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黒い本

連続投稿できてうれしい限りです。今回少しグロイ表現が出てきますのでご注意を。

アクエリウムの中央から東に向かった場所に、一際大きな建物がある。


真っ白で塗り固められ、周囲の建物に比べてまだ新しいといえるその建物は教会と呼ばれている場所、唯一神を崇める者たちが建設した場所である。


多くの信者と神官たちが去った今、中はがらんとしており人っ子一人いない。


今は夜、月の光が天窓から降り注ぎ、神を崇める場所でありながらどこか妖し気な雰囲気が満ちるこの場所に、コツコツと足音が響く。


頬は痩せこけ、髪は白髪となってしまっている男。しかし、その目はギラギラと冷たい光を放ち、恐ろしい何かを感じさせる。


聖職者の衣に身を包んだ男の名はオーヴェルト、ここ【アクエリウム】に派遣された神官長であり、この街のトップとして君臨している男である。


彼は静かに、教会の一番奥、大きな像の前でかしづく。


それは、彼が崇める唯一神の像。長い髭を蓄える老人で、その頭には全知の象徴たる冠を乗せ、空へと掲げた手には全能の象徴たる水晶を持っている、二対四枚の翼を持つ神の姿。


男、オーヴェルトはその神に対し、誰よりも敬い祈りを捧げる男だった。


「なーにが神よ。そんなエセ神なんて、いくら祈ったところで何にもできやしないってーの」


そんな男の背に、若い女の呆れた声が届く。


「黙りなさい、神の御加護のありがたさも分からぬ愚か者め」


オーヴェルトは立ち上がり、冷たく言い放つ。協会の入り口に背を預ける少女が、その言葉を軽く流した。


「ハイハイ、どーせあたしにはわからんよ、そんなくだらないモノ」


彼女は扉を閉め、オーヴェルトの前まで来るとにっこりと笑う。それは、オーヴェルトの背筋に寒気をもたらすような、どこまでも冷たい笑みだった。


「どーも、今代の神官長さん。今回派遣されてきた、マーナってものでーす」


彼女の黒い髪の上には猫の耳が、にっこり笑う口には二本の鋭い牙が見え隠れしている。そして、腰元には一冊の黒い本が提げられていた。


「フン、貴様の様な小娘が【滅竜の神器(ドラゴンスレイヤー)】に選ばれた者だと?本当に大丈夫なのだろうな」

「はぁ?これでもあたし、29なんですけど。立派なレディなんですけど?あたしを舐めてると痛い目見るよ?ていうか殺すぞジジイ」


どうみても10代前半かそこらなのだが、実は驚きの30一歩手前らしい。彼女はどうやら、見た目をバカにされるのがお嫌いのようだ。


ジロリと睨めば、戦いに関してはど素人のオーヴェルトですらわかってしまう殺気。人知れずゴクリと喉を鳴らすも、神官長としての意地からか、表情はすぐさま元に戻る。


「……まぁいい。それより、これが貴様らの求めていたものだろう?」

「う~ん……まあいいかな。これでも何とか使えるか」


オーヴェルトが渡したのは、アクエリウムが出来た当初の街の記録、資料の数々。マーナはそれをざっと見通し、しぶしぶ納得の意を示す。


「わざわざ高い金を支払ってまで貴様らを呼んだのだ。さっさと仕事を終わらせろ」

「うっさいな~、言われなくてもヤルっての。ていうかさぁ――――」


マーナはすっと目を細め、一気にオーヴェルトに顔を寄せる。ギラリと輝く眼は猫のように鋭く、瞳孔が縦に裂けている。


「あんたら教会の連中がこの街で自由にできてるのは、昔【ウロボロス】のメンバーが当時の蒼皇竜を殺したお陰だってのを忘れるんじゃないよ~。あんたらはウチの組織に借りがあるんだ、あんま調子乗ってると、本気で殺すよ?」

「くッ……!」


マーナに言われ、オーヴェルトは何も言えずに眉を潜める。


事実、彼らは【ウロボロス】に相当な借りがある。この街にしても、蒼皇竜を崇める連中を静め、この世界的にも類を見ないほど水の豊富な土地を手に入れるために彼らの力を借りているのだ。


