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その後、彼女は

前話である二人の日常的な話をということでしたが、予定を変更して本編の話を先に出させていただきました。

楽しみにしてくださっていた皆様、申し訳ありません。

暗く、霧が立ち込める森の奥。そこに建てられ、今ではもはや廃墟と言える屋敷の中には、ひっそりと人の気配がある。


本人からすれば特別なことではなく、ただそこにいるだけ。だが、それだけで周囲に与える圧迫感のようなものは人並み外れたもの。その気配に突然、二人の気配が加わった。どちらも先客の気配と類似したものだった。


先客の男が声をかける。


「帰ったのですか、ムジャルタ。ベルガン」


後から来た二人は帝国に潜入していた“ウロボロス”のメンバー。そして彼らに声をかけた男もまた、“ウロボロス”のメンバーであり、実質的な統率者。


「ったく、面倒な任務だったぜ。龍神が飛んでもねぇ魔法造りやがった。ありゃマジでやばいぞ」


頭をかきむしりながら、ベルガンと呼ばれた青年は肩にかけていたモノを古ぼけたソファに下ろす。それは帝国で捕らえてきた美しき騎士、リスターナだった。


「……彼女がそうですか?」

「まあな。俺の予感からすれば、多分うまくいくはずだぜぃ」


未だに気絶している彼女の寝顔を見ながら、ベルガンは楽しそうに笑う。


「ウェルバ。こちらの報告をいいか?」


ムジャルタが話を遮るように自己の存在を主張する。その声に釣られて統率者――ウェルバはムジャルタの方へと顔を向ける。ムジャルタは早く終わらせようと、早速報告にかかる。


「まずはこれを見ろ」


最初にムジャルタは、懐から紙の束を出してそれをウェルバに渡す。パラパラと紙をめくっていき、その内容に目を通す。そして、驚きからか、若干目を見開かす。


「これは……」

「そう、帝国が協力していた“龍神教”に関する資料じゃ」


そこに書かれていたのは、かつて、玉妃からデータをとるために協力関係にあった龍神教に関する、帝国が保持するすべての資料である。軍事力でトップの帝国だが、龍神教に全面の信頼を置いていたわけがない。当然、裏でいろいろと情報を集めていたのだ。これこそリュートたちが探し求めていたもの。だが、どうやらムジャルタに先を越されていたらしい。


「なるほど……帝国もなかなかやりますね。まさか、これほど調べがついているとは。正直期待以上でしたよ。……そうですか、“龍神の巫女”は怪盗シルバー仮面とやらに奪われたとありますが、これは一体?」

「あ~それは龍神のことだよ。あの野郎、ふざけた名前で正体隠してるらしいぜ」


リスターナが寝かされているソファとは別の、こちらはやや清潔なソファの上に寝転がっていたベルガンが答える。それは本当なのかと言う意味を込めてムジャルタを見ると、頷くという答えが返って来た。


「まさか、龍神がそんな面白い性格をしているとは。これも、考慮しておかねばなりませんね。それにしても、巫女を奪われるとは……情けないですね。もっと良いデータをとれたものを」

「フンッ、そんなことは今はいい。次はこれじゃ」


今度は、ポケットから何かを出す。それは、メアリーの映像魔導具に似てはいるが、全く別の魔導具だった。


「これに、帝国で研究してきたモノのすべてのデータが記録されている。巫女のデータから造り上げたあらゆる兵器の設計図、実験データ、その他諸々、全てが入っている」


ガルガントやウルスラグナなどのあらゆる記録をコピーしたもの。これらを実験に協力、支援するという形で潜入し、全てを入手するのがムジャルタに与えられていた任務だ。帝国を利用していたのである。


