『マドリード戦記』 王女革命編 9 第二次リィズナ会戦 ④
『マドリード戦記』 王女革命編 9 第二次リィズナ会戦 ④ です。
レイトンの裏切り……そして、それによって発動される特務作戦。
アリアは次に迫る第三戦を、ミタス、ナディア、クシャナ抜きで挑む事となり、リィズナでの篭城戦に挑む。
アリアは絶対的兵力差をうめる奇策をザールと共に繰り広げるが……果たして……
第二次リィズナ会戦 4
12月17日 午後23時。
夜中である。アリアの自室のリビングに訪れた人間がいた。
招き入れられたレイトンは、静かにアリアに言った。
「アリア様……申し訳ないが、貴方には死んで頂きます」
「!?」
そういうと、レイトンは懐の短剣を抜き振りかぶった。
同日 午後23時30分。
ミタス、ザール、クシャナの三人は、怒り声のナディアによってアリアの部屋に呼ばれていた。中に入ると、泣き崩れているレイトンと毅然としたアリアが待っていた。
アリアは三人を確認すると、入室を許可し、静かに言った。
「極秘作戦をお願いします」
「…………」
30分前に遡る。
突然短剣を振りかぶったレイトンだったが、そこで動きを止め、固まった。
アリアは一言も発さず、黙ってじっとレイトンを見ている。
その沈黙は、長かった。
「どうして……」とレイトンは零した。
「どうして声をあげないのですアリア様。どうして何もおっしゃらないのですか?」
「私が声をあげれば……ナディアが起きます。そうすれば貴方は殺されるからです」
「ですから、どうしてそうなされないのですか!」
「貴方には殺気がないからです」
「!!」
「騒がずとも殺気があればナディアがとっくに目覚めています。私も貴方から殺気を感じません。……第一、貴方は今、泣いているじゃないですか?」
「僕が泣いて……」
レイトンは初めて知った。顔を拭うと確かに顔は濡れている。
その瞬間、レイトンは弾かれたように短剣を放り出し、その場に崩れた。後はその場に座り込み嗚咽した。
アリアは全てを察した。ついに裏切りの命令が出たのだろう。
どれだけの間があったか……すごく長いようにも感じた。
が、レイトンは突然床に落としていた短剣を掻っ攫うようにつかむと、自らの胸に向け振り下ろした。
「!!」
距離がある。アリアは咄嗟に手の中に魔法で光弾を作り出すと、素早くレイトンの短剣に放つ。光弾が短剣を弾き飛ばした。
「命を無駄にするなっ!!」
アリアは叫ぶと、すぐにレイトンに近づき、レイトンの手をそっと握る。
「アリア様……死なせて下さい。貴方の手で、死なせて下さいっ」
「貴方の事情は知っています……何が起きたのかも察しています。だから一人で悩まず、私を信じて下さい。レイトンさん……」
レイトンは震えながらその場に崩れ、号泣した。アリアはそんなレイトンを黙って抱きしめた。彼の背中は冷や汗だろう、びっしょりと濡れていた。
しばらくして、アリアは寝室の方を向いた。視線の先には、ナディアが抜き身の短剣を抱き、不機嫌そうに立っている。ナディアもとっくに目覚めていた。彼女は異変に気付き、気配を完全に殺し、いつの間にかリビングに入りアリアたちと目と鼻の先の場所にいた。
レイトンは全くナディアに気づいていなかったが、さすがにアリアはすぐに気づいていた。アリアはナディアのほうを見ると、声には出さず、口の動きで「ザール、ミタス、クシャナ」の三名の名前を告げた。ナディアは沈黙したまま頷き、足音も立てず部屋を後にした。
そして今……23時30分。
レイトンは泣きはらした赤い眼で、全てを告白した。
自分が裏切り者として送り込まれていたこと、裏切りの命令が出たこと、そしてそのために家族が人質となっていることを。