とは言え、それはオーヴェルトが生まれるずっと前の話である。自分の関係していないことで大きな態度を取られることに、彼は納得できなかった。神官長としての立場が、唯一最後の砦となって彼に反抗させないでいるのだ。


「……そんなことは分かっている。さっさと行け」


唯一絞り出せたのが、この程度の言葉だった。


「ハイハイ、わかりまーしたよ~。そんじゃ~ね~」


冷笑と嘲りの視線をぶつけ、マーナは踵を返す。オーヴェルトは視線を下にし、俯きながら怒りに燃える表情を隠す。


やがて、扉の閉まる音がしたと同時に顔を上げ、再び神の像を見る。


「クソッ!あのいまいましい猫獣人め!神に見放された人種のくせに、家畜にも劣る獣風情が私をバカにしおって……!」


次から次へと漏れ出る怒りと蔑みの言葉。純粋な死の恐怖があった。彼女を恐ろしいと思った。


だが、それよりも獣人に見下されていたという事実が、なによりも耐え難いもので、今までにない程の怒りを溢れさせていた。


だが、それは口にしないほうが良かったのかもしれない。何故なら、そんな彼の耳に、



「聞~ちゃったぁ、聞いちゃった。せ~んせいに、言ってやろ~♪」



悪戯が成功したような楽しげな声が、彼にとっては死神にも等しい声が、届いたのだから。



「な、何故貴様がまだいる!」

「なんでって……出ていったように見せかけて実はって話、けっこうあるじゃん。てゆーか、出ていったことも確認しないあんたがバカなんでしょ~」


実際その通りである。彼女は出ていくふりをして扉を閉め、気配を殺してその場に立っていただけ。ちゃんと姿を確認すれば、彼女の影を見つけることぐらいできたはずだ。


それを指摘しバカにする彼女はどこまでも楽しそうで、猫耳がぴくぴくと揺れ動いている。


だが、それを前にしてオーヴェルトは冷や汗が止まらなかった。それは、笑顔の彼女から放たれる殺気を、先ほど以上の濃度で全身に浴びせられているからである。


がくがくと膝が震え、立っている事すらもつらいのが現状である。



「さ~て……それで、何だっけ?獣風情?家畜以下?ほんっとふざけたこと言うよね~。何、そんなに死にたいの?だったら言ってくれればいいのに~」


笑顔で言いながら、資料を小脇に挟んで腰の本を手に取りゆっくりと開くマーナ。


そのゆっくりとした動作は、オーヴェルトからすれば死神が鎌を向けたに等しい。死の恐怖にかられ、彼はつい、魔法を向けてしまった。


「ゥ、わああああああ!ホ、【聖光の柱(ホーリーマスト)】!」


彼の手が光り、同時にマーナの足元がピカッと輝いて天井まで届く太い光の柱を発生させる。光の柱にマーナの全身が包まれ、輝かしい光は教会内を明るく照らす。


「フハ、フハハハはッ。【滅竜の神器(ドラゴンスレイヤー)】といえど、やはりただの獣か。あっさりとやられおって。神の光に包まれた今、貴様はゆっくりと眠るように死んでいく。これが、神の御加護を受けしヒトの力なのだ!フハハハハハッ!」


恐怖から逃れたい一心で放った魔法があっさりと成功したことで、彼は高らかに叫ぶ。狂気に歪んだ笑みは、どこからみても聖職者には見えないのだが、彼自身はそれに気が付かない。


彼は、【滅竜の神器(ドラゴンスレイヤー)】に選ばれた者について、何もわかってはいなかった。


「この程度が神の光とか……何、あんたあたしを笑い死にさせたいわけ?それとも加減してんの?」

「なッ!?」


光の中から呆れた声がし、それと同時に彼女の手から溢れる黒い靄が、光を飲み込みかき消した。一瞬のうちに自身の魔法が破られたことに唖然となり、彼はついに両膝を地につける。


