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『マドリード戦記』  作者: JOLちゃん
王女革命編
15/109

『マドリード戦記』 王女革命編 14 それは哀しみのなかで ②

『マドリード戦記』 王女革命編 13 それは哀しみのなかで ② です。


王妃危篤……その報を聞き狼狽するアリア。

ザール、シュナイゼンの処置によってミタス、ナディアを伴い戦場を離れるアリア。


そして、アリアは運命を変えることになるであろう、産まれたばかりの妹と対面する……。

それは哀しみのなかで 2



 12月21日 未明……


 漆黒の草原を、一機、真紅のアーマーがライトも点けず爆走している。


 ヒュゼイン紅機は、走る。エンジンを最高稼働させ、エルマ粒子の残滓が流れ星の尾のように後ろに広がっては拡散させながら。ヒュゼイン紅機は、草原を真っ直ぐ南下していた。眩い閃光となって漆黒の闇の草原を切り裂いていく。

 後一時間も走れば街道に当るだろう。その後は街道を飛ばす。そして明け方には目的地のタニヤに着くだろう。

 ヒュゼインのコクピットの中には、アリア、ミタス、そしてパイロットのナディアが乗り込んでいた。中央の操縦席にナディアがいて、その横の空間に挟み込むような形でミタスとアリアが毛布に包まっている。


 アーマーのコクピットは種類にもよるが意外と広く、ヒュゼインのような大型オリジナルアーマーの場合、生存キットや収納庫を取り外せば大人がなんとか座り込むくらいのスペースはある。しかも国宝機ということで王の儀式用に使う収納などもあった。三人とも荷物はなく持ち込んだ物といえば防寒とクッション代わりの薄い毛布だけだ。


 三人とも無言だった。


 出発した当初はミタスが一言、アリアに「移動中、姫さんは少し寝たほうがいい」と忠告したがそれ以上は言わなかった。戦争と違い今の彼女の気分で眠れるはずもなかった。




 王妃危篤……。



 その報を聞いたアリアは、一瞬立ちくらみ、思わずその場に膝を着いた。


 誰もが言葉を発することが出来ず、集団茫然自失の雰囲気があった。その中でいち早く発言したのは、新参のシュナイゼンだった。

「アリア様。王妃様の元に行って下さい」

 シュナイゼンは口調こそ丁寧だが力強く言った。そのことで数人の人間の理性が戻った。

 意外にも、次に賛同したのはユニティアだった。

「そうですわアリア様。もう戦闘は終わり<アインストック>で行けばすぐに行けますわ」

「<アインストック>も<ロロ・ニア>もすぐに出せます」とレイトンも同意する。

 実は彼らクロイスからの参加組は王妃たちをアリアたちが奪還した事実は知らず、このことで初めて知った。サザランドやレイトンはてっきりこれから首都シーマに救出作戦になるか、と勘違いしていた。むろんそれも当然だ。アリアたちは王妃やクリスの事を身内内でも話題にしたことがなかった。

 認識がズレている雰囲気を察し、ミタスが全員に、凡そ9カ月前に王妃と王女をシーマの奥宮より救出した事、王妃たちはタニヤの秘密拠点に匿っている事を教えた。


「皆に知らせなかったのは、私の考えだ。王妃様を守るためでもあった。アリア様の真意ではない」とザールがここでもアリアを庇って見せるが、さすがに彼らもそんな事に文句は言わない。


 普通であれば疑心を抱きかねない状況だ。だがその後もこの件に関して彼らが不満を感じていた様子はない。彼らにとってアリアの存在がいかに大きいものになっていたかが分かる。


