準備始めます
「ただいま~」
この家の主、リュートが帰って来た。その声を聴いたか聴いていないのか、そんなタイミングで颯爽と玉妃とカレンの二人が飛びついてきた。
「お兄ちゃんお帰り!」
「お帰りなのじゃ!」
思いっきり胸に飛び込んできたのを、リュートはしっかりと受け止める。胸に頭をぐりぐりと押し付け甘えるその仕草は、それこそ本当の妹のようで可愛らしい。
「ただいま。二人とも、よく僕が帰ってくるのがわかったね」
「メアリー様が教えてくれたんだ~」
カレンがそう言うと同時に、奥から他の面々が姿を現した。皆口々にお帰りだの、どこに行ってたのかだのと聞いてくる。帰ると誰かが迎えてくれるという当たり前のことに、今日も内心ほんわかしつつ、リュートは全員を連れてリビングに向かった。
「ちょっと精霊火山にアイギスたちに会いに行ってたんだ。この写真をあげたんだよ」
そう言ってリュートが見せるのは、怪盗ルージュ仮面のポーズ写真。アイギスにあげたものと全く同じものだ。
「まあ、リュート様のシルバー仮面にそっくりですが、やっぱり少し違いますわね」
「カッケェじゃん!でも赤皇竜さま、なんかやけくそ気味じゃない?」
「この炎の演出も、かっこよさを引き上げてますね」
皆が口々に褒めたたえるが、たった一人、アイギスの事情を知っているメアリーとしては、この言葉が自然と口に出た。
「アイギス……どんまい」
直でその嫌がりっぷりを見せられた彼女だ。これを渡された時のアイギスの葛藤が手に取るようにわかる。いくら普段は嫌っている相手でも、さすがに同情してしまうものらしい。
「これ、シルバー仮面はないのかのぅ?」
「ボクはブラック仮面が見たいな!メアリー様のカッコいいところ、見たい!」
「もちろんあるとも」
大きく一度頷き、リュートはさらに写真を取り出す。それらに枚の写真には、銀と黒の怪盗がそれぞれ映っていた。リュートが少し加工しているらしく、もはやブロマイドのようになっている。
そして三枚目写真。これには三人まとめてポージングしているシーンが映っていた。登場シーンは若干派手に演出したので、最早戦隊ものの何かにしか見えない。
手にとっては近くの者と思い思いに感想を言い合い、楽しそうに会話を続ける皆に、リュートの顔もほころぶというものだ。
「――――さッ、写真もそれくらいにして、そろそろ夕食にしようか。僕は昼ご飯を食べてないからね。今日は何か楽しみだよ」
食べなくてもいい彼だが、娯楽としての食事と家族団らんの場を設けるために、毎日全員で食事をとっている。
「なら、早速支度いたしますね。今日は私とイレーナの二人で作ります」
「すぐに用意しますので、少々お待ちください」
一応奴隷という彼女たちだが、最早それは意味をなさなくなってきている。事実、リュートたちも彼女たちが奴隷だということをすっかり忘れているくらいだ。
リュートたちの住むこの地域は貴族でも住んでいる者たちはそれなりにいる為、奴隷もそれなりに見かける。だが、当然金がかかるために街の方ではめったに見ない。よくて店で働いているところを見かけるくらいだ。
彼女たちも奴隷としての自覚があるのかはわからない。だが、それこそがリュートが求めているもの。いい加減、奴隷の首輪をどうにかしないとなと考えるリュートを余所に、イレーナ、ターナリアの二人は食堂に向かう。
料理が出来るのを待つ間、リュートはお土産があることを思い出す。
「そう言えばさ、今日火山の所でこれを見つけたんだよ。地中に埋まってたのを偶然見つけてさ」
そう言って取り出したのは、二個目の竜の銅像。ゴトンと重々しい音と共に床に置かれ、視線を集める。
「……銅像?前のとは、形が違う」
「これは……まさか似たような銅像を二つも造るとは。製作者はよほどドラゴンがお好きなのですね」
ユスティ・メアリーは興味深そうに見る。
「へ~、ならさ、岩皇竜さまが造ったとかそういうのじゃね?ドラゴンだし」
「お姉ちゃん、そんな適当な……」
ウルが適当にいい、それにカレンが苦笑しながら呆れたように声を出す。しかし、それを聞いたリュートとしては意外にあるかも?などと思う。
そんな中、玉妃が少し顔を近づけすぎるほどに接近する。何かを言うでもなく、じーっとみる玉妃に違和感を覚えてしまう。
「玉妃、どうしたの?この前は飛びついてたのに。形が気に入らなかった?」
リュートが聞くと、玉妃は首を傾げて不思議そうにリュートを見る。
「この前のは、目が赤く光ったのじゃ。でも、これは光らないのかのぅ?」
「えッ?」
これは全員が初耳だ。玉妃はどうやら誰かに言うのを忘れていたらしい。
「これも、前に持って帰ってきたやつも魔導回路が組み込まれてるから、魔導具ではあると思うんだけど……玉妃、何かしたの?」
