とある隠しキャラの考察
俺は、所謂転生者というやつだ。乙女ゲームの世界に転生したことに気付いたのも束の間、『俺』は男のはずなのに、女として生を受けていた。そのことに驚いたと同時に、様々な家の事情が絡み、俺は男として振る舞うことになった。
俺はそれに疑問を抱いていなかった。なぜなら、俺、『カミーユ・ロラン』は乙女ゲームの隠し攻略キャラ、つまり、『男』だったからだ。だから、女に生まれた間違いを正すためにこうなったのだろうと結論づける。ただ、それは間違っていた。
というのも、この乙女ゲームのキャラクターが、全員性別が変わっていたのだ。男は女に、女は男に。社交の場で出会った他の攻略キャラが、性転換したらこうだろうというそのままの見た目で、しかもポジションや名字が同じときたら、気付くのは容易かった。
俺はできる限りカミーユらしく振る舞うように勤めていた。男として振る舞うことも特に苦痛ではなく、自然とできていたと思う。だからこそ、ほんの少し、女であるというのが正しいならこれはまずかったのでは、と思わなくもない。しかし、今更どうにもならないのでそのまま既定路線を進み、魔法騎士団に入団する。
そこで出会ったのは、驚くことに俺と同じ転生者―――シャルロットだった。彼女の存在に俺は大いに安心したし、転生者同士というのもあり、本当の意味で気心の知れた初めての友人を俺は大事に思っていた。
……ただ、この友人がとても手のかかるというか、問題を起こすというか、困った存在だったのだ。勿論、そんなところも可愛いと思うけれど。
▽
ところで、このゲームの設定をもう一度思い返そう。
このゲームは「煌く光に導かれて」という、所謂乙女ゲームだ。ちなみに、ファンディスクとして「煌く光に導かれて~恋の魔法を再び~」が原作の数年後に出ている。人気作、と言っていいだろう。
攻略キャラクターは俺含めて4人と少ないが、エンディングが多岐に渡りボリュームがある、らしい。俺は原作の方は人づてに聞いただけなので、詳しくは知らない。諸事情で実際にプレイすることになったのが、ファンディスクの方だ。
ファンディスクには後日談や、新しいエンディングが変わった、また別の形の本編が収録されたのだが、そこで追加された攻略キャラクターが、悪役令嬢の側近、『シャルル・ミュラトール』だ。彼は初期本編では立ち絵が存在せず、また、名前もファミリーネームは出てこないし、伯爵家の子息だということも出てこない。設定もそこまで深められていなかったのだが、一部のファンの声に答えて攻略キャラとして追加された。そこまでは良い。
―――ただ、このシャルルルート、ゲームの中で最難関だったのだ。
俺も、とても苦労した。その理由は簡単で、悪役令嬢が、それはもう他キャラの比ではなく立ちはだかるのだ。
悪役令嬢クロディーヌは、シャルルのことを一番大事に思っている。それは、本人は名言していないがある種の恋心だろう。だからこそ、シャルルを主人公に渡したくない、それ相応の力がないと認めないという想いから、他キャラの時の数倍は邪魔をしてくるし試練も与えてくる。ファンの間ではチート令嬢とすら言われたクロディーヌだ。彼女に認めてもらうには厳密なフラグ管理と選択が要求された。
シャルルエンドは少なくたった二種類。友情エンドか、恋愛エンド。しかも、この恋愛エンドというのも恋人になるのではなく、これから恋が始まるといった具合で……これからはクロディーヌではなく、貴女のことも大事に想いたい、とか、そんな感じである。それでもクロディーヌ様万歳のシャルルにしては大きな進歩である。しかも、恋愛エンドにいくにはシャルルの個別ルートに入った後に、完璧に、100パーセント、正解の選択肢を選ばなければならない。どんな鬼畜仕様だよ、と言いたい。
シャルルの個別ルートに入る合図となるイベントが、『シャルルがクロディーヌを庇って怪我をする』というもので、まずそこで出てくる選択肢の正解を選ばなければその先のイベントは起きず、友情エンドとなる。恋愛の可能性を残すためには、『クロディーヌが大事なのも分かるけれど、もっと自分のことを大事にしてほしい』と叱る選択肢を選ばなければならないのだ。そうすれば親密さを上げるための小さなイベントがいくつか起こり、好感度が上がると最後にクロディーヌの婚約話が持ち上がる。といった流れだ。
……さて、ここまで俺にはゲームの知識がある。特にシャルルルートは何が何でもと頑張ったので、記憶に深く刻まれている。決して、乙女ゲーム趣味の男だったわけではない。諸事情だ。
