『マドリード戦記』 王女革命編 17 革命戦前章①
『マドリード戦記』 王女革命編 17 革命戦前章①
首都攻略作戦に入ったアリア軍。
アリアは首都シーマを包囲しつつ、その経済支配エリアを広げた。
さらに各軍団は攻略作戦の立案を進める。
そんな中、不安顔でミタスを探すアリア。
実は、ミテスとの契約期間である一年が過ぎようとしていた……。
11/革命戦・前章 1
パラ歴2336年 3月4日
ここはマドリードではない。
マドリードの南にあるバルド王国、首都コロン・トトン……王城グラン・トトン。
バルド王国・国王ラメニア=フォン=ブラムン=バルドは、朝食後のコーヒーを喫しながら軍事処長官から提出された報告書に目を通していた。中身は隣国、マドリードの内戦に関することである。
ラメニア王の隣では、王妃ファーブニアが同じくコーヒーを楽しんでいた。
ファーブニア妃は、報告書を読み始めた途端沈黙したラメニア王の様子から報告書の内容があまり好ましくないものであることを察した。
「マドリードの王女は手強そうですわね、アナタ」
「優秀のようだ。ついに首都攻略に動き出したらしい。あの王女のことだ、陥とすだろう」
ラメニア王は苦笑すると報告書を置き、コーヒーを一気に飲み干すとすぐに二杯目を命じた。
「レミングハルトでは勝てまい」
「あらあら……それじゃあアナタの苦労が報われないではないですか」
王妃ファーブニアは残念そうに呟く。
ラメリア王がマドリードのレミングハルトに狡猾かつ悪魔のような国の簒奪を持ちかけたのは12年前の事だ。ラメリア王もレミングハルトも同世代で、現在の地位に即位したのも同時期だった。また、レミングハルトの領土は南東の国境に面していてバルド王国とつながりも強く、内々だが両者の交流は深かった。
「世の中がこうなってはな。余とレミングハルトとの友情で片付けるワケにもいかぬ」
ラメリア王はそう苦笑すると二杯目のコーヒーに口をつけた。
世情が変った。
元々は傀儡政権を作り緩やかに併呑していく計画。もしくはレミングハルトが散々に衰退させたマドリードで決起し一気にマドリードを征服する……どう転んでも大きな損害なくバルド王国の領土を増やす計画だった。
2年前であればそれも可能だった。だが、今は違う。活発化してきたザムスジル帝国の軍事行動、そして予想を遙かに超えたアリア軍の最新鋭の精鋭革命軍。
……むしろ、ザムスジル帝国に対するにはアリア軍と同盟関係を結ぶ方が有益ではないか……。
そう考えるのはラメリア王だけでない。現在各国がマドリードの内乱を静観しているのはアリア軍との関係を気遣っているからだ。アリアの成果と力量を正しく判断しているのは敵対しているレミングハルト等貴族評議会ではなく周辺各国のほうだろう。
「レミングハルトが逃げ込んできたとしても……」
ラメリア王は、静かにコーヒーを喫し、そして苦笑した。
「友好的に出迎えるか……王女に引き渡すかは……その時考えればいいことだ」
同日 リィズナ。
アリア軍は首都シーマを半ば包囲していた。
マドリード国内の環状鉄道を押さえ、主要道路も管理下に置いた。完全ではないが、シーマをほぼ封鎖した状況である。
3月に入り、ここでザールは以前ヴァームと契約していた「飛行船10隻のレンタル」を実行に移した。レントン指揮の下<アインストック>を旗艦とした飛行艇艦隊を作ると、シーマ上空に何度も出現させた。攻撃をするわけでもなく、ただ上空を回遊してくるだけだが、十分示威となる。制空権を奪われただけでなく、アリア軍が近くにいることを貴族評議会、国民全てに知らしめた。この示威行動は貴族評議軍の戦意を削ぎ、市民たちに「誰がこの国の支配者か」を明確にさせた。それと同時に市民たちに首都決戦が近いことを報せる役目となっていた。これを受け、自発的に疎開を始める市民が出始め、疎開できない市民たちも戦火に備え水の確保や自宅を守るため木材などを購入し戸や窓に打ち付けるなど対策を取り出した。