「いんや、何もしておらんぞ?ちょっと戯れてたら急に光ったのじゃ」
「ですが、わたくしたちは見たことがありませんわ」
玉妃以外の誰もが見ていないようだ。これでは、玉妃の見間違いか、それとも何かの理由があるのかはっきりしない。
「まあいいか。今度調べてみるよ。これは前のと同じく、玄関にで置いとこうかな」
今考えてもわからないだろうと思い、リュートはいったん会話を打ち切る。片手で銅像を鷲掴みにし、そのまま玄関まで持っていく。
「童も行くのじゃ」
玉妃がついてくる。トテトテと走る姿が可愛らしく、もう一方の手でつい頭をわしゃわしゃとしてしまった。
玄関口には右側に銅像が置いてあったので、逆の位置に今回の銅像を置く。それを少し離れて見てみると、やはり似ている。玄関口に二体の精巧な作りの銅像。今にも動き出しそうなそれは、まるで漫画で見たガーゴイルのよう。
「……まさかね」
笑って否定する。ガーゴイルは悪魔だが、この世界に悪魔などいない。まして、ドラゴンの姿のガーゴイルなどだれが想像できようか。
「さあ、戻ろうか。そろそろ料理が出来るはずだよ
「む~、何も起こらなかったのじゃ……」
残念そうに呟く玉妃。可愛くむくれる彼女に苦笑しながら、リュートは玄関の扉を閉める。
その時、扉が締め切る瞬間、玉妃はクリクリした目をさらに開かす。確かに見たのだ。
二体の銅像が、互いに呼応するかのように目を赤く光らせたのを――――――。
***
翌日、リュートはまたもや誰にも場所を告げずに外に出る。
彼が向かった場所は、装飾品店である。街でも有名なその場所には、貴族御用達の商品から平民でも買えるようなものまで、幅広く取り扱っている。店員たちも客がどんな身分だろうと丁寧に対応する為、平民の子たちはまるで貴族になったかのような気分を楽しめる、そんな場所でもあるのだ。
店の接客・教養の高さを窺うことが出来る。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めですか?」
1人の女性店員が、丁寧にリュートに聞いてきた。
「今日は買いに来たんじゃないんだ。イヤリングの製作を頼めないかと思ってね」
そう言い、リュートは懐から昨日採ったばかりのルビーの原石を見せる。ちなみに、アイテムリングから予め出していたのは、驚かれるのを防ぐためだ。
その原石を見、その価値を一瞬で理解する店員。彼女はこの店の中でも相当高い位置にいるのかもしれない。
実際、彼女はこの店の副店長である。銀髪仮面の男など、この国では一人しかいない。闘技大会での活躍を大抵の人が知っているため、リュートは意外と街でも有名人なのだ。
「イヤリングの製作ですね?了解しました。すぐに、当店最高の装飾技能者に伺ってみます。少々お待ちください」
この店は、注文により製作も頼めるのだ。もちろん金がかなりかかるが、それくらいは分かっていること。いくらといわれても払いきる自信がある。
「確認が取れました。本日正午より、依頼を引き受けるとのことです」
そう言って地図を渡される。どうやらその技能者はこの店にはいないらしく、制作場所まで向かってほしいとのこと。
「わかりました、ありがとうございます」
礼を言い、リュートは店を出る。彼が出たの確認すると、店員はにっこりと笑う。
「イヤリングですか……頑張ってくださいね」
「こんにちは~。製作を依頼したものですけど~」
地図が示した場所は、立派な装飾店の最高技能士が住んでいるとは思えない、普通の家屋だった。木で作られたその家は、工場でもなく、住宅街にある小さな家の一つ。
ドアをノックすると、中から一人の少年が出てきた。
「いらっしゃいませ!依頼者のリュート様ですね。お待ちしてました!」
13,4歳くらいの元気な少年は、そう言ってリュートを中に入れる。玄関から二つ目の部屋、そこが、技能士のいる部屋らしい。
「とーちゃん、お客さんが来たよ!」
「おう、中に入んな」
ドアの向こうから声がしたため、リュートはドアを開け、中に入る。そこは確かに職人の部屋だった。いろいろな専門道具や設計図のような資料が置かれた部屋の奥には、一人のずんぐりとした男がいた。
「あんたがイヤリング依頼の客かい。俺は装飾技能士のバンドってんだ。ま、自己紹介は別にいいか。早速原石ってのを見せてくんな」
職人気質なのか、さっさと済ませたいだけなのか、リュートが何を言うでもなく早速仕事を始めようとするバンド。その態度には腹を立たせる者たちもいるだろうが、リュートはむしろ気に入った。
「了解しました。これです」
リュートがルビーを渡すと、バンドと少年は目を見開いた。
「うわあ……とーちゃん、オレ、こんなに綺麗な原石見たの初めてだよ……」
