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『マドリード戦記』  作者: JOLちゃん
王女革命編
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『マドリード戦記』 王女革命編 16 包囲網 ②

『マドリード戦記』 王女革命編 16 包囲網 ② 


政略に揺れるアリア軍と貴族評議会。

着々と侵攻作戦を立てるアリア軍。


一方、アリアとナディアはヴァームからパジャマパーティーに誘われる。

そこで聞いた、揺れ動く世界情勢。

そして敵レミングハルト侯爵の真意……

時代は動き始めた……

            包囲網 2

ーーーーーーーーーーーーーーーーー




 2336年、2月14日 リィズナ。


 アリア、ナディアの不在の今、ザールが総司令官代理として次の戦いの準備を進めている。


 次の戦い……それは、首都シーマの攻略だ。最終局面である。


 すでに1月中頃に、シーマの貴族評議会宛にアリアは


『貴族評議会及び貴族議会に告げる。議会、評議会はその機能を凍結、全面降伏しシーマと先王を当方に引き渡して下さい。そうすればこれまで罪に対し厳選なる裁定の元、処分を下す。ただし、今ならば、当主、一族共に生命と一定限の財産を保証する。だが、我が軍進軍後はそれら保証はできない』


とビデオ映像と書簡で通告した。基本的にクレイドに言付けた内容と同じだが、文面は少し厳しくなっている。


 これに関して、貴族評議会含めた政府は反論もせず沈黙したままだ。


「もう少しドタバタしそうなものだが、少し意外だな」


 その日の夕方行われた幹部会議でミタスは呟く。

 出席者はザール、ミタス、そしてサザランド、クシャナ、シュナイゼンだ。


「あれだけコテンパンにされたのですもの。軍備再編中ということではないですか?」

「国防軍ならともかく、貴族評議軍だからな」

 サザランドも苦笑する。元々貴族評議会の私兵団は兵の質が悪いことはすでに述べている。この時点でマドリード国内の兵士の質は第一にアリア軍、そして国防軍、貴族評議軍、貴族私兵団という順だ。指揮官の質ということになればその差はもっと大きいだろう。

「用心に越したことはないと思いますが」

 シュナイゼンは静かに口を開きつつ、彼は卓上にあるマドリード地図を指した。

「我々の準備は進んでいる。傍観するよりリアクションを起こすべきではないですか? 第三軍のみでもこのリィズナからシーマまでを抑えることはできますが」

 情報では彼が元居たペンドルの貴族評議軍も引き上げ、今や国防軍が実権を握ったらしい。他の町も国防軍が入り中立化しているところが多く、アリア軍の障害らしき障害は存在していない。


 首都シーマに、いつでも進軍できる状況だ。


 だが、シーマにはいくつか問題があり、けして容易ではない。


 まずシーマはマドリード国内最大の都市で、人口は約40万だ。町の造りは元々城塞都市から発展したもので町の防御力は高く、西は幻獣が棲み入るものを撹乱させる<迷いの森>が広がっている。さらに要塞にもなる王城ハーツティスもあり、地形的に防戦に向いた町だ。攻めれば市街戦を余儀なくされるため、力押しの攻略では民衆への被害や損害も大きく、シーマを戦火で焼くことは民衆のために立ち上がっているアリア軍の信念に反する。


 さらに貴族評議会は王アミル=フォン=マドリードを人質としている。

 法的、対外的にはすでにアリアがマドリード国第23代国王だが、アリアの戴冠式はまだやっていない。まだアミルがこのマドリードの国王……というのが国防軍や国民の気分的な感覚だ。アリアは王女以上国王未満といったところか……もし一戦して負けるような事があれば、今のアリアの立場も危ういものになる可能性もある。


「せめてアミル陛下を救出できれば一番なのですが……」


「それは無理だ、シュナイゼン殿。今ではクラリエス王妃の時以上に警備が厳重になった」


 ザールは表情変えず淡々と告げる。アリアもその作戦を考えていないわけではなく、クロイスでの決起前、第一次リィズナ攻略前の二度検討したことがあるが、広い王宮内のどこにアミルがいるか分からず、仮に王宮を制圧できたとしても脱出は難しいという事で実行はできなかった。