また、これまで政府の秘密治安維持軍を怖れ沈黙していたシーマの一部市民たちが、はっきりと反政府的行動を見せるようになった。ストライキやデモ、不買といった動きだ。
最初は強烈に弾圧を加えていた貴族評議会軍だったが、その行為がさらに大規模な反抗につながり、運動は拡大していった。それらは武装決起というものではなかったが、アリア軍が裏でバックアップしているのでは……もしくはこれを機にアリア軍が乱入してくるかも……という憶測があり、以前のように考えなしの暴力で市民を取り締まることは少なかった。もし市民の大反乱にアリア軍が乗じれば……王都シーマは炎上し最終的にアリアの手に帰すだろう。その機会をアリアが狙っているような雰囲気もある。
巧妙なのは、こうして食料や木材の消費量が高まったが市場で品不足になることはなかった事だ。それは、それらの物資がタニヤ地方やリィズナ地方、都市クロイス、そしてアルファトロスで買い込んでいた物資をシーマの市場に流していたからだ。全てはアリアが計算して予め用意していた事で戦略と政略、経済対策であり、アリアはすでに事実上マドリードの国内の経済も支配してしまっている。
これらの案はアリアとザール、グドヴァンス、ヴァームの四人が巧みに計算し指示したものだ。その政治力は貴族評議会政府を上回っていた。アリアは、直接軍を動かす事なく、政府を圧し、市民に近々起こるであろう戦争を報せていた。決戦は近い。全てはアリアたちの思惑通り進んでいる。
そんな中起きた、ちょっとした事件がある。
アリアがいつになく沈痛な表情で幹部たちのいる控え室に姿を現した。
「ミタスさんはいますか?」
幹部室にはナディア、クシャナ、ユニティア、サザランド、トドーレスがお茶を楽しみながら雑談していた。アリアが幹部室に顔を見せることはそう珍しくないので、色々親しいナディアやクシャナはアリアを見ても特に変化はなく、他の彼らも少し佇まいを正すくらいで大げさに態度を整えたりはしない。……ユニティアを除いて……。
「ミタスはザールやシュナイゼンと一緒じゃないかな?」
ナディアがのんびりと答える。
「……ということは、第三軍司令部のほうですか?」
「今は各軍作戦会議の時間ですから」
とクシャナは紅茶を一口飲み、やはりのんびり答える。クシャナも第二軍司令官なのだが作戦会議など開いていない。クシャナだけでなくここにいる最高幹部たちは誰も部下たちと打ち合わせしていないサボりの集まりだが、誰も気にしていない。
アリアも、実務がちゃんと出来ているのであれば口煩い事は言わない。
「分かりました。ありがとう」
アリアは軽く会釈する。ユニティアは立ち上がり「アリア様。僭越ながら、ワタクシがミタス閣下をお呼びして参りましょうか?」と進言した。他のメンバーたちと違い、サボっている、とアリアに思われたくない……と思ったのか、それとも王たるものに軽々しく歩き回わらせるのはよくないと思ったのか……。
もっとも、アリアは身が軽く、副官や女官など持たず用がある時は自分で済ませてしまう。普段はそう申し出ても大抵自分自身で足を運ぶ事が多いのだが、今回は珍しく目を泳がせ、少し考えた後「では、私は自室にいますので、申し訳ありませんがミタスさんにご足労いただけるよう、お伝え願えますか? ユニティアさん」とユニティアに軽く頭を下げると、ユニティアやナディアが詳細を聞く前に部屋を出て行ってしまった。
こんな頼みはこれまでなかった。古株のナディアとクシャナは首を傾げたが、役目を仰せつかったユニティアは当然とばかりに優雅に会釈を返し「ではワタクシ、行ってきますわ」と退室していく。
その後、全員がナディアを見た。戸惑ったのはナディアのほうだ。
「え? あたしを見られても困るよ。あたしだって何の用か分かるわけないしぃ」