「そりゃそうだ、ここまで見事なルビーは俺でもそう見たことのねえ代物だぞ……。おめぇさん、こいつはどうやって手に入れた?」
「自分で採ったんですよ。最高の指導者たちのお陰で簡単に見つかりました」
「その指導者ってのにはぜひ会いたいもんだな。いや、ホントに見事なもんだぜ」
よほど気に入ったのだろう、あちこちにかざしては、その輝きを楽しんでいる。
「よっしゃ、何か注文はねえか?こんだけ見事な原石だ、俺が最高の一品に仕立ててやるぜ!」
「そうだな……できればその大きさで二個、二つとも左耳につけるやつでお願いします。あとは、そうですね。最高の技能者であるあなたが満足できる一品にしてください。僕が下手にいろいろ言うより、素敵なものが出来そうです?」
「そういうことなら任せとけ。……それにしても、左耳に二つってまさかアレをすんのかい?」
アレ、ということに少しニヤリと笑うバンド。どうやら意味を知っているらしい。
「ああ、わかっちゃいますか?」
「当然だ。俺は貴族様相手にも商売してるんだ。偶にそういう依頼も来るんだよ」
「なら話は早い。最高傑作をお願いします」
頭を下げるリュートに向かって、バンドは笑いながら胸をドンとたたく。
「任せときな!3時間もありゃできるぜ」
三時間、それがはやいのか遅いのかは分からないが、今日中に出来るというのには驚くリュート。てっきり日をまたぐかと思っていたからだ。
「できるまでどうするよ?」
「見学させていただけませんか?少し製作に興味があって」
「別にいいが……うちの息子もいっしょだ。あんまり邪魔にならねえように頼むぜ?」
「はい!」
それから三時間、リュートは真剣にその製作手順を見学していた。バンドとその息子はまるで精密機械のように正確でありながら、そこに人間の手で作られた、趣深い作品に仕上げる。
原石を二つに割り、そこから少しずつ削って形を整えていき、息子が研磨する。
その間にバンドはイヤリングの形取りをするために、いくつもの型の中から選び抜き、それを作っていく。時折魔法で工夫を加えていることから、それがはやさの秘密なのかもしれないと考える。
当然ルビー以外の部品も最高級品。厳選した金属のみを扱っており、それらを選ぶのもすべてバンドが行っている。全てが職人の手によるものだ。
完成が近づくたびにワクワクが大きくなっていくのは、プラモが完成するときに喜び、子供が工作をつくるときの楽しみ、ライブクッキングを見せられた時の客たちの期待感。それらを一気に味わっている感覚だ。
そして完成した作品は、まさしく見事の一言に尽きるものだった。
黄金の縁と小さなビーズの合わさったチェーンがこれまた精巧である。
ピンポン玉ほどの大きさだったルビーを二つにし、削っていき、ぎりぎりにまで研磨した結果、光が当たらずとも燃える輝きを放つ光沢をもつ宝石に変貌している。
丸ピンは蒼く彩られ、ワンポイントと主張された。
「流石ですね……これは確かに、満足いかないわけがない」
「へッ、へへ、俺も、我ながらこれはすげえとしか言えねえぜ!シンプルでありながらも気品を全く落とさず、むしろ、シンプルだからこその美しさ!これは、まさしく最高傑作だぜ!」
自信満々に、だがどこか疲れ切った表情で宣言するバンド。それもそうだろう。リュートもまた、これほどの装飾品を目にしたのは初めてだったのだ。
「そうだ、もう一ついいですか?」
「なんだ、まだあんのかい?」
「すみません、名前を彫って欲しいんですが……」
申し訳なさそうに言うリュートだが、バンドは笑って受ける。
「いいぜ。で、その彫って欲しい名前はなんだ?」
「それはですね――――」
本当に完成し、リュートはお礼を言いながらその家を出る。料金は店の方で頼むとのことだったので、もう一度戻らなければならないのだった。
帰り際に「頑張れよ!」との応援をいただき、それに答えるリュート。
住宅街を出て、路地裏にまわる。
「実はまだ、完成じゃないんだよねぇ」
先ほど完成したイヤリング二つを取り出し、その二つに手をかざす。
「付与魔法・耐寒、耐熱、解毒――――――」
魔法を次々に、思いつく限り付与していく。これが終わり、本当の意味で完成なのだ。
「これで準備完了。あとは、うまくいくか、だね……」
リュートは満足そうに帰路につく。リュートは、覚悟を決めたのだった。
イヤリング製作×2――――総額・金貨11枚、銀貨5枚
なんか、二日連続投稿できちゃいました……。一気に書き上げたのでどうかはわかりませんが、大丈夫なはずです。
いかがでしたか?ここらで、展開が予想できた方もおられると思います。丁寧に書けたらなあと思っていますので、ご指摘・感想等、よろしくお願いします!