「しかし……もう僕にはアリア様を殺せません。ですが家族も大切です。だから……」
「姫さんを襲って逆に殺されれば……ということか」
ミタスはため息をついた。裏切り者がいる可能性は考えていたが、誰もレイトンだとは思っていなかった。それほどレイトンは人柄が温厚で、作戦能力にも疑問がついたことがなかったからだ。
「ナムルサス公自身が元々こちらを騙していたワケですから、貴方だけではないですね、裏切り者は」
ザールの指摘にレイトンはゆっくり頷き、懐から自分と同じ内通者のリストを手渡した。そこには20名の名前が載っていた。全て<アインストック>の戦闘乗員に入っている。
「<アインストック>を失わせるわけにはいきません。ですが私一人がナムルサス公を裏切っても、この者たちが行動を起こし占拠し奪取してしまうでしょう。私の屍から自然にこのリストを入手したという事にしてもらえれば……」
「預かりましょう。このリストの人間は配置換えして対処します。大丈夫、殺しません」
そういうとザールがリストを受け取り懐に入れ、あえてアリアには見せなかった。ザールには何か一案があるのだろう。
レイトンは静かにアリアを見た。
「アリア様。僕は……どうしたらよいのでしょうか?」
「貴方は私にとって必要な人です、レイトンさん」
アリアは毅然とした態度で、静かにそう言った。そして周りの人間を見る。
「そのために、皆に来てもらいました」
「何を……なさる気ですか?」
アリアの瞳には、強い光が宿っていた。そこには優しく愛らしい王女ではなく戦略家の顔になっていた。
「レイトンさん。確認ですが、人質は貴方の家族だけですか?」
「私の家族だけです」
「他の方も人質が取られているのですか?」
他の人……と言ったのは、他の内通者20人のことだ。
「私以外の者は、ナムルサス公爵の家の者です」
全てナムルサス公爵の作戦で、レイトンも駒に過ぎない。ただ、レイトンだけが爵位持ちの貴族で公爵直属の配下ではなく一応独立した存在だった。そのため、ナムルサス公爵はレイトンだけは用心のため家人を人質にした。
アリアは頷き、もう一つ質問した。
「家族がどこにいるかは分かりますか?」
「恐らく公爵様の本家の屋敷かと。監禁されているかどうかまでは分かりません」
そこまで強制されていたわけではない。元はレイトンもナムルサス公爵派の貴族の一人だ。ただ、間諜という腹黒く薄汚い役を演じるには、レイトンは素朴で素直すぎた。
「ザールの意見は?」
「露骨に監禁するのは人質として逆効果になる可能性があるでしょう。要らぬ反感や反発にもつながりますし、そこまで公爵も馬鹿ではないでしょう。色々優しく言い含め公爵領内に住まわせて、それを世話をしながら監視……というのが方法だと思います」
自分たちが人質だと知れば、逆に騒ぎになるかもしれない。そうなれば意味がない。あくまで当分の間は客人として遇しているはずだ。
「ということは……すぐに家族に危険に曝されるような事態はない、ということですね」
「おい、姫さん……まさか」
ミタスはその時アリアの考えを悟った。ザールはすでに分かっているようでミタスの反応にアリアの代わりに頷く。ミタスは思わず唖然となった。
「レイトンさん、精密なナルムサス家の領地の地図と公爵家の敷地内、屋敷内の見取り図を作って下さい。<ロロ・ニア>に地図作成ソフトの入ったコンピューターが確かあったはずです。その地図や図面が出来次第、ミタスさん、ナディア、クシャナ……三人がご家族を救出します」
この言葉で、ここに集まった全員がアリアの考えを悟った。
「ちょっ!? アリア様ぁ!? マジっ!?」
ナディアは思わず声を上げた。クシャナも驚きのあまりポカンと口を開けたままだ。
