プレゼン1
長くなるので一旦切りました。
修正加えました。3/5
今年初めての雪が降ったこの日、王太子殿下の誕生を祝うパーティが開催される。
国中の貴族や権力者達が招待される年に1度の宴は、おそろしく広い城のホールにも入りきれないのでは、というほどの人数が押し寄せるらしい。
今日は冷えるのでショールを取ってきます、と城の端っこに借りた部屋から出て行ったリリィを見送り姿見の前の自分に向き直る。
この魔女のような女は誰ですか…。
こちらの世界に来て5年、ストレスや疲労で少し痩せた体に沿うように胸元の鮮やかな海色が、裾にいくほど深い藍色になっていく。
キラキラと光る細かな装飾の石がドレス全体に散らばっているが、宝石でないことを祈る。今貴族の女の子達に流行りだというフリルやレースは一切なし。ありがたや。だってまあ歳が歳なので。その代わり、裾は長さがアシンメトリーになっていて右脚の太ももから下は丸見えですが。
コルセットのようなもので腰を少し絞られた程度だがスタイルがとても良く見える。このドレスどうなってんの。肩から腕までは覆うものが無く暖房の効いたこの室内でも確かに少し肌寒いかもしれない
顔面はリリィの魔法の手によって普段の三倍は色っぽく見える。あ、泣き黒子描かれてる。伸ばしっぱなしの髪も左サイドにゆるく纏められて、イケナイオンナの完成だ。
普段からビジネスマナーとして軽く身だしなみを整える事ぐらいはしていたが、こんながっつり変装したのは生まれて初めてだ。そのためか、こんなに露出の多い衣装だというのに全身鎧を着ているような気になる。
現在夕方と夜の境目くらいの時間帯。本番が始まるまであと30分ほど。今日の準備にはかれこれ1時間くらいかかってたから、これからどこか手を入れるのは不可能だろう。それにリリィがせっかく頑張って作ってくれたフル装備を剥がすのも申し訳ない。
軽くため息をついて、姿見の横にあるソファに浅く座ると自然に背筋が伸びた。
リリィが薄いシルバーのたいへん触りごこちの良いショールを持って帰ってきた時、ようやく私は今日だけ女優になりきる決心をしたのだった。
コンコンと控えめなノックがして、入ってきたのはナーチルさんだった。
少し前まで自分のこの姿をどんな風に思われるのか、せめてナーチルさんの及第点でありますように、と気になって仕方無かったが彼の姿を見たらそんなことは吹っ飛んでしまった。
正装のナーチルさんの破壊力は凄まじいものがあった。
「軍服、なんですね…」
思わず心の声が漏れてしまった。彼は真っ白の軍服を着ていた。金や銀の控えめな装飾はあるものの通常胸に付いている勲章は無く、すっきりとして見える。以前ダンセンさんが軍服で仕事場に来た時は何やらジャラジャラと鬱陶しそうだった。服のデザインはほぼ同じだがダンセンさんの方は黒だったように思う。
ということは騎士団が黒で神殿が白、ということか。
と、頭では冷静に分析してみるけれどナーチルさんほどの美形が軍服なんて、萌え殺す気ですかと言いたい。
「そうです。神殿と騎士団に所属するものの正装は軍服と決まっています。…ノザキ様?」
しばらくほけーと見惚れていると、ナーチルさんに不審そうに名前を呼ばれた。
慌てて背筋を伸ばして、にっこりと意味深に笑ってみた。
「ナーチルさん今夜はとても素敵ですね。初めての事でご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願いいたします。」
ナーチルさんは少し目を見開いて、小さな声でこちらこそ、と呟いた。
その表情にしめしめと思いながらも、心の中では「私は女優、私は女優」と呪文のように唱え続けていた。
ナーチルさんと会場に入った瞬間、少しあたりがざわついた気がしたがそれ以外はいたって不自然なところは無いように感じる。まあ若い女性達の視線はチラチラと感じるけれど。美形に軍服だものね。仕方がないよ、私だってもっと良く見てたいよ。と、呑気な思考に陥る程には緊張もほぐれてきた。
特に安堵した理由が、ナーチルさん目当てに殺到するだろうと踏んでいた挨拶の数がほとんど無いということ。大まかな礼儀作法は習ったものの、専門的な会話に不安があったので本当によかった。
リリィには隣で微笑んでいれば大丈夫という、なんとも大雑把なアドバイスをもらっていたが。
「私、もっと人が押し寄せると思っていたので今とっても安心しています」
少しだけ肩の力を抜いてそう言うと、ナーチルさんは少し首を傾げて不思議そうに言った。
「そうだったんですか?私は貴族ではありませんし、繋がりたい家などほぼありませんから。」
後半は冷たく見える表情でそう言うが本当にそうなのだろうか。国1番の魔術師なのに?
そう疑問に思っていたところで今日の中で1番大きなファンファーレが会場じゅうに鳴り響いた。
「ノザキ様、王族が来られました。あそこにはあとで挨拶に行きましょう」
私だけに聞こえるよう屈んで発せられた低く落ち着いた声が耳元でするだけで赤面必須だが、今日の私は女優なので、なんとか余裕の笑みで頷いておいた。
王族が登場したことで、会場内の比較的親しいらしい貴族達が陛下へ挨拶を行っている姿が見えた。
ナーチルさんによると、人の数が非常に多いから夜会中に王族に直接挨拶できるのはほんの数組なんだとか。
そんな選ばれし者の中に私なんかが…!とおそらく顔に出ていたのだろう、ナーチルさんが素早く「今回はほぼ無理やり私を参加させたのが陛下ですからね、一応です。」とフォローしてくれた。でもナーチルさん、それフォローなってません…。
「おお!やっと出てきおったな根暗め」
「根暗はやめてください陛下」
「神殿に篭ってばかりいていつまで経っても嫁の1人や2人できんやつは総じて根暗だ」
「妻は1人でいいですし、その定義は破綻しております」
「ああ言えばこう言う!だからお前は童貞なんじゃ!」
「……」
少しドキドキしながら挑んだ挨拶だけど、ナーチルさんは初っ端から陛下に軽口を叩かれていた。いくらなんでも一応社交の場だからもっとちゃんとするかと思っていたが、さすが陛下、揺るがない。
この人うちの事務所入ってきてはお茶飲んで下ネタ散々喋って帰っていくようなお気楽じじい(心の中で呼んでる)だから、公の場ではどんなだろうと思ってたけど、そのまんまじゃん。
初対面の時の威厳はどこに行ったんだろう…なんて今更なことを考えていても仕方ないけど。
てか、ナーチルさん童貞なの?この顔で?
陛下の最後の言葉をスルーしたナーチルさんは、そっと私の背の向きを変えるように手を添えて、王妃様の方へと挨拶を始めた。
「陛下がごめんなさいね。今日は一段と素敵よナーチル。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
2人は後ろでわーわーとまだ騒いでる陛下を丸っと無視して話している。カスミと話をさせろー!って陛下、昨日も事務所来ましたよね。
「それにカスミさんも、今宵は本当に美しいわあ。こちらに座ってから1番に目が留まりましたもの。」
「もったいないお言葉でございます、王妃様におかれましては本日も大変お美しいですわ」
「あら、今日は固いのね?」
「ふ、ふふふふふー」
王妃様とも陛下を通じて、日頃からくだけた話し方をさせていただいてる身だけれど、さすがにこの多くの目がある場所でそれは無理ですー…と伝わるように苦笑いをしておいた。