「しかしあの時とはこちらの状況も違う」

 ミタスはザールを見ながら言った。ミタスはアミル救出の企画に参加していた。

 確かに状況はあの時とは違う。あの時、アリア軍には兵力に余裕はなかったが、今は十分な兵力があり、大規模な陽動作戦を行うこともできる。

「王宮の制圧し篭城……その一方第一軍、第三軍が正面に展開すればいいんじゃないか?」

 ミタスは前回レイトンの家族の救出作戦と<パルモ・セルドア>の強襲攻撃で初めて軍事的な特殊作戦を知ったが、意外に自分たちの軍には特殊作戦に向いた人材がいることを認識した。ミタス自身はもちろんだが、ナディア、クシャナの二人は元々そういう作戦行動の経験が豊富なだけあって指揮官としても戦闘員としても手馴れていたし、シュラザン、ミーノス、トドーレス、カルレントといった面々も十分に適応できるだろう。正面軍はアリア、ザール、シュナイゼン等が率いれば問題ない。


 シュナイゼンは静かにミタスの意見に賛同を示し、さらに


「自分が判断することではないが、示威的な意味で我々は軍を動かすべきだと思います」

 と好戦的な意見を告げた。無理もない、彼の配下である元国防軍参加組が一番戦意は高い。今、シュナイゼンはミネルバ、ノーゼンらと共に彼らを抑えるのに苦心していた。

「今アリア様がアルファトロスで兵器を買い付けている。それでさらに各軍の装備が整うはず、作戦はそれからで構わないだろう」

 結局、ザールがそうまとめ、侵攻作戦は各自の宿題ということで現状の軍運用の問題に移った。


 ザールがあくまで各指揮官たちの抑え役をしたのは、アリアが不在だからではない。


 クレイドが去り際に置いていった数枚の写真……あくまでザールしか知らない情報だが、政略的には大きな爆弾だった。にも拘らず貴族評議会の動きはない。それがザールにとって大きな不安要素になり戦端を開くことを躊躇させていた。そして、彼の中でアリアには言えない作戦を決意されたが、この時はまだ彼の胸中にしかない。

 





 以前述べたが、アルファトロスの政治と経済を司る政庁<タワー>の上5階は全て代表の仕事場件邸宅になっていて、最上階に寝室を設けている。これだけの広さだ。使用人も当然いるが、ヴァームは昼間の仕事中に使用人たちに部屋の掃除や洗濯、炊事の用意を頼み、夕方には帰してしまう。代表は事実上の王と同じだが、ヴァームは殊更私生活に干渉されることを嫌い夜は完全に一人で過ごす。むろんアルファトロス代表の職務は24時間なので、使用人は下の階で待機しているが。


「あら♪ あいかわらず可愛いじゃない、アリア様。それに……うんうん♪ ナディア将軍もこうして見ると別人ね♪」


 ヴァームは黒のシルクの寝間着に黒ローブという黒ずくめの姿で部屋に戻ってきた。前回同様平服でこっそり尋ねてきたアリアとナディアを迎えた後、二人のために1時間ほど他の部屋で時間をつぶし戻ってきたところだった。


 アリアとナディアは、まだ戸惑いながら身を寄せ合っている。ナディアはまったく警戒心を解いていなかったが、今の二人の雰囲気からはそんな剣呑さは微塵もなかった。二人おそろいの淡いピンクと白のパッチワークのついた可愛いパジャマを着た少女たちで、さすがのアリアもこの格好では歳相応の愛らしさが際立ち威厳も何もあったものではない。


「ほっ……本当に手ェ出したら殺すからね!!」


 ナディアもこういう服装を男に見られることは初めてで、威勢よく言うものの気恥ずかしさが勝ち、ついついいつもの迫力がでない。その様子を見てクスクスとヴァームは笑い、「仲のいい姉妹みたいでステキよ♪ これがクリト・エ大陸を震撼させている天才指導者と、その女将軍には見えないわね♪ うふふふっ♪ うん。二人のこの姿が見れただけでも十分価値があるわ。ちょっと待ってね、今飲み物とお菓子を用意するわ。パジャマパーティーですものね♪」


「…………」


 ヴァームはウキウキと自宅のキッチンに消えていった。それをアリアとナディアは戸惑いながら顔を見合わせるのだった。








「で……ヴァームさん。そろそろ、特別なお話を聞かせてもらえませんか」


 ヴァームのベッドの上で三人、お菓子やジュースを広げつつ談話を始めていた。アリアは何度かヴァームが言う「特別な話」というのが聞きたく話を振ったのだが、ヴァームは巧みな話術すぐに世間話に戻してしまう。


 ベッドの上での宴会が始まること30分……ついにアリアがはっきりと切り出した。


「このままだと、私もナディアも酔っ払ってしまいます」


 わざと拗ねるような口調でアリアは畳み掛けた。ナディアは果実酒、アリアはアルコール度の低いフルーツワインを飲んでいた。二人ともアルコールには強くこの程度ではどうこうはならないが、そんな事までヴァームが知るはずがない。