ミタス、ナディア、クシャナ……三人ともアリア軍の重要な隊長であり一騎当千の猛者であり幹部ではないか。しかし次の言葉がさらに三人を唖然とさせた。
「ナディアはヒュゼイン、クシャナはアージェンス改に乗って行って下さい」
「ちょっと待って下さい、アリア様……それでは……」
レイトンもアリアの提案に狼狽する。それでは明らかにアリア軍の戦闘力は低下してしまう。自分たちを<アインストック>から降ろせば済む話だ。
「私も<ロロ・ニア>で戦闘指揮をしてみて分かりましたが、戦艦の指揮は難しいものです。この次は激戦になります。<アインストック>の戦闘指揮はレイトンさんでなければうまくいかないでしょう」
「…………」
「これは極秘作戦です。<ロロ・ニア>にナディアのヒュゼインとクシャナのアージェンス改を乗せて、最高速で飛べば明日の朝にはナムルサス公の領内に入るでしょう。そこで迅速に家族を救出して下さい。ヒュゼインとアージェンス改の二機があれば多少の抵抗は妨害にならないはずです。そして、ミタスさん、ナディア、クシャナ……三人の戦闘力があれば屋敷内にいる程度の敵は排除できるでしょう。ミタスさんは一騎当千の猛者、ナディアとクシャナはそういう隠密作戦をこれまでもやってきましたし、ナディアは母クラリエス奪還の経験もあります。多くの兵員は避けません。ですから、我が軍の最高の三人に行ってもらいます。それがベストです」
「そりゃそうだが……姫さん、こっちの戦場はどうなる?」
ミタスでなくてもその問題に危惧を覚えて当然だ。全員軍の最高指揮官でありそれぞれ一騎当千の戦士だ。この三人が抜けるだけでアリア軍の戦闘力はかなり損なわれる。アリアもそれは分かっている。
アリアの考えでは、現状がこうなってしまった以上当初立てた作戦は使えず、少なくとも家族を保護するまでは<アインストック>を前面に押し出し使うわけには行かない。<アインストック>がないのであれば、他の飛行艇戦艦だけでは戦闘力が弱く、簡単には使えない。いわば手持ちぶたさとなる。それであればいっそ<ロロ・ニア>を派遣しても問題はない。ナディアのヒュゼインの突破力と高い戦闘力、ミタス、クシャナといった卓越した攻撃型指揮官の穴は大きいが、ヒュゼインはもう一機……アリア機がある。これまではナディアのヒュゼインが錐の役割として突撃していたが、その役割をアリアが行えばいい。ミタス、クシャナの穴は防衛を主眼に戦略を立てればなんとか埋める事が出来る。
それでもナディアやレイトン、クシャナは、アリア自身の危険が増すと抗議したが、ここはアリアではなくミタスが決断した。
「議論している時間が惜しい。そういう事情ならすぐに動いたほうがいい。俺は傭兵だ。姫さんがそうしろ、というのならそれに従おう。レイトン、お前はさっさと<ロロ・ニア>に乗り込み地図を作ってくれ。その地図がいかに早く正確かがお前の家族の生死に関わってくる」
「分かりました」
レイトンは頷く。アリアも頷き、レイトンは退室していった。
残った4人は黙ってアリアを見る。果たして残されたアリアとザールで敵を撃破できるのか……ザールはシャーマン・マスターで個人的な戦闘力もあり、軍師、指揮官としては優秀だが前線に出て戦うタイプではない。この極秘作戦によって白兵戦闘力は激減することになる。ミタスたちの心配を察し、アリアは静かに答えた。
「防衛戦と砲撃戦で一日は保ちます。それに実は勝算につながる奇手でもあるのです」
「?」
「もし皆が成功すれば、皆は敵の後背を突く事ができます。<ロロ・ニア>とヒュゼイン、アージェンス改だけですが」
「オリジナル・アーマーとはいっても、二機だけじゃどうにもなんないよ、アリア様」とナディア。確かに普通に使えば、アーマー二機だけではなんら脅威にはならない、と思うのが普通だ。だがアリアは違った。
