黒と紅
『散開』
リュートの号令により、三人はそれぞれの方向へと別れる。かといって、三人の勢いが落ちたというわけでもなく、やはり、止めることができない。
「……いくら帝国の精鋭って言っても、所詮は一兵。邪魔なだけ」
そうは言うが、口元にはかすかに笑みを浮かべている。大群が各々の武器を掲げ、自分を打ち倒そうとしている。これは、メアリーがシュベリア王国に腰を落ち着ける前まではよくあった光景だ。あのころはただ、孤独と戦いしかない毎日だった。
しかし――
「……今は、一緒に戦える人がいる。だから、今の私は……無敵!」
1人ではなく、共に、同じ目的を持って戦ってくれる人がいる。それが彼女の心を軽くしてくれる。今まで以上に戦いが楽しく感じる。
そしてそれは、帝国兵にとってはまったくもって迷惑以外の何物でもない。
「くそッ!あの女、楽しそうに戦いやがって……こっちは死にもの狂いなんだぞ!はああああッ」
1人の兵が背後から斬りかかる。速さ、動き、共に申し訳ないその一撃を、しかしメアリーは見てもいないのにひらりと躱す。その反動を生かし、次に攻撃に移ろうとしている兵の腹に蹴りを御見舞する。
「ぐふぉおおああッ」
彼は水平に吹き飛び、兵の群れに突っ込んだ。一撃で十数人を気絶させる彼女に恐れをなしたのか、むやみに襲い掛かってくるものはいなくなった。
「……そっちが来ないなら、私が、行く!」
周囲を見回したのち、メアリーの方から向かっていく。それを見て、対抗するように陣形を組んで斬りかかる帝国兵たち。
後ろから斬りかかっても躱され、蹴り飛ばされる。3,4人が全方位から攻めても上に躱され、見えない速度の連撃で地に伏せられる。
着地する瞬間にふわりと舞い上がるマントとロングのドレススカート。もはや夜となったこの景色の中で、不思議な魅力を放つ彼女は、帝国兵たちからすれば女神とも、悪魔とも思えた。
そんな攻防が続いて数分、いくら潰しても虫のようにわきでては向かってくる格下に、いくら戦闘好きと言ってもさすがにうんざりしてきた。
「……そろそろ、一気に終わらせる」
意識を集中させる。ピリピリとした雰囲気が伝わり、発動させてはいけないという気持ちと下手に近づいてはいけないという気持ちが兵たちの中に生まれた。その一瞬で、メアリーのイメージが完成した。
「……新作魔法、“黒き世界の始まり”」
リュートから教わった魔法、計40本の黒い大剣型の魔法剣が形成される。突然現れた巨大な剣の数に目を見開く帝国兵たち。それらに込められた魔力に目を見張る。
しかし、ここまではこれまでと変わらない。新しいのは、これから。
「……プラス、“悪魔の誘い”」
精神攻撃系の魔法を発動させるが、実はこれ、ヒト種の間では禁術指定されていたりする。内容が内容であり、失敗した場合の危険性が異常に高いからだ。
また、魔法に魔法を加えるという、ありえない行為に魔法部隊が腰を抜かす。これまで実験はしてきても、成功させた者はいないのだ。現にメアリーも、反発する魔法のぶつかり合いから逆流してくる魔力にかなり辛そうにしている。
でも――
「……私の目標の竜は、こんな不可能でさえ、楽々やってのけた……だから、私にだって、できるッ!」
これまでには見たことのないメアリーの力強い声。もしリュートやそのほかの面々がこの場にいたら、驚きに目を見張っていたことだろう。
そしてついに、それは起こった。
「……完、成ッ!……“悪夢の剣雨”」
夜の中で、ひときわ存在感を放つ漆黒の剣。一目見ただけで、いや、見なくてもわかる。あれはヤバイ、と。危険なオーラ―発している40もの漆黒の剣は、空高くまで上がり、いつでも降下可能な状態になる。
「バ、バカな……本当に成功させるなんて……」
「化け物がッ……!?」
「貴様のような化け物が……この世に存在していいはずがないんだ!!」
