三話その3
《パール山脈》〜E遊歩道登山コース〜
推奨戦闘値2000〜2100
…寒っ!?
メルハを西門から出て、そのまま荒れ地を進んでいくと、いつしか周りは銀世界になってしまっていた。
ブレードや他の皆が防寒具を身につけているのを見て、ハリスも身につける。
【この辺りはモンスターが強いです。私達二軍チームは各個撃破を目標に!】
ノルイはホワイトボードに赤いペンでそう書いて皆に見せて回っていた。
湿気を吸っても、彼女の長いピンクの髪はふわふわと弾んでいる。
「わかったわ…」
ラフィーリアは少し元気が無かった。
ラミエの件を引きずっているのだろう。
「ハリス、もしもの時のために通信機を渡しておくわよ」アニがハリスに小さな通信機を手渡す。ハリスは首をかしげた。
「魔法メールがあるじゃ…あ!」
そういえば一部の戦闘エリアは魔法メールを受信出来ない地域があった。ここでは
パール山脈の23号クレバスなどだ。
「…言っておくがクレバスに落ちたら助けには行けないからな。天候が悪くなり次第下山を開始するぞ」
「アーチャー、今日は何作ってきたんだよ?」スラッシュがアーチャーに近づく。
「ピクニックに来たわけではありませんよ!スラッシュ、貴方は昼食抜きです!」
「…分かった、もう俺に抱きつくの禁止な!」 スラッシュはそう吐き捨てた。
「えっ!?うぁ…あああ…」アーチャーが突然涙目になった。「じ…自決します」
「アーチャー!何してる!?」
ブレードがアーチャーからナイフをもぎ取った。…いつの間に!?
「嫌です!あのトゲトゲに触れない日が来るなんて…死ぬしか、もう死ぬしか…」
「どんだけ俺のが好きなんだよっ!…分かったよ、ほら、おんぶしてやるから」
スラッシュがアーチャーを背負った。
「はぁ…この背中のトゲトゲの為なら、私はスラッシュと結婚したっていい…」
「たかが鎧に人生振るなよっ!」
「たかが鎧、されど重鎧です!」
「やれやれ…」ブレードが溜め息をついてアーチャーのナイフを自分のポーチの中にしまった。
【…スラッシュさんの事が好きなら直接言えば良いのに…】
ノルイがボードにそう書いた。
【そう思いません?ラフィーリア?】
「え?…あ…えぇ、そうよね!」
ラフィーリアは心ここに有らずといった雰囲気になっていた。長い赤髪の前髪が顔に掛かっているのにも気付いていない。
「ハリス…そういえば、私貴方から告白されてないんだけど…」
アニがニヤニヤしながらハリスに言う。
「え!?…じ、冗談だよね…?」
「冗談よ」アニはそう言うと俯いて、「まだ片思いかぁ…」と呟いた。
「え、聞こえなかっ…」
「何でもないわ!」
「来たぜ!」スラッシュが鎌を抜いた。
「敵は熊か…」ブレードは呟いた。
「2番隊!1体釣れ!任せたぜぇ!」
スラッシュが叫んだ瞬間、保護色で全く遠目には分からなかったが、白い毛を持った巨大な熊が4、いや5体やってきた。
「リィ〜ヴェ〜ゼ〜♪アラロルフェ〜ズェ〜♪ローミーウォー♪ディリブェレ…」
綺麗な歌声が聞こえる。一瞬誰だか分からなかったが、ノルイが歌っていた。
いつの間に赤いギターを持ちながら。
…何語なんだろ…。
「ラフィーリア!?敵よ!」
「あっ…」アニに言われてラフィーリアは慌てて鋸形の双刀を抜いた。
「[ブレイドバースト・フレイム]!よし!一匹釣るよ!」
ハリスは剣を抜き放ち、ノルイの歌で眠り始めた熊の一体に雪玉を投げた。
「ワイルドな釣り方ね」アニが呟く。
「ブレードさんはたまにやってますが…あっ!」ノルイが思わず喋った。
雪玉が赤く光り、熊の眼前で爆発する。
【ごめんなさいぃ!】
「…いや、大丈夫みたいだ」
周りの熊は寝てしまっていて、此方に向かう一体以外の分断が見事成功していた。
…まぁ、少しびっくりした…
「せあっ!」ハリスは熊と剣を交える。
…重い…しかもそれでいて素早い!
