義務だと思いますが」

 ジャレッド=パーメと名乗ったアルファトロス側の責任者の女性は社交辞令など一切なく険しい表情で、出迎えに来たレミングハルトの側近に開口一番文句をぶつけた。


「現在マドリードの現状を考えればこのような事態は有り得ると……ええっと……ジャレッドさんでしたかね?」


「ジャレッド=パーメ、アルファトロス外交部主任です。何度も名乗らせるの?」


「い、いえ、大変失礼を。パーメ殿、まずはこのような事態になったこと、申し訳ありません。しかし内戦中であり予想されるべき事態であったことは了解して頂きたい」

「契約書を用意していますので、レミングハルト侯爵のサインを頂き私は帰ります。こんな物騒な所一刻も早く帰りたいですわ」

 ジャレッドの機嫌の悪さに側近たちは閉口した。ジャレッドはさらに騒ぐ。

「せっかく届けた船も攻撃されてエンジンの一つが故障です。ですがこれはアルファトロスの責任ではないので悪しからず。ではサインを頂き我々は陸路で帰らせていただきます」

「ちょっと待ってくれ。エンジンの故障だって!?」

「二度も同じ事はいいません」

 ジャレッドは「関係ない」とばかりに事務的に答え、<グアン・クイム>のクルーたちのほうを見る。クルーたちは消火活動や書類の整頓をしていたが、それらも終わり続々と退艦し始めていた。側近たちはそれを見て慌ててジャレッドを押し留め、「故障箇所は直してくれ!」と懇願する。彼らでは最新の純エルマ式飛行船が直せない。しかしジャレッドは「契約にない」とその一点張りでまったく耳を貸さない。仕方なく側近のうち一人がレミングハルトのところに走り、30分後レミングハルト本人が現れ今回の事件を謝し、改めて修理を発注した。むろん修理は別予算だ。


 すると、これまで不機嫌だったジャレッドは急に笑みを浮かべた。


「もちろんこういう状況ですから、料金は前払いで頂ければ……」

「構わん。直してもらおう。大金を支払って壊れた船では堪らない。しかし直せるのか?」

「それは問題ありません。船には半壊くらいなら現状復帰できる予備部品を搭載しております。それを使わせていただければ修理は可能です。専門の技師もおりますから」

「ありがたい」

「まずは支払いをアルファトロス政庁に。それがアルファトロスに届いた事を確認して、私共が修理し、シーマを後にさせて頂きます」

 その時、褐色の肌で薄い金髪ショートカットの女が見慣れぬ服を着て艦から出てきた。レミングハルトもその珍しい女性を見た。

「自己紹介がまだでしたね。彼女が整備主任です」

「めずらしい服ですな」

「大陸連邦の科学都市スクルトの高等技師ヒルデリン=ブラサム殿です。今回、この<グアン・クイム>はスクルトより購入致しました。今回の引渡しを見届けるために来たのですが、彼女に何かあれば大陸連邦との国際問題になります。失礼のないように」

 クリト・エは長上着を好み所属が同じでも制服や軍服などは男女別にデザインされていることが多いが、大陸連邦は基本男女の別はなく、彼女が着ているのは男女兼用のデザインジャンパーにズボンといった格好で女性らしい服とはとてもいえない。腕に大陸連邦のワッペンがついている。

「気をつけましょう」

 そう答えた後、レミングハルトは突然不敵な笑みを浮かべた。

「しかし、アルファトロスとアリア軍とは馴染み深いはず。そのアリア軍が撃ってきたのはどうしてですかね?」

「別にアルファトロスはアリア軍と同盟を結んでいるわけではありません。アリア軍が得意先なのは認めますが、今回はいい商売ができました。アルファトロスは商売が一番です」

「それを聞けて安心です。アルファトロス人らしい考え方ですな。良ければ今夜、お食事にお招きしたいがいかがであろうか? ジャレッド殿とヒルデリン殿の都合さえよければだが」

