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003


「ったく、あのヨミシマってやつ、ほんとうにむかつく!」


 居酒屋、とりとり。

 新瑞警察署から少し離れたところにある居酒屋である。カウンターと奥にある座敷席で構成されている店内の、一番奥の座敷に二人は腰掛けていた。

 一人はシキガワ。

 そしてもう一人は彼女とともに仕事をしているオペレーター、クザンであった。

 クザンはシキガワが酒を飲むときの、愚痴聴き係になっていたのである。


「まあまあ、あまり個人名を出すのはよろしくないと思いますけれど? まあ、ヨミシマさんが大変なのも解ってあげてくださいよ」

「何が? あいつだって、警視庁からの天下りめいた何かでしょう? そんな人間の直下について、あいつの言葉をぺこぺこと頭を下げて聞くことがもう面倒! どうせなら、もっと人間性の高い上司に来てほしかったよ、ホント」


 そう言ってビールジョッキを一口。

 ちょうど空になったので、カウンターの方に向けてジョッキを掲げながら、


「店長、カルーアミルク!」

「そんな高級志向なもの、うちにはおいてねえっての!」

「じゃあぶどうサワー!」

「了解」


 店主は無造作にそれだけをいって、カウンターの奥に入っていく。

 今、店の中には彼らしかいない。別に貸し切りというわけではなく、大抵のタイミングで貸し切りのようになってしまっているのである。

 ぶどうサワーが来るまでの間、二人は歓談することとなった。


「それにしても……気になりますよね」

「ん、何が?」

「その少年の話ですよ。だって、死にたいと延々呟いていたんでしょう?」


 焼き鳥を串から外して頬張るクザン。

 それを聞いてシキガワは空のジョッキを見つめる。

 こういう時は何か考え事をしているか、物思いに耽っているかのいずれかだ――長い付き合いの彼は、そういうことも解っている。

 だから、あまり口を出さないようにしている。行動を阻まれた彼女の恐ろしさを知っているから。


「……確かに、そこだけが謎のままだ。それを伝えても、ヨミシマは言わずに、ただ上に伝えるとしか言わなかった……」

「もっと何か隠されていることがあるとか?」

「ただのスピード違反じゃない、と?」

「さっきから話を聞いていたら、とても物騒な話になっているじゃないか」


 そう言ってぶどうサワーを持ってきたのは、この店の女将さんである。

 とはいえ、その年齢は(自称)二十五歳。店主の娘である。


「お、ぶどうサワーありがとう」


 ぶどうサワーの入ったジョッキを受け取るシキガワ。

 空のジョッキを回収して、女将は立ち去る――と思いきや、そのまま彼女たちの石に居座った。


「さっきの話だけどさ、一つ聞いたことがあるよ。都市伝説というか、ネット上で実しやかに語られているおはなし」

「まーた、始まったよ。女将さんの戯言。どうせ、嘘なんでしょう?」


 クザンはまともに話を聞く様子が無かったようだ。

 だが、シキガワは違った。


「どんな話だ? 聞かせてくれ」

「合点承知。あのね、ボイスチャットサービスって聞いたことがあるかい?」

「まあ、名前とサービス概要だけなら。インターネット回線を利用して、音声で会話できるのだろう? 音声通話設備をもっていない人とは、チャットでも会話できる……。一昔前に流行して、今は一つのインフラとして確立しているサービスのことだ」

「その通り。よく知っているねえ。……ま、それはさておき、私も登録しているわけだよ。あそこはただのボイスチャットだけじゃなくて掲示板やゲーム、プロフィールも公開できるのよね? それで、私もちょくちょく暇な時間に掲示板を見ているのだけれどさ……」


 そう言って女将はスマートフォンを取り出し、操作する。

 暫くして、女将はスマートフォンの画面を二人に見せた。

 そこには、こう書かれていた。






 『自殺ウイルス』。

 そのウイルスに感染するには、とあるウェブサイトを閲覧することが条件となる。

 しかしそのサイトが特定されることは無く、一定時間を過ぎれば効果は無くなってしまう。

 効能は単純明快で、虚無感ののち、自殺をしてしまうというもの。現に、今年亡くなった自殺者の半数以上がウイルスに感染していたものとみられる。





「……何よ、これ」


 そこまで読んだところで、彼女はあきれ返ったような溜息を吐いた。


「私だって、最初はそう言ったわ。掲示板の流れだって、ほら」


 そう言って女将は画面を下にスクロールさせていく。

 そこには殆どがそれを批判する声や、現実視していない声だった。


「そして最後に、こう書かれてスレッドを立てた人間の書き込みは終わり」




 ――もうこれが最終通告だ。

 ――この世界は自殺に塗れるべきだ。

 ――数日後より、日常的に何もなかった人が突然死について語り始めたのならば、用心したまえ。





「……シキガワさん、これってもしかして……」

「あの少年が、車を運転して、どこか適当なところで事故でも起こして死のうと思った、ということ?」

「そういうことになる、だろうね」


 クザンは言って、御猪口に残っていた日本酒を飲み干す。


「……何だか、また小難しそうな話になってきたから、私はお暇するよ」

「ありがとう、女将さん。それと、日本酒おかわり」

「そんなに飲んだら内臓壊しちまうよ! ……まあ、あんたならそれも無さそうだけど」


 そして女将はカウンター内へと入っていく。

 二人の夜は、まだまだ続く。

 酔いが進んでいくのも、夜が更けていくのも、彼女たちにとってあまり関係なかった。


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