「そんなことはどうでもいいんですのよ! アリア様……お早く!」

 ユニティアは目に涙を浮かべ声を荒げた。

 アリアは黙って頷く。顔色は真っ青のままだ。

「分かりました。私は行きます。同行はミタスさん……同行をお願いできますか?」

「分かった」

「では、ザール。貴方に留守の指揮を任せます」

「了解しました」

 ザールは頷く。

「ではアリア様はすぐにご用意を」

「すぐに発ちます! ヒュゼインで行きます」

 アリアはそういうと、もう戦闘指揮兼護身用の短剣をベルトから外し始めた。

「<アインストック>や<ロロ・ニア>の方が速いですぜ、アリア様」

 サザランドやレイトンは戦艦移動を勧めた。戦艦であれば王妃を乗せアルファトロスかクロイスの大病院に移すことが出来る。だがそれはアリアが是としなかった。一つは戦艦だと目立ちすぎ、タニヤの存在がバレてしまう危険がある。まだこの近辺にはクレイド伯の監視の目は光っているだろう。タニヤにはほとんど兵力はない。第一戦艦の地図にタニヤは打ち込まれておらず出動に時間を食う。もう一つは今後の物資輸送にアルファトロス、クロイスの両都市間を行き来してもらう任務があるためだ。

 次に速い移動手段が、オリジナルアーマーで最高の性能を持つヒュゼイン単機の移動だった。ここからタニヤまでは平原で離着陸の手間を考えれば最高速を出せば、先の戦闘で強襲揚陸して故障箇所を持つ<ロロ・ニア>よりも速いのだ。むろんアリアもそう決断した。


 だがザールは許可しなかった。


「アリア様は連戦の疲れがあります。ヒュゼインで行くのは反対ではありませんから、ナディアに乗せてもらって下さい」

「ナディアだって特殊任務明けで疲れています」

「悪いけどアリア様よりあたしの方が疲れも少ないし、夜の隠密行動は慣れてる。今のアリア様じゃ危険だからね」

 ナディアもザールの意見に賛同した。というより、これが元々ミタス、ナディア、ザールの三人の意見で、すでにその用意も終えている。アリアたちがそのことを知らないだけで、これが決定事項なのだ。ミタスもそれに賛同した。さらにザールがとどめに


「指揮権は今さっきアリア様が私に委任されました。よってその権限によってアリア様に命じます。随行者はミタスとナディア。ナディアのヒュゼインに乗って行くこと。宜しいですね」


「……分かりました……」


 アリアは珍しく少し表情に苛立ちを浮かべたが、それでも頷き、静かに司令官室を後にした。出発が決まった以上、一分一秒でも早く行きたい。ミタス、ナディアも顔を見合い頷き、退室していく。


 三人が去った後……一人、手を挙げる。


「僭越ながら、行かれるのであれば多少小細工が必要かと思うのだが」


 そういったのはシュナイゼンだ。


 この場にシュナイゼンがいたことは、やはりアリアにとって幸運だった。そしてこの一点からも彼女が世界の運命を背負う者である証拠かもしれない。この時、アリアは心労……ザールは別の案件で頭を使っていて(クレイドの手紙の一件)、普段の思考力はなかった。他の者も会戦に勝った戦勝気分の中突然舞い降りた悲報に感情的な状態だった。その点、シュナイゼンは冷静だ。しかも幸運な事に、リィズナの南南西に彼が元々守備していたペンドルがあり、ペンドルから首都シーマまでの貴族評議軍や政府の監視網を熟知していた。思えば指揮官として唯一正式な軍隊での訓練を受けているのはシュナイゼンだけである。

「……タニヤに秘密拠点があったとは盲点です。俺も気付かなかった。このことは……首都攻略のためでもありますね」

「そうです。シュナイゼン殿には何か考えがおありか?」

「貴族評議会への牽制とカモフラージュを含めて哨戒部隊を定期的に出す……というのはどうでしょうか?」

 シュナイゼンは卓上にあるマドリード国内の地図とリィズナ周辺を取り広げた。

「アリア様がこのリィズナを橋頭堡にマドリードの東側を支配下に置いたことはすでに確定した。それを誇示する上で東側への哨戒を一部隊。そして今回戦場になった西方面に一部隊……その上で戦艦や飛行艇は物資確保のためアルファトロスやクロイスに向かわせるのであればそれも今やってしまえばいい。敵は、その行動でこちらにまだ余力があることが分かるはずだ」