「ナディアちゃんに分からないなら私たちも分かりませんねぇ……」
クシャナはため息をつく。自室に呼ぶのも珍しい事だ。
「ミタス殿に用って事は秘密作戦かな。時期的に考えて」
ニヤッと笑みを浮かべ呟いたのはトドーレスだ。今、全軍がシーマ攻略戦に向け色々準備をしている時期であり、ミタスの第一軍はアリア軍の中では白兵戦主力部隊であり、ミタスがアリア軍において白兵戦で最強なのは周知の事実だ。
トドーレスは大抜擢された新参幹部だ。幹部の中では一番今戦闘意欲が高く、ついそういう推察をする。
「……あれ? 今日って3月4日?」
ふと、唐突にナディアが誰にいうでなく声を上げた。確認するまでもなく3月4日だ。全員戦時中の軍人だからそのあたりを勘違いしたりはしない。
「ナディアちゃん? 心当たりがあるんですの?」とクシャナ。
「……心当りっていうほどのものじゃないけど……大したことじゃないよ。アリア様がミタスを勧誘したのが確か去年の今頃だった……と思う。でもそんだけだよ? ミタス一周年記念パーティーでも開くのかな?」
「オイオイ。そんなの毎回祝ってどうするんだ? アリア様はそこまで暢気なお姫様じゃねぇーだろ?」と苦笑するサザランド。
「それなら6月頃には私の番ですかね?」と無邪気に微笑むクシャナ。
すっかり馴染んでいるが、考えればアリア軍の幹部のほとんどはアリアと半年ほどしか接していない。すでにアリア軍の一翼を担う将軍で古参のミタスも、考えればまだ一年でしかない。実際にはザールとナディアだけが年来の家臣的存在で、最古参になる。
ナディアはお茶を啜る。
「やっぱ違うか。……ま、重要な案件なら明日の軍会議で分かるだろうし……みんなが気になるならあたしが今度何だったのか探っとくヨン♪」
実はナディアはアリアの用件に気付いていたが、あえて惚けた。万が一……ということがあるし、アレの存在は他言してはいけない。
そう。ミタスの<白紙委任>の契約は一年。今日で丁度一年になるのだ。
アリアの自室に招かれたミタスは、入るならアリアの深刻そうな表情が目に入り、よく分からない不安を感じた。
「なんだ姫さん。なにか問題でもおきたのか?」
アリアかこんな表情を浮かべるような事件は起きていただろうか? 個人的な事はナディアに相談するし、政略的な話はザールと相談する。ミタスと二人で話す事といえば雑談のほうが多い。
しかも、アリアはミタスを中に招き入れるなり、その場で頭を下げてしまった。
「申し訳ありません! ミタスさん」
「は?」
「私は……貴方との約束を守れませんでした」
「何のことを言ってるんだ? 姫さん」
突然のことでミタスのほうが困惑した。アリアに謝られるような覚えは全くない。
アリアは深刻そうな面持ちで顔を上げたが目線だけそのまま俯き気味に落として言った。
「私は……この戦争を一年で終わらせる……そう大言しました。にも拘らず、結局戦争は一年で革命を達成することができませんでした」
「確かにそうだが、全てうまくいっている。気にする事はないと思うが……」
戸惑いながらミタスは答えた。だがその直後、ミタスはようやくアリアが言わんとしようとしている事に気付き、内心唖然となった。
……そうか……今日は俺と姫さんが契約した日か……。
思い出した。あれは丁度一年前の話だ。
「ああ。今日で一年か」
「はい。申し訳ありません」
「…………」
アリアは心底困り果てた表情で、言葉を続けた。
「契約は一年でした。ですから、ミタスさんは自由です。でも……でも、今の私にとって……今の軍にとってミタスさんは必要な方です。だから……新しい契約を提案したいと思います。だけど……」
アリアは難しい顔をしたまま目をミタスに向けた。
「どのような契約ならミタスさんは納得してもらえますか? 今の私にできるかぎりの契約で応じます。……もう白紙委任は出せませんが……それでもミタスさんが納得できる契約を……」
