過去資料
華麗なステップ、見事なターン、目の前で繰り広げられる素晴らしいダンスはとても自分ができるとは思えないほど素敵だ。
しかも、美男美女がくるくると舞っているのだ。
とても絵になる。
今日はダンスの練習初日。
王城の客間の一つに入ると、そこには懐かしい顔とそうでもない顔がひとつずつ。
1人は私が王城に滞在している間、専属のお世話係をしてくれていた侍女のリリィ。印象的な赤毛をきっちり後ろにまとめた少しつり目がちの瞳が魅力的な美人だ。
かれこれ1年ほど顔を見ていなかったが、彼女も確か貴族のご令嬢だったな、ダンスは朝飯前なのだろう。
そして、もう1人。
「え、ダンセンさん…?何やってんですか?」
「ああ、カスミ!よろしくな」
「よろしくなって…まさか!!」
「そうだ、俺がダンスの先生だ」
素晴らしい笑顔付きの彼とこんな会話をしたのがつい先ほど。
ダンセンさんって暇なんですね、と言ったら彼はめちゃくちゃ不本意そうに唇を尖らせた。
その様子をクスクスと笑うリリィと久しぶりの会話をしたところで、2人がまずはお手本となってくれるという流れになった。
聞いたことの無い音楽が流れている。三拍子だから私がいた世界ではワルツと呼ばれるものだ。こちらでは何というのだろう。
まあ、いいか。
それよりもナーチルさんがダンセンさんに講師を頼んだのだろうか。リリィについてはまあ分かる。ナーチルさんはリリィが私のお世話係だった事を知っているし、私の気兼ねが無いよう配慮してくれたんだろう。
ナーチルさんとダンセンさん、2人が会話しているのをほとんど見たことが無いが、私が知らないところで意外と仲が良いのかもしれない。
そういえばこの間もナーチルさんが私を探していたことをダンセンさんから聞いたし。
「はい、とザッとこんなもんだな」
2人が踊り終わって、こちらに歩いてくる。
今のを私とナーチルさんが踊るの?うわあ想像つかない。絶対私ナーチルさんの引き立て役にしかならない。しかも、あんなに顔も体も近いなんて…私絶対沸騰してしまう。
「カスミさま?どうかいたしました?」
「あ、いやー本当にこんなの2ヶ月で踊れるようになるのかなって…」
「大丈夫ですわ。カスミ様は運動神経がよろしいですし、順応性も高いのですぐに上手になられます。」
「それに、覚えるのはこの1曲でいいしな。あとは、慣れないとか何とか適当に言ってごまかせばいい。」
なんとなくごまかしたら、褒められた上に対処方まで教えていただいた。2人の言葉にようやくやる気が出てきた私はありがとう、と言って早速練習を始めることにした。
「カスミ様おつかれ様でございました。」
「いや、本当に疲れた。ダンセンさん私が赤くなってもいじらない人だからありがたいや。あとあの人めちゃくちゃ上手なんだね。最後の方は私勝手に足出せたし。」
「そうですわね、確かにダンセン様は侯爵家のお出ですから幼少の頃からみっちり教えられていたに違いませんわ。」
「へーそうなんだ」
ダンセンさんに急な仕事が入ったとかで騎士団に帰っていったあと、私達も部屋を出て世間話をしながら久しぶりの王城内を歩いていた。
すると、前の方を歩いていた侍女や騎士達数人がサッと廊下の端へ寄ったのが目に入った。
「第一王子が通られますわ。珍しいですわね、こんな所を通られるなんて。ささ、カスミ様もこちらへ」
「うん。」
リリィに言われて私達も廊下の端へ寄り、頭を軽く下げた。
陛下と王妃様、それに王太子達が通られる時は端へ寄って頭を下げなければいけないという決まりがある。日本でも侍とか大名がいた時はこんなんだったんだよな、確か。
そういえば陛下はこんな決まりは無くしてしまいたい、と仰っていたけど。
なかなか無くせるものでも無いだろう。なんせ王族の権力を示すためだ。