「まッ、あんた程度が崇める神なんて、所詮その程度ってことよね。あんたの光は、あたしの闇の前には蛍の光にも劣るレベルなんだ。これで“神の御加護の力”なんて、ホント笑わせてくれるね~」


声は楽しげでも、表情は笑っていなかった。本を開き、手を伸ばす。


「じゃッ、次はあたしのターンだニャ♡」


伸ばした手をパチンと鳴らせば、オーヴェルトの影が動いて彼の腕を、足を、首を拘束して身動きできないようにする。彼はもはや声すら出ず、血が抜けたように青白い顔に変わっていた。


「さーてさて、それじゃあクソッタレなあんたに、あたしの神器【ダニエルの書】の力をお見せしてあげよう。お代はあんたの命ってことでよろしくね~」


パラパラと本のページをめくり、とあるページで手を止める。


「まずは軽いモノから……【ギガントホーネットの麻酔針】」


本から一本の大きな針が出現し、それを彼の心臓部分に飛ばす。胸に刺さった瞬間針は消え、代わりに彼の身体に異変が起きた。


「……グッ、ガハ、ぁ……~~~~~ッ!?」


苦しげにもがくオーヴェルト。叫ぼうとしているようだが、声がかすれて出ていない。


「これは、刺さった者のあらゆる機能を停止させる力。声を失い、視界は暗くなり、音は消え、身体は動かせず、鼻も利かなくなる。ねえねえ、何も感じないって、どんな気分?って、聞こえてないか~」


これは、魔力をもっと込めれば脳や心臓の機能も止めることができるという恐ろしい力。


だが、そうしないということは、これでもまだ加減しているという事。彼女は遊んでいるのだ。



「じゃ~次は~……コレかな?【ヒュドラ―の屍液】」


別のページを開き、今度は大きなスライム上の紫色の粘液が出現する。これを苦しむオーヴェルトに浴びせると、途端に全身から煙と腐敗臭をあげる。


今度の力は、肉を腐敗させ、溶かす粘液。


彼の身体は今、腐肉へと変わっていき、ドロドロに溶け堕ち、全身が焼けるような激痛が襲っている。叫ぶこともできず、身動きも取れず、できるのは、ただただ激痛を受け続ける事だけ。何よりもきつい拷問である。


突如襲った激痛に、彼の精神はもうずたずたに引き裂かれ、みっともない程涙を流し、先ほどまでの神官長としての意地を見せていた姿はもう見る影もない。


一部では骨も見え始め、そろそろ限界が訪れる。


「ん~ここまでかにゃ~?臭いし汚いし飽きたし、もういいかー」


また新たなページを開く。今度は本から拳大の眼玉が出現した。



「えー……【ゴルゴーンの岩光】」


目玉がキラリと光り、紫色のレーザー光線が走る。苦しみもがく彼にあたると、その箇所から徐々に全身へと石化が広がる。だが、彼は全身が腐り落ちていく激痛にもがいているうえ視覚も失っているため、自身が石になっていっていることに気が付いていない。