「成程。確かにその通りです」

「まずアーマー部隊を出し、<パルモ・セルドア>の回収を行うというのはどうだろうか? そうすればさらにアリア様のヒュゼインのカモフラージュになると思いますが」

「木を隠すなら森の中……というわけですね」

 クシャナもシュナイゼンの意見を理解した。本来明日以降にゆっくり行うはずだった会戦後の処理をあえて今行うことで、ヒュゼイン出撃を誤魔化そうということだ。警戒網を抜けてしまえば、ナディアであれば夜陰に溶け込み目立つことなく移動していくことができるだろう。元々ナディアはそういう隠密作戦の達人で、クシャナはナディアと共同し隠密作戦を行ったからよく知っている。

「シュナイゼン殿の案を採用しよう。シュナイゼン殿にも一部隊率いてもらえるだろうか? 後はクシャナ中佐……疲れているだろうが、もう一部隊の指揮をお願いしたい。<パルモ・セルドア>の回収のためのアーマー部隊はシュラザン大尉、ミーノス大尉の二人に任せる。アーマーが作業しやすいようリィズナ基地は照明を全て点火し基地全体が活動しているよう見せかける。ただそれも偽装だ。兵士は最低限でいい。残りは休息をとらせ、4時間を目処に交代させていく事にする」

 ザールはそう命令を下した。皆異論はない。


 こうして30分後、基地周辺整備のためアーマー部隊がリィズナから出て、それに紛れるようにナディアのヒュゼイン紅機も出て行った。シュナイゼンの予測どおり実はリィズナ周辺には50人あまりの監視兵が残されていたが、誰もヒュゼインの単独行動には気付かなかった。





 アリアたちヒュゼインがタニヤに入ったのは、予定通り21日早朝、5時18分のことだ。夏の頃だからもう薄明るい時間だった。ヒュゼンインの突然の帰還は、村人たちもすぐに気付いた。夏だから農家はもう動いていた。村人たちはヒュゼインをよく知っている。

 クラリエス王妃の状態を村人たちは全員把握していた。彼らのうち何人かがヒュゼインを見つけ慌てて炭鉱跡の秘密施設に駆けて行った。

 ナディアはヒュゼインを秘密施設の入口前に止めると、すぐにアリアとミタスが外に出た。ナディアはさすがに疲労のためすぐに外に出ることはできなかった。


「誰かっ! 誰かいますか!! 私です!!」


 アリアが叫ぶと、すぐに様子を見に出て来ていた村の女が駆け寄ってくる。


「アリア様っ!? まことにアリア様ですか!?」


 村の女の顔色が悪い。それで二人は状況がかなり切羽詰っていることを確信した。


 女は何か言おうとするがやがて言葉を飲み込み、静かに「奥に早く行って上げて下さい」とだけしか言わない。女は会釈し、逃げるようにその場を離れた。


 異様な雰囲気だった。これまでタニヤの村人たちがこんな風にアリアに遠慮する態度を見せたことは無い。この瞬間、アリアとミタスは心中ある種の覚悟が芽生えた。アリアの足がより重くなる。そんなアリアの背中を、そっとミタスが押した。