「ふぅむ。楽しみはもっと後にとって、ゆっくりと思ったんだけど……」

「あのねぇ~女の子に寝る前にこんなに甘いもの食べさせて! 太らせる気ぃ? それともそれがアンタの趣味ぃ?」

 と、ナディアも絡む。

「アハハハハッ♪ もう少しアルコールが入った方がいいといいかと思ったんだよね、ボクの思いやりでね。結構ヘビーな話だもの」

 そういうと、相変わらずヴァームは口元に笑みを浮かべつつも、瞳にはこれまでにない強い光が宿った。


「実はこうして一席設けたのも……あまり他の人間には聞かれたくない話なの。さすがにこの部屋を盗聴している人間はいないもの♪」


「!?」


「それは……どういう事!?」


「うーん……ボクって意外とシャイなのよね~♪ あんまり友達もいないし、誰かを自宅に招待することなんてないのよね~クスン」


「あ……いや、別にアンタのことなんかどうでもいいんだけどぉ~」


 ヴァームは一笑し、座りなおす。


「言ったでしょ? 情報は重要な商売だって♪」

 そういうと、ヴァームは皿に盛られた苺を口に運んだ。

「ここはアルファトロス、優秀な人間が統べる国。この国は経済力がすべてなの、そして誰もが儲けて力を得たいと思っているわ。そう、機会をね♪」

 ヴァームは不敵な笑みを浮かべる。その時アリアはヴァームの意図を悟った。

「ヴァームさんの地位はそんなに危ういものなんですか?」

「あら♪ 心配してくれるなんてアリア様は優しいわね♪」


 ヴァームは嬉しそうに微笑んだ。アリアが心配したことではなく、今の説明でヴァームの意図を察した聡明さに。


「どういう事? アリア様?」


 ナディアにはそこまで分からない。アリアは俄かに真剣な表情を浮かべ、ナディアに言った。


「ヴァームさんはこの一年で大成功したでしょ? それは<ガノン>の事もあるけど、どれも大陸連邦や私たちが関係することで得られた利益が大きい」

「ふむ……」

「でも、これができるのはヴァームさんだけ。でも、このアルファトロスは商人の町だから、皆ヴァームさんのように成功したいと思っている」

「うんうん。つまりこのヘンタイが情報を独占しているからそれもできないってことだよね? ……あ!」


 ナディアもアリアの言いたいことを理解した。


「このヘンタイにも敵はいるって事?」

「あのね。ヘンタイヘンタイってちょっとしつこくない? ナディアちゃん」

「うわっ! ナニその<ナディアちゃん>って……」と露骨に顔を引き攣らせるナディア。

 アリアは苦笑しながら一口、フルーツワインを口に運ぶと、ナディアをなだめつつ

「ちょっと違うけど……でも大体はそんな感じ。ヴァームさんの情報源を知りたい商人たちは一杯いると思うの。そういう人たちがヴァームさんの周りを嗅ぎ回っている」

 そういうとアリアはヴァームの方を向く。

「そういう事ですね?」

「半分くらい正解かしら♪ ボクの情報源は特別でしょ? そのおこぼれでも知りたがっている連中は多いのよ♪ 実際、政務室や議会代表室で盗聴器も見つかったりしてね。こちらとしてもセキュリティーはしっかりやっているつもりだけど今回の話は万が一第三者の耳に入ればちょっと厄介な話なの。それでこういう席を設けたわけよ♪」

「ヴァームさんにそこまで気を使わせて……」

「いや、ナイナイ。絶対こいつ、アリア様のパジャマ見てニヤニヤしたかっただけだって」

「否定はしないわよ♪ うふふっ♪」

「うわ……本当にただのヘンタイじゃん」ナディアはそういうとガシッと「渡さない」とばかりにアリアを抱き寄せる。それに驚くアリア。ナディアはそのまま両足でアリアを挟み込み抱きしめてしまった。

「ちょっとナディア!」

「アリア様には指一本触らせな~い。見せないよーんだ」

 ナディアのほうが体格は一回り大きいから、文字通りナディアに包まれてしまうアリア。その姿を見て大きな口をあけて笑うヴァーム。アリアはどう反応したらいいのか分からず戸惑っている。こんなやりとりを見ているととても今世の中を動かしている稀代の革命王女と英雄には見えない。もしこの現場を他のアリア軍の幹部たちが見れば絶句するだろう。 


 ヴァームが見たいのは、今見せているようなこのあどけない少女たちの、本当の姿だ。


 彼はこの二人が、やがて伝説的存在になることを確信している。二人とも英雄としての道を進むことになり、本当の自分の姿を見せる機会はなくなるに違いない。ヴァームとしては、その前にできるだけ、この少女たちの地の姿を焼き付けておきたかった。


