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疾風迅雷乙女伝  作者: まろやか餅味
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第四話「別れと決意」

「お世話になりました。この恩はいずれ必ずお返しします。」


ビルさんは元々来ていた甲冑に身を包み、こちらに深々と頭を下げてくれた。


「来なくていいよ」

「そんなこと言わないの。いつでも来てください!」

「王都・ガルディアに寄ることがあったら騎士の駐屯場に足を延ばしてください。盛大に歓迎します。」

「はい!」


森の入り口付近で別れ、姿が見えなくなるまで大きく手を振り続けた。


「あんたは先戻ってなさい」

「ん?森の外に何か用でもあるの?」

「いいから戻りな、大人しくしてるんだよ。いつも通りにしてなさい」

「は、はい」


ミトお婆ちゃんいつになく真剣な面持ちで、どこかいつもの余裕が無い様に窺える。


「あのアホがもっと早く話せば.....いや私の油断か.....」


ブツブツと小さく漏れる声はよく聞き取れないが、のんびりしていると恐怖の拳骨が振り下ろされる可能性が高い。


(とりあえず戻って稽古でもしてよ)


そそくさとその場を後にする。


昨日から引っかかっていることがある。

『災禍の龍ディルガリウス』の存在だ。

ビルさんの話を聞けば山の様な巨体をしているとのことだ、湖の先にあるコルドロサ平野ならここからでも姿が見えたのではないか?

見えないどころか気配すら感じ取れなかった.....


「ミトお婆ちゃんが結界みたいなもの張ってるのかな?でもこちらから見えないのは違う?あー分けわからん!」


ここ数年で伸びた黒髪をぐしゃぐしゃにしながら頭を抱える。


「ミトお婆ちゃんが帰ってきたら聞けばいいや」


思考を止め、槍を強く握りしめ鍛錬を開始する。



=====



それから何度かミトお婆ちゃんが家を空けて外へ行く回数が増えていった。


ビルさんが旅立ちおよそ二ヶ月が経過したころだ。

その日ミトお婆ちゃんは戻ってくることはなかった。

こんなことは初めての事だ。

心の中の不安が膨らんでいくのがはっきり分かる。


「探しに行こう!」


時刻は動物たちが寝静まった夜深く。

槍と弓矢、ダガーといつも狩りで着る動きやすさを重視した薄手の皮鎧を着こむと家を弾丸の様に飛び出す。


「頼むから杞憂であってくれ」


森の入り口まで来ると一度立ち止まってしまう。

実は言うと生まれてこの方森を出たことがない。


「ビビるな俺」


ミトお婆ちゃんの命が掛かっているかもしれないとも思えば、足は軽くなったが・・・・・


ゴンッ


「!?」


見えない壁に弾かれてしまった。

ビルさんが森を出ていくのはこの目で見ていた。


「私だけなんでだ?このっ!どらぁ!!」


見えない壁を何度殴ろうが蹴ろうが突こうがビクともしない。

弾き飛ばされ続けて体中泥だらけになってしまうが、そんなこと気にしている場合ではない。


「ミトお婆ちゃん!!」


叫び声は虚しく夜の暗闇に消えていった。


「早く帰ってきてよ.....」


脳裏をよぎるのは災禍の龍ディルガリウスのことばかりだ。

不安で心が押し潰れそうになる。


グオンッ


見えない壁が波打つ。


「!?・・・誰かが入ってきた?ミトお婆ちゃん!!」


見えない壁が波打った方へと全速力で走り出す。

最初に見えたのはちぎれた老人の左腕。

そして次に目に映るのは左半身がほとんどなくなり、大量の血が流れだしているミトお婆ちゃんの姿。

月明りでもハッキリと分かる潰れた臓物。


「ぁぁあああああああああ!!」


駆け寄りミトお婆ちゃんを抱きしめる。


「一体何が!?どうしてこんな!!??」

「これ...を....」


ミトお婆ちゃんは微かに残る意識の中、一つの袋手渡してくる。


「死なないでミトお婆ちゃん!!まだ一緒に居たいよ!!」

「ヴェル.....生きて...あん.....は幸せ...る資格が......」

「待って!置いてかないでくれ!!」


返事はない腕の中のミトお婆ちゃんを強く抱きしめる。


「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


喉が弾けるほどの悲痛な叫びが森に響き渡る。


「お礼も何も言えなかった.....恩も返してない.....話したいことも教えて欲しい事も.....たくさんあったんだよ.....」


ミトお婆ちゃんの瞼をそっと閉じ、背中におんぶし落ちている左腕を拾い歩き始める。

血の匂いがするというのに肉食の動物たちが寄ってくる気配がない。

そんなことなど考えず、頭の中真っ白なまま歩き続ける。


「今日はね槍術の技見てもらおうと思ったんだ。やっと今まで出来なかった技がコツを掴めて来たんだ。」


どれだけ話そうが返事は帰ってこない。

それでも何度も何度も話し始める。


「明日はね・・・・・・」



=====



家の脇に墓を作り埋葬してから翌朝。

泣きつかれ墓前で眠ってしまい、ゆっくりと体を動かし墓をじっと見つめる。

酷く腫れた瞼と体中についた乾いた血が、昨日の事が夢でない事を分からせる。


「そうだ袋.....」


最後に受け渡された袋の紐を緩める。

中に入っていたのは・・・・・


「鱗?」


一枚の赤銅色の大きな鱗だけである。

これが何の鱗なのか、どういう意味なのか分からないが.....


「これのためにミトお婆ちゃんは命を懸けたんだ、意味は自分で探しだせばいい」


強く握りしめ溢れ出す涙を袖でふき取り、勢い良く立ち上がる。

そのために必要なのは力だ。

まだまだ足りない、必ず敵を討ってみせる。


「ミトお婆ちゃん.....俺、努力します。あなたが胸を張れるような孫になります。見ていてください」


槍を握りしめ森へ駆け出していく。

その背中は儚げで今にも崩れ落ちそうに、けれどもその足は力強く前へと進んでいく。

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