「行こう」


「はい」


 アリアは頷き、ゆっくりと居住区の方に歩き出した。


 このタニヤの秘密基地を後にし、革命戦に乗り出したのは僅か2カ月半前のことだ。

 だがこうして人の気配のない廊下を歩いていると、それが遠い昔に思える。


 ……この沈黙……この静けさが、不幸の予兆であることをアリアもミタスも理解している。二人とも無言で進みながら、心の整理をしていく。


 5分後……この秘密基地の『王宮』にあたるアリア一家の居住区に二人は到着した。

 さすがのアリアも王妃の寝室の前にある広場で足を止めた。まるで誰もいないかのように静寂に包まれている。 

 アリアの鼓動が、自分の耳に聞こえるくらい大きく高鳴っている。それなのに顔に血の気はない。


 ミタスは何も言わなかった。ただ黙ってアリアを見守る。


 どれくらいか分からない。数秒か……数十分か……本人たちは分からない。すごく長い沈黙の後……アリアはゆっくりと王妃の寝室に進んだ。

 ドアをノックする。その時、部屋の中で驚きの気配があった。


「私です。アリアです……入ります」


 アリアは静かにそういうと、そっとドアを開いた。


 部屋はまだ薄暗く、間接照明だけが付いている。


 室内に入ったアリアの目に、ベッドに横たわる母クラリエスと、その傍で座っているクリス……そしてクリスの傍で赤ん坊を抱いている侍女が立っていた。


「お姉さま!」


「ア……アリア様」


 立ち上がったクリスは、アリアの顔を見た瞬間、その幼い大きな瞳に大粒の涙を浮かべ、そして無言でアリアの元に駆け寄った。アリアはそっとクリスを抱きしめる。クリスはすぐにアリアの腕の中でしゃくりあげながら、それでも声だけは殺し泣き出した。


 ……アリアも、この部屋を包む重苦しい雰囲気と、クリスの嗚咽で完全に理解した……。


「ごめん、クリス」

 王妃クラリエスの生命は、無情にもアリアが戻ってくるまで保たなかった。


 21日午前1時57分。出産時の動脈破裂による出血多量が原因で村の医師と侍女、次女のクリスにのみ見送られ、クラリエス=フォン=マドリード=パレは現世を去った。享年33歳だった。彼女は愛する王にも、王都シーマにも帰る事ができず、アリアが栄光の歴史に名を刻むその瞬間にも立ち会う事が出来ず、静かに逝った。


 ぎゅっと……アリアは力いっぱいにクリスを抱きしめた。涙が、アリアの目からも溢れ出す。


「ごめん! 傍にいてあげられなくてごめんっ! クリスっ!」

「お姉さまぁぁ! お母様が……お母様がぁ~っ!」

「ごめんなさいっ……本当に……ごめんなさい!!」

「うわあぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 抱き合いながら二人の姉妹は泣き合った。姉は覇道を進み、妹は庶民として過ごした後、また別の修羅の道を選ぶ。二人は全く別の人生を送るという数奇な運命を辿るのだが、この僅かな時……母を失った娘として、この二人の王女は、悲しみと苦しさの激情と後悔の涙だけは、等しく共有した……。


 ミタスはそっと部屋の入口でその様子を黙ってみていた。彼の胸にも悲しみが沸き起こったが、アリアたちの苦しみに比べるべくもない。今の彼の役目は、ただただ大人として冷静に事実を受け止め、悲しみの中にあるアリアを一刻も早く立ち直らせることだ。自分とナディアが随行した理由は、本当のところはそこにある、とミタスは思っている。

 そこにナディアが沈痛な面持ちでやってきた。アリアたちの泣き声は廊下からでも聞こえ、何が起こっているのか知った。彼女も涙を浮かべ、入室はせず部屋の前で立ち止まり、その場で傅いた。彼女の身分では本来この場にいることさえ許されない。それを見たミタスが無言でナディアの腕を取り、部屋の中に招く。

 ナディアは最初固辞し腕を振り払ったが、ミタスは構わず抱きかかえるようにして部屋に入った。


「間に合わなかった……んだね」

「ナディアのせいじゃないさ」

「可哀想なアリア様とクリス様……アリア様は……やりきれないよぉ……」

「そうだな」

 なんという皮肉か……とミタスは思った。クリト・エの歴史に刻まれ後世まで称えられるような完璧な戦争勝利を挙げた。アリアの才能と智謀と勇名はこれでクリト・エ中に広まり、その名は永遠に歴史に刻まれるであろう。その歴史的勝利を手にしていた裏で、最愛の母が地図にものらないようなちっぽけな集落の炭鉱跡で、出血多量で苦しみながら死んでいたのだ。