「運用と練度次第です。先の戦いのようのに<ロロ・ニア>を頭部の足場として攻撃すれば、その効果は大きかった。今回敵軍は後背を突かれるなんて考えもしていない。突然背後を突いてくれれば敵は間違いなく混乱に陥ります」
<ロロ・ノア>、ヒュゼイン、アージェンス改、そしてミタスとクシャナ……巧く使えれば、兵力的には1000人以上の戦略的価値がある。突破力は、歩兵とは比べ物にならない。
ナディア、ミタス、クシャナの三人ならば、細かい打ち合わせがなくとも普通以上の運用と戦術案、効果的な行動ができる、とアリアは信じている。
「成程……メリットもあるわけだ」
先の<ミリオの戦い>で、アリアは少数の兵を指揮し、敵軍を撃破した。戦艦を足場にして上空から砲撃攻撃するというのは、敵位置の掌握もしやすく慣れれば天井から石を落とすようなものでやり易く、何より360度の攻撃範囲はこの上なく有効だった。逆に上空にいる敵を狙撃するのは難しく敵は反撃が難しい。それは実際に試したアリアが一番よく分かっている。アリアとユニティアで出来たのだ。より歴戦のナディアとクシャナならば間違いなくできる。
そこまで言われれば、ナディアとクシャナも納得せざるを得ない。
そう決まれば全員の行動は早かった。ミタス、クシャナの二人は戦闘の準備のため自室に戻った。ナディアも荷物の用意を始める。ザールは「アーマーと、武器などの手配をして参ります」と退出していった。
アリアの部屋はアリアとナディアだけとなった。アリアは手伝おうとしたが、ナディアはもうほとんど用意を終えていた。
「ナディア……無理をお願いしてごめんなさい」
「ふぅ~。アリア様らしいっていえばアリア様らしいよ。でも一つ約束してね、アリア様」
「何?」
「けして無茶はしないこと。ケガも許さないからね! ケガなんかしたら、この先ずーーーっと、あたしがアリア様監禁しちゃうかんね! 毎日アリア様成分フル充電するからね! もし大怪我なんかしたら、レイトンのヤツ、ぶっ飛ばすからね!」
「ふふふっ♪ 気をつけます。……ナディアも気をつけて。危険な作戦になると思う。三人で作戦を立てて、必ず成功させてね。レイトンさんのためでも家族のためだけでなく……私のために……必ず」
「困ったなぁ……」
ナディアは苦笑すると、ゆっくりとアリアに近づき、そしてそっとアリアを抱きしめた。
「カッコ良すぎだよ、アリア様。そんなこと言われると困っちゃうよ♪」
「ナディア……無事で」
そう言い交わすと、さらに強く二人は抱きしめ合う。
<ロロ・ニア>が極秘にリィズナを出発したのは日付が変り18日の午前1時45分頃だった。この作戦案は、基地ではアリアとザールしかしらない。
この極秘作戦がどうなるかでアリア軍の命運は決定する……。
こんな中、18日の午後についに第三戦が始まるのであった。
アリアが執った作戦は、篭城戦だった。
北軍1万5000が整然とリィズナ前2キロの地点で様子を見ている。北軍は5000ずつで三つに分け、手を広げるような形で対陣している。そして対陣中、歩兵は地面に穴を掘り、砲撃戦に備えようとしている。
このあとクレイドの本隊2万が早ければ明日にも到着する。アリアとしてはいち早く敵を撃退しなければならないが、撃退しようにも破壊力のある<アインストック>は使えず、奇兵を敷くにはリィズナ周辺は周囲5平方キロが綺麗な平原で、攻めるときはともかく守るための伏兵は伏せづらい。結局奇策を仕込む時間もなく、ごく平凡な防衛戦となった。
しかも北軍は全軍、統制された国防軍だ。そして援軍はすぐに来る状況……彼らは無理押しする必要がない。
18日午後13時00。