「それと、この中にはある映像も記録されている。つい先日あった、龍神と帝国皇帝との戦いの映像じゃ。その戦いで、ザンドルフはアレを使ったぞ」

「アレとは……まさか、竜機をですか?」

「うむ。ザンドルフは勝手に“鉄竜機爪”と名付けておったがな」


竜の魔力を人体に取り入れるためにと開発された兵器。その開発に協力していたムジャルタは、当然そのデータも入手しなければならなかった。だからこそ、龍神に気付かれるかもしれない危険を冒してまで戦場付近に潜伏していたのだ。


「映像を見てもらえば分かると思うのじゃが、まだまだ改良の余地ありじゃな。はっきり言って、あれじゃ使い物にならん。大きさのせいで使いまわしが悪いというのが一つ。能力に意識を向けすぎて、耐久力が低いのが一つ。それとザンドルフを見る限り、使用者への精神汚染もあるじゃろう。他にもまだまだある」


ザンドルフは、明らかに様子がおかしかった。仮にも帝国の皇帝。それは、軍事力最高国家の中でも最強である証のはず。だが、リュートと戦っているときは怒りに心を狂わせ、正常な判断が出来ていなかった。だましに簡単に引っかかったこともそれが原因の一つだろうとムジャルタは考えている。


「まあ、それは仕方がありません。所詮は試作機(・・・)なんですから。それよりも、帝国を被検体として選んでよかったじゃないですか。これだけデータをとれたんです。今後有効なデータがとれると喜ぶべきでは?」


ウェルバの問いに、ムジャルタは「わかっている」と、その一言のみ。しかし、彼の性格を考えればそれで十分だったのだろう。ウェルバはさらに続ける。


「この……“鉄竜機爪”でしたか?これの最終的な目標は軽量化(・・・)量産化(・・・)です。あなたにはぜひ頑張ってもらわねばなりません」

「そんなこと、言われんでもわかっておるわい。まったく、グチグチとうるさいのう」


忌々しそうな表情で告げるムジャルタだが、ウェルバはそれを聞いて笑みを深める。温かさは全く見られず、恐ろしさしか感じられない笑みを。


「楽しみにしてますよ」


それを機に、二人の会話は終わった。もう、これ以上話すことはないという空気がでてきたので、次はベルガンが自分の任務の報告をする。


「あ~……次俺いいか?」

「待たせてしまいましたね。それではどうぞ。あなたの任務は【カドモスの槍】の次なる適合者を見つける事でしたね」

「まあな。とりあえず、良さそうのを見つけてきたぜ」


三人は未だに眠るリスターナの方に目を向ける。ベルガンは楽しそうに目を細めているが、他二人はどこか懐疑的だった。


「彼女は確か、ザンドルフの娘でしたね。姫将軍とか呼ばれてのぼせ上っている、あの」

「なんだ知ってんのかぃ?なら話がはやい。俺はこいつを推すぜ」

「……まあいいでしょう。失敗しても彼女が死ぬだけ。特に問題はありませんね」

「だーいじょうぶだって。俺に任せな」


ベルガンは早速リスターナを起こす。方法は頬を叩かくという典型的なもの。だが、人間から逸脱したものの力で頬を叩くと、たとえそれが普通のものでもただの人間からすればそれなりのダメージになる。リスターナはすぐに目を覚ました。