「本気かい、姫さん」
「……はい……」
アリアの目は真剣だ。そしてようやく完全にミタスは事情を理解した。そして唐突に笑いが洩れた。それに驚くアリア。
ミタスはしばらく忍び笑いをしていたが、アリアはますます戸惑う。その姿を見て一度ミタスは哄笑した後、笑いを堪え、何か言いたい気で待っていたアリアを手で制した。
「悪いけど、契約延長も再契約も考えてないよ姫さん」
その言葉に、アリアの顔が青ざめ息を呑む。彼女にとってもっとも聞きたくなかった言葉だ。
アリアが食い下がり何か言おうとしたのをミタスは笑えを浮かべたまま制すと、「ちょっと待っていてくれ、姫さん。5分くれ」と部屋を出た。
そして丁度5分後、ミタスは再びアリアの部屋に帰ってきた。その手には、革製の筒が握られている。ミタスは笑みを浮かべたまま筒の中から一枚の書状を取り出した。これこそミタスと交わした<白紙委任状>の本物だ。
「それは……!」
「よく見てくれ姫さん」
ミタスは笑みを浮かべたままだ。アリアは静かに<白紙委任状>を見つめた。
報酬面は白紙のまま……一年前アリアが渡した物と何一つ変わらない……。
一体ミタスが何を言いたいのか、最初アリアはそれを見ても分からなかった。だがしばらく書状を見つめるうち、おかしな点に気付いた。
「!?」
書状の末尾にアリアの筆跡ではっきりと『アリア=フォン=マドリードが革命戦に勝利しアリア自身がその任の終了を告げたとき、本契約の全てが達成されたものとする』という一文がある。だがアリアは『一年間の期日をもって、トジーユン=ミタス殿と契約するものとする』と書いていた筈だ。アリア自身がそう書き込んだ記憶があるし、この書状にはよく見るとうっすら修正した跡も見える気がする。だが筆跡はアリア自身が戸惑うほどアリア自身の筆跡に間違いはない。
訳が分からず呆然と書状を見つめるアリアを見てミタスは苦笑すると、「そういうことだから一年契約なんて俺は知らないよ」と、さっさとアリアの手から<白紙委任状>を取り上げ元の革筒に戻してしまった。
「まだ報酬を何にするかも決めてないし、これは俺にとって最大の財産だからな。大事に保管しないと」
「…………」
「用件がこれだけなら俺は仕事に戻らしてもらうよ。明日の軍会議までに色々まとめたいことがあるんで」
ミタスは終始笑みを浮かべたまま、訳が分からず戸惑うアリアの肩をポンと叩き退室していった。
……しかし、あんな契約を覚えているなんて……馬鹿真面目なお姫様だ……。
律儀だと思うと同時にヘンなところで感覚がズレている……あれだけ才能と智謀があり社会、文化、常識にも精通しているアリアがこんなにも馬鹿正直だとは思っていなかった。
そもそも戦争に加わるという条件を飲んだときから一年で終わるとは思っていない。あくまで勧誘の方便ととるのが普通だ。ミタスは常識的に考えて勝手に解釈していたが、ある時白紙委任状を持つ仲間であるナディアにたまたまその事を言ったとき「アリア様、それ多分本気」と困った顔で呟いた。それでもその時ミタスは、ナディアの冗談だと思い信じなかった。だが現実はナディアの言う通りとなり、こんなやりとりの一連になったのがミタスにはおかしくてしょうがなかった。
そもそも……である。
ミタスがアリア軍の最高幹部の一人だという事はすでに諸外国にも知れ渡っている事だ。ヴァームも絡んだアルファトロスの機密も多く知って知っているし、アリア軍から出られるものではない。今更「フリーになりました」と言って誰が信じるというのか……少なくとも、アリアの革命が成功し、名実共にマドリードがアリアのモノになるまでは、もうミタスには行き場はないのだ。