 いっそアリアが無力であればよかった。ただのお飾りの王女であれば、戦争は部下たちに任せて母の死に目に立ち合せられただろう。だがアリアは偉大なリーダーで、賢く強すぎた。戦争は彼女なしでは到底勝ち得なかったし、アリア以外の者がその代理をすることはできなかった。何より不幸な事は、誰よりも賢すぎるこの天才王女は、覇道を進むと決意した時から、このような事態は避けられない……と自覚していたことだった。そしてさらに不幸な事に、非常に理性的であると同時に、彼女は人一倍優しさと激しい感情を持ち合わせていたことだった。さらに誰よりも、まず彼女は王であった。王としては資質から、彼女自身逃れることが出来なかった。

「いっそ……ただのお嬢様ならどれだけ楽だろうか」

 誰にも聞こえないほどの小さな呟きをミタスは零した。


 その時だった。


「!?」


 アリアたちの気配で起きたのか……侍女に抱かれていた赤ん坊が目を開ける。アリアとクリスは泣き止み、二人とも目を開けた赤ん坊を見つめた。


 クリスは、笑みを浮かべると、そっと赤ん坊を手で指した。


「お姉さま……ティアラ……ティアラといいます。私たちの、妹です」

「ティアラ……ティアラ」

 アリアは涙を両手で拭うと、侍女の元に歩いていく。ティアラは、アリアを不思議そうに見つめている。

 侍女がそっとアリアに囁く。

「ティアラ様の名前は、王妃様がお付けになられました。ティアラ様はとても元気で病気もなく、健康にございます。どうぞ、アリア様もお抱きになって下さい」

「……少し……怖いですね……」

 だがそういいながらアリアの表情は綻び、不慣れな手つきで侍女からティアラを受け取った。髪は父アミルと同じ淡い紅色で、目鼻立ちも父に似ている気がした。


 なぜだろうか……アリアはオドオドと侍女から赤ん坊の抱き方を聞きながら、目だけはじっとティアラを見つつ……不思議な予感を感じていた。クリスとは違い、このティアラとは何か不思議な運命の結びつきのようなものを感じていた。


 そして、それは奇跡的に、ここにいる全員に認識させることになる。


 アリアが不器用にティアラを一人で抱き上げた時……ティアラの目がアリアを見て、そして笑った。


 その時だった。


「!?」


 アリアはティアラに衝撃的なものを見た。


 ティアラがアリアを見て笑った瞬間、ティアラからはっきりと極彩色のオーラが発せられたのだ。


 薄暗い部屋の中、突然起こる極彩色のオーラ。


 そして、それに触発され、アリアの体からも極彩色のオーラが発せられる。


「なっ」


 二人のオーラはそれぞれ絡み合うように渦を巻くと、大きな球体となり部屋中を満たした。そのオーラは、アリアにも見えた。普通、<王覇>は発する本人には見えないのだ。


 これは<王覇>だったのか……それは筆者も確証がないのでなんともいえない。

 周りはもちろん、アリアも驚愕している。

 そして、アリアの中に、何か温かい風のようなものが吹き込んでくるのが分かった。その風は、自分がティアラに愛おしさを向けると、それに反応してさらに温かくなっていく。


 アリアは気付いた。


 ティアラと自分が、<共鳴>しているのではないか……?


「驚いたな」

 ミタスが唖然としながら隣のナディアに零す。ナディアも驚愕のあまり言葉が出ない。

 間違いなく、この部屋に充満している二人の極彩色のオーラは<王覇>だ。アリアが過去何度か無意識に発している人を圧する波動……だが今この部屋に充満しているオーラの波動は、まさにアリアが感じたとおり温かく優しい温風だ。


「ティアラ……貴方……<王覇>を……?」

 アリアは呆然としながら、生まれたばかりの妹に問いかけた。一瞬、オーラがアリアの問いに応じるように強く光った……気がした。


 まさに史上初めての、<王覇>の共鳴……だったのかもしれない。


 少なくとも、ここにいるミタスやナディア、クリスはこれを<王覇>の共鳴だと思った。そして、改めてアリアがハイ・シャーマンであると確信した。


 では……ティアラもそうだというのだろうか?