「……うぅ……ここは……?」


体を起こし、目を瞬かせながら周囲を見回す。そして、ある一人に目を止めた。


「貴様は……ムジャルタ!なぜお前が……いや、ここはどこだッ」


城にいれば当然会う機会も多かった老戦士を疑問を抱く。そして、瞬時に他の二人の小隊にも気が付く。身体から発せられるオーラのような何かが、三人とも似ているからだ。


「貴様ら、“ウロボロス”の……たしか【竜滅の神器(ドラゴンスレイヤー)】持ちの者たちだな?何故そんな奴らがここにいる」


警戒心むき出しに尋ねる。いつもの癖で腰の魔剣に手をかけようとするが、そこに魔剣がないことを確認してさらに警戒を強めた。


そんな彼女の疑問に答えたのは、彼女を連れてきた張本人であった。


「ここは俺たち“ウロボロス”の隠れ家の一つだ。んで俺が、おめぇを連れてきた滅竜の神器(ドラゴンスレイヤー)の一人、ベルガンってんだ。よろしくな」

「……それで、貴様らは私に何の用だ。まさか、私の体が目的か?」


こういった状況で女性が第一に考えるのは、性的に暴力されるのではないかということ。あらゆる国で戦争を行ってきた彼女は、戦で興奮している兵士たちを落ち着かせるのにはその国で捕まえた女や時刻から連れてきた娼婦などを使うのが最も有効的だとしっている。だからこそ、武器を奪われ、見知らぬ場所に連れてこられたこの状況から考えたのは、これだった。


「まあ、当たらずとも遠からずってところかね。俺たちが求めてんのは、お前の身体だけじゃなく魂までだな」


頭をかきながら否定も肯定もしなかったベルガンは、視線をリスターナに合わせ、ニヤリと笑っていった。




「おまえさ……絶対的な力ってやつ、欲しくないか?」



あまりにも突然すぎる言葉に、リスターナは思考が止まってしまった。出てきたのは、「はぁ?」と言う間抜けな声のみ。


「……どういう意味だ」


警戒心をさらに上げて、だがどこか、興味を惹かれて彼女は言葉の意味を尋ねる。


「おめぇのことはムジャルタから聞いたぜ。なんでも、幼いころから親父の背中を追いかけて、いつしか強さそのものに執着するようになったらしいじゃねえか。帝国の理念そのものでもあるが、おめぇの考えは“強さこそが全て”なんだろ?なら、もっと強い力が欲しくはないか?」


そこまで言いかけ、首を振って言い直す。


「いや、そうじゃねえな。……新しく生まれ変わりたくねえか?“絶対的な強者”に」


リスターナは何も答えない。答えられないほど、彼の言葉に衝撃を受けていた。


「絶対的な強者」――――なんと心を動かす言葉だろうか。この一言が、彼女に様々な思いを巡らせる。


己が世界的にも上位の強さを持っていると信じて疑わなかった。だが、先日の戦いで更なる上が、それも、手が届かないほどはるか遠くに存在していることを初めて知った。



欲しい――あの力が。


勝ちたい――あの圧倒的格上の男に。


あれほどの力の差があるなら、手が届かないのなら、それが自分の限界。自分の力は、所詮その程度。


そう思って諦めていた。だが、少しでもあの域に手が届くなら。少しでも、あの男(・・・)と渡り合えるできる可能性があるのなら――――




「――――――欲しい……力が。あの男(・・・)と戦えるだけの、圧倒的な力がッ!」



今でも鮮明に思い出せる、銀の仮面を身に着けた男。その域までたどり着けるなら、悪魔に魂を売っても構わない――言外にそのような言葉まで聞こえてきそうな勢いで、心の底から叫ぶ。



「力が欲しい!どうやったら手に入るのだ!教えてくれ、どうすれば私は強くなれる!?」



魂の叫びを聞いたベルガンは、予想以上の答えに弧を描くような笑みを浮かべる。そして、待ってましたとばかりに懐から青白い水晶を取り出した。その中心には、「風」の文字が書き込まれている。カドモスの槍の核ともいえるものだ。


「これは……」

「これが、おめぇを強くしてくれる魔法の水晶だ。まあ、おめぇに適正ありと認められたらの話だがな」

「もし適性がなかったらどうなる」

「そりゃおめぇ、力を手に入れるためにはリスクがある。適正なしと判断されたら、そのリスクを受けちまうってことだ。まあ、要するに失敗すれば死ぬってことだな」


息を飲むリスターナ。だが、それも一瞬。すぐさま喜びの表情へと戻った。


「面白い……失敗が死というのは、つまり命をかける価値があるほどの力というコトだな」

「そういうこった。それじゃあ後は任せたぜ」


自分の役目はここまでだとばかりに、残りをウェルバに任せるベルガン。そのままソファにもたれ掛かってしまった。一仕事終えた後の中年のように長い息を吐く彼は、もう傍観者気分でいるようだ。


