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黒と紅②

メアリーは現在、二人の強者と対峙している。


1人は巨体のボディビルダーのような男であり、左眼を眼帯で覆っている。しかし、その手に持っている彼と同じくらいの大きさの剣は、めったに使い手のいない稀な属性“光”を纏っていた。


もう一人はやせ形で軽そうな雰囲気を持つ男。こちらはもう一人に比べて随分と若いが、それでも帝国の将軍を任されているだけあって体から漏れ出る魔力は異常の一言に尽きる。属性はどうやら風らしく、片手剣の刀身を風が渦巻いていた。


三人はついに交差した。


「オラァァッ!」


風の将軍、ザックが飛び掛り、横一文字に斬りかかる。メアリーはそれを上に躱すことで逃れるも、今度は上に光の将軍、ベリアが飛び掛って来た。


「我が剣の錆となれ!」


上段から全力で振り下ろすベリア。当然光の魔力を纏った剣はメアリーからすれば対の属性として避けねばならないもの。しかし、メアリーは闇を纏った腕でガードしただけ。そのまま地面に吹き飛ばされた。その威力はさすがであり、メアリーが地面に激突すると共に、その地面が少し凹んだ。


ベリアがザックの横に降り立つ。


「やったか……?」

「バーカ、あの程度で死ぬわけないっしょ。どーせすぐに起き上ってくるって」


魔剣を肩に担ぎながら、だるそうに言うザック。事実、メアリーはケロッとした表情で起き上がった。


「……人間でこの力、やっぱりオモシロい……!」


小さく、しかし興奮した様子のメアリーは、今度は自分から仕掛けた。消えたと錯覚するほどの速さで二人の間に接近し、頭を掴もうとする。


「甘いッ」

「下らねえよ」


しかし、その動きが見えていたようで、二人はメアリーの腕を逆に切り落とそうとする。


「……甘いの、そっち」


瞬間、メアリーの両手からは黒い靄のようなものが現れ、魔剣を受け止めた。


――”闇の吸引(ブラック・ホール)


かつてリュート相手にも使ったこの技は、受けたすべての衝撃を吸収する。効果がないと知った将軍二人は、すぐさまその場を後退する。


「ちッ、やっぱ闇属性ってのはめんどくせえな」

「だがしかし!その闇を撃ち払うことが我が光魔剣の使命である!」

「相変わらず、あんたの言ってることは理解出来ねえな……」


そう話している内に、メアリーが魔力を溜めていた。


「……これはどう?」


つぶやくやいなや、メアリーの影がググッと伸びていく。夜であるがためにそれは視認が難しく、すぐに二人の足元にたどり着いた。メアリーが手を上にあげる仕草をすると、影は地面から天に延び、二人の体を穿とうとする。


「ぬうんッ」


ベリアが剣を下に一振りする。その剣の軌道から光が洩れ、それが影から身を守る盾となる。槍を防いだ数瞬後、ザックが駆け出す。突きの構えのまま疾風のように接近すると、レイピアのような突きを放つ。出しては戻し、出しては戻しを繰り返し、残像が残るほどの速さで繰り出されるそれは、剣が無数に増えているかのような錯覚を受ける。


「オラオラオラオラァッ!」


メアリーはそれらをすべて見切り、紙一重で避けていく。しかし、避けきったはずの剣閃は、メアリーのマントをビリビリに破いていた。


「……なんで?」

「はッ、俺の属性は風。剣は裂けれても、無数にして不可視の風の刃は避けらんねぇだろ!」


言いながらもさらに連撃は止まらず、躱しているのにどんどん風の刃がメアリーのマントやシルクハットに傷を入れていく。


「某も忘れてもらっては困るぞォォォオオ――――ッ!」


剣に意識が向いていた為に、上から降ってくるベリアの存在に気付くのが一瞬遅れる。その魔剣には、膨大な魔力を蓄積していた。今の間で溜めていたらしい。


「喰らえ、我が奥義!“裁きの流葬(ジャッジメント・ロウ)”!」


大剣に蓄積された魔力が限界を超え、魔剣を中心とする巨大な一本の槍と化した。夜空を太陽とは違った輝きで照らすそのあまりの光量と魔力量に、メアリーも目を少し見開く。しかし、アクションを起こそうとする前に、ザックが立ちふさがった。