 ジャレッドは少し考え、小さく微笑むと頭を振り、「私は構いませんがヒルデリン殿はこの艦の修復作業の計画立案がありますし、大陸連邦とのつながりが許されているのは我が

アルファトロスとロイズのみ。確認してからではないと即答しかねます。申し訳ない」

「いや、私の方が無理を言ったようだ。では、すぐにクルーたちの宿泊の手筈をつけよう」

 その後、数言雑談を交わし、ジャレッドとレミングハルトは別れた。


 ジャレッドはストレートの黒髪を撫でながら、運搬指示を出していたヒルデリンのところに向かった。ヒルデリンもそれに気付き、手を止めジャレッドのほうに向かった。


 二人は合流すると、無言で艦内に向かい歩き出した。

 艦内に入ったとき、ようやく二人は口を開いた。

「どうやら巧くいったようですわ。ナディアちゃん」とジャレッドことクシャナが呟く。

 ヒルデリンことナディアはこっそり去っていくレミングハルトの一団を見送りながら、一笑した。

「案外気付かれないものなんだなぁ~♪ さてさて♪ 今夜あたりから早速行くよ~♪」

「エンジンが直るまで、表向きな対応は私がやります。ナディアちゃんは王宮内……ミーノスさんは素材確保の名目で街に出てもらい偵察です。……ナディアちゃん、このあたりの役割分担は忘れないでくださいね。ナディアちゃんが怪しまれればわたくしたちは全員疑われるのですから」

「分かってる分かってる♪ あたしの居場所はアリア様の隣って決まってるンだから」

 そういうとナディアは楽しそうにニカッと笑った。


 潜入部隊にナディアを入れることが決まったのはギリギリだった。


 元々ヴァームが気を利かせ、「大陸連邦の技師を混ぜると安全よ」という報告を聞き、ミタスがナディアを変装させ様子を見てこさせる案をアリアに提案した。ミタスとしてはあくまで宮殿内偵察という意味だったが、アリアはそれを少し飛躍させ今回の芝居も追加させてより作戦を高度なものにした。


 その話を聞いたナディアは意気高揚させた。


「ついでに何人か貴族評議員のバカの首でも獲ってくる?」


「ダメです。そんなことしたら貴方やクシャナの正体はすぐにバレて大変な事になるわ。ナディア、約束よ? けして無理はしない。あくまで貴方の仕事は偵察と内部工作です」

 修理のため滞在ということであればまず疑われないだろう。エンジンは実際に破壊する必要はない。壊れたよう偽装すればいいし、ごく軽微な故障であればアーマーの整備や修理など自身で行っていたナディアとミーノスならば可能だ。

 エンジンの修理が終わった所でナディアと数人は一端アルファトロスに戻る……といえばシーマから抜け出せる。ナディアはそれでなんとかシーマから脱出すればいい。そして物資の搬入と偽り工作兵や武装をこっそり持ち込む……。

 さらにアリアではなく、作戦の相談を受けていたザールがこっそりナディアを呼び、極秘事項を伝えた。ザールがナディアに頼んだのは王アミルの動向だ。この件、アリアは知らない。何故ならば、救出作戦ではないからだ。


「アミル陛下を発見し、その居場所をしっかり把握してきてほしい」


「見つけたンなら助けられるわよ?」と、ナディアは首を傾げる。見つけてしまえば後はそのまま強行に飛行艇<グアン・クイム>に押し込み脱出できるではないか。

 だがザールは「もう政治的にアミル王は必要ない。アリア様には必要のない方だ」と声を潜め言った。アミルがもしアリア軍が奪還すれば確かに形としては完全にアリアの勝利となるが、王と王女、二つの頭が出現し、軍首脳部の混乱は避けられない。誰よりもアリア本人が戸惑うだろう。王アミルが健在であればあるほど、アリアは遠慮するはずだ。何より国防軍と革命軍の間で溝が出来かねない。完全アリア派である革命軍に対し、国防軍は王を主人とする。アミルが幽閉され失権しているからこそ権力は次代のアリアが担っているわけだが、無事奪還という事になればその前提が覆る。