 歴史上、ハイ・シャーマンは同時代に二人は存在したことは無い。当然、ハイ・シャーマン同士が出会うこともこれまでの歴史には一切その記録がない。


 これが、史上初めての事象だった。

 そして、その衝撃的な事実に一番驚いたのは、アリアだった。


「ティアラ……貴方は……」

 それだけいうと、アリアは黙ってティアラを強く抱きしめた。


 ここに、ティアラ=フォン=マドリード=パレの数奇な運命は始まる。後に彼女はアーガス=パプテシロスと出会い、そしてマドリード帝国第二代女帝、同時にマドリード帝国最後の女帝となり、彼女はアーガス=パプテシロスと共に第三次世界大戦を戦い、そしてフィルニスト帝国の初代后妃となる。彼女は彼女でアリアとは違う激動の人生を進む。それはこのアリア=フォン=マドリード=パレを語る本作の物語とは違う、別の物語で語られることになるだろう。

 だが……。

 この感動と不思議に包まれた空間の中で、アリアの脳裏の片隅に、暗い影を落とした。アリアだけが、今後自分とティアラとに降りかかる過酷な運命の予兆を感じ取った。


……この幼い妹にハイ・シャーマンの素養があるとすれば、マドリードを取巻く戦乱は次世代まで続くということなのだろうか……?


 そして、否応なく自分たち姉妹が安息とは程遠い激動の運命に立ち向かわなければならないことを、アリアだけがこの時から確信した。


 パラ歴2335年 12月21日 ……この日、歴史が静かに動いた。



 12月23日…… まだアリアたちの姿はタニヤにあった。


 21日の昼にミタスがリィズナのザールに顛末を連絡した。ザールは哀悼を述べ、リィズナの運営に問題はない事を伝えた。それを受け、アリアが落ち着くまでタニヤに留まる事をミタスはザールと相談し決めた。


 アリアが決めたことはたった一つ……王妃クラリエスの葬儀についてで、遺体は村の広場で火葬……遺灰は瓶につめた。タニヤはアリアにとっては馴染みの深い場所だが、母クラリエスが永眠するには相応しくないとアリアは判断したからだ。

 さすがのアリアもショックが大きく、いつものように村人や留守兵たちと接しているが、精彩を欠いていた。とはいえ王妃クラリエスの葬儀以外タニヤで急いで行わなければならないこともなく、彼女はクリスやティアラ、姉妹三人で過ごす時間が多かった。


 22日も、アリアはクリスとティアラ、そしてミタスとナディアも交えゆっくりと日を過ごした。彼女がここまで戦争も何もかも忘れ、一少女、一家族の一員と過ごした日はなかったかもしれない。アリアの人生で数少ない、完全な休日だった。ミタスもナディアもそのことについて特に何も言わず、戦争の話題もあえて避けた。


 23日の朝、ようやくアリアは<革命軍司令官>の顔に戻った。


「今夜、出発しましょう。<ロロ・ニア>で回収してほしい、とザールにいえば、彼がいいように計画してくれると思います」


「そうか」


 ミタスやナディアの目から見ても、まだ元気はなかったが、それでもあえて心配を口にはしなかった。

「すみません。……私は出発まで、できるだけティアラやクリスと一緒にいたいので……二人に任せていいですか?」

「いいよ、アリア様。クリス様とティアラ様に宜しくね」

「ありがとう、ナディア。二人がいて助かりました」

 そう言ってアリアが去った後ミタスはナディアを昼食に誘った。別にナディアの方に断る理由はない。ただ、ミタスの様子もタニヤに来てからおかしいところがあったことをナディアは思い出した。


 昼食後……ミタスがめずらしくワインを一杯だけ飲み始めたので、ますますナディアはミタスを不審に思った。

「何か隠してるの? ミタス? ……え? もしかして……ミタス、王妃様と何か特別な関係があった……とか??」

 ナディアもワインを傾けながら真顔で尋ねる。その様子にミタスは思わずワインを噴き出しそうになった。そういえば革命に出る10月頭、似たようなことをアリアが口にし迫ったことを思い出したからだ。