頭を下げているため第一王子の姿は見えないが、そういえばあの人とも2年ほど顔を合わせていないな。
と、そんなことをぼんやり考えていると、王子率いる数人の足音が私達の目の前で止まった。
止まったのはいいものの、誰も何も言わない奇妙な時間が流れた。私とおそらくリリィも頭の中は疑問いっぱいだろう。
側にいた側近の1人が
「殿下、ほら早くしないと」と王子を急かしている。
「か、か、カスミ・ノザキ」
とても緊張しています。と言わんばかりの上擦った声で呼ばれたのはなんと私だった。
え、どうしよう私なにかしちゃったかな…
最近あった仕事の内容をツラツラと考えながら「はい」と頭を下げたまま返事をすると、これまた上擦った声で「頭を上げよ」と言われた。
命令されたまま、頭を上げると2年前からところどころ少し角ばって男らしくなった王子がいた。
金の髪に青の瞳。目の前の彼はザ・王子のイケメンだ。確かニコル君と同じ歳だから、今年で19歳の筈。ふむふむやっぱり素材がいいとこうも見栄え良く成長するのか。羨ましい限りだな。
しかし私はこの人の事を少し苦手だったりする。直接なにか嫌な事をされたわけではないが、非常に絡みづらいのだ。
いつの頃からか私と話す時はかわいそうなほど真っ赤になってしまう彼。しどろもどろな会話は特に楽しいものではない。でもそれも2年前の話、今はどうだか分からないけど。
王子は私の姿をしばらくジッと見て、ボンっと音が付きそうなほどに顔を一気に赤らめた。
あ、治ってなかった。
「ひ、ひ久しぶりだな、カスミ。」
「はい、殿下。お元気にしておられましたか?」
「私は元気だった。」
「そうですか…」
こんな感じで特に盛り上がるわけでもなく流れるように会話が終わってしまう。なのに、殿下はまだまだ去る雰囲気は無い。
王城にいた時は週に何度か廊下で会ったりして会話していた記憶がある。あの頃は今よりももう少し話しやすい人だったはずだ。
私が城から出ると決めたあたりから、ずっとこんな感じで全く会話にならないまま。
何度か私の仕事場にも足を運んでいただいたが同じ状況になって最後は逃げるように帰っていかれるのが常だった。
多分私は意識されているんだろう。だけどずっと知らないふりをしている。理由は自意識過剰であった場合に恥ずかしいからと、面倒ごとに巻き込まれそうだからだ。
「カスミは、今度の私の誕生祝いに出席するそうだな?」
だいぶんと間が空いたあと、少し慣れてきた殿下に唐突に言われた言葉に少し動揺する。
「はい、場違いだとは分かっているのですが殿下にお祝いの言葉を届けられたらと思いまして。」
もろもろの事情をぼかしまくって話してるけど、これ嫌々出席するのバレたらやばいよね。不敬罪だよね。
「確か、神殿のナーチル殿のパートナーとして出るのだろう?」
ナーチルさんの名前をとても苦い顔をして言った殿下は赤面どこへやったんだと言いたいほどの不機嫌顔で聞いてきた。
「はい。私にはもったいないお話なのですが、厚かましくもお受けいたしました」
これは、不機嫌モード突入かな?
経験上、何度かあった去り際パターンを思い浮かべながら、ただ見た目には分からぬよう微笑んでいると、そうか、と溜息と同時にそのまま不機嫌も吐き出したような殿下は少し微笑んで言った。
「では、当日の君の美しい姿を楽しみにしている。」
おそらく素で言ったのだろう、そのまま殿下は廊下を颯爽と去っていった。
私はただただ殿下の言葉に驚いた。2年前ならここで不機嫌のまま「パートナーを変えろ」とか「夜会には出るな」とか出来もしないワガママも言っていた筈だ。それが今ではいっちょまえにあんなキザなことを言ってのけるなんて。
いやあ、大人になったなあ。