アリア本人がヒュゼインと騎馬でユニティアが随行し、両軍の中央まで来ると、ユニティアは軍使旗を閃かせ、北軍と接触しアリアの書簡を手渡す。向こうも予め用意していて、すぐに彼らも書簡をユニティアに渡し、ユニティアは帰還した。アリアはその場で受け取り書簡を読んだ。
『アリア王女へ。
王女の挙兵は国の政治を乱すものであり国益を損ねるものである。我々はアリア王女に対し、ただちに停戦し評議会と話し合いのテーブルにつくことを希望する。王女以下に関しては、王女をかどわかした重大な反乱行為を行う賊である。その首謀者はザナドゥ伯爵、フォーレス伯爵、ウェールバルト伯爵等である。彼等が軍を解散すれば評議会は寛大な処置をとる用意がある。よって今すぐ不法占領しているリィズナと都市クロイスを開放し、軍を解散させるよう進言する。もしこの言を受け入れられるならば、アリア王女及び全ての反乱者の身は、我等国防軍が身命をかけ保障する。
国防軍大隊長 バールル=フォン=メイン子爵 国防軍将軍』
「随分おつむが悪いんじゃないですの? メイン将軍は」
アリアと一緒に書簡を読んだユニティアが憤る。こんな言葉を信じて投降する人間があろうか。アリアの意志と正義はすでにクロイスでの宣言で知れ渡っているはずだ。
アリアは苦笑する。
「これは礼儀で、向こうも私たちがこれに従うとは思っていませんよ。同様に私の書簡も相手への礼儀のようなものです」
「そういうものですか」
ユリティアはまだ憤っている。国防軍の言い分は言葉は丁寧だが、アリアのこれまでの主張を全面否認している事に代わりがない。アリアが絶対正義だと信じる彼女にとっては面白くないのも当然だった。
「でも一つ安心しました」
「何がですの?」
「無事ユニティアさんを帰してくれました。もしメイン将軍が非道極まりない人であればユニティアさんを人質にするか殺すかしたかもしれない……もちろんその可能性はないと思ったからユニティアさんを軍使に出したのだけど……もし万が一そうなれば、私は彼を許せなかった」
「そ……そんな! この役目はわたくし自身が志願したことですのよ! アリア様が気にされることではありませんわ! それに……ユニティアは、アリア様に心配していただき、胸が苦しいほど嬉しく思います!」
「ありがとうございます、ユニティアさん。ではユニティアさんはリィズナへ帰還を。軍使旗は私に頂けますか?」
「はい。……は、はい?」
ユニティアが頷くが同時に首を捻った。アリアは何をする気か? アリアはヒュゼインのエンジンを入れ、コクピットに入り、ヒュゼインの左手が器用に旗を受け取った。ユニティアは顔を上げる。
「アリア様、何をするんですの!?」
「書簡に意味はないですが、やれることはやっておきます」
そういうと、アリアはヒュゼインを前進させた。そして、なんとそのまま敵陣目前50mまで近づき、そして自動微速モードで移動しながらアリアはコクピットから姿を現した。
その大胆さに、全軍が息を呑んだ。
アリアはまるで敵軍を自分の軍であるかのように見渡し、誇らしげに笑みを浮かべた。
「勇敢にして正義である我が国防軍!! 私は卿らを誇りに思うっ!!」
「うそっ!! アリア様、まさか演説を……」
ユニティアは慌てて騎馬を引きとめ振り返る。
「内戦による国力の衰退を憂う卿ら国防軍の志に、私は感動した! それでこそ、私の愛すべき国防軍である! 私はその事を誇りに思う!」
アリアの声は大きい。沈黙する北軍全てにその声は届いた。
「我がマドリード国内がこれだけ衰退と混乱の中にあるのに他国の侵略を受けないのは、一重に卿らの存在が大きい。だからこそ、私は卿らの頑張りに応えるため、国内の乱れを一新し、新しいマドリードを築き上げようと思っている! 私の戦いは、権力掌握が目的ではない。皆が愛するマドリードを、その愛に応えるだけのものにすることが私の使命であり、国民の願いだと思っている」
