プレゼン3
思っていたよりも長くなりました。
まだ続きます。
王子からの攻撃をナーチルさんに助けてもらって少し、私は大好きなお酒を既に3杯いただいてテンションもいい感じに上がってきていた。
美味しいお酒に美味しい料理、細身のドレスだからそんなに食べられないけど、隣を見れば極上の軍服イケメン。十分なおつまみですありがとう。
なんて、とても口には出せないようなことを考えながらナーチルさんと会場内を回っていた時、背後からナーチルさんへ声が掛けられた。
振り向けば、黒に僅か白を混ぜたようなグレーの頭のナイスバディな美女とナーチルさんと同じ軍服を着た紺色の頭があった。
「こんばんは。あなたたちでしたか、わたしに何か用ですか?」
「そんな冷たいことを仰らないでくださいな。私たちくらいは貴方様に挨拶させてください」
「そうですよ副神官長、それに隣の素敵な女性を紹介してくださいよ」
素敵な女性なんて爪の先ほどにも思っていないだろうこの2人は神殿の所属でナーチルさんの弟子だ。ナーチルさんが初めて取った弟子で、彼に心酔しきっている筆頭。
城に居る頃はナーチルさんに語学を教わる私が気に入らなかったのか、隙を見ては嫌味を言われたりしていた。
今でも頻繁にナーチルさんが事務所に出入りしていることを知って、昔ほどでは無いが、会えば何かしら言われる。さすがに慣れてきて今では健気で可愛いなとすら思えるようになった。
私の事なんてとっくに知っているはずだが、そう言えばこの5年間ナーチルさんの前で2人に会うのは初めての機会だ。
「おや、お二人はノザキ様に会うのは初めてでしたか。それは失礼、知っているとは思いますが、こちら神殿と騎士団の事務全般を担当しているカスミ・ノザキ様です。」
「はじめましてカスミ・ノザキです。5年前にこちらの世界にやってきました。異世界人ですが今後ともよろしくお願い致します。」
そんな事分かりきっているだろう2人に、めちゃくちゃしおらしく、それでいて丁寧に説明してやった。
2人はヒクと口の端を引きつらせながら笑顔を作るとそれぞれ自己紹介をはじめた。
「はじめまして、わたくしアディラ・キース・ルセファンと申します。以後お見知り置きを」
「はじめましてレディ、私はルーカス・キース・トンバルンと申します。アディラとは従兄弟にあたります。よろしくお願いいたします。」
5年居て初めて2人の名前を知った瞬間だった。
ずっと心の中で灰色と紺色って呼んでたからな。
従兄弟だったのか、どうりで嫌味の言い方が似ているわけだ。
灰色がアディラで、紺色がルーカスね。よし覚えた。
2人はナーチルさんの手前、その後も私に興味があるように見せるためいくつか質問をしてきたが、段々と飽きてきたらしい。ナーチルさんと仕事の話をしはじめた。
「なるほど、だから何回やっても駄目だったんですね」
「その場合は熱では無く反対の氷で膜を張ると上手くいくことがありますね」
「あ、では第3研究室の陣の場合は…」
3人の話について行けずチビチビとお酒を口にしながら右耳から左耳へ話を流す作業に没頭していたが、さすがに退屈してきた。
お酒も無くなりそうだし、新しいのを貰ってこよう。
ちょんちょんと2人の弟子から尊敬の眼差しを一身に受けている彼の軍服の裾を引っ張って注意を引くと、ハッと気づいたナーチルさんが私に振り返った。
「すみません、ノザキ様。つい話に没頭してしまって…」
「いえそれは構わないのですが、あちらで飲み物を取ってきてもよろしいでしょうか?」
弟子をちらりと窺うと、それくらい勝手に行けよと2人そろって顔にデカデカと書いてあった。
いや私もそう思うけど、会場に入る前に絶対に1人になってはいけないとキツくナーチルさんに言われてるんだよ。
「いえ、私も行きます。2人ともまた神殿で話しましょう」
「いやいや!お話を遮ってしまってすみません、ほんとにちょっとあそこに行くだけなので大丈夫ですから」
私も少し1人になりたいのです、と彼にしか聞こえないように苦笑いを添えて言うと彼は一瞬悲しそうな顔をした。
「わか、りました…配慮が足りず申し訳ありませんでした。でも絶対に知らない人について行かないでください。何かあれば近くの騎士団に頼ること。いいですね?」
「ふふっ、はい約束します」
まるで小さな子供に言い聞かすようだとつい笑ってしまった。
彼らから離れて飲み物を頼もうとしたが、飲んできた中に強いお酒も混じっていたのか少し頭がフラつく感覚があったのでお水にした。すぐにお持ちします、という言葉を受けて近くのバルコニーに出るともうすっかり夜も更けていて辺りは真っ暗だった。
少し寒いけどお酒のせいで頭も体も火照ってる気がするので丁度よかった。
「あなたが噂のカスミ・ノザキさん?」
しばらく風に当たってぼーっとしていると私が入ってきたバルコニーの入り口から1人の女性が出てきた。
「噂、かどうかは分かりませんがカスミ・ノザキは確かに私です」
相手は40代くらいだろうか、若い女性ではなさそうだ。
「そう、あなたがね…」
なんだか上から下まで値踏みされるような視線を受けて眉間に力が入った。
自己紹介も無しにジロジロと観察されていい気分はしない。
「あ!ごめんなさいね、さっき給仕からあなたへ水を預かったの。私あなたと話す口実に貰ってきたのだったわ。」
どうぞ、と歳のわりに可愛らしい笑顔になった彼女から水を受け取った。
「あ、りがとうございます…」
おそらく貴族の女性と2人きりという謎の緊張感とお酒の飲み過ぎで乾いてしまった喉をひとまず潤そうと一口水を飲んだ。
「ごめんなさい。では自己紹介をするわね。私の名前は…」
私が覚えているのはそこまでで、フッと目の前が真っ暗になって、次に目を開けた時見知らぬ部屋の床に寝かされていたのだった。




