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ようやくリュートの服を用意できたとのことなので、リュートは早速着てみることにした。とは言え、今は竜形態。裸のままうろつくのはさすがの彼も我慢できなかったので、結局あれから人化の術、人身変幻は使っていない。


この日が二回目である。


「それでは早速――“人身変幻”ッ」


光がリュートの体を包み込み、形態を変化させながら徐々に小さく、ヒトの形へと変貌していく。霧が晴れるように光が散った後、そこには銀色の髪を垂らす、美しい少年の姿があった。


恥ずかしそうに内股になっているところが、中性的な容姿も相まって何かクルものがある。そっちの趣味のご婦人方からすれば涎が出るのでは?そんな馬鹿な話もできるだろう程に。


「よしよし、ちゃんと完璧にできるようになったわね。それじゃあこれを着て。近くの村に行ってもらってきた物よ」


差し出されたのは、麻でできた古ぼけた服。ファンタジーゲーム等で村人Aなどが着ていそうな服だ。


「どこで手に入れたのさ?近くの村って、この森の近くに村なんてないよね」

「ここから一番近くの村って意味よ。普通に歩いていけば、まあ……二日くらいかかるかしら。私の手持ちのものと交換してもらったわ」

「そんな遠くに……ありがとう、大事に使わせてもらうよ」


ぼろい服とは言え、これはウンディーネがわざわざ用意してくれたもの、彼女の好意だ。素直に嬉しいし、正直着れるものなら何でもいいとう心情である。裸の状態から早く脱却したいのだ。


「――――うん!今のあなたなら、何を着てもバッチリね!」

「そう?ありがとね、ウンディーネ」


お互いに照れくさそうに笑い合う。


「それで、今日は何をするの?今日は特訓の日だよね?」

「もちろん、あなたのヒトの体の訓練よ。普通は本来の姿とは異なるから、初めての場合はうまく体を動かせないの。あなたなら問題ないと思うけど、やっぱり確認は必要よね」


それは所謂身体テストというものだろう。リュートとしても早くこの身体を動かしてみたいので、ワクワクしているのだ。


「それじゃあまずは歩いてみましょう」

「それくらい簡単だよ」


そう言い、リュートは普通に歩いてみようとする。一歩目を踏み出し、二歩目を出そうとすると、上半身のバランスがとりにくくなった。三歩目で転んでしまった。


「あれぇ?なんでだろう?」

「当然よ。あなたは元はドラゴン。四足歩行だったのが急に二足歩行になったんだから、戸惑って当然でしょう?」


それはもちろん考えていた。しかし、リュートは元人間。二足歩行で生きる生物だったのだ。だからこその余裕だった。しかし、思っていたよりも四足歩行に慣れ、二足歩行の感覚を忘れていたらしい。


「ゆっくり歩いてみて。ほら、イッチニ、イッチニ」


ウンディーネの声に合わせ、ゆっくり足を出して前に進んでいくリュート。その顔は真っ赤だ。元は高校生、なのに、今更赤ん坊のように練習するというのはなかなか恥ずかしいからだ。


しかし、実際これをやらないとうまく歩けるかどうかが疑わしいため、真面目にやらなければならない。


「……ねえ、もう歩けるようになったからさ、これ止めてもいい?」

「あら、本当。さすがね、体の動かし方でも知ってたのかしら?」


その通り。リュートは歩くたびに、少しずつ人間の体の動かし方を思い出していったのだ。関節の動かし方、バランスのとり方、翼を使わないでのジャンプの仕方など。


そんな事は知らないウンディーネは、これも龍神であるからこその学習能力の速さだと勘違いしていた。


「ああ~、こんな感じだったなぁ。ははッ、懐かしいや。というか前よりも動けるし、ちょっと楽しいね!」


次第に動きは俊敏になっていき、リュートは尋常ではない速さで走り回るようになる。しかし、そのせいで土ぼこりが経っているため、早く止めなければいけない。


「はい、そこまでよ」

「わっと」


リュート以上の速さで動いたウンディーネは、リュートの首根っこをつかみ、子猫のようにして持ち上げる。


「もうッ、リュートったら、少しはしゃぎ過ぎよ。いくら人型になれて嬉しいからって、少しは落ち着きなさいな」

「……ははッ」


呆れたように言うウンディーネの言葉に、リュートも自分がいつもよりはしゃいでいたことに気付いたようだ。少し照れたように笑うリュートに、ウンディーネも我慢の限界だった。


「や~ん!可愛い!」

「わぁッ!う、ウンディーネ!?」


突然抱きしめてきた彼女の様子に驚くリュート。さらにもう一つ驚くことが。


(せ、背中に当たっている柔らかいものって、まさか、まさか~~~ッ!)