 ヴァームは後……これより20年後だが、「英雄観察」という本を残す。ヴァームは、アリア、フィル、アーガスといった三英雄から、ミタスたち、さらにアスラ、カリウスといったパゾの英雄たちまで……もしかしたら最も多くの英雄に接した人間かもしれない。英雄観察は彼の生涯の趣味といえるかもしれず、そのキッカケはアリアであった事は間違いないだろう。余談。


 ヴァームはベッドの上に無造作に散らかったお菓子をまとめると、それを何か意味ありげに置き直していく。

「じゃあアリア様が眠くなっちゃう前に重要な話を二、三しましょうか♪」

「はい」

「まずはクイズね♪ このクリト・エには国は何カ国あるかしら?」

「アルファトロスとロイズも加えるのであれば……10カ国です」

 常識的な質問だ。どういう意味があるのか、アリアたちにはまだ分からない。

「じゃあ、アルファトロスとロイズを抜いて……クリト・エ大陸でマドリードより国土、国力が小さい国はどこかしら?」

「カルマル国とコロクス王国だよね?」とナディアが答えるとヴァームは頷いた。どちらの国も大陸のほぼ中央にある国で、マドリードとは国境を面してはおらず交流もほとんどない。だがヴァームの主題はそこではない。

「つまり常識的には、マドリードはこの大陸で三番目に小さい国って事でしょ? マドリードの周辺は大国ばかりだわ。元々国力が低下している所に革命戦が起きた。どうやら革命軍は最新鋭の兵器をもっていて国防軍は国境を固めている。だけど、ちょっと本格的に大軍で攻めればどうにもないないと思うんだけどそういう気配はないのよね。じゃあその理由は何かしら? アリア様にボクがついてる事は各国誰も知らない、だからそれは理由にならない。もちろん、そんな不可侵協定も存在してないわね。じゃあ理由は?」


「…………」


 アリアとナディアは考え込んだ。


 実はアリアが最も危惧していたのはその点だった。マドリードは政府としてトメイル国、トリメルン国、バルド王国、ガエム共和国と不戦協定を結んではいるが、それらは単に平和時の口約束で信じられるものではない。特にトメイル国は軍の力が大きい国だ。しかも不戦協定は政府間で交わしたものでアリア軍と交わしたものではなく、その点攻める気があればなんとでも理由付けすることが出来る。しかしそんな事態は起きていない。


 一つは革命軍の予想外に最新鋭装備を持っていたこと。


 一つは、マドリード国防軍は中立を宣言し、国境防御に徹した事も一因だ。(結局全軍のうち半分はアリア陣営に流れたが)だが、それだけでは侵略を逡巡させる理由にはならないだろう。国防軍の兵力は薄く、担当範囲は広い。もし周辺国がその気になれば、国防軍など相手にすることなく侵略行為はできるはずだ。


 では政情問題によってか?


 どの国も多少の政情不安はあるが、侵略行為による利点のほうが大きいはずだ。遠慮する理由もない。マドリード全土を征服するのはむろん無理だが、国境近くの都市や地方を切り取りし実効支配することくらいの事件は起きても不思議ではない。どころか、アリアの計算の中ではそういう事件も予め警戒していたし、その場合、事件を口実として国防軍をひきこもうとも考えていた。


「でもどこの国も軍備は整えているのよ? それでボクは大儲けしているしね♪」


「はい……」


「各国、どうしてそんなに軍事力増強を急ぐのかしら? 今最新鋭の兵器を持っているのはアリア様たちだけなのに♪ ふふふっ♪」


 その時、アリアの頭に突如一つの国の名前が思い浮かんだ。その国がもし活動を始めたのであれば、ヴァームの謎かけもすべて理解できる。


 恐る恐る、アリアはその国の名を上げた。


「ザムスジル帝国が動き出していたのですか?」


「ほぼ正解よ」


「まさか……」


「ザムスジル帝国って……あのザムスジル?」


 ナディアが嫌悪感込め呟く。それほどクリト・エ人にとって、ザムスジルという国は脅威であり恐怖の存在だ。クリト・エ大陸にある国の中で最大の国であり、東・西・南・北にそれぞれ四方を治める大公4侯がおり、その下に無数の貴族がいる。帝国指導者は4侯の中から選ばれ、現在は東候・ジギルベルド=ルウ=カタトーシスが帝国指導者だ。ジギルベルトは指導者に就任しすでに15年。体制は磐石で、人望もあり、そして好戦的でもある。ザムスジル帝国は常備50万の兵力を誇り、アーマーも200機近く所有するクリト・エ大陸最大の国だ。


「だから周りの国はマドリードどころではないんですね」


「そういう事♪ ザムスジルの動向調査と自国の地盤を固めるのに手一杯。ドリトリス連合国やラムゼドル王国はすでに侵略軍が入って局地的な戦争は始まったみたいよ」

「何でそんな急に?」


 アリアが決起を決めた一年前までそのような事情はなかった。一体何が起きたのか?


