第三話「友」
「せい!はっ!!」
槍の鋭い二連突きは目標にはかすりともしない。
「くっ...おらぁ!」
突きの速度が加速していくが全ていなされ、躱されると同時にカウンターを受ける。
一方は全身から汗が拭き出し息も上がっているが、もう一方は涼しい顔でこちらの攻撃を待っている。
「はぁぁぁぁっっっ!!」
「・・・・・」
隙だらけの足元を払われ体制を崩されるが、地面に手をつき肘をバネの様にして曲げ飛び蹴りを放ちにかかる。
「温い」
蹴りを放つ前に腹に一撃を加え地面に叩き落とし、喉元に槍を突き付けられる。
「ま、参りました.....はぁはぁ」
「槍に使われてどうする馬鹿者。」
ミトお婆ちゃんはへたり込むヴェルに強烈な拳骨を振り下ろす。
「ぐえっ!しょ、精進します」
「お前に才能はない、努力しなさい」
「はい」
才能がないと言われたのは槍を握ってから三日目の事だ。
当初はムカついたしいい気分になれなかったのだが、真摯に接し俺のことを考えてくれているとすぐに理解できた。
どちらかと言ったら「努力」という言葉の方が心に刺さる。
今までの俺を見透かされている気がしてしまう。
「その歳でそれだけ動けるのは相当なものだよ」
「ありがとうビルさん」
ビルさんの怪我もだいぶ良くなってきたらしい。
そろそろお別れだと思うと寂しいが、ビルさんには家族が待っているのだ。
「水浴びしてきます」
「ついでに洗濯物も頼むよ」
「へいへい」
これもいつもの朝の日課で手慣れたものだ。
「ビルこっちに来な」
「はいミトさん」
2人は家の中に戻っていく、おそらく診察だろう。
最初と比べればミトお婆ちゃんもビルさんに少しは気を許したものだ。
「さてスッキリしますかな」
湖軽い足取りで鼻歌を歌いながら湖に向かい歩き始めた。
=====
その晩、いつもの語り場である大樹の根元に二人の影。
「今日は君に大事な話があるんだ」
開口一番にビルさんは真剣な表情でそう切り出す。
「はい」
「もう足は治り体も健康だ。明日にはここを出ようと思うんだ。」
「!?」
近々出ていくとは思っていたが、あまりの唐突なことに面食らってしまう。
「随分急なんですね」
「あぁここは居心地が良すぎるんだよ」
「?」
「それに君を見ていて決心がついたんだ」
ビルさんは星空を見上げる。
横顔は幸せそうにも寂しそうでもある複雑な表情をしている。
「決心?」
「もう逃げないと心に誓ったのさ」
「え?」
「僕はねここに来る前に友も仲間も.....家族も見捨てて逃げ出してきたんだ。」
ビルさんは「ははっ」と乾いた笑いを漏らした。
開いた口が塞がらない思いだった。
今までビルさんはあまり自分の過去を話したことがない、言わないのなら言及する気はなかったがまさか自分から話し出すとは思いもしなかったのだ。
「この先の湖の先にコルドロサ平野が広がっているんだ。そこで戦争があったのさ。友軍5000に対し敵軍2万の大軍勢、最初は皆を守らねばと戦い続けたんだ。」
「うん...」
「その後も遅れてきた援軍1万が加わり一気に優勢に躍り出た・・・・・と思われた。」
「・・・・・一体何が起きたの?」
ビルさんの表情は更に暗くなる。
「そいつは何の前触れもなく空を割り現れたのさ」
「・・・・・そ、それってもしかして?」
ある一文が脳裏をよぎり背筋が凍る。
『赤き血を求め天を穿ち顕現せしは、恐怖の化身たる災禍の龍-』
「ディルガリウス.....」
「あぁそうだよヴェル。山よりも巨大で黒き鱗は禍々しく、あの深紅の瞳は今でも思い出すと足がすくんでしまいそうだ。」
『パキストの英雄譚』にも登場する古の時代のドラゴンである。
パキストとイグノート、数多くの仲間の犠牲と神の助力でやっと撃退できる化け物中の化け物である。
おとぎ話の類だと心のどこかでそう思い込んでいたのかもしれない。
「ただ降り立ち咆哮を上げただけで敵軍は壊滅し友軍も半数以上の命が散っていったよ。私は負傷者として前線を離れていたのと奴が降り立ったのが敵軍寄りでなかったのなら、私はここにはいなかった。助けを求めるもの手を払い、ただ自分が生きたいと醜悪に生にしがみついたのさ」
滑稽だろ?と涙を流しその表情は痛々しく目を離したくなる。
「醜くなんかないですよ。滑稽でもありません。あなたが死んでしまったら奥さんや息子さんが悲しみます。俺もビルさんの話が聞けないのは寂しいです。それと人に物言えるほど人生送ってませんが・・・・・」
一度言葉を区切り、大きく息を吸い込む。
「生きることの何が悪いんですか!!助けなかったのならその人の分までしゃんと背を伸ばして前を向きくんです。これで許されるわけでも、免罪されたわけでもないですし気休めにしかならないちっぽけな事です。でも!それでも背中を丸めて下を向いたままじゃ救える人も救えなくなります!!」
ビルさんは泣きながらありがとうと深く頭を下げる。
「改めて決心がついたよ。本当に君に会えてよかった、ヴェルには救われてばかりだな。」
「ど、どういたしまして」
「話してすごく楽になった、君は本当に子供なのかと思ってしまうよ」
「アハハ!ソウデスカ」
それからは夜通しビルさんと語り合った。
今日ぐらいはミトお婆ちゃんも多めに見てくれるだろう。
確かに短い付き合いではあったが歳も離れた性別も違う二人の間には友情と呼べるものが芽生えていた
ミニタイトル「こんなこと考えてました」
「今日は君に大事な話があるんだ」
(ま、まさか妻子持ちが幼女に告白.....事案発生!?)