帰国
一か月ぶりですね、すみませんでした。
目が覚める。
そしてまず最初に感じるのは、ベッドとは違う温もりと柔らかい感触。それを離したくなくて、ギュウッと抱きしめてしまう。
「うぅ……んッ……」
可愛らしい声が聞こえた。どうやら起きたようだ。彼女は目を薄く開け、寝ぼけ眼で口を小さく開ける。
「……おはよ、リュート様」
目をゴシゴシと擦っている彼女。それが幼い子供のようで可愛らしく、微笑ましい気持ちになるリュート。
「おはようメアリー。身体の方は大丈夫?」
「……ん」
思い出したらしく、頬を染めるメアリー。昨夜の、いや、今朝までの情事を身体が未だに覚えており、熱が冷めきっていない。
「メアリーはやっぱり、エッチな子だね」
「……リュート様の、せいだよ……?」
「そうか、それじゃあ責任を取らないと」
薄紅色に染まるメアリーの頬に手を当て、その柔らかく張りのある唇にキスをする。一回では足りず、二回、三回と唇を重ね合わせる
結局、二人が部屋から出たのは正午を過ぎたころだった。
***
ようやく二人は宿を出、フードをかぶって街を散策していた。
「へ~……さすがは帝国、出店の数がシュベリアの比じゃないね。これでいつも通りっていうんだから、やっぱりすごいな」
「……私は、人混みが多すぎて少しいや」
今日は祭りなのでは?そう考えたくなるほどのヒトの多さ。様々な種族が入り混じっており、街の者たちの活気あふれる様子は、シュベリアでもよく見かける風景だった。
「……おなか空いた」
「それじゃあ何か食べようか。幸い、周りを見れば飲食店や屋台はたくさんあるんだしね。それで、何が食べたい?」
周囲を見回し、何がおいしそうかを探してみる。しかし、今は昼頃ということもあり、どこの店も人でいっぱいだった。そんな中、メアリーが何かの匂いを感じ取る。
「……こっち、美味しい匂いがする」
「あ、食べたいものが決まったの?じゃあ、そっち行ってみようか」
まるで兄妹のような会話。はたから見れば微笑ましい光景のはずなのに、フードと仮面のせいで異質なものになっている。
メアリーがリュートの手を引っ張り、匂いがするという方向へ向かっていく。リュートも鼻に意識を集中してみるが、はっきり言ってわからない。様々な食べ物の匂いや鉄、油などの匂いが混じっているため、かぎ分けられないのだ。
「……嗅覚はそんなに変わらないはずなのに、なんではっきりわかるんだろう?」
もしかしたら、メアリーは食べ物にのみ、リュートを上回る嗅覚を持っているのかもしれない。そう思うことで思考を打ち切ったリュートであった。
「……あった。あれ、食べたい」
「……食べたいものって、クレープのことだったの?」
「あれ、クレープっていうの?……すごく甘い匂いがして、おいしそう」
出店ではあるものの、やはり甘いものはいつの時代でも人気があるのだろう。この時代、この世界に甘い食べ物が普及していることにも驚いたが、それを屋台として簡単に売っているのにも驚いた。
その屋台は夫婦二人でやっているらしく、少し忙しそうだ。
いつの間にか、屋台の行列の中にメアリーが混ざっていた。なんとも素早い行動力である。慌ててリュートもメアリーの横に行き、自分たちの番が来るのを待った。
「メアリー、種類は三つあるみたいだけど、どれがいい?」
「……ッ!?――ッ!――ッ!」
食べることが楽しみ過ぎて、どれを選ぶか忘れていたようだ。慌ててメニューの看板を見る。しかし、結局決まらないまま二人の番が来てしまった。
「いらっしゃいませ~。お二人ですね?注文をどうぞ~」
接客は奥さんの方でやっているらしい。おっとりとした、優しそうな女性だ。
「僕は『鳥の衣揚げチーズ入りサンド』二つで。メアリーは?決まった?」
リュートが頼んだのは、男性向けに作られた腹持ちのするクレープだ。甘いスイーツの方も興味があったが、ボリューム的にこっちを選んだのである。
メアリーを見てみるが、まだ決まってないらしい。メニュー表を見て真剣に悩んでいる。
「フフッ、妹さんですか~?可愛らしいですね~」
「いや、その……恋人、ですね」
「あらあら、そうなんですか~?すみませんね~。カップルでおそろいの仮面って、なんだか素敵ですねぇ~」
仮面の二人組を見て怖がるどころか素敵だとほめる彼女は、天然なのか、はたまた図太いのか。そんな話をしている間も、まだメアリーは悩んでいる。
ちなみに、スイーツ系のメニュー三種類は、「ピーチクリーム」「アポルクリーム」アイスサンド」だ。最後のアイスサンドについては、アイスクリームではなく、果物を凍らせて刻み、シャリシャリにしたシャーベットのようなものらしい。地球では考えられないメニューに、リュートは興味を示した。
「メアリー、まだ?」
「あうぅ~~~~ッ!」
決めきれないらしい。しかし、後ろにはまだそれなりの行列ができているため、これ以上待たせるわけにもいかない。リュートは苦笑し、メアリーの頭を撫でて代わりに注文した。
「すいません、それじゃあ、このメニュ―三つとも、一個ずつください」
「――ッ!?」