むろんその答えをヴァームは知っている。それが、ヴァームが知る重要な情報の二つ目だ。


「このことは、各国もちゃんと掴んでない特別極秘情報よ?」

「随分もったいぶるな、ヘンタイ」

「ナディア! ……すみません、ヴァームさん」

「もう~ ナディアちゃんはお話の腰折るの好きね……少しはアリア殿下を見習ったらいいわよ?」

「ゴメンゴメン。はい、どうぞ~」


 そうわざとらしく拗ねるヴァーム。最も本気で拗ねているわけではない。すぐに話をし始めた。


「簡単な政治学の話。ザムスジルがどうして急に軍備拡張を始めたのか? 答えは、その必要に迫られているからでしょ? それって何かしら? ジギルベルト皇帝は確かに好戦的だし元々ザムスジル帝国は国土拡張欲があるわ。そしてそれは他の3侯も一緒。だけど今年になってザムスジルは必死、さてなんでかしら? 答えは簡単……」


「ザムスジル帝国も危機にあるから、ですか?」


「ご明察♪」


 ヴァームは言葉のやりとりを楽しむかのように口元を少し吊り上げ、苺をつまんで口に運んだ。


「ザムスジル帝国の内政は安定しているといえるわね。ザムスジル帝国はクリト・エで最強の国。……そのザムスジル帝国が怖れるのは? 世界でたった一つあるでしょ?」


「大陸連邦」


 ザムスジル帝国はクリト・エ大陸の約43%を占める大国だが、大陸連邦政府は、クリト・エ大陸の2.5倍はある北の大陸の87%を占める巨大大国だ。が、両国とも間に大海があり航行は困難で直接的な貿易も外交もほとんどない。


「その通り。大陸連邦が今、大変なことになっているのよ」

「ちょっと待ってよ。大陸連邦がすごいのは知ってるけどさ」とナディアもクッキーを掴み、口に運びながら答えた。ちなみにアリアはまだナディアに羽交い絞めに抱き付かれていて動けない。

「なんでザムスジル帝国が今更慌てるのよ」

「これ極秘よ、ホント。実は最近局地戦で負けたの、ザムスジル帝国は。僅か2隻の戦艦と搭載アーマーに……」


 アリアとナディアは顔を見合う。


「よく話が分かりません」


「そうね……これは順を追って説明しないといけないわね……今から4カ月前だったかしら? とある事件が起こったの。正確には……事件というより事故なんだけどね」


 ヴァームは座りなおしオレンジジュースをグラスに注ぐと、それで時々舌を濡らしながら説明をしていった。後世『グリスドレン事件』と呼ばれる歴史的事件について。


 ザムスジル帝国北公、ジーザエス=ルウ=グランドーズ公の領内グリスドレンに大陸連邦ソニア公国の飛行船が迷い込んだことが発端だった。飛行船<カーウェンス>は飛行石と帆を使う民間船で、ソニアの南の海を飛行中嵐に遭遇し、方向を見失い、その結果、大海を挟んだザムスジル帝国北侯の領内に迷い込み、ついに墜落した。彼らソニアの乗員は、ここがクリト・エ大陸であることや、さらに最も凶悪なザムスジル帝国であることは知らなかったのだろう。遭難者たちは、補修と保護を求め近くにあったグランドーズ公の軍基地に向かったが、その場で逮捕され飛行船は略奪された。遭難者に対しさらに略奪するという行為は大陸連邦の人間には考えられないことだがザムスジル帝国にとって遭難者たちは不幸な獲物でしかなく、戦利品であった。ザムスジル帝国の蛮行だが、彼らにすれば当然のことで他国を切り取りすれば、その土地すべてが戦利品であり、その領内の人間は奴隷として彼らの財産になる。ザムスジル帝国はクリト・エ大陸でもっとも進んだ軍を持つ最大の国だが、民度は世界で最も低く、最も野蛮な国であった。