アリアは全身を晒し、北軍を見渡しながら叫び続ける。
北軍の前衛は砲兵である。この時アリアには3000近い銃口、砲口が向けられていた。50mは至近距離だ。だが誰一人、その引き金を引くことが出来なかった。
「不幸にして我々は今、敵対している。できれば私は戦いたくない。だが、それでは国は変わらない。だから、私はこれから卿らと戦おう! 卿らは軍人である! 命令に従い、存分に私と戦うがよい! それでも私は……もしこの場で、今狙撃され、蹂躙されたとしても……けして卿らを恨まない! 願わくは、卿らが自分の意志で再び国防の任に戻り、私が国内を平定し、卿らが誇れる国になるまで、その任を真っ当して欲しい!」
結局、アリアは北軍の前を完全に横切り終えた。誰一人、声すら上げない。
「我が愛する国防軍よ。今は立場がある。私もこれから自分の役目を果たすため、卿らと戦う。だが忘れないで欲しい! 私が卿らを愛していることを! そして、卿らも私を同様に慕ってもらえれば、私は嬉しい! 以上だ。では、それぞれの立場に戻ろう。お互い、遠慮や容赦は無用……私も全力で戦う!」
最後にそういい残し、アリアはコクピットに戻り、なんとその場に軍使旗を地面に突き刺しゆっくりとリィズナに引き返していった。軍使旗を手放した瞬間から、軍法的にはアリアは使者ではなく敵であり、攻撃しても罪にはならない。だが、誰一人アリアを攻撃しなかった。
後に<アリア教>と呼ばれるほど、熱狂的な支持者を生み、歴史に一大旋風を起して一時代を支配するに至るアリアのカリスマと演説癖は、この頃が発端だろう。現に個々ではあるが、立ち去るアリアに対し「アリア様」「アリア殿下」という呟きが何箇所からも生まれていた。この後、猛烈な戦闘が起きることを考えるとやはりアリアには特別な何かを持っていたのだろう。
両軍、対陣して1時間が経過し、14時になる。
どちらも砲撃の体勢をとったまま動かない。北軍は時間を稼ぎたいので積極的に攻勢には出ない。アリア軍も動かない。
「まさか、自分の演説があるから遠慮しているんじゃないだろうな? アリア様は」
基地防衛指揮官のサザランドは呟く。それを聞いたユニティアは誇らしげに
「それがアリア様の高潔さですわ♪」
と胸を張ったが、それでは戦争には勝てない。
むろん、アリアは戦争に関してはそんなナルシストでも初心でもない。
国防軍に対する赤心は事実だが、それはもう伝えた。アリアはすでにザールと作戦を立てている。
むろん、奇計をだ。
作戦案を聞いたザールは笑みを浮かべた。
「アリア様は意外に悪人ですね」
「時々自分が嫌になります……なんて卑劣なんだろうって」
「戦略や政治の天才というのはそういうものです。王や軍人は綺麗事ばかりで無知な将は無能なだけでなく有害なのです。アリア様は覇道を選ばれた。その覇道においては、なんら恥じるべき事ではありません」
ザールの言葉に、アリアは苦笑する。
「問題は、これを誰にやってもらうか……」
その点が難しかった。特攻者は生存を帰しがたい。
「チェニス中尉かクロード中尉ならなんとかやってくれるでしょう」
チェニス=パターソン、クロード=モスバーグ……この二人はナディアの第一部隊の小隊長であり、特にアーマーの操縦が巧み……とナディアが太鼓判を押している。ただし二人はガノン乗りだ。
「ガノンだと、よほど巧くやらないと危険すぎます」
「だからといってアリア様はむろんダメです。アージェンス改も貴重ですからガノンでやるしかないでしょう」