この知識を有して同じ転生者のロティと話したときに、彼女と俺の間で、当のゲームについて大きな認識の差異があるということに気付いたのはすぐだった。彼女の話を聞いていると、どうも彼女はゲームを本編しかやっていないらしい。記憶がないのか、やる前に死んだのか、どちらかは分からないが、彼女の中にファンディスクの存在はなかった。
普通なら教えるところだが、俺は様々なことを考慮し、現在進行形でそのことを黙っている。俺は女なのに男として振る舞っている時点で、この先の色々には期待をしていない。むしろ、中身は男だから自分でもどうなるのか分からない。ただ、ロティは違う。彼女は今を純粋に生きているし、純粋にクロードを慕いニコラを友人だと思っている。だから、知らない方が良いと思ったのだ。
―――――俺は、初めてロティを見た時に、それなりに感心した。
『なるほど、シャルルが女だったらこうなるのか』と。
▽
俺からすれば、ロティの発言には突っ込みどころ満載だった。
「隊長が二年もあるのに攻略キャラ誰ともくっつかない」
それは、お前以外の親しい者は知っているが、どう見てもクロードはお前のことが好きだからだ。
「主人公のイベントに介入できた、モブなのに」
モブじゃなくてお前は攻略キャラだ。
「最近主人公にあてられてる気がする。モブにも力を発揮するなんてすごい」
それは、順調に主人公に攻略されているからだろうな。
「結局イベントは起こってない」
お前が気付いていないそれはシャルルのイベントだ。
「イベントが起こってないのに、何故か隊長と主人公の敵対イベントが起こっている」
ちなみにそれもシャルルのイベントだ。
……まあ、それは抜きにしてもクロードはいつか言っていただろうが。
そんな言葉を飲み込んで、俺は地道にロティが暴走しないように誘導をしている、つもりだ。ロティは俺になんでも相談してくれるので、今ニコラとどういう状況かもわかりやすかったし、イベントの予想もできた。
ただ、予め分かっていても、あの怪我の時は少し肝が冷えた。事前に防げるかは微妙だったので、その後の治療を滞りなくできるような準備は完璧にしていた。そのおかげか、ゲームほど重症ではなかったのが救いだ。そして、そこでニコラは正解の選択肢を選び、無事にシャルルルートに入ったといえる。
その後悪役令嬢の婚約イベント―――あれの婚約相手は逆に好感度が一番低いキャラになるので、一応メインを張っているフランソワーズ様だったのは驚いた。彼女は一番好感度が上がりやすいキャラだったが……まあ、ロティが自ら進んでニコラと関わっていた時点で、他の人間との交流がどこかおかしくなるというのは考えられる。
そもそも、こうなるのは二コラが入団するまでにクロードがロティに告白しなかった時点で決まっていたようなものだ。斜め上を行くロティは必ずニコラに接触すると言っても過言ではなかったし、最難関キャラが自ら接触して友好的になるのだから、ゲームより簡単に好感度が上がるに決まっている。
あのバカ、じゃない、クロードがロティに早く告白しないからこうなったのだ。まあ、あいつもなんだかんだロティを大事に想ってるからこそだろうけど。ニコラが来るまでの二年間、「うかうかしてると取られるかもしれないぞ」と何度言いかけたことか。
俺はロティが幸せになれるならどっちと上手くいっても良いと思ってるし、これぐらいの方がロティに誰が相応しいか分かるだろうと思っている。だから、ロティのフォローをしつつ、こうしてシャルルイベントが消化されるまで見守っていたわけだ。
――――――結局どのエンディングになったのかって?
婚約後にロティが襲われるのも、勿論イベントのうちに入っている。だから俺はあの日、不自然に気をつけろと言った。
あれは主人公が助けに来るイベントで、どんな選択肢を選んでも悪役令嬢が助けに来ることは有り得ない。ただ現実は、伝令が来た時クロードが真っ先に飛び出してロティの元に行ったし、ニコラの出る幕は無かった。
つまり、ついにゲームのシナリオから逸脱した、ということだ。
これから先は俺も予想できない、ゲームに無かった未来になるんだろうな。
……ちなみに、ロティの中に恋愛感情はまだないと思うぞ、俺は。
分かりやすい伏線ではありましたが、シャルロット=シャルルというお話しでした。ちなみにロティはシャルルはいないなあと思ってますが、その立ち位置が自分だと言うことには気が付いていません。