 だが、彼らは一つ忘れていた。


 相手はクリト・エの国ではない。大陸連邦の……最も大きな国力と軍事力と科学力を持ち、最も人道に喧しいソニアであったということだ。


 <カーウェンス>は遭難した際、無線でソニア国軍に救援を求めていた。そのためソニア国軍は<カーウェンス>がクリト・エ……ザムスジル帝国領内に流されていることを知った。ソニアは……ソニアに限らず大陸連邦のほとんどの国はザムスジル帝国と国交はないが、ザムスジル帝国がどういう国かは知っていた。すぐに3隻の大型飛行戦艦を派遣した。そして、翌日にはザムスジル帝国領内に姿を現し、<カーウェンス>の乗組員の引渡しを丁寧に求めたが、ザムスジル帝国側はそれに応じなかった。彼らからすれば、もっと大きな獲物が現れたと思ったのだろう。ザムスジル帝国はわざわざ逮捕した<カーウェンス>の乗組員を盾に挑発行為を繰り返し、ついにソニア軍の見ている前で<カーウェンス>の乗組員を惨殺した。


 その結果、ついにソニア軍は報復攻撃を決意。戦端が開かれた。


 すべてザムスジル帝国の予定通りだ。まさに喧嘩慣れしたザムスジル帝国軍の計画通りに物事は進んだが、その後の結果は予定を大きく裏切った。ザムスジル帝国軍はソニア軍の救出軍を想定し、2万の兵力を集結させていたが、2万の兵力は僅か2時間の戦いで壊滅した。ソニア軍はその後<カーウェンス>の乗組員の遺体を回収し、さらに追加で投入されたザムスジル帝国軍2万も簡単に撃破し、悠然と去っていった。


 ザムスジル帝国は4万の兵が、僅か3隻、アーマー100機、機動兵500名の前に敗退した。この報を受けたジギルベルト皇帝は激怒しつつ、大陸連邦の戦闘力に恐怖した。


「…………」


 話を聞いたアリアも言葉を失った。ソニア軍の兵力はアリア軍のそれとよく似ている。ただし敵の錬度の差を考えればソニア軍はアリア軍よりはるかに巧妙ということか……?


「ザ……ザムスジル帝国軍もアーマーや飛行戦艦はあったんでしょ?」

 ナディアも信じられない。二人の反応にヴァームは満足そうに微笑む。

「あったわよ♪ 当たり前じゃない、ナディアちゃん。これはあくまで噂だけど、戦艦は5隻大破。アーマーも60機近く大破したらしいわ。北公は、歩兵はともかく機動兵力は半減したということになるわね♪」

「うっそぉ……」

「そんなショック受けることはないわよアリア殿下。ソニア軍のアーマーはすべてオリジナルアーマーだったらしいし、被害の半分は戦艦の攻撃によるものよ。戦略や戦術は明らかにアリア様のほうが上。でもさすがはソニア、すごい戦闘力ね。これはソニア国軍の一部……というか恐らく一作戦編隊くらいなんだから……大陸連邦軍になればどれほどのものになるのか……そう考えるとジギルベルト皇帝がどれほど肝を冷やしたか想像は難くないわね」 


 大陸連邦で、最も軍が充実しているのは各国から参加している大陸連邦直属軍で、各公国軍は若干劣ると言われている。しかし劣る公国軍の陣容ですらこの規模なのだ。


 ここまで聞くと、アリアにもザムスジル帝国の活動活発化の理由が分かった。


 ソニア……大陸連邦の報復行為の警戒と、敗戦が諸国に知られないためのカモフラージュのための軍備拡大という事なのだろう。最も、現在大陸連邦は空前の内乱直前(第一次大戦はこの年勃発)でザムスジル帝国との事件は終わったものとしていたがそれはソニアの事情である。クリト・エ側としては衝撃の現実で多くの影響をクリト・エ諸国に与えるのだが、詳細はここでは省く。


 アリアの表情を見て、ヴァームはニコリと微笑み「多分ね」と肯定した。アリアたちはしばらく沈黙してしまう。


「じゃあびっくりしているところで、最後に一つ……とっておきを披露しようかしら?」

「まだあるんですか!?」

「こんな世界情勢の雑談で二人のパジャマ姿を堪能するなんて商売としてはボリすぎよ♪ うふふふっ♪」

 褒められているのかバカにされているのか……ヴァームと話していると時々複雑な気分になる。ヴァームは相変わらず軽薄な微笑みを浮かべ、座り直した。

「商売的には、ここからの情報が<朝までアリア殿下のパジャマ寝姿堪能の権利>ってトコかしら?♪ どうする、アリア殿下」


「……私はヴァームさんを信用しています」


「大丈夫。アリア様は絶対あたしが守るから」


 そういうと再びナディアはガシッとアリアを抱きしめる。その様子を見てヴァームは楽しそうに笑い声を上げる。


 そして、静かに声を落としつつ言った。


「実はとある人から飛行船の発注を受けたの。ただの飛行船じゃなくて、純エルマ式エンジン船を御希望でね。あんまり好きな相手じゃなかったから、ボクは言ってやったのよ。『今、エルマ式の船はどの国も欲しがっている貴重品でかなり高額だし、今すぐに用意はできないわよ』ってね。そしたらそいつ、『金はいくらでも払う。納期はいつだ』ってね」