「おっと、逃がさねえぜ。一度俺の領域に来たら、ゼッテエ逃がさねえよ!オラ、飲み込まれなぁッ」


ザックが魔剣を下から上へ切り上げると、風が吹き出し、荒れ狂う突風へと変わり、渦を巻いてメアリーを飲み込んだ。こちらもまた巨大な竜巻であり、ザックの魔剣から生み出された風であるため、中は当然風の刃でいっぱいだ。


「ぐうううッ……」


流石のメアリーも苦悶の声を漏らす。荒れ狂う刃の嵐に飲み込まれ、下手に出ようものならメッタ切りにされることは明白。闇の靄で全身を覆うことで防御をしてはいるが、このままでは避けることはできない。そこに、先ほどの眩しいほどの光を放つ巨大な槍が降って来た。


「あらよっと」


ぶつかる直前、ザックが暴雨の壁を解く。そうでなければ、ザックの魔法とベリアの魔法がぶつかって打ち消し合うからだ。対の属性である光の魔法が、メアリーの体に直撃する――――かに思われたその時。




メアリーを覆う闇は大きくなり、そのままズブズブと、ゆっくり光の槍を飲み込んでいった。そして後には、またもや暗闇が訪れる。


「……なんと……」


ベリアが茫然としながら地面に降り立つ。横で見ていたザックも同じで、信じられないと今にも叫びだしそうだ。


そんなとんでもないことをしでかしたメアリーはと言うと……震えていた。


「……この衣装、シルバー仮面がくれたものなのに……こんなにビリビリに。……許さない」



小さい声のはずなのに、なぜか全員が恐怖を感じるほどの圧倒的な怒り。仮面に覆われた目が赤く危険な光を放っているように見えるほど、今のメアリーからは危険なオーラを感じる。


「――――くッ、それがどうしたぁッ!」


ザックが叫び、剣を振る。今度はメアリーを閉じ込めることが目的ではなく、攻撃のみに重点を置いた魔法だ。竜巻がいくつも発生し、うねりを上げながら、まるで蛇の如く一斉にメアリーに襲い掛かる。それらをじっと見つめた後、メアリーは闇の靄に手を向け、次にザックたち二人に向ける。


「……お返し、するね?」


闇の靄の中から現れたそれは、先ほどの巨大な光の槍。それは闇の靄を巻き込みながら、ベリアの魔剣は本来の主へと襲い掛かる。その途中でもちろんぶつかるいくつもの暴風を、打ち消すでも露散させるでもなく、光の槍に巻き込まれた闇の靄によって吸い込まれていった。


それはつまり、光と闇と風、三属性の融合。術者本人が放ったものよりもさらに強力なものとなって襲い掛かる。


「おいおい……あれはねえだろうがよ」

「くそッ、某の魔剣を……おのれぇッ!」


地面を抉り、轟音をならし、三属性の槍は進んでいく。ザックとベリアを飲み込み、その後方にいる帝国の軍勢をも巻き込み、蹴散らしていく。メアリーの合図によって魔力が露散し、光がキラキラと輝いて周囲に降り注ぐも、そこに神々しさはなく、ただ屍の魂を持ち去っていく死神の光にしか見えない。


「……殺しちゃった?」


冷や汗をかくメアリー。もし今の一撃で死んでいたら、リュートに言われたことを破ってしまうからだ。しかし、その心配は杞憂だったようで、二人はぼろぼろの様子でも何とか立ち上がって来た。


「まだ、まだだぜ……」

「ここでやられるようでは……帝国将軍の名折れで、ある……ッ!」


見事な気概を見せる二人。どうやら直撃する寸前に魔力を全力展開していたようで、威力を半減させられていたらしい。そのおかげとも言えばいいのか、後ろの軍勢も無事とは言わないが、何とか生きてはいた。


ぼろぼろになりながらも戦う意思を見せる二人に、まだ立っている帝国兵たちは感動している。二人はまだまだやれるんだと、歓喜の声を上げている。


「俺はまだやれ――――」

「某は負けては――――」

「……うるさい」


歓声に押されてか、二人は己を鼓舞するように声を張り上げる。しかし、その途中でメアリーが無慈悲にもトドメの魔法を浴びせる。二人は白目をむき、ゆっくりと後ろに倒れていった。