「ん~、でもこれ、激痛から逃れるって意味ではある意味救いかもね。良かったね、もう痛くないでしょ。何も感じないだろうけど」


神経も石になれば、確かに痛みを感じることはない。だが、痛みを感じなくなるということはつまり、全身が石に変わってしまったということで。


マーナの目の前には、元オーヴェルトだった石像が、肉は爛れて骨が見え泣き叫ぶ様はそのままに出来上がっていた。


マーナはその石像を見てわずかに表情を曇らせるだけで、ツカツカと近づくと足を振る。鋭く、高く蹴り上げたその足は、石像を粉々に砕き割った。、


無残な姿となった石像をの破片を、それでもまだガンガンと踏み続ける。無言で、一切の光を放たぬ瞳で見つめながら。


小粒程になるまで砕いたら気が済んだのか、ふう、と小さく息をつく。


「ライス、処分ヨロシク~」


扉に向かって言うと、そこから一人の影が現れる。影は次第に輪郭を帯び、フードを目深くかぶった誰かが現れる。マーナはその者をライスと呼んでいた。


「あ~あ、ヒトを殺したって何の得にもなんないのになぁ。あ、コレがあのバカから貰った資料。これでいける?」


小脇に挟んでいた資料を手渡すと、ライスはパラパラとめくると小さく頷く。


「おそらくは。既にめぼしい場所はチェック済みなので、これで何とか特定できるでしょう。明日の夜までにはお知らせできるかと」

「ん、頑張ってー」


後は部下に任せてその場を立ち去ろうとしたとき、ライスからさらに報告があった。


「それともう一つ。部下からの報告ですが、この街に現在、龍神と黒皇竜、それからシュベリア王国のユスティ王女が来ているとのことです。黒皇竜の方は定かではありませんが、龍神の方は此方に気が付いた可能性があるようです」


ぴたりと動きを止めるマーナ。そして、再び高濃度の殺気が身体から漏れ出てしまう。


「龍神、黒皇竜……奴らがこの街に来てるって……?」

「……如何いたしますか?」


ライスは彼女の部下の中でも特に優秀なだけあり、漏れ出た程度の殺気なら何とか耐えられる。表面上は冷静なライスに、マーナも落ち着きを取り戻した。


「ふぅ……そうだね。あたしらがここに来た理由は、蒼皇竜が面倒見てたドラゴン共の掃討。それと、噂が本当なら白皇竜もいるから、奴も殺すことだ」

「ですが、戦うとなると間違いなく龍神たちも介入してくるでしょう。そうなると……」

「間違いなく、あたしらが圧倒的に不利だ。悔しいけど【滅竜の神器(ドラゴンスレイヤー)】と言えど龍神にはかなわないし、竜皇クラス二体は流石にまずい。あたしはロジックのように舐めてかかったりはしないよ」


長く鋭い爪を噛み、眉を寄せて考えるマーナ。ライスは、彼女の考えがまとまるまでじっと待機を続ける。


やがて、考えの纏まったマーナはライスに視線を向ける。


「ライス、ユスティ王女は只のヒト種だよね?」

「その通りです。まさか、マーナ様……?」


彼女の考えに気が付いたらしいライスは、恐る恐る尋ねる。


「そのまさかだよん。龍神たちの隙をついて攫う。あとはあたしの【ダニエルの書】を使ってこちらに手が出せないようにする」

「それは……非常に分が悪いのでは?あまりに危険すぎます」

「わかってる。でも、龍神を前にすればそんな危険が常に付き纏うんだ。少しでも可能性の高い手段を選ぶしかないんだよ。……クソッ、なんでこのタイミングで来るんだよぉ、龍神のバカチンめー!」


ウガ―、と苛立たしげに叫びながら、タイミングの悪さを恨むマーナ。しかし、もうどうこうすることもできないのだ。なら、任務をやり遂げるしかない。


「取りあえず、ドラゴン共の棲み処を確定できしだい、王女の誘拐を行う。準備しとくよう伝えといて。防音の魔法ももう消していいから。そんじゃ、あとよろしくねー」

「かしこまりました。全て、お任せください」


最後に一言告げ、マーナは教会を出る。


深夜、雲の無い今夜は大きな月がいっそう輝いて見える。だが、それでも彼女の心は晴れなかった。任務を成功させるうえで、龍神は最大の壁であり、自分たちがどうにかなるレベルではないことは彼女自身分かり切っている事。


それでも、何とか成功させなければならないのだ。


「ドラゴンは、全て殺す。……そして、私たちの神を復活させて、望む世界に変えるんだ……!」


ポケットに手を入れ、中のモノを取り出す。それは、二匹の猫が絡み合い、その中心にヒビの入った青い水晶を嵌め込んだ首飾り。彼女はそれを月に掲げ、光が反射する水晶を見て思いを馳せる。


「そうすれば、またみんなで暮らせるよ。パパ、ママ――――ミーナ」


首飾りをゆっくり首にかけ、マーナは歩き出す。


その瞳は先ほどまでの不安と怒りがない交ぜになった不安定なものではなく、深い決意のこもったものだった。

如何でしたか?少しシリアスになりましたが、それなりによくできたと思います。


感想・ご指摘のほどあれば、よろしくお願いします。



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