水竜と少年
森の近くに小さな丸木小屋がありました。
そこにはロニーと父親と母親の三人が住んでいました。
ある晩ロニーは父親ととてもはげしいケンカをしました。
「ぼくはもう、この家には帰ってこないんだ」
そう言って家を飛び出し、森の中へと入っていきました。
木々の合間を縫って、月明かりの道を進んでいくと、やがて大きな湖の畔に出ます。
「森にこんな大きな湖があったなんて!」
ロニーは感激して叫びました。
すると突然湖に小波が広がり、水面から一匹の水竜が顔を出しました。
水竜は見る見るうちに首を高く伸ばすと、ロニーの方へ頭をもたげて言います。
「やあ、これは奇妙な生き物だぞ。ウサギよりも大きいが、シカよりは小さい。おまえはいったい何者だ?」
ロニーはビックリしてすぐには言葉が出ませんでした。
「ぼくはロニーさ! きみは?」
やっとのことで返事をすると、水竜は不思議そうにうなずきながら、
「わたしはウォーター・ネルーダだ」
と名乗りました。
ロニーは自分が人間という生き物であることを説明すると、ウォーター・ネルーダは長い首を横にふり、
「それならここに住まわせるわけにはいかない。この森に人間は住めない決まりなんだ。人間は他の動物をいじめるんだろう」
と言いました。
「そんなこと言わずここにおいておくれよ。ぼくは動物をいじめたりなんかしない、ちかってウソは言わないよ」
するとウォーター・ネルーダはとても不思議そうな顔をしました。
彼にはウソというものが何なのかわからなかったのです。
「ウソとは何だい?」
「ウソというのは、つまりその……心にもないことを言うってことさ」
ウォーター・ネルーダは再び首をふります。
「わからないな。言葉は心に思ったことを伝えるためのものだろう?」
ロニーは困ってしまいました。
ウソをどう説明すればいいのかわからなかったのです。
その様子を見て、ウォーター・ネルーダはロニーのことがあわれに思えてきました。
「よろしい。君を特別にここへ住まわせてあげよう」
ロニーは飛び上がって喜びます。
「ありがとう! でも、動物たちがぼくを怖がったりしないかな?」
「この森の王さまであるウォーター・ネルーダが許したと言えば、だれも君を嫌ったりはしないさ」
こうしてロニーは湖の畔でウォーター・ネルーダと暮らすことになりました。
それから半月あまりが経ちます。
森の外ではロニーの両親が彼のことを心配していました。
ロニーの父親はもう何度も森の中を捜したのですが、見付かりません。
しかしある月の明るい晩、光に照らされた小道を辿って森を進んでいきますと、そこに見たこともない湖が広がっているのを見つけました。
「やあ、また人間がやってきたぞ」
と、ウォーター・ネルーダが水面から首を出して言いました。
父親は思わず尻もちをつきましたが、勇気を出してロニーのことを尋ねます。
「ここに男の子がやってこなかったかい?」
ウォーター・ネルーダは首を大きく縦に振ってうなずきました。
「ああ、神様!」
父親は喜び、ひざを付いてお祈りを捧げました。
でも運の悪いことに、そのときロニーは動物たちと一緒に森のずっと奥へ行っていたのです。
父親はロニーを家に帰してくれるようお願いをし、ウォーター・ネルーダはきっとそうすると約束しました。
数日後、ロニーは木の実や果物のお土産をたくさん持って湖に帰ってきました。
「君がいないとき、お父さんがやってきてお願いされたんだ。だからもう君は家に帰らなくてはいけない」
ロニーはそれを聞いてとてもうれしかったのですが、でもだれにも弱虫と思われたくなかったので、
「そんなことは知らないよ! ぼくはずっとここで暮らすんだ!」
と、強がって言いました。
「でもわたしは約束してしまったんだ。君をきっと家に帰すとね」
「そんな約束はウソぱちだったって言えばいいのさ」
そのときウォーター・ネルーダはウソが何であるかを初めて知ったのでした。
次の日の朝、ウォーター・ネルーダは木陰で眠っていたロニーを起こして言いました。
「わたしたちはもうお別れしなくちゃならない。北にあるもっと温かい湖へ行くことにしたんだ。記念にこれをあげるよ」
ウォーター・ネルーダは欠けた自分の前歯をロニーにプレゼントしました。
ロニーはウォーター・ネルーダの首にすがりつき、泣きながら何度もキスをしました。
その日ロニーが森を出て行くのを見届けると、ウォーター・ネルーダは静かに湖の底へ沈んでいったのでした。
それからロニーはたびたび森の中へ入りましたが、再びあの湖を見つけることはなかったということです。