「……筋肉はうるさい、チャラ男はしつこくてなんかヤ。……立ったことには称賛するけど、やっぱりうるさいの」


周囲が酸素を求める魚のように口をパクパクさせ、今起こったことに衝撃を受け止めきれていない様子だ。


「……こっちは終わった。シルバー仮面、頑張って」


愛する主がいるであろう方向に目を向け、一人の女として応援する。周囲は未だに、静けさから抜け出せないでいた。









 ***


一方そのころ、アイギスのほうはと言うと、こちらも帝国将軍二人と戦闘を行っていた。


こちらは完全に前衛と後衛に分かれており、後衛であるアルヴィは魔法による攻撃のみである。


「ハハッ、やっぱりあんたやるねぇ!アタイ、こんなに楽しい戦いは久しぶりだよ!」


ウェンダが巨体に似合わない美しいソプラノの声で叫びながら、バトルアックスと言う珍しいタイプの魔剣を振りまくる。一つ一つを躱すたびに耳元で風を切る轟音が鳴り響き、とてつもない威力を持っていることがわかる。


「俺としてはさっさと終わらせたいんだよ!」

「そんな釣れないことを言わないで、もっとアタイたちと踊ろうじゃないのさ!」

「……さっさとくたばれ」


上段から振り下ろされるバトルアックスを躱すと、そのバトルアックスは地面にめり込んだ。そしてそのまま力任せにバトルアックスを振り上げ、再びアイギスに斬りかかる。その際、土がはじき出されて目くらましのようになった。


「チイッ!」


空中に飛ぶことで避ける。すると、地面が隆起し、巨大な石の槍が無数に造られる。それらは一斉にアイギスめがけて飛んでいった。


「串刺し刑、執行」


アルヴィがぼそぼそとつぶやく。周囲を石の槍で埋め尽くされ、それらはアイギスに一斉に刺さっていった。アイギスの体が見えつくせなくなるほどの数、全てが彼の体を刺し貫いていく。


「完了」

「なんだい、もう終わりかい?あっけなかったねぇ」


つまらなさそうに呟くウェンダは、バトルアックスを肩に担ぎながらその場を離れようとする。しかし、串刺しとなり最早石の塊となったそれからは、膨大な魔力を感じられた。


「なんだいッ!?」

「……まだ生きてる」


明らかに舌打ちするアルヴィと、嬉しそうにするウェンダ。石の塊は根元から紅く、熱を持って光を発していく。


「この程度で、この俺を、殺せると思うなぁッ!」


石の塊全てを、その膨大な熱量でマグマに変えたアイギス。マグマになれば、主導権はアイギスのモノだ。


「はあッ」


上空からマグマの塊を落としていく。人間があれに当たれば間違いなく即死だろう。しかし、将軍の任に付く二人には何ら問題はなかった。


「それを冷やして固めるのが、アタイ()の役目さね!」


ウェンダがバトルアックスの先端を向けると、水が噴水のように溢れていき、大きな水の層を造った。その中にぼちゃんと音をたてながらマグマの塊が入る。蒸発による蒸気と、それに伴う音が激しくなる。しかし、結果的にマグマは冷え固まり、ただの岩石に成り果てた。


「これはもう、俺のモノ」


そこにアルヴィが加わる。水と石の礫による散弾が、アイギスに集中する。


「いつまでも貴様らのターンだと思うなよッ」


右手に魔力を集中させる。炎が生まれ、巨大化していき、やがて、アイギスの身長も越えるほどの剣と化す。


――“燃え滾る業魔の(つるぎ)


膨大な熱を持つこの剣は、あらゆるものを焼き切る。アイギスはこの巨大な剣を一振りするだけで、水と石の礫が消えていく。正確には、その熱で消し炭にされているのだ。


「……フンッ」


アルヴィが剣を振り上げる。それに合わさるようにして地面から大きな土柱がせり上がり、一気にアイギスに向かっていく。固い地面をさらに圧縮し、より硬度を増したそれは、ぶつかっただけでもあらゆるものを破壊するだろう。