未知への恐怖からか、兵士たちはたった一人の少女に口々に叫ぶ。しかし、それは恐怖を紛らわせようとただ叫んでいるだけ。なんともおかしな光景だが、その少女がメアリーでは仕方がないだろう。
「……安心して、私は殺しはしない。それが、王の命令だから。でも――――」
その時の少女の声を、兵たちは一生忘れないだろう。
微笑を浮かべ、ゾクゾクとした艶めいた声で、彼女は言う。それは兵たちの耳の奥まで届き、脳に、得体のしれない魅了として纏わりついた。
「――――その代り、地獄にいってもらうから、ね……?」
その言葉を皮切りに、天から漆黒の剣が降りかかる。当然、兵たちも剣や盾で防ごうとするが、その魔法剣はまるで幻影のようにすり抜け、体に突き刺さっていく。そして、またもや天に、昇っていく。
しかし、突き刺さった箇所には切り傷ひとつない。その代りに兵たちは全員倒れる。
「な、なんだ、なんだんだこの魔法は!?」
狂乱したように叫ぶ声が聞こえる。
この魔法は、貫いた相手に強制的に7日7晩悪夢を見せる、一種の呪いだ。悪夢を見続けるというのは、考えているよりもはるかに恐ろしい。下手すれば死んでしまうかもしれないのだから。
しかし、それだけならば普通の禁術魔法でかまわない。メアリーの新魔法は、それよりもさらにエグイ。
“悪魔の誘い”は触れた相手のみ、一人にしか掛けられないもの。これは、“黒き世界の終わり”により数を増やし、また、魔力剣であるために非物質の剣だ。普通の剣や盾では防ぐことは不可能。
「……これだけの数、正確なコントロールは無理。でも、これだけの数なら、数撃てば当たるもん……」
とにかく降ろせば誰かに当たるのだ。魔剣を持つほどの実力者がいるわけでもなし。メアリーに対抗できる魔法使いがいるわけでもなし。抵抗は不可能であり、なすがままにやられつづけるしかない兵たち。
メアリーは以前、リュートの所業に引いていたが、彼女の所業も似たようなものだ。いや、呪いである以上、リュートよりも悪魔的所業かもしれない。
もはや、この光景が怪盗の戦いというよりも、死神の処刑にしか見えない。
次々に倒れていく兵たち。うめき声や苦しそうに叫ぶ者たちが多い中、それでも漆黒の剣は降り続ける。
これが永遠に続くとさえ思われた、その時。メアリーの漆黒の剣の一つを受け止めた者がいた。
「……なに?」
「某は帝国将軍の一人、“光魔剣のベリア”である!これほどの悪魔の所業、もはやヒトとは思えぬ!女といえど、容赦はせぬぞ!」
闇と対をなす光の属性、しかも、将軍クラスの魔剣持ち。メアリーの剣を一つだけでも防いだ実力。身体から溢れる魔力はやはり異常な量であり、魔剣に纏う光は邪を撃ち払う、聖なる光のよう。事実、まだ無事だった帝国兵たちは、神でも見るかのような眼差しだった。
「こちらも忘れないでもらおうかね。俺様は同じく帝国将軍の一人、“嵐蛇のザック”ってんだ。よろしくな」
こちらも風属性の魔剣を背負っている。一見チャライ兄さんといった感じだが、そこからあふれ出る魔力、威圧感はさすがと言ったところか。
メアリーが漆黒の剣を消し、臨戦態勢をとる。
「……やっと、ホントに楽しめそう……♪」
「尋常にしろ、この、悪魔めがぁッ!!」
「2体1ってのは気が引けるが、悪く思うんじゃねえぞ、クソ女ぁッ!」
両陣共に、一気に駆け出す。地面は砕け、大きな破壊音すらなる。そしてついに、3人は交差した――――
***
3方向に分かれてから、自分はどう暴れてやろうかと悩むアイギス。
自分の進んだ方向とは逆の方向からすでに大きな戦闘音が聞こえているため、メアリーだろうと確信する。
そこで、突然思う、はて、何故自分はこんな格好をしているのかと。敬愛する、いや、心酔すると言ってもいい王と共に戦える、これほど戦士として嬉しいことはないだろう。王自ら頼んできたことでもあるため、最初は喜んで頷いた。そしていざ来てみれば、奇天烈な格好と、普通じゃない名前を与えられた。
もう一度考える、なぜ、こんな格好で戦っているのだろうか?