「仕方がありませんね。それでは早速始めましょう」


やれやれと首を振ると、気持ちを切り替えて早速儀式に入る。


「手順は簡単です。この水晶をあなたの中に埋め込み、あなたはその時全身に走る激痛に耐えるだけ。それではいきます」


答えを聞くこともなく、ウェルバは水晶をリスターナの(へそ)の付近に強く当てる。リスターナはそれには何も言わず、今にも興奮で破裂しそうな心臓を押さえながら、その瞬間(とき)を待つ。


水晶を持つ手に黒い魔力が集まる。メアリーが放つような漆黒の闇属性の魔力ではなく、それとは別の、竜滅の神器(ドラゴンスレイヤー)特有の黒い魔力だ。


それは徐々に手元の水晶に集まり、青白い色を黒く染めていく。やがて黒が全体を染め上げたとき、水晶はぐにゃりと原型を失くし、そのままリスターナの体内へ、ずるりと入っていった。ウェルバその後すぐに彼女から離れる。


「……うッ、くぅ……!」


その時の感覚に悶えるも、それはほんの一瞬。すぐさま体の奥底から走る、これまで戦場でも味わったことのない“痛み”に意識が持っていかれる。


「ぐッ……あああああああああああああああああッ!!」


声を我慢することなど到底不可能で、彼女は喉も裂けそうな断末魔を上げる。そのあまりの声量に思わずウェルバたちは顔をしかめるも、耳をふさぐこともせず、黙ってその時が来るのを待つ。


「あああああああッ、がッ、がああああああッ!」


膝をつき、痛みに体を丸めるリスターナ。その姿、その声はまさに獣。凛とした美貌を持っているだけに、その迫力もすさまじい。


内臓のすべてが破裂し、血が沸騰しているかのような熱さを感じる――――そんな例えが出来そうなほどの激痛を味わい続ける事約10分。普通の人間なら激痛に耐えきれず死んでいるだろうに、彼女はまだ耐え続けていた。


彼女を未だに支えているのは、「強さ」への執着と、あの男に追いつきたいという純粋な「目的」。


ただ意味もなく強さを求めるのではなく、遥か先にいる男に勝つために強さを求めるという目的・覚悟がある。人間はそんな時、恐ろしいほどの力を発揮することがある。今の彼女はまさしくそうなのだろう。



それからさらに数分後、獣のような叫び声・魂が擦り切れそうな断末魔は次第に小さくなり、やがて消えていった。どさりと糸が切れたように倒れ伏し、それから一切動くことはなかった。



「……やはり、失敗か?」


ムジャルタがつまらなさそうに言う。だが、ベルガンは違った。


「ちょっと待てよ。まだわからないぜ?」


その言葉が切っ掛けと言うわけではないだろうが、彼女の手先がピクリと動く。それを見たウェルバ、ムジャルタが目を見開く中、彼女はゆっくりと体を起こす。


「よお、どうだい?生まれ変わった(・・・・・・・)気分は」


ベルガンが話しかける。返事はないうえ、意識も朦朧としているように見えたので反応に期待はしていなかったのだが、それはいい意味で裏切られた。


ゆっくりと笑みを浮かべるリスターナ。目を朦朧としつつも、頬を紅潮させ、酒に酔いしれたかのような彼女の姿は、これまで以上に、どこか狂気をはらんだ美しさを兼ね備えていた。


「ああ……最高だ」


そう答える彼女の右手には、あまり装飾はされていないものの、何故か目を引き付けてしまう黒い槍――“カドモスの槍”が、強く握りしめられていた。




この時、屋敷の中に、圧倒的な力の存在を感じさせる気配が一つ、新たに増えた。


感想等、お待ちしています。

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