……実はあの<白紙委任状>の一文は半年も前に書き換えられたものであった。修正したのはナディアで、ナディアはアリアの筆跡を完璧に模倣することができた。この事はミタスとザールしか知らない。ナディアはこの特技を個人的趣味として極めただけで、ナディアも生涯で数回しか使用したことがなく、悪用される事は一度としてなかった。なんとアリアもこのナディアの特技は生涯知ることがなかったと言われている。
こうして、ちょっとした事件があった翌日の3月5日……。
アリアは全幹部を集め、「首都シーマ攻略作戦」会議が開かれたのであった。
『首都シーマ攻略作戦』は3月5日の13時よりリィズナの大会議室で行われた。
会議に参加したのは各隊長そして役職を持つ幹部将校たちだ。会議は中央にアリア、その両脇をナディアとザールが固め、正面には各軍団指揮官が並び、部屋の後ろのほうでは指揮権を持つ高級将校たちが詰めている。
「基本方針は3月末と考えています」
会議の初めにアリアがそう宣言し、次に基本戦略を述べた。
基本戦略の大前提として王城のみを戦場とし、発生するであろう市街戦もアーマーが動ける大通りを中心に展開する。市街地を巻き込むような都市戦や掃討戦、消耗戦は避ける。むろん都市攻略でそんなに都合よくいくはずがない。町に軍を潜入させ市民誘導を行いつつ部隊も配置し戦場の整理を行う。
後は王アミルの救出だ。アリアは、大戦略としてはあえて宿敵といえる貴族評議会議員たちを外した。目標を複数作るとどうしてもどうしても兵力を割かざるを得ず現場指揮官の混乱にもつながる。
重要なのは、まずシーマをアリアが支配下に置く事だ。そうすれば王アミルの承認がなくてもアリアがマドリードの支配者であることは確定する。
続いてザールが部下に作らせていたシーマと王城の地図を開いた。
「基本戦略は、一軍をシーマ正面に侵攻……ただしこれは本隊であると同時に囮です。別働隊が今回の作戦の要となります」
そういうとザールは同じく作成されていた王城の地図を広げた。
「王城の入り口は4カ所……正面の正門、南門、北門、そして城の中園に繫がる<迷いの森>がある西門です。この中でアーマーと大兵力が突入できるのは正門と南門ですので、そのどちらかを確保するしかないでしょう。<迷いの森>の門は警備自体はそれほどあるとは思えない、<迷いの森>に大兵力を投下すること自体が不可能です。」
<迷いの森>は約30平方キロメートルにも及ぶ巨大な森だが、多くの幻獣が棲み盛り全体に方向感覚と視覚感覚を狂わせる幻覚が働いている。無事ここを通過できる者はシャーマン・マスタークラスのシャーマンか、正確に正しい道順を記憶するしかない。その道も季節によって変ってしまう。
ただし、アリア個人にとってはこの森は脅威ではない。
故・導師ファルサムは正確な道、変化パターンを弟子のアリアとザールに教えていた。そして二人ともシャーマン・マスタークラスのシャーマンだ。(ザールはシャーマン・マスター)現にこの<迷いの森>を使い8年前は王城を脱出し、一年前には王妃救出作戦を実行している。
「さすがに今回は警戒していると思いますが、それでも大規模な配備は地理的に布けません。ただ我が軍もアーマー強襲部隊くらいしか出せません」
いくらアリアは道を知っているといっても他の人間は違う。最も、この西門はどちら側にとっても穴場であるため、戦況を見定め軍の投入を行えばその成果は大きい。
そして、アリアはヴァームからの情報であるレミングハルトの飛行船購入の話を全員に伝えた。全員、即座にその意図を理解した。
「潜り込む……ということですね。成程、その納期が三月末、という事ですか」
「その時期にあわせて軍本隊を進める……もしくはその直後に軍本隊を進め、内と外から一斉に……ということですな」
シュナイゼン、カルレントの二人が頷き合う。
「その内部侵入組は誰が適任とお考えですか? アリア様」
と、トドーレスが身を乗り出すように発言する。
アリアは少し目を伏せ答えた。
「その人選や作戦を、皆と相談しようと思っていました」