「はああああああああッ!」
「くたばれぇぇぇぇええええ!」
「っと、そうだったな。俺もザコ掃除の最中だった」
思考に没頭しているうちに、周りの兵たちを片っ端から殴り飛ばしていたようだ。さすがに殺してはいないが、それでも鎧を陥没させるレベルの威力ではあった。
「くそッ、殺さずして倒すというのはこんなにも難しいのか。これまでは全員完膚なきまでに叩き潰したら、死んでたからな……。なるほど、これは王が言うとおり、力の制御の良い訓練になる!さすがは我らが王だ!」
少しづつだが、力の制御のコツをつかんできたらしいアイギス。これだけの実験台がいるのだから、無理もないだろう。アイギスにとって実験台程度にしか思われていない帝国兵たちには、ご愁傷様、というほかない。
左右から身体能力を強化した兵二人が切り込んでくる。普通ならとらえきれないだろう速度で剣を振るが、アイギスはそれを軽々と掴み取ってしまう。
「なあッ!?」
「くそ、なんて力だ!?」
アイギスの手が赤くなると、それに伴ってつかんでいる剣がどんどん溶けていく。恐ろしいほどの熱だ。
ぼろぼろのがらくたになった自分の剣を見て呆然とする二人に、アイギスは回し蹴りを喰らわせ、周囲の兵たちも巻き込んで吹き飛ばす。
「ちぃッ、奴は炎の属性だ!水属性の魔法使いは全力でやれぇッ!」
その合図の後、全方位から魔法使いたちが水の魔法を放ってくる。まだこれほどの魔法部隊が残っていたのかと思ったら、魔法部隊以外の兵たちも魔法を放っているようだ。
「フンッ!この程度、お遊びにしか思えんぞ!――“炎壁”」
アイギスの周囲に、灼熱の炎の壁が出来上がる。それに水の魔法がぶつかった瞬間、炎壁の熱で水が一瞬で消えた。ジュワアァという音と共に、一瞬で蒸発したのだ。
顔を盛大に顰める兵たち。炎の壁が途切れると、中にいたアイギスは突然笑い出した。
「フ、フフフ、フフフフフフッ」
不気味な男は、何故だか近寄りがたいオーラを放っていた。それに気圧され、一歩後退してしまう。と、突然笑いが止まり、アイギスは静に語りだす。
「俺はな、王と共に戦えるのは嬉しいんだ。でもな、こんな格好はさすがに嫌なんだよ。だが、王の頼みとあれば断るわけにはいかない。なら、俺がとるべき行動は一つだけだろう?」
ニヤリと笑うアイギスに、兵たちの背中がゾクリを寒気を感じる。
「貴様らの中から今日という記憶のすべてを消し、そして――」
アイギスの仮面の奥が輝いた……ような気がした。
「俺の頭の中から、今日という1日を消去するんだよぉぉぉぉおおおおおおッ!!」
アイギスから、膨大な魔力が溢れる。それはまるで突風のように周囲を吹き飛ばし、少々の炎が全身から漏れている。
「“回炎刃――球の型”」
出現するのは、膨大な数の炎の玉。拳サイズだが、全てがギュルギュルと凄まじい速さで回転している。
「安心しろ、死なない程度の熱量に控えている。だが、死にかける程度の熱量だから、安心して今日を忘れろぉぉぉおおおおッ!」
何を安心すればいいのか。今のアイギスからは、狂気に似たなにかしか感じられない。今にもここにいる全員を殺しそうな雰囲気だ。
「ひ、怯むなぁぁああああッ!帝国の精鋭なら、あの程度、恐れず進めぇぇえええッ!」
「う、うおおおおおおおおげぼらぁぁあああッ!?」