 ザールはさらに衝撃的な一言を放つ。


「可能であれば事情を説明し……」と言って懐から小型の短銃と液体の入った小瓶を取り出した。ナディアは即座にその意味を悟り、蒼白になる。


「ザール」


「そういう事だ。自決を促してほしい」


「…………」


 ……救出でも暗殺でもなく、あくまで自決……。


 暗殺してしまえばアリア軍が掲げる革命の正義に影を落とす事になるし、父殺しと呼ばれるの事は政治的にも精神的にもアリアのダメージは大きい。だが今や王アミルの存在は邪魔でしかないし、王の存在がレミングハルトのマドリードの国政を壟断する根拠になっている。そして今、アミルとレミングハルトの国外逃走を許せば戦争はより拡大する。

 ナディアはしばらく険しい表情でそれを見ていたが、黙ってそれを受け取った。ナディアが、アリアにとって幼馴染の親友で卓越したパイロット……というだけでなく将軍として認められているのは、戦略や政争に対して高い理解力と判断力を持っているからだ。ザールもナディアの能力を知っているから余計なアドバイスは言わず、「では、気をつけてくれ」と軽い口調でつげ、秘密作戦にさらなる極秘作戦が追加された……。



 

 26日 夜。


 ナディアは静かに王宮内苑に舞い降りた。


 クシャナはジャレッドとしてレミングハルト他貴族たちと食事会に呼ばれている。


「警備、薄いな」


 ナディアの服は目立たないよう濃いグレーのジャンパーと黒のズボンに切り替わっている。髪型だけは金髪のカツラを用心のため付けている。


 マドリード王城ハーツティスは元々クリト・エ有数の巨城の一つで、その荘厳さと大きさは有名だ。だが何世代も前から使われていない部分も多い。アリアが過去侵入した西門周辺も今は中庭だが元々宮殿があった。もう200年以上放置されガレキ同然となっている。警備兵はごく僅かしか配置されていないようだ。

「これなら西門口から飛行場までは制圧は簡単だけど問題はメインの本城の方か。クシャナが頑張ってる分、こっちも頑張らないとねぇ~♪」

 今城内の警備は主に、クシャナとレミングハルトとの会食に向けられているはずだ。今、警備がもっとも緩い。

 とはいえ王城ハーツティスは城壁が二重になっている要塞城だ。これを突破していくのは相当工夫がいるだろう。

 王城の中について、ナディアは王妃救出についで二度目となる。今回改めて王城内についてアリアとザールの二人からみっちり教えてもらい完璧に把握している。

 ナディアはすぐに本城内に忍び込む事に成功した。ここもアリアやナディアが当初思っていたより警備は甘く、ナディアは王城内に簡単に侵入した。

 しかしここでさすがのナディアも王城の広さに閉口する。元々巨大な要塞と政府施設と王宮を兼ねた王城だ。結局、その晩は城内の要所数箇所の配置を頭に入れただけでアミルを見つけることはできなかった。


 深夜、割り振られた部屋でナディアとクシャナは再会した。


「まるで昔の活動みたいですわね」

「そうだね。こんな派手な王城で秘密工作するとは思わなかったけどね」

 そう言い合い二人は含み笑いを零す。元々地下叛乱組織として活動していたクシャナを見出し、サポートしスカウトしてきたのはナディアだ。クシャナの信頼を得るため、二人は何度も一緒に作戦を潜り抜けてきた。この二人には二人だけの特別な感覚の共有がある。正規の軍活動を行ってから二人がこんな作戦を行うとは思っていなかったから、ふと感慨を覚えたのだろう。

 二人は数分……まるで秘密の探検を楽しむように王城貴族たちの感想……悪態交じりの品評会を言い合っていたが、やがてその会話も終わり本題に入った。

「主要拠点や兵力配置、工作兵の潜入……このあたりはアリア様の予定通りになるかなってカンジだけど」

「私もちょっと意外なくらいですわ。もう少し手勢があれば私たちだけで制圧できそうだと思わない? ……クスッ。まぁそれはちょっと言いすぎですわね。どちらにせよ、やはりアリア様はさすがですわ。ほぼ計算どおりです。ただ……一箇所警備厳重のエリアがありましたね」