「…………」
ほんの少し……幹部たちがざわついた。これまで作戦はほとんどアリアが一人で発案し、他の皆は多少の意見を加える……というのが基本的なアリア軍の軍議である。意見を求めるのではなく、相談するというのは初めてのことだ。
実はアリアもこの人選に悩みぬいていた。
この潜入部隊は、精鋭でなければならない。引き渡す小型エルマ式飛行船の乗員数は限られていて、大人数は送り込めない。まず戦闘の前の工作があり、戦闘勃発後はアリア軍本隊と貴族評議会の動きを見つつ臨機応変に対応し、時に陽動を、場合によっては王アミル救出のための実行部隊になる。個人戦闘力に加えて戦況判断、軍事判断能力が必要だ。
だが、一番の問題は貴族評議会にバレないという事だ。潜入がバレれば全て破算する。
任務の重要度や能力を考えれば、最も適任なのはミタスかナディアだ。しかしこの二人はすでにアリア軍の将軍として名も顔も知れ渡っているし目立つ容貌だから潜入には向かない。王城の中の生活習慣や貴族との対応ができなければいけないから潜入活動は専門だがアダ出身のミーノス、シュラザンでは難しい。顔が知れている点でいえばザール、サザランドの二人は伯爵家当主でやはりムリだろう。となればクシャナが最有力か……ただし今回の戦争ではアリアは手元にできるだけ多くの遊撃部隊を置いておきたい。そう考えれるとクシャナは遊撃部隊の統率に優れているので迷う。
幹部たちの意見では、まずミタス、ザールが真っ先に省かれ、続いて貴族として顔が知られているレイトン、サザランド、ユニティアが省かれた。彼らの意見では、ナディアはうまく潜入させることができれば使う手もある……とナディアは保留。
その後、シーマ攻略の正面部隊を第三軍が引き受ける事になるだろうという事でシュナイゼンも外れた。となれば、自然な成り行きとしてこの大任はクシャナで適任ではないか、という事になった。
「じゃああたしがクシャナをサポートしよっか? 変装は得意だしさ♪」
と、ナディアが楽しそうに身を乗り出した。
「まぁ♪ ナディアちゃんが一緒なら私も心強いですわ」
クシャナは無邪気に手を打って喜んだ。だがシュナイゼンがピシャリとナディアを制する。
「階級は貴殿が上です。言葉遣いは気をつけてください。組織としての秩序が崩れます」
「……堅い事いうなぁ……」とブスッと不機嫌な顔になったナディアに、ミタスが畳み掛けた。
「ナディアは、今回親衛隊を把握するほうがいいだろう。ヒュゼインは君と姫さんしか扱えないんだから」
そう言われてしまえばナディアも引き下がざるを得ない。今度は突入戦となるのは明白だ。戦況も二転三転するだろう。司令官のアリアの傍にも戦略・戦術能力に優れ、即応できる実戦指揮官もしくは精鋭の戦士は必要だ。ナディアが真に力が発揮できるのはそのポジションだろう。むろん、このミタス自身もこのポジションになる。
「クシャナ殿が行かれるなら自分も!」
とトドーレスが挙手した。トドーレスは目を輝かせながら皆を見渡し、最後にアリアを見つめ威勢良く言った。
「この潜入作戦、わが第二軍が引き受けます! アリア様っ」
「……分かりました」
アリアは頷き、クシャナを見る。
「人選はクシャナに一任します。ですが、トドーレス大尉。貴方が参加しては、第二軍は誰が率いるのですか?」
「あっ……う……それは……」
「クシャナ。貴方はどう思いますか?」
「そうですわね……では、ミーノスさんをお借りできますか?」
「俺……で大丈夫ですか?」と、名指しされたミーノスのほうが驚く。アリアの危惧の通りミーノスも生まれ育ちはよくない。その事はミーノス本人がよく知っている。
「今回の潜入は<アルファトロスの人間>という事でしょ? アリア様。アルファトロスには身分差別はありませんしミーノスさんでも支障ないと思いますわ」
「しかし貴族相手の商売ですよ」とザール。だがクシャナは「大丈夫ですわ」と笑顔で答える。