突撃するも、凄まじい速さの炎球が腹に突き刺さり、ゴロゴロと回転したのち、気絶する一人の兵士。当たった箇所には、少し溶けたような跡がある。それぐらいの熱を持っているということだろう。
「おっと、熱量を間違えたか……だが、死ななければOKだ。ならば、死ななければなんでもOKということだから、問題はないな?」
……どうやら、アイギスは心の大事な部分をどこかに落としてしまったらしい。危険な雰囲気をまき散らし、間違いなく壊れている。
そして、今度は1個とは言わず、全ての炎球が飛び回る。周囲の兵たちを片っ端から吹き飛ばし、気絶させていく炎球。剣で切ろうとすれば剣は溶け、欠けてしまう。明らかに意図して熱量を上げているとしか言えないが、全て鎧で覆われている箇所しか当たっていないところを見ると、意外と冷静なのかもしれない。
「忘れろ!忘れろ!こんな姿、頼むから忘れてくれぇぇぇえええッ!」
どうやらアイギスは、この怪盗の恰好が本当に恥ずかしいようだ。顔が真っ赤なのは、決して熱によるものではないだろう。見ている分には面白いが、目の前で実際に被害を受けている帝国兵たちとしては、たまったものではない。
もはや、アイギスが狂った化け物にしか見えないのだ。
「はぁあッ!」
その時、天から巨大な女が降って来た。降下のスピードと、その巨体から繰り出される一撃は、防御したアイギスの足元には耐えきれない衝撃だったらしく、粉砕した。アイギスの手から炎が揺らぎ、水蒸気を発したことから、彼女の魔剣は水の属性を纏っていたらしい。
今度は地面から、大地の剣山がアイギスを貫かんとする。
「ちいッ!」
自分を抑え込もうとしている女を弾き飛ばし、空中に脱出するアイギス。見れば、少し離れたところでまたも巨大な男が剣を地面に突き刺している。どうやら彼が術者のようだ。
女の方も空中でくるりと体を回転させ、男の横に並ぶ。
「アタイの名は“水星のウェンダ”!一応、帝国将軍の一人さね。あんたのような強者を待ってたんだ。血沸き肉躍るような戦いをしようじゃあないか!」
巨体な体に似合わず、美しいソプラノの声に驚くアイギス。彼女の魔剣はどうやらバトルアックスのようなタイプらしく、意外と似合っていた。
「……俺、“土の賢者アルヴィ”よろしく……」
「ああ、こいつも帝国将軍の一人だから。口数の少ない根暗野郎で悪いねぇ」
男の剣は大剣だが、先が2つに割れている。あれもまた、特殊なタイプの魔剣のようだ。
二人の名乗りに対し、アイギスの答えたものは――
「……貴様らも、見たな?」
「なんだって?」
「……?」
再度、繰り返す。不気味なオーラが増していた。
「貴様らも見たのなら、記憶を消してやるぞぉぉぉぉおおッ!」
叫び、またもや魔力の爆発を起こすアイギス。まだ壊れているらしい。
「へッ、なんだかわからんけど、楽しそうだね。乗ってあげるよ!」
「……お前、死ね」
こちらも武器を構え、臨戦態勢に入る。こちら側もまた、将軍クラスとの戦いに移った。他の兵たちは巻き込まれないよう、周囲にスペースを開けて後退している。
黒と紅、フルコースの内のスープは終わり、次はいよいよ、メインに入る。戦闘は、さらに激しさを増すことになるのだ。
今週もまた、試験と日々の地獄から逃げるように書き終えてしまいました…
どうでしたか?若干アイギスのキャラが壊れた感じがしないでもないですが、これくらいした方が面白いかなと思いまして…
感想等、待ってます!




