データ整理
次の日、私は昨日の衝撃からうまく立ち直れ無いまま資料倉庫の中の大量にある過去議事録の整理を行っていた。
ああ、夜会って何するとこなの?結局、ナーチルさんざっくりとしか教えてくれなかったし、誰かに聞いてみようかな…でも聞くにしたって私が夜会に参加する経緯から話さなきゃ駄目だろうし。
悶々と考えながら作業を行っていると、棚の間から声を掛けられた。
「ノザキさん、この会議の資料ってどこにまとめてありますか?」
背後からそう聞いて来たのは、本日の事務補佐であるニコル・イェン・ラン君だ。
事務補佐という役割は私が事務員になってから新たに作られたものだ。2〜3日に1回、騎士団の中の比較的若手の方がこうして手伝いに来てくれる。
これは、ダンセンさんからの配慮で実現したもので、力仕事を頼みたい時などに非常にありがたいシステムだ。
ニコル君のように何度も頻繁に手伝いに来てくれる人もいれば、はじめて見る顔もあるため当番制では無いと思うけど、どうやって決めているのかは分からない。
ニコル君はプラチナカラーの非常に美しい髪を、騎士らしく短く切っている。それでも、女の子かと間違うほどに可愛い顔をしているため2年前に初めて手伝いにきてくれた時から約半年ほどは本気で女性騎士だと思っていた。
「あーっと、それは確かここの棚の上にまとめておいたと思うんだけど」
ニコル君が探している議事録達はめったに閲覧指示のないものだったので、上の方にしまっている。
たまたま私が整理している棚の上だったので、手を伸ばして探ってみる。
「あれ?あ、違うや。これじゃない、こっちかな?…違う、んーと…」
ガサガサと棚に腕を突っ込んで探していたら、自然と背伸びをしていたらしく、バランスを崩してフラッと後ろの方へよろけた。
おっと、と体制を立て直そうとしたら、急に背中にぬくもりを感じた。これはもしかしなくてもニコル君だ。ギョッとして振向こうとすると、私の顔のすぐ横にトン、と手が置かれた。ここで叫ばなかった私を誰か褒めてください。
「ノザキさん、届かないんなら俺に言ってくれれば良いのに。…あ、ここですね。」
そう言って、持っていた資料を棚にしまうと、フッと背中のぬくもりは離れていった。
「あ、あ、ありがとう…」
一気に顔に熱が昇ってきて、なかなかニコル君の方へ体を向けられない。
この世界にやってきて5年、もともとあまり経験が豊富で無かった私は、こちらの住人のパーソナルスペースの狭さに、ほとほと参っている。しかも皆んな顔が整っている人ばかりで余計に熱はひかないのだ。
振り向かない私を不思議に思ったのか、彼は私の側へやって来て顔を覗き込んで来た。
「あ、ノザキさん、また顔が赤くなってる。すみません、俺学習能力がないっていつも怒られるんです。」
ニコル君は、あちゃーと片手を目にかけて謝ってくる。そして手の間からチラっと私を見てニヤリと笑うと、でも可愛いですね、となんとも軽く言ってくれるのだ。
彼は普段お姫様かと思うほどとっても可愛いくせに、こうしてイタズラっぽく悪い顔をする時は決まって男の子の顔になるから本当にタチが悪い。
「いや、ほんと私こそなかなか慣れなくてごめんなさい。もう25になるのに、お恥ずかしい…」
まだ19歳の男の子にからかわれているという自覚はあるが、こんな私が悪いんだしいい加減慣れなければとも思うので怒る気には到底なれない。
パタパタと手で顔の熱を冷ましながら、ふーっと息を吐くとニコル君は少し離れてくれた。
「謝んないでくださいよ。ノザキさんが男慣れとかしちゃったら騎士団のオアシスが無くなります。」
やたら真剣な顔でそんな事を言われて、ここらへんでようやく顔の熱がひいた私は、年下の男の子に気を使われて恥ずかしいやら情けないやら複雑な感情が渦巻き苦笑いした。
「そういえばノザキさん今日ボーッとしてません?何かあったんですか?」
その後も黙々とニコル君の隣で整理を続けていると、ふと気づいたように彼が聞いてきた。
さすが騎士団の一員の言うべきか、こういった人の僅かな変化にも敏感に反応できるニコル君はすごいと思う。
「いや、うん…まあたいしたことじゃないんだけど、ちょっと自分ではどうしようも無いというか、なんというか」
この時、ニコル君に夜会の事を聞いてみても良いかもしれないという気になっていた。
ニコル君はどこかの立派な貴族だ。公爵だったか伯爵だっか覚えてないけれど、夜会にだって何度も出ているだろう。
ただどう切り出したらいいか分からず、おかしな言い回しになってしまった。
やたら歯切れの悪い私に、ニコル君はカッと目を見開いて私の肩を掴んで自分の方へ向かせた。
「もしかして、ノザキさんまた変なやつに絡まれてるんじゃないんですか!?」
「うええ!違う違う!今は騎士団の近くに住んでるし大丈夫だよ!」
「そうですか?違ったなら良かった。何かおかしな事があるならすぐに言ってくださいね。」
私はコクコクと頷きながら、1年前のストーカー事件を思い出す。
ストーカーといっても、意味不明な手紙が何度か自宅に送りつけられて来たり、当時は騎士団や神殿から離れたところに住んでいたから通勤中に同じ人に何度も話しかけられたりしただけだから、全く自覚が無かったのだけど。
あの時は、ダンセンさんがその場に通りかかって、不審に思った彼が、騎士団に連れていって尋問したところ、私のストーカーだったと分かり、助かったのだけど。
それから私は陛下に半ば無理やり騎士団の近くに引っ越しさせられたのだ。
ホッと力を抜いて手を離してくれたニコル君をチラと伺って、こんなに私のことを心配してくれる彼になら、相談してもいいかもしれないと思った。
「ニコル君…相談したいことがあるんだけど、ちょっといいかな?」