これまで経験したことのない、恐ろしくやわらかな二つの感触。そして、頬にはウンディーネのひんやりとした肌がくっついており、えも言われる感触に、リュートの顔も真っ赤になる。


「ちょ、ちょっと、苦しいって!」

「やんッ」


リュートは体をねじり、何とか脱出する。その際、ウンディーネが艶めいた声を出した気がするが、聞かなかったことにしよう。


「あ、あのさ……早く、この身体の特訓をしようよ。今日はその日でしょ」

「あ~……そう言えばそうだったわね。堪能するのはまた今度にしましょう」

「……ちなみに、何を堪能するの?」

「ヒ・ミ・ツ♡」


背中がゾクリとした気がするリュート。何故だかわからないが、自分の身を守らなくてはと言う意識が高まった。


「まず、あなたが自身の体をどう扱えば分かるためには、やっぱり思いっきり動き回ってもらうことが一番よね。というわけで――――」


ウンディーネはリュートから距離をとり、腰を落として構えをとる。


「――私と組手をましょ」

「――――――――はい?」


反応が遅れてしまった。再度、尋ねる。


「組手って言った?」

「ええ、言ったわよ?」

「なんでか理由を聞いても?」

「理由は簡単。組手ならどんな風に動けば相手に攻撃できるか、自分を防れるかがわかるし、魔法の練習にもなるわ。それに、あなたが外の世界に出ていくとき、ヒト型のままでしょ?だったら、ついでに体術も覚えさせようかと思って」


意外とまともな答えに、リュートもなるほどと納得してしまう。ようやく動けるようになった体ですぐに組手など、ボコられろと言っているようなものだということに気付いていないのだ。


「安心して頂戴?ちゃんと、あなたの身体能力より少し上程度にするから」


言い終わると同時に、ウンディーネはすぐさま地面を蹴り、リュートに向かって走り出す。慌ててリュートがストップをかける。


「ちょっと待ったぁ!ウンディーネ、精霊状態のままで来るの?少し不公平だよ!」

「あ、あら?ごめんなさい、忘れていたわ。ちょっと待っててね」


そう言い、ウンディーネは人身変幻の術を自身にかけ、人間の姿に変化する。踊り子のような露出の高い美女に変化した彼女は、さっそくリュートに襲い掛かって来た。


「うわ、さっそく!?」

「当然よ、相手は待ってくれないのよ!」


ウンディーネが拳を突き出す。確かにリュートに合わせてくれているようで、躱すことはできた。しかし、やはりまだまだ動きは拙いため、どうしても不恰好なものになってしまう。


「やっぱりまだうまく動けていないようだけど、続けていれば洗練されていくようになるわ。“継続は力なり”これを実行させていくわよ!」


ウンディーネは拳や蹴りを繰り出していく。普通ならそのときの滑らかな肢体に目を奪われそうなものだが、今のリュートにそんな余裕はない。一撃一撃をさばき、躱していくのに集中しているからだ。


「ホラホラ、いつまでも受け身になっていないで、あなたの方からも攻撃しないと!そうでなきゃ、何のための組手かわからないわよ!」

「くそ~~」


次々に繰り出される連撃に、ついにリュートも反撃の姿勢に出た。



短い手足で、昔、テレビや漫画で見た動きを思い出しながら攻撃していく。イメージ通りに動かすというのは難しいが、それでも元々の身体スペックが高いため、それなりの形にはなっている。


「形は少しは様になっているけど、まだまだよ。突きは脇を締めて、肘を内側に入れながら捩じるように。蹴りは軸足と腰のバランス、あとは膝の関節なんかを意識しなさい。それだけでもだいぶ変わるわよ」


組手の最中でも懇切丁寧に教えてくれるウンディーネに感謝し、言われたとおりにやってみるリュート。自分でもわかる通り、明らかに空気を切り裂く音が変わり、鋭さも加わった。