「…………」

「だから言ったのよ。『前金で5億マルズ。総額で10億マルズ……悪いけど今のマドリード政府の紙幣は信用できないから黄金での支払いでね』ってね」


「え? そいつマドリード人なの!?」


「聞きたい? 二人ともよーく知っている男よ♪」


 その時、アリアは気付き「まさか」と零す。


「まさか……レミングハルト侯……ですか?」


「さすが♪ その通り」


「貴族評議会の主犯じゃん!? え? 逃げ出す気なの、あいつ!」

「ナディア落ち着いて。最後まで聞きましょう」

「ホラ、ボクがアルファトロス代表に就任した時もマドリード評議会は無視したし、あんまりいい関係はなかったのよね。ボクとしても嫌いな相手と商売しないといけないほど困ってもいないし♪ だから断ってやろうと思って吹っ掛けたンだけど、どういう事かレミングハルト侯は全部素直に応じたのよね。まぁお金はなんだかんだいってマドリードの公金だと思うけど」


 当然公金は使われるだろう。10億マルズなど個人の資産ではありえない。


「公金でレミングハルト侯は船を買い……逃げるということですか」


 アリアの声に怒りが混じっていた。すでに疲弊したマドリードにとって10億マルズは大きすぎる。レミングハルトはどこまでマドリードという国を私物化するのか……。


「……逃げる……?」

 その時、アリアの頭の中に何かが閃き、思考した。



 ……逃げる……? どこに? マドリード国内には二度と戻れない……ということは当然他国? でもそんな政治犯を引き受けるなんてあるのか?



 近隣の国に亡命したとしても、アリアが政権を握れば軍事力を背景に他国に引渡しを迫ることはできる。アリアの革命軍の軍事力はすでに近隣諸国にとって脅威なレベルになっているのだ。アリアが革命を成功させた後は国防軍も完全にアリアが手中にすることになる。ザムスジル帝国の不穏がある中、台頭したマドリードに正面から反対するだろうか?

「…………」

 この時アリアは恐ろしい事実に気付いた。いや、この時アリアは推理しただけだが、それは後に事実であることが証明される。


 ……元々レミングハルト他評議会議員たちは、元々私利私欲や権力が欲しかったのではなく、他国の指示でマドリードを乗っ取ろうとしていた……?


 だがその方法は、さすがのアリアも分からなかった。


 ただ、父アミルが監禁され飼い殺しされていたのには理由があったのではないか……。


 国を乗っ取るとしても、攻め落とすにしても、以前のマドリードならば容易だったはずだ。そうしなかったのは…………。



「……私がいたから?」


「?」


「私が在野にいたから……もし国を乗っ取ったとしても、私がいる限り抵抗運動は起こる。だから私を捕まえない限りそれはできなかった……ううん、違う。それだけじゃない。それだけなら侵略は可能……」

「クリス様が関係してるとか?」

「クリスには王位継承権がないことは周知……そうか、そういうことなんだ!」

 アリアの頭の中でバラバラだった事実が繫がった。

「私の決起も……計算内だったんだ」

 アリアはこの時、初めてレミングハルトたちの野望の中身を知り、頭を抱えた。


 彼らはアリアを決起させ、王とアリアを対峙させる形式を作る。そして勝てばよし、負ければ王を他国に連れ亡命政権を作ればいい。もしその間に男子の王子が生まれればどうなるか……王位は基本男子が継ぐものだ。当然、その王子には王位継承権が発生するだろう。その時、アリアの地位は確固たるものではなくなる。



 ……だから、監禁中でも王と王妃は生活を同じにされていた……。



 ……新しい王位継承者を待っていた……。


 誤算は、アリアが彼らの予想を遙かに上をいく軍事と政治の天才であった事。そしてもう一つは、王妃が奪われさらに産まれた子供がティアラ王女だったという事。ただし生まれた子についてレミングハルトたちは知らない。


 彼らが知っているのは王妃の妊娠まで……アリアたちは、王妃が没したことが王アミルの耳に入ることを恐れ、幹部にしかこの事を知らせていない。逆に考えれば、その事実が一般に知られていない以上、レミングハルトたちは強引に偽王子を作ることは可能ではないか。別に相手が王妃である必要はなく、むしろアリアたちが王妃を救出し傍に女性がいなくなった以上、彼らはどんな嘘もつけるではないか。