しかし、アイギスは真っ向から向かっていった。灼熱の剣を振り、まるで連続する瓦割のようにして土柱を真っ二つにしていく。斬られたところが赤く光っていることから、焼け溶けているというのがわかる。


「後ろががら空きだよ!――“彗星連牙”!」


どうしてか、上空にいるアイギスのさらに上から、ウェンダが落ちてくる。身体を回転させ、それに伴い振られるバトルアックスには水がまきついている。遠心力により水は細く研ぎ澄まされていき、一つの大きな独楽(こま)のようになる。


瞬時にアイギスは切るのを止め、ぎりぎりまで引付けてからウェンダを躱す。そのまま彼女の上に行き、上から灼熱の剣で突きをおとす。


「なあッ!?」


回転を止められ、水の防御を展開しつつバトルアックスで何とか受け止める。しかしそのまま下へと押されていくのは仕方がない。人間は空を飛べないのだから。このままではアルヴィの土柱によってウェンダがやられる。そのため、しかたなくアルヴィは魔法を消すしかなかった。


「ちッ、バカが……」


仲間に悪態をつきつつ、アルヴィは次の魔法の準備をする。一方ウェンダは何とか耐えてはいるものの、そろそろ限界だった。


「ハアアッ!」


渾身の一撃をもう一度加えると、バリン、と言う音と共に、バトルアックスが破壊された。それに伴い水の防御も崩れる。


「そんなッ……アタイの魔剣がッ!」


魔剣を失った彼女は現在生身。そんな彼女に灼熱の剣は危険すぎるため、左の素手で腹を殴る。その威力も加算され、ウェンダは地面に激突した。凄まじい音と土埃、地面をくぼむほどの威力でありながら、未だに意識を保っているのはさすがと言うべきか。


「グフ……女関係なしに殴るなんて、さすがだね……ますますいい男じゃないか……」

「悪いが俺は、妻以外の女を“女”とは思えんのでな。それに貴様は敵だ、容赦は無用だろうが」

「そっか、そいつは……残念だったねぇ……」


それを最後に、ウェンダはガクリと気を失う。将軍の一人がやられたことに動揺を隠せない帝国兵たち。だが、まだ一人残っている。


アイギスが地面に降り立つと同時に、彼を囲むドーム状の土の壁ができ、そして中から剣山のような槍が発生した。逃げ場のない攻撃。確実にこれはやっただろうという自身の笑みが、アルヴィの口もとに浮かんでいた。


しかし、声は頭上からした。


「賢者と言われているらしいが、お前はまだまだ甘いな」


フレアバースト――炎を圧縮し、放つだけの単純な魔法。しかし、その魔力量は将軍であるアルヴィよりも上であり、また、自分の完璧に決まったと思っていた魔法から逃れていたことによる驚きで呆然とする彼の視界一杯を埋めつくした。


「……ッ!?“石方陣”!ぬおおおおおおおッ!」


今までの彼からは感じられないほどの声を上げながら、必死で防御壁を作り出すアルヴィ。しかし、その対処もむなしく、炎は彼と、防御壁をまとめて飲み込んだ。


炎は波のようにして周囲にまで被害を出す。周囲で見守っていた帝国兵にも炎が飛び火したのだ。


やがて炎が消えると、若干焦げたようなアルヴィがばったりと倒れていくところだった。すぐさま彼の横に立ち、首に指をあてるアイギス。ドクン、ドクンと心臓の鼓動は聞こえているので、とりあえずは死んでいないのだろうと安心する。


「魔法に頼って剣技を怠けるから、とっさの反応が遅れるんだ、バカ者め。さて、と……」



一仕事が終わった感じで軽く言うと、周りを見渡す。そこにはまだ帝国兵たちがかなりの数残っており、アイギスが顔を向けると、一瞬びくりと肩を震わす。


「まだお前らが残っているな」


その一声で、これから起こることを理解した彼らは顔を青くする。


「貴様ら全員、今日という日を忘れろォ――――ッ!」


アイギスは炎を手に、近くの者から飛び掛る。



紅い死神の悪夢は、まだ終わってはいなかった――――……。


ようやくできました。次はいよいよシルバー仮面の番です。


どうぞお楽しみに!


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