ハリスの剣の熱に驚いた熊は、突然距離を取って体当たりを仕掛けてきた。
「うわあぁっ!」
ハリスは地面を転がる。
…車に轢かれたらこんな感じなのかな…
「ラフィーリア!ハリスと交代!」
アニが間繋ぎの銃撃を入れながら叫ぶ。
「この…熊野郎おおお!!」
ラフィーリアが熊に突っ込んだ。
ハリスは雪をほろってから立ち上がるとラフィーリアの加勢に向かう。
「[アンフレンドリー・ウォリアー]」
ラフィーリアは熊に連撃を入れている。
「[絶対進撃の進軍マーチ]!」
ノルイが歌い始めた。
ハリスは体が軽くなるのを感じる。
ラフィーリアも、その剣閃が視認するのも難しいほどの速さになっていた。
「ラフィーリア!交代だ!」
ハリスはラフィーリアが後退するのに合わせて敵に斬りかかる。
一瞬の敵の隙をつき、まずは真一文字に切り裂き、次に×印の斬撃を叩き込む。
「[レイジング・サーキュラー]!」
「[クロストリック]!」
熊は吹き飛び、残り一撃と言った所。
「まだ生きてるのかっ!?」その時ハリスの横を、ピンクの人影が駆け抜けた。
「…っ!」ノルイは重厚なギターで熊をぶん殴ってとどめを刺す。
ハリスはブレードの方を見た。
「…よくやった。こっちも丁度…[暗黒剣]!!」
ブレードは最期の一匹を斬り捨てた。
チェーンソーのような機剣を空回しして剣に着いた血を払う。
「ブレードさん、今回の目的地は?」
アーチャーが弓を折り畳みながら訊く。
「…山頂までは行かんな。中腹ぐらいの場所に、ゲートがあるらしい」
「さっさと行かないとな!」
スラッシュは鎌をくるくる回転させながら背中に背負った。
「…ラフィーリア?」ぼーっと熊の死骸を見つめていたラフィーリアにハリスは心配になって声をかけた。
「ん…行きましょうか…」やはり少し力なくラフィーリアはこちらに歩いてきた。
【具合悪いですか?】
ノルイが心配そうにボードを見せる。
「だ…大丈夫よ!さっきの戦闘だって、きちんと戦えていたじゃない!」
【なら良いのですが…】
ノルイはハリスを見ると、ハリスにしか見えない位置でボードの裏に書いた文字を見せた。
【…ラフィーリアさんは連撃スキルを多用しません。らしくないんです…】
ハリスはノルイに頷く。
彼女は朝から様子がおかしい。…気をつけて見ていた方が良さそうだ。
「ハリス、行きましょう?」アニがハリスに呼び掛けた。
「…あ、そうだね」ハリスはブレード達の後をついていった。
★
安定した狩りだった。目的は違うことだが、経験値がとても良い。
熊や狼などは二匹相手に出来るし、ブレードたちが雑魚を相手している間に氷のゴーレムを相手にしたこともあった。
確実にレベルが上がっていく。
ハリスとアニは戦闘値が1500ぐらいまで上げることが出来た。
「…ここら辺なんだが…」
ブレードが立ち止まる。
そこは大きな傾斜が着いた木があまり生えていない坂で、まるでスキー場のような場所だった。
「ブレードさん!あったぜ!」「何!」
スラッシュの方を見ると、渦を巻いたおかしな地面を見つけた。
池のようだが、生暖かく底が知れない。
水の色も黒く、えず紫色の魔力を外に放出している不気味な池だった。
「やってみてくれ」ブレードはハリスに道を開けると、腕を組んだ。
…どうするんだよ、これを…
ハリスは考えた。考えて…普通に壊すことにした。
「汝に眠りし光を呼び起こせ!【ブレイドバースト・シャイン】!」
使える人が少ないと言われる光属性のオーラを剣に纏わせ、範囲攻撃を叩き込む。
「【オーラ・エクスプロージョン】!」
…確かな手応えがあった。
「ほう…」ブレードが声をあげる。
ハリスが剣を地面から抜いたときには、もうゲートは跡形もなく消えていた。
「…随分と…あっけないものですね」
アーチャーは呟いた。
【ブレードさん、下山しますか】
「そうだな…」ブレードは道を引き返そうとして、立ち止まった。「…まずい!」
「…!撤退です!この場から…!」
アーチャーが叫んだ瞬間、ノルイが歌い始めた。ノルイの周りをドーム状の障壁が覆った。…だが…!