「一応私は貴族の出ですから、表立っては私が対処しますわ。ミーノスさんは武勇もありますし機転も利く人ですから色々安心できます」
「分かりました」
アリアは笑みを浮かべ頷いた。アリアの脳内の中で作戦がまとまった。
アリアは立ち上がると、ザールが作った地図を指差した。
まず、飛行船発着場になっている中庭を指し、叩いた。
「この潜入はクシャナ大佐をリーダーに。ミーノス大尉がサポートで行います。潜入軍は第二軍から選抜しましょう。あえて説明するまでもないですが、この潜入部隊が全ての作戦の鍵です。会戦時、南門……そして正門を貴族評議軍に気付かれず開けてもらわなければ敵は王城に篭城し、戦闘は長期化する危険が大きい。私はマドリードを統べる人間として、そして我が軍が国民軍である以上、無辜の市民を無駄に被害を与えるわけには行きません」
そういうと今度は正面を指差した。
「正面は私自身の総司令部と第二軍を率いて本隊主力とします。第三軍は先陣。第一軍は先発し街の防衛を担当してもらいます。第一軍のミタスさん、そして第三軍シュナイゼン殿、お二人だけは状況次第で共同してもらうことになりますから連帯を強めておいてください」
「了解しました」
ミタスはもちろんだがシュナイゼンも国防軍で実戦部隊からこの若さで国防軍司令を務めていただけあって、アーマーにも乗れるし個人戦闘力はアリア軍の中でも十指に入る。
その他、サザランドがリィズナ防衛司令官として後方を担当しつつ、もし国防軍や貴族軍がアリア軍の後方に現れた場合、予備兵力として独自の判断で対応する……それらの事が決められ、各幹部たちにそれぞれ細かい部隊運用の作戦立案を委ねた。
「潜入部隊が王城に潜入してから、それに触発された形で進軍を開始……おそらく5日以内に戦端が開かれる事になるでしょう。第一目標は王城の制圧、第二目標がアミル王の確保です」
「貴族評議会はどうなされますか?」
「できるなら全員逮捕です。武力で抵抗してきた場合は致し方ないでしょう。もし逃走を図った場合、第一目標と第二目標が達成される前であれば放置して構いません。あと、街の被害は最小限に収めたいですが……王城が壊れる事は遠慮しなくて構いません。それは宝物庫であろうが謁見の間であろうが奥宮だろうが遠慮はいりません。目標達成と人命のほうが優先です」
アリアの言葉が終わった後、全員まるで申し合わせたように背筋を伸ばし姿勢を正した。
アリアは全員を見渡すと、胸を張り宣言した。
「マドリードはこの4月をもって生まれ変わります! そのために、この革命を成就させます!」
アリアの宣言に、全員が声を揃え敬礼した。
……こうして、後に「マドリード革命」、別名「女帝4月革命」と呼ばれる歴史的な戦いは、刻々と迫りつつあった。
『マドリード戦記』 王女革命編 17 革命戦前章①でした。
基本、今回は政略話と戦略作戦話でした。
大体これからのアリア軍の動きの予定はこれで出来上がったという事です。
これからはその実戦編ということですね。
まぁ……全てが思い通りになるのなら戦争としての面白味はないわけで、今後も革命戦の作戦のやりとりは続いていきます。
ミタスとのやりとりは、ちょっとした事件でした。実は何気ないようでいてすっごく重要なエピソードでもあります。まぁそれだけ<白紙委任>というのは大きいことなんです。
それにしてもアリア様は真面目すぎるというか、こういう点すごく初心というか……。個人的にはこういうちょっとした時にアリア様が見せる人間らしさがすごく好きなんです。
完璧なようでいてどこか儚い……それがアリア様の人間としての魅力だと思います。
こんな王女様がどう育っていくか……どういう過程を経て、やがて偉大な女王となっていくのか……それが本作『マドリード戦記』です。
今後も『マドリード戦記』を宜しくお願いします。