「女の子の考えることはそれしかないのか?」

 笑いながらミタスはワインのグラスを置く。

「だって! ミタスの雰囲気もなんかヘンだもん! なんか王妃様の事見る目が違ったしさぁ~。冬の頃、ミタスは王妃様となんか親密だったじゃん」

「確かに親しくさせてもらったが、どうしてすぐにそう男女の関係で考えるんだ? 君も姫さんも」

「アリア様も疑うってコトは確定じゃん!」

「あんなお美しい方と関係がもてるのなら男子としてこれ以上ない幸せだがあいにくそういうことじゃないんだ」と、ミタスはらしくない冗談を口にした。

 ナディアはなんだか子供扱いされているようで面白くなかったが、ナディアも大人ぶっているが恋愛未経験の初心な少女だ。話題がそっちに流れるのは気恥ずかしい。


「ま……冗談はさておいて……でも、王妃様と何かあるのは事実なんでしょ?」


「ああ」

 ミタスは頷くと、再びワインのグラスを手に取った。


「君とザールには話そうと思っていた。落ち着いた頃に、姫さんにも話そうと思ってるが……今はまず、君から教える」

「何? なんかえらく神妙ね」

 ナディアは空になった自分のグラスにワインを手酌で注ぎながら首を捻った。よく考えれば、ミタスがここまで王妃の死に衝撃を覚えるというのは不思議なことだ。彼はアリアの雇われ傭兵指揮官であってマドリードの国に忠誠を尽くすわけでも王家家臣というわけでもない。


 ……最も、もうミタスは正確には自由の身ではなかった。そのことを、今語り始めた。


「実は……王妃様と契約をした」

「契約?」

「ああ。ティアラ様の後見人を頼まれたのさ」

「へぇー。後見人かぁ~。あー、そうだよねぇ、ティアラ様もマドリードの第三王女なワケだしマドリードの王位継承者には後見人がつくもんね。いいじゃん、ミタス。アンタいい人だし誠実だし結構適役…………あれ?」

 初めは特に疑問もなく楽しそうに答えていたナディアだったが、今の会話に秘められた重大な意味に気付いた。

「え? ……次の王位継承者って……ティアラ様なの?」

 まず一つの重要点はそこだ。現在の王位継承第一位(正しくはもうすでに王位を継承しているが)は王と同居せず、後見人と共に成人まで一般社会で暮らすというのがマドリードの国法にある。王妃クラリエスの考えでは、次の王位継承者はティアラという事になる。むろん、アリアの承諾は必要だが……。

 ただ、これは分からぬ話でもない。現在はアリアが第23代マドリード王だが、革命戦争中だ。アリアがもし戦争中に何かあれば、次の王位継承者の存在が大きな意味を持つようになる。万が一を考え今から後継者を定めておくというのは早計ではないだろう。

 王位継承者は、世間で後見人と暮らし、社会勉強と特別な帝王学を受けなければならないが、第二王女のクリスは元々アリアが王位継承者として確立されていたのでそういった帝王学は受けていないし、アリアとの年齢も7つ違いで遠くない。だがティアラは丁度14歳差があり、アリアの次の世代としては十分である。


 だが、一つ重大な問題がある。


「ミタス……本気? 本当に、貴方がティアラ様の後見人になるの?」

「…………」

 ミタスは黙ってワインを煽った。ナディアにとっては、こっちの問題の方が大きい。

 何故ならば、後見人となった人間は、原則として先代、そして当代においてマドリード国の政府関係者にはなれない。育ての親は国の職に一切就く事ができないのだ。これは後見人が国政を壟断しないための処置でアリアの場合もそうである。アリアの後見人は二人いて、一人は道士ファルサム、一人はアルファトロスの元代表ユイーチ=ロレンクルである。


 つまり、ミタスがティアラの後見人を引き受けた時……ミタスはアリア軍から去らなければならない。軍人も国の要職だ。


「ええーっ! ミタスがいなくなっちゃうの困るよ! あたしもアリア様も困るって!」

「まだ引き受けたわけじゃない」

 ミタスは苦笑し、グラスを置いた。なんとか一杯だけ飲み干したところだ。酒量のない彼にとって、これがギリギリの量だ。だが、めずらしくもう半分だけ、グラスにワインを注いだ。