「ラフィーリア!馬鹿急げ!雪崩が…」
スラッシュの怒鳴り声にはっと気づいたラフィーリアは、少し遅れた。
「ラフィーリア!」ハリスはラフィーリアの手を取ってノルイの元へ連れていこうとする。…そして…
雪崩が来た。
…ハリスは飲み込まれてしまった。
★
体が重い…全身を打ったようだが、まだ生きている事はHPを見れば分かる。
「…ぐっ…」自分の上に積もった雪を避けてハリスは地面に顔を出した。
はるか上に光が見える…。
クレバスの…谷に落ちたようだ…。
『クレバスに落ちたら、助けに行けないからな…』
ブレードは確かそう言っていた。
辺りを見渡すと、近くに赤い物が埋まっている…まさか!
「ラフィーリア!」ハリスは雪を素手で掘り返してラフィーリアを助け出す。
「…う…」ラフィーリアは僅かに目を開けてハリスを見た。「寒い…」
ラフィーリアの服に大量に雪が入ったままになっている…ローブの耐寒設備が、きっと壊れてしまったのだろう…。
「…!ラフィーリア!これを服の中に入れておくから!しっかりと気を持って持ちこたえてくれ!」
町で念のために買っておいた魔法カイロをラフィーリアのローブの内側に入れると、ハリスはラフィーリアを背負った。
「…っぐ…」お…重いなっ!
「…カイロは貰ったから大丈夫よ。私を置いて、まずは暖まれる洞穴を…」
「馬鹿野郎!こんな状態の仲間を置いていけるかっ!」ハリスは叫んだ。
背負ってもラフィーリアの足に力が入っていない。ラフィーリアは今動けないのだ。そんな状態で放置したら、たとえカイロがあっても凍死するに決まっている!
「…晴れていて助かったわ…ほら、あそこに洞穴があるみたい…」
ラフィーリアが背中から指差した先には確かに洞穴があった。
ただこんな場所に有るものが、いつ崩れるか分かったものではない。
「…崩れたらその時よ。ここでじっとしてても氷柱が落ちてきたら…ぐうっ!」
「ラフィーリア!」
「…ちょっと…ヤバいかも…っ…」
ハリスはラフィーリアの状態をメインメニューを通して見た。
アニとノルイは【エリア外】
ラフィーリアは【裂傷、衰弱、瀕死】…!そんな馬鹿な!?
「ラフィーリア!待って!今すぐ洞穴に入ろう!なるべく気をしっかり持って!」
「そうは言っても何だか辺りがだんだん…だんだん…暗く…ドラゴンでも横切ったのかしら?」
反射的に上を見るが、何も見えないし、暗くなってもいない。
「目をしっかり開けて!洞穴はすぐそこだよ!」ハリスは必死に声をかける「洞穴に入ったら火を焚こう…!ライターは無いけど僕の剣が…そうだ!」
ハリスは剣に軽く火の魔法を掛けてラフィーリアに抱えさせる。
「…そこで降ろしていいわよ」
ラフィーリアがおかしな事を言った。
洞穴まであと少しだ。
「ラフィーリア、もう少しだから…」
「…あぁ、もう目が見えないのね…」
「ほら、あと何歩かだよ…だから…」
ラフィーリアはしがみつくように背中に乗っているのだが、その力もだんだん無くなってきていた…。
「うわああぁっっ!死ぬなぁあ!!」
何でこんなに洞窟まで遠いんだよ!
たかが何十歩でつく距離じゃないか!
やっとの思いで洞穴に潜り込む。
簡易キャンプセットの箱を皆ひっくり返して、発火薬と小さな薪を取り出す。
震える手つきで薪を組み立てると、火をつける。…チリーン。
「!!」ハリスは洞窟の壁際に座らせたラフィーリアを見た。今の音は、ハリスがあげた剣が落ちた音だ。
「ちょっと…待ってよ…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…!こんなの…!」
ハリスはラフィーリアのHPを確認した。
………。
…。
よかった!まだ生きてる!
でも…瀕死状態ならポーション回復は出来ない…衰弱と裂傷状態だから少しでも動けば…確実に彼女は死ぬ!
「ラフィーリア…た、助けを呼…」
クレバスを抜けられるのか?
…出来たとしても時間が掛かりすぎる!
「くそっ!」ハリスは叫んだ「くそおおおおぉぉぉぉ!!!」
無情なクレバスは彼の声をどこに送ることもなく、ただ反響させるだけだった。
【続く】