プロローグ
俺の命を刈り取らんと銀に煌く剣の切っ先が迫る。反射で背を逸らすと、ソレは目の前数センチを抜けていった。
顔を隠す為に付けている白の仮面が、びしっと音を立てる。剣先が僅かに掠ったらしい。
だが、死の恐怖に怯えることはない。そんな感情などとうに捨てたのだ、俺の心を占めるのは燃え上がるような感情だけ。
悪は絶やさねば。この世界の隅から隅まで、劣悪な感情を持つモノを殺し尽くさなければ。
「――<終撃・断>!」
全身から魔素が汲み上げられ、俺の言の葉に応えるように空間に断裂が奔る。
天を貫く程の黒の衝撃が生まれた。世界を砕かんばかりの衝撃、そして強烈な嫌悪感を感じる音が耳を貫く。
全ては俺の目の前に立ち塞がる女を殺す為だけのモノ。常人であれば触れるだけで肉体さえ残らないほどの衝撃を前にし、そいつは平然と笑ってみせる。
「――<聖典・不滅ノ盾>」
黒の衝撃波を受け止める程の強度を持った聖なる盾。神の加護を受けた光の盾は黒の衝撃と混じり合い、暴力的な魔素を周辺へ撒き散らかしていく。
ああ、知っていたさ。俺の固有スキルを持ってしてもお前の護りは破壊できないと、貫くことは出来ないと。
だが俺にはお前の護りも、あらゆる加護を無視してお前を殺す方法がある。タイミングは一瞬。そう、あいつが俺の<終撃・断>を受け止めたこの瞬間。
そんな馬鹿げた力を持つ盾を生み出すんだ。当然、魔素も湯水の如く使うのだろう?
何せこの世に数本しか存在しない神級武器、<必滅の神槍>さえ防ぎ切るんだから。
「こんなものじゃ私は止まらないよ、いい加減に諦めなさい。魔王もここまで、これ以上死人は出したくな――」
「あぁ、これで終わりだ。ずっとずっと待っていた、お前が俺の目の前で<聖典>スキルを連打する、このタイミングを」
保有している魔素量は、単純に魔術抵抗力になる。特に外部からの干渉に対しては、魔素が全快のものと、一割しか残っていないもので抵抗力に大きな差が出るのだ。この世界で魔術師は、魔術を使い、魔素を消費すればするほど、魔術に弱くなる。故に魔術師同士の戦いは先手後手の選択が非常に重要となり、こんな俺とあの女のように魔術を連打したり、スキルを使用したりなどは有り得ない。
単純な魔素総量でいえば俺はこの目の前の女に負けている。だからこそ俺は今の今まで、この手段を取ることが出来なかった。
だがその魔素による抵抗力という要素は逆転した。この場に辿り着くまで、多大な犠牲を払い幾度も使わせた女の固有スキル<聖典>。<聖典>、それは莫大な魔素を消費し、あらゆるモノから護る最強の防陣魔術。
しかし<聖典・不滅ノ盾>を使わせたこの瞬間だけは、魔素の自動回復分を含めても、俺の方が総量は上。
相手を直視する為に、今まで顔を隠していた白色の仮面を外す――。
「……このイージスがある限り魔王、あなたは私を傷付けられない。いい加減に理解して、万に一つも勝ち目なんてない……こと……を……」
女の顔に動揺が広がった。なんだ、仮面の下は醜悪な化け物の顔でも思っていたのか? 普通の人間の顔で悪かったな。
最後だと思えばそんな失礼な反応も笑って許せる。
これで一番厄介だったものを排除出来ると思えると、自然の口の端が釣りあがるように笑いが込み上げてきた。
「なんで、浅間が、そこに――」
「死ね、白神桜」
驚愕の瞳。黒真珠のようなそれが見開かれた。そうだよな、お前は知らないよな。一切俺の名前が外に出ることのないように、今の今まで隠してきたんだから。
相手を直視し、スキルを発動させた。魔素の消費は無い。そういう類の魔眼だからだ。俺の宣言と共に目の前の女の体はいとも簡単に地面へと崩れ落ちる。女の体から溢れていた神聖な魔素は消滅し、地面に身を投げ出したその姿はまるで壊れた人形のようだ
同時に女のスキルによって生み出されていた<聖典・不滅ノ盾>も霧散。神の加護を受けた盾が消失し、残った俺の黒の衝撃波が、背後に控えていた兵士を簡単に蹂躙し、殺し尽くす。漆黒の衝撃波はこの世界の人間共が使う魔術などでは防げない、魔術の根底に存在する<魔術強度>に格の差が有り過ぎるのだから。
目の前で次々と四肢を千切り飛ばされ、頭を砕かれ、押し潰され、死んでいく有象無象。
「……止まってたまるか。俺は魔王だ、全員殺すまで、劣悪な下郎共を葬るまでは、死ねん」
これは、とある魔王の物語。
救いの無い残酷なお話だ。
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