「城の空挺場の建物だね」


 空挺場近くといってもそこは何かの施設らしく建物は大きい。そしてそこだけは警備が厳重かつ人員も多かった。間違いなく軍の施設だ。この建物に関するメモはなかった。

「砲台とか篭城用兵器かアーマー倉庫ってトコかな?」

「でしょうね。なんとかナディアちゃんが忍び込んでくれますか?」

「うん。なんとか努力はしてみるよ」

と、クシャナは顔を上げた。

「ちょっと待って、ナディアちゃん。もしかしたら……一つ方法があるかも」

 クシャナは、ちょっと考えてからナディアを見た。

「かなり危険だけど……ナディアちゃんなら出来るかもしれない。ナディアちゃんは大陸連邦の人間……っていうことになっているでしょ? クリト・エでは珍しいことだから……大陸連邦の話を披露するって言えばセッティングされるかもしれないけど」

 むろん、アルファトロスのジャレッドとしてクシャナが手続きしなければならないが。

 無線でアリアかヴァームに連絡すればいくつか大陸連邦の話題は手に入るだろう。今の世界情勢に詳しければ大陸連邦の話は政治家であれば誰もが聞きたがる話題だ。レミングハルトからの食事の招待を前日断ったばかりだが、それはナディアが大陸連邦人という設定でアルファトロスの許可が必要だからという理由だから、「許可が下りました」と言えばすぐにでもセッティングされるだろう。


 ただこの作戦には問題がある。


 金髪で変装しているとはいえナディアがレミングハルトとある程度の時間対面するということだ。 ナディアはすでにマドリード国内では軍部を中心にアリア軍の将軍として顔写真が配られている。バレるかバレないか……そこが最大の問題だ。

「あたしって目立つの?」

「とっても目立ちますわ」とニコッと微笑むクシャナ。

「ナディアちゃんはとっても美人ですもの♪」とにこやかに微笑む。ナディアは「あははははっ」と空笑いするしかない。ナディアは主人のアリア同様、本人の自覚はほとんどないが誰もが目を引く美貌の持ち主だ。さらに少女のアリアと違ってナディアは抜群のプロポーションを持っている。女性としての魅力でいえば現段階ではナディアに軍配はあがるだろう。


 それに……マドリード周辺では褐色肌はアダが多く、多くのアダは世間に怯え身を潜め生きている。ナディアのように堂々としている美人はそうそういない。


「もっともナディアちゃんは結構タヌキだから騙すのは得意ですよね」

「ヤなこというなぁ~。クシャナは」

 そう答え、ナディアは一笑した。

「むしろ、あたしがその場でレミングハルトの野郎を殺さないよう祈って欲しい」

 実際その現場になった時……ナディアの努力は大陸連邦人として振舞うより、湧き上がる攻撃衝動を抑えることに努力が必要だろう。ナディアなら、隠し持った小さな短剣一本で現場に居合わせた不逞貴族たちを一気に殺戮することは可能だ。だが、「アリア軍が策謀によって貴族評議会を誅した」という事になればアリアの栄光の覇道に影を落すことになる。アリアの面子を潰すことはナディアには出来ない。

「それで解決するならいいんですけどね。そんなことしたらアリア様の顔に泥を塗る……その事はナディアちゃんが一番理解しているはずだから、信用していますわ♪」

 二人は再び声を潜めて笑った。


 こうして彼女たちの極秘任務は計画に入る。






『マドリード戦記』 王女革命編 18 革命戦前章② でした。


クレイド伯は奇怪な人ですが有能なんですよね。

今後どういう事になるか、注視してもらえたらと思います。多分予想だにしない展開になると思います。


今回、ナディア、クシャナの二人が潜入しました。

ナディアはザールの密命を受けて……かなり重要な展開になると思います。

こちらも今後目が放せない展開です。


こうして着々と革命戦に向けて戦略は進んでいきます!


これからの革命戦、楽しみにしていてください。

今後とも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。


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