「くっ……なんて事……」


 アリアは悔しそうに頭を叩いた。全て理解した。だからアリアたちが王妃とクリスの奪還事件を起こしても貴族評議会は焦る様子もなく軍を動かすこともしなかったのだ。彼らにとってそれは別に大した問題ではなく、さらにいえば好都合だったのだ。

 自分の行動のミスに言葉をなくし項垂れるアリアに、ヴァームはそっとアリアの頭を撫で、優しい口調で言った。


「さすがよ、アリア様。ボクには殿下が考えていることがわかるわ。褒め言葉かどうかは分からないけど、あいつらはそこまで考えてたわけじゃないわよ。アリア様、過大評価しすぎ♪ 偶然打つ手がうまくはまっただけで、政治力は殿下が上よ?」

「あ……ありがとうございます」

「そういう時は素直に喜んでいいのよ、アリア様。もしあいつらが殿下の半分も知能があればとっくにマドリードを手中にしていたはず。殿下のことだってどうにもできてない奴らよ。それだけ賢いなら、ボクを敵に回したりはしないはずだしね」

「そうですね」と、アリアは小さく苦笑した。ナディアは二人が何を言っているのかさっぱり分からず不満げな表情で二人を見ている。


「ヴァームさんが敵でなくてよかった……心の底からそう思います」


 その点、アリアはつくづく心の底からその事を感謝していた。アリアは今気付いた貴族評議会の陰謀を口にしたわけではないし、ヴァームも語ったわけではない。だが二人ともその陰謀の事実に気付いた。二人とも並の政治洞察眼ではない。

「ついでに教えると……飛行船の契約は終えたけど、引渡しは3月後半の予定よ」

「…………」

「どういう意味でとるかは自由。ただ、レミングハルト侯はアルファトロスに船を取りに来たりはしないわ。アルファトロスの人間がシーマまで輸送することになってるの。つまり、運送クルーはアルファトロスの人間ってワケ」

「それってつまり……」

 ナディアはヴァームを見、そしてアリアを見た。アリアは表情を引き締め、小さく頷く。


 ……もし工作員をシーマに潜入させるのならば、絶好の機会……言葉にこそ出さなかったが、ヴァームはそう言っているし、その事はアリアもナディアも理解できた。


 これこそ、ヴァームがわざわざアリアを寝室にまで呼び一席を設けた最大の理由だった。


「しかし……それだとヴァームさんの立場は……」

 アルファトロスはどの国にも中立……それが国是だ。商売の利権があるとはいえ、これだけの情報を独占して流している時点でその理念に違反している。工作員まで手伝えばヴァームがアリアに加担している事は隠しようのない事実として全国に知られるだろう。

「あら♪ ボクの心配をしてくれるなんて♪ うれしいわ♪」

「ヴァームさん」

「ま、毒を飲むことになるかもしれないけど、その程度のことよ。アリア様が気にすることじゃないわ。第一、アリア様が勝ってくれないとボクにとって色々不都合があるわけだし、ボクにはボクの事情があるから」

 そういい、ヴァームはゴロリと寝転んだ。結局それ以上この件に関してヴァームは答えることはなく、「詳しいことは後日知らせるわ。そっちは準備をよろしく♪」と言っただけだった。


 後に「毒を飲む」という言葉には大きな意味があることをアリアたちは知るが、それはずっと後の事件である。







『マドリード戦記』 王女革命編 16 包囲網 ②でした。


 今回は、言ってみれば「世界情勢編」になるでしょうか?

 本作は現在ほとんどマドリード国内の事件です。革命だから当然ですが。しかし当然諸外国もクリト・エ大陸には存在し、どの国もマドリードを注視しています。当然ですね。

 ザムスジル帝国、そして大陸連邦……この二つが、この時代の二大強国ということになります。大陸連邦は北の別の大陸だからアリア様には現在直接的脅威はないですが、ザムスジル帝国は同じ大陸にある強国です。これから何かの弾みで出てくるかもしれません。具体的には秘密です。


大陸連邦のことは科学技術の面ではアリア様は密着していますね。

本編でも時々話題に出ています。大体余談でまとめて。

まぁ……実は本当の意味で大陸連邦が関わってくるのは「女王編」になってからです。その時のため、色々伏線というか紹介という形で今は見ていてもらえればと思います。


さて、今回の最後でアリア様は何か閃きました。

そしてついに首都攻略作戦編にはいります。


今後も『マドリード戦記』の見せ場は続きます。どうぞこれからも宜しくお願いします。

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