アーマー操縦の巧みな者であれば脱出はできるが、ガノンでは性能的に難易度が高くアージェンス改を使うのは勿体ない。ヒュゼインは大型アーマーに属するため難しい。第一アリアにそれをやらせるわけにはいかない。
「アーマーより人命のほうが重要です」
「ごもっともですが、アージェンス改は隊長機として高級将校が使っていて一般アーマー部隊隊員は慣れていません。愛機の乗り換えはむしろ危険です」
「確かに……そうですね」
「人選は私がしましょう。アリア様はその後の作戦指揮がありますからな」
そういうとザールは立ち上がった。彼は今からある人物に会い人選を決めるつもりだ。もっともそのことはアリアに知らせるつもりはない。
ザールが軍師として、アリアにとっての汚れ役を自らに課し、それによって生まれるであろう悪意を自分が引き受ける……そう決心したのはこの戦いからだという説が強い。
20分後、ザールはクロード中尉他8名の特務隊の名簿をアリアに提示し、作戦は決定した。アリアは自ら8名と会い、任務の難しさと危険を説明し激励した。むろんザールの裏にある策謀をアリアは知らない。知っているのはザールとレイトンだけだ。
14時35分。
リィズナから<ロ・ドルーゼン>が出撃し、ゆっくりと北軍に向かって進んだ。これによって、ついに北軍は砲撃を<ロ・ドルーゼン>に放ち、戦闘が開始された。<ロ・ドルーゼン>とリィズナの砲台陣地から、猛烈な攻撃が北軍に降りかかる。まだエルマ粒子の濃度は低いから火砲は激しい。北軍も塹壕を作っていて一方的な戦いにはならない。
それでも上空からの<ロ・ドルーゼン>の攻撃は北軍にとって脅威で僅か1時間の激戦で、北軍の死傷は1000を超えた。だが、アリアが立てた作戦はこれではない。
15時55分。
<ロ・ドルーゼン>は高度を下げ始めたかと思うと、被弾のためか小爆発を起こした。
<ロ・ドルーゼン>はそれでも攻撃の手を休めず、傾きつつある中、猛攻撃を続けている。だが北軍も<ロ・ドルーゼン>に攻撃を集中させ、さらに<ロ・ドルーゼン>にダメージを与え、ついに失速させた。<ロ・ドルーゼン>はフォーレス家所有の飛行戦艦でアリアが乗艦している可能性はまずない。北軍側もその点留意する必要がなく全力を向けることができた。
歓声を上げる北軍。だが、その歓声は僅かの間だった。すぐに彼等は気付いた。撃墜した<ロ・ドルーゼン>が自軍の陣地に向かって墜ちて来る事を……。
「全員、退避しろっ!!」
北軍が慌てはじめた時、<ロ・ドルーゼン>は最期のエンジンを吹き、地上に向かって突進……敵陣の真ん中に突っ込んだ。
その直前、<ロ・ドルーゼン>から二機のアーマーが飛び出す。
北軍も理解した。
この<ロ・ドルーゼン>自体が、特攻兵器だったのだ。
元々<ロ・ドルーゼン>は、先の<ミリオの戦い>で被弾し修理中で、現状なんとか飛べるだけの状態だった。<ロ・ドルーゼン>はフォーレス家所有のもので、アリア軍が元々用意したものではないのではないからアリアの戦略案にはない余分な戦力でもあった。
アリアはこの際<ロ・ドルーゼン>を巨大な戦術兵器にすることにしたのだ。
この発想は、後にアリアが多用する<飛行石落し>の戦術の先駆けかもしれない。
墜落した<ロ・ドルーゼン>に、リィズナからレーザービーム砲撃が加わった。これがこの作戦の恐るべきところだった。<ロ・ドルーゼン>の格納庫には、エルマ粒子のエネルギータンクと火薬、廃物オイルが合計50tも積み込まれていて厳重なタンクに入れられていた。通常の砲撃では大丈夫なように置かれていたが、要塞にある巨大レーザービームの前には無力だ。レーザービーム6発目が打ち込まれたとき、ついにレーザービームがタンクを破壊し<ロ・ドルーゼン>は大爆発を起こした。
