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008

「自殺ウイルスは、人間の尊厳を失わないために開発されたものだ」

「開発『された』? 開発した人間が居るということですか」

「ああ、そうだ。そいつの名前はスーサイド。私もそれしか解らん。だが、私は彼に絶対的な信頼を置いていた。警察の尊厳を損ねようとしている人間を貶めるために、私は自殺ウイルスに手を出した」

「そして警察批判のサイトにばら撒いた、と」

「結果は思った通り、いや、それ以上だった。不可解な自殺が増えてから私は嬉しかったよ。粛清は成功した。警察の意義を揺るがそうとした人間は、自らの手でその命を絶った、とな!」

「貴様……!」


 クザンは今すぐにでも殴りたかった。

 だが、それを抑え込んだ。そんなところで感情的になってはいけないと思ったからだ。

 いや、それ以上に。

 彼以上に殴りたいと思ったのはシキガワの方かもしれない。

 シキガワは幼いころ――親友を自殺で失った。

 その兆候に気付かなかった彼女自身を、いまだに責めていると聞いたことがある。深夜、署に残っていると彼女の啜り泣く声が聞こえて来るほどだ。


「一応言っておくけれど、自殺を崇高なものと思っているのなら、大間違いだよ」


 シキガワは、ヨミシマの手に手錠をかけながら言った。

 彼女の話は続く。


「自殺も選択の一つであることは確かだろう。けれどそれは間違った選択だと私は思っている。……自らの手で、無限に広がる自らの選択肢を潰すことになるのだから」

「その無限に広がる選択肢を潰したのだよ! 警察に楯突いたからだ!」


 ハハハ! と高笑いするヨミシマに、シキガワはもう我慢できなかった。

 パシン。

 気付けば彼女はヨミシマの頬を平手打ちしていた。


「あんたねえ! さっきから聞いていれば……。自殺のつらさを何も知らないくせに、何言っているのよ! いいや、自殺するまでに思い悩んだ人の気持ちだけじゃない! 自殺したあとに残された家族の気持ち! あんたはそれすらも踏みにじった! 家族だけじゃなく、大切な人も、友達も……。一人が自殺したら、残された人が悲しむということ。あなたはそれを知らない! そして、あなたはその気持ちを土足で踏みにじった! 絶対に、絶対に……許さない!!」


 クザンはこれ以上話していても何も変わらないと思い、ヨミシマを連れていく。

 ヨミシマの表情は少しだけ落ち着いたように見えたが、未だ反省の色は見えない。

 当然と言えば、当然のことかもしれない。

 そして廊下を三人は歩いていく。



◇◇◇



 屋上。

 シキガワが缶コーヒーを飲みながら空を眺めている。

 そのところにクザンも入っていく。


「しかし、よく解ったね。ヨミシマが犯人って。あの資料が無かったら導き出すことも出来なかったろうに」

「資料? ああ、あれね。あれ、実はデタラメ」

「……えっ?」


 クザンは突然のことに、何も反応できなかった。

 シキガワは笑みを浮かべる。


「だってパスワードとか解らなかったし。けれど、あいつが犯人って何となく解っていた。だから、カマをかけたのよ。あいつが犯人だという証拠を、偽装までしてね。結果、作戦は成功。ヨミシマが予想通り犯人でした……ってわけ」

「……なんというか、君ってすごいね」

「そうかしら?」


 彼女は缶コーヒーをすする。

 自殺した人間の思い――それは彼女には解らない。

 だが、自殺した人間が最後に遺した言葉なら――聞いたことがある。

 彼女の親友であり、かけがえのない人が言った言葉。



 ――自殺することは私の選択だから、止めないで。



 彼女はその言葉通り、自殺した。

 そしてシキガワはその言葉通り、止めなかった。

 いや、止めることが出来なかった――の方が正しいかもしれない。

 どちらにせよ、未だ彼女はそのことを後悔していた。あの時、彼女を止めていればよかったのではないか、ということを。

 あの時彼女を止めていれば、今まで苦しめられることも無かったのではないか――そう思っていた。


「シキガワさん?」


 クザンに呼び掛けられ、彼女は現実へと帰還する。


「どうしました、難しそうな顔をしていましたけれど?」

「いいや、別に。何でも無いよ。……さて、そろそろ勤務に戻るかね」


 そう言ってシキガワは空になった缶コーヒーをもって、屋上を後にした。

 クザンはそれに違和感を抱きつつも、彼女についていった。

 そして、屋上の扉が静かに閉められた。


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