「そういってくれるのは嬉しいけどな」

「あたしたちは三人セットの仲間じゃん。ザールが裏方、ミタスが表で皆をまとめてくれるから、あたしがアリア様独占できるんじゃん!」

「何だそれ、ひどいな」

「でも……人柄としても立場としても、ミタスが一番かなぁ」

 アリアの場合も一般市民の中から選ばれた。貴族では結局後々問題が起き兼ねないし、ナディアは人を育てるようなことは出来ない。人を育てる人格者という点でいえば適当者はミタスか、下級貴族のクシャナか……。ただ、クシャナは貴族嫌いという点があるので、そう考えるとミタスが適任だ。

「まぁ落ち着けよ。俺だって引き受けたわけじゃないし、決定は姫さんの判断だ。それにこの戦争が終わってからでいいことだしな」

「ホント?」

「何だよお前。お前もしかして俺にいて欲しいのか?」

 少し酔っていたのだろう、めずらしくミタスがからかうように笑う。だがナディアは、年齢の割にその方面はかなり晩生で、ミタスのからかいが分からず、しっかりと頷く。

「うん、淋しいジャン。ザールにはあんまり冗談通じないし、クシャナも真面目すぎるトコあるし……あたしとしてはミタスが一番ワイワイできる相手なんだよね~♪ あ、アリア様は別格だよぉ? ということでミタスもあたしにとってはすごく大事な仲間」

 そう言いながら、ナディアはグイグイと手酌でワインを飲み干していく。ナディアも少し酔っているようだ。いや、もしかしたら酔う事でこの話題を重い問題として話し合いたくはなかったのかもしれない。ミタスも、そんな素直なナディアを同僚として満足しているし、女性としても好ましいと思う。恋愛感はともかく、ミタスも親友という意味ではナディアとザールは特別な存在であることを内心認めていた。


「まだ、決めてないからなんとも言えないよ。そういう話があった……ただそれだけさ」

 ミタスは苦笑しながら、一気にワインを飲み干した。少しだけ、王妃の死によって圧し掛かっていたプレッシャーから解かれた気がした。


 結局、王妃クラリエスとの契約を受けるか断るか本人には伝える事が出来なかった。


 だが、もしアリアも望めば引き受けてもいい……そんな気になっている。


 ……それでも、根本的な問題は解決したわけではないが……


 ただ今は、ナディアに相談できた事で、ミタスは満足した。



 

 12月23日夜、三人はタニヤを後にした。途中で<ロロ・ニア>が回収し、再びアリアは戦場の人となった。





『マドリード戦記』 王女革命編 13 それは哀しみのなかで ②でした。


王妃死去……も大きな事件ですが、一番の事件は三女ティアラの存在です。


本文でも書きましたが、ティアラは特別な才能を持ち生まれてきました。

彼女もまたハイ・シャーマンの才能を有し生まれてきたのです。アリア様にとっては複雑な心境なわけですね。ティアラが次世代のハイ・シャーマンなら戦乱はそれほど長く続くという暗示だし、ハイ・シャーマンの才能を持つということは否応なしにティアラは戦場の人になる、という事の暗示でもあるわけで。


このあたり本文のほうでも書いちゃいましたが、ティアラが活躍するのは第三次世界大戦(パラ歴2350年ごろ)なんですよね。ティアラは正しくはデミ・ハイシャーマンなんですが。そして二代目マドリード帝国の女帝……ということで、正にアリア様の後継者なわけです。


アリア様にとってティアラは可愛い妹であると同時に、自分の後継者であり、そして自分の悲願……平和な時代を築く夢……を否定するような存在なのです。だけどこれが歴史の残酷さであり、歴史小説の面白さだと思います。


ということで、今回はアリア様の人生を左右する、ティアラと邂逅話でした。


これからはついに首都攻略戦に移ります。

ついに革命本番!!


ということで『マドリード戦記』を今後も宜しくお願いします。


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