「おおーーっ!!」
その光景に、アリア軍は歓声を上げた。
爆発は、リィズナの面前一面に広がった。
エルマ粒子の化学反応爆発と火薬の爆発、そしてさらにそれが吹き飛ぶオイルに引火し、一帯全域火の海となった。さらにこの炎は火薬式砲台を築いていた北軍陣地に広がり、誘爆していく。
これこそがアリアが立てた奇計だった。
最低限の乗員による飛行戦艦特攻だ。クロード中尉たちは着地寸前、脱出した。空中での離脱なので脱出も命がけだ。だがクロード中尉たちは2機のアーマーに乗り脱出し、リィズナに戻った。が、全員無事というわけではなく、4名は<ロ・ドルーゼン>内で戦死した。
ここにザールの悪意的な謀略があった。この4名の死は、実は必然の死だった。この4名は、レイトンのリストの中にある人間で、しかもナムルサス派でお目付けとして参加していた人間だったのだ。ザールはこの機会にこの4名のスパイの抹殺を極秘にクローズ中尉に言い含めていた。アリアは知らないことで、ザールもレイトンもそのことを報告していない。四名が不幸だったのは、彼らはレイトンと共に元<アインストック>の乗員で、戦艦の操縦や運用に携わっていて、この作戦人事にはなんら不自然がなかったことだろう。4名の兵士たちはまさかアリア軍が戦力として重要な戦艦を自爆兵器にするとは思いもせず、謀略の存在を疑いもしなかった。
ザールの行動は、軍という組織の闇の部分といえるだろう。戦争が奇麗事ではないという証明でもある。だがこれによってアリア軍、そしてレイトンにとっての小さな癌は無くなり、しかも敵に大打撃を与えた。このザールの極秘の謀略は、彼が生涯口を閉ざしていたからアリアは生涯知ることはなかった。
戦闘はこれで終わりではない。
アリアは爆発が収まるのを確認すると、アーマー部隊に出撃を命じ、自身もヒュゼインで出撃した。
まだ至る所で旋風の炎が舞う中、アーマーは突撃し、生き残った兵士たちや敵砲台、敵アーマーを破壊していく。北軍は応戦するが、先まで砲撃戦をしていたため銃を手にした兵が多かった。だが爆発後、周囲にはエルマ粒子が高濃度で充満しているため銃火器は封じられた。そのため抵抗することができずアーマーによって北軍は駆逐された。
この<ロ・ドルーゼン>の爆発とアーマーの突撃によって、僅か30分で北軍の死傷は8000を超えた。損害8割という、凄まじい戦況だ。それでも北軍は撤退せず、大部隊としての機能は失いつつも、小隊規模の機能は失わず、各自塹壕に飛び込み、アリア軍の猛攻に耐えた。
あと一時間あれば、北軍は壊滅しただろう。
だが、戦況はここで一つの起点となる事件が起こる。
16時21分。
リィズナ平原に、クレイド軍本隊の一つ、<クレイモア>が到着したのだ。
保有兵力は、7000名……アーマーは8機である。
『マドリード戦記』 王女革命編 9 第二次リィズナ会戦 ④ でした。
国防軍第三軍との決戦編でした。
今回も機略と戦略で窮地を乗り切ったアリア様ですが、ついに敵本隊が合流……各個撃破戦略が限界となりました。
何より大きいのは今度の戦いにはミタス、ナディア、クシャナ……そして事実上<アインストック>が封じられている点ですね。そしてこれまでの戦いは全て騙まし討ち戦術とアーマーなどの機動兵器によって助けられたアリア様たちですが、今度はそうではなく正面決戦……アリア様の用兵家としての手腕の真価が試される事になります。
そして、そろそろ敵将軍クレイド伯も参戦してきます。
将軍として名が通っている若き敵将相手にアリア様がどのようにして戦っていくのか……
そのあたりを楽しんでもらえたらと思います。
今後とも『マドリード戦記』をよろしくお願いします。