「せいやッ!」


全霊を込めた突きは、残念ながらウンディーネに躱され、後ろの大木に当たってしまった。そして、大木は大きな音とともに破裂し、後ろに倒れていった。


その威力に茫然としていると、後ろに気配を隠しながらウンディーネが現れる。


「隙を作っちゃいけません!」

「はぶッ」


ウンディーネがリュートの首ねっこをつかみ、大きな岩に投げた。ドゴンッという凄まじい音がし、岩が真っ二つに割れる。普通なら死んでしまうだろうが、普通でないリュートはケロッと起き上がって来た。


「痛くない……流石は龍神。人型になっても身体スペックは異常なんだね」

「当然よ。私たちは人型に収まっているとはいえ、精霊王と龍神様、生物として人間とは次元が違うんだから。むしろ、これくらいは私たちからすればほんのお遊びよね」


確かにその通りだろう。もし、今のをウンディーネの全力で投げていたら、さすがのリュートも血を流していたことだろう。


「それよりも、なんでウンディーネが体術なんてできるのさ。魔法で十分強いんだから、体術なんて必要ないんじゃない?」


もっともな質問をするリュート。


「長いこと生きていると、退屈なのよ。だから、普通とは違ったことに手を出してみたくなっちゃって。この身体を餌にすれば、いろんな男たちがバカみたいに挑戦を受けてくれるもんだから、練習台に不足することはなかったわね」


豊満で魅力的な体を抱きしめ、艶めいた表情で告げるウンディーネ。そんな彼女を見れば、確かに受けてしまいたくなるだろう。しかしリュートは、不思議と寒気しかなかった。彼女の艶めいた笑いが、今では冷笑にしか見えなかったのだ。


気を取り直すように身体についたほこりを払いながら立ち上がり、今の攻防を頭の中で思い返す。


「そう、経験は復習によって記憶されるわ。これからは毎回、組手の後には必ず復習の機会を設けるから。頑張ってね」


頷くリュート。正直に受け入れようとする教え子に、ウンディーネはさらにポイントを教える。


「それと、慣れてきたら魔力で全身を覆い、身体能力を上げることもできるわ。人間たちは“魔力による身体強化”って言っているけど、あなたたちも魔力で鱗をさらに硬化させてるし、意味は分かるわよね?」

「うん、大丈夫。多分だけど出来ると思うよ」

「よろしい、でもここで忠告。体のどこか一部に魔力を集中させる身体強化はしない事。いいわね?」


普通にやろうとしていたことを止めるよう言われた。その理由を尋ねるリュート。


「いい?よく考えてみて。例えばとても硬いものを蹴ろうとして、蹴り足だけに身体強化を集中させたとするじゃない。それで蹴って、身体強化していない身体の方はどうなると思う?」

「……衝撃に耐えられなくて、逆にダメージを負ってしまう?」

「その通り。生物の体を衝撃を緩和させる構造になっているけど、完全ではないもの。一部を守ったところで、他の箇所に衝撃が回って余計ダメージを負うだけなんだから。ただ、威力は確かに上がるから、本当に必要な時以外はあまり推奨できないのよね」


つまり、腕でウンディーネの蹴りを防御したとしても、足はまったく強化していない為、踏ん張りがきかずに結局は吹っ飛ばされるということだろう。そんな解釈であっているはずだ。


「私たち、特にあなたは火力だけで言えば世界最高よ。破壊するだけなら、持てる魔力を際限なく使い切ってやればいい。でも、それだけじゃないでしょう?どんなに大きな力を持っていても、それをコントロールできなければいざという時に役に立たない。だから、精進あるのみよ!」


最後に締めくくり、再び構えをつくるウンディーネ。休憩時間、もとい復習時間は終わりらしい。リュートも先ほどの経験を重い返し、次こそは、と意気込む。


「はい、先生!」


再び、二人の影が衝突した。そして、森の精霊たちがまたもや忙しくなってしまうのだった。









その日の夜。


「……鬼だ。この精霊、ホンッットに鬼だ……」

「今日はお疲れ様。また二日後にやりましょうね~」


疲れ果てて寝転がるリュートと、どこかつやつやとした肌を押さえながら帰っていくウンディーネ。リュートは今日一日、組手の合間に恐ろしい誘惑をしてくるウンディーネに精神的体力を持っていかれた気がしたのだった……



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