「はーい、かしこまりました~」
奥さんは変わらず笑顔で注文を受け、旦那に伝える。そして素早い手つきで作りにかかった。チラリと横を見ると、メアリーがものすごく驚いた顔でリュートを凝視している。
「今回は特別。次からはちゃんと選びきってね」
その言葉に、メアリーは何度も首を縦に振る。よほど嬉しいようで、腕にギュッと抱き付いてきた。本来なら羨ましい光景なのだろうが、二人の恰好からしてそんなものは感じ取れない。残念というしかない。
「はーい、お待たせしました~。またのお越しをお願いしますぅ~」
そうこうしている内に出来上がったらしく、メアリーとリュートでそれぞれ受け取った。代金を払い、後ろの列を考慮して早々にその場を離れる二人。
「それでは早速…………うわッ!これ凄くおいしい!メアリーそっちはどう……」
リュートが一口食べ、その味に絶賛しているその間に、メアリーは大きく一口で、全体の約3分の1を食べるという女の子にあるまじき豪快な食べ方をしていた。しかもリュートの声は届いていないようで、食べることに集中しながらもすれ違うヒトには絶対に当たらないという器用な歩き方をしている。
「ふ~~……満足した、メアリー?」
「ん……ありがと、リュート様」
「どういたしまして。それより、これは一体なんだろう?」
食べ終わって尚、街並みを見ていると、周囲の人々がある方向に集まっていくのが見えた。店を仕切っている者の中にもそれに参加している者もいるようで、まるで祭りか何かのようだ。
「行ってみる……?」
「そうだね、せっかくだし行ってみようか」
二人もその流れに身を任せることにした。
ようやく集まっている場所にたどり着くことができた。そこでは大きな歓声のようなものが聞こえてきたので、相当目立っていたのでわかりやすかった。そこから見えたものは、やはりリュートの予想していたもので、
「もう帰ってきたんだね……帝国軍」
つい先日までシュベリア王国に侵攻を仕掛けていた、帝国軍の凱旋だったのだ。
「……いくらなんでも、あそこから二日で帰ってくるのは、速すぎる」
「そうでもないよ?僕が潰したのはあくまで先遣隊だし、世界一の軍事国家があの程度の戦力なわけがない。まだまだ魔導兵器は残っているだろうし、軍の移動を速める何かを作っていても、全くおかしいことじゃないさ」
そうでなければ、いくらなんでもリュートはあのような挑発をしなかっただろう。帝国なら可能だという予想があり、また、彼らがまだまだ奥の手を残しているという確証を得るためのものでもあったのだ。
それよりも――
「……なあ、なんかいつもと違くねえか?」
「俺も思った。なんか、勝利したって感じじゃないんだよな。ピリピリしてるというかさ」
「将軍たちも、いつもは大手を振って帰ってくるのによ……まさか、何かあったのか?」
「何かってなんだよ」
「それはやっぱり……負けた、とか?」
「ありえないわよ、バカね」
「そうよ、帝国軍が負けるわけないでしょ!皇帝陛下自ら指揮を執っておられるのよ!」
街の人々も違和感に気付いているようだ。
帝国軍は、顔を引き締め、帰ってきたというよりは、これから戦争に向かうというような雰囲気でいる。帰国=勝利で決まっていたこれまでの軍の行動からして、明らかにおかしいのは子供でもわかる。
もちろんその理由を知っているリュートたちは、何も言わずにその場から離れる。
「そろそろ、最後の準備がいるかな?」
リュートの言葉がわからず首をかしげるメアリーだが、何も言わずにリュートに続く。その後ろでは、未だに大歓声と少しの疑問が聞こえていた。
***
夕暮れ。リュートは城の屋根の上に座っていた。もう少しで約束の刻限に、しかし、リュートは何かを考えているようである。
その横に突然、音もなくメアリーが現れた。下からぬっとあらわれたことから、“影転移”で来たのだろう。
彼女は一つ、質問をする。
「……突然いなくなって、突然帰ってきた。そしたら今度は考え事。……どうしたの?」
リュートは帝国軍が帰国した後、すぐにどこかに転移し、姿を消した。ついさきほど彼の気配を感じたメアリーが影転移してくると、何やら物想いにふけっている様子のリュートを見つけたのだ。
彼女の問いに、リュートは視線を変えずに答える。
「メアリーはさ……帝国とシュベリアの違いって分かる?」
突然の質問に、答えることができなかったメアリー。普通なら、圧倒的な軍事力を持つのが帝国、豊かな土地と資源、そして平和な国がシュベリアだと答えるだろう。しかし、メアリーにはリュートがそんなことを聞いてきているとは思わなかったし、何より今日一日、街を回ってみて、明確な答えを見つけられなかったのだ。
「そう、それだよ。帝国とシュベリアは確かに上の政治家たちはまるで違う。でも、そこに暮らす国民たちの雰囲気は、何も違わないんだ。活気があって、喧騒があって、いろんなヒトが、いろんな店を訪れている。何も違わない、シュベリアと……」
その言葉に、首をかしげるメアリー。
「……リュート様は、帝国軍と戦うの、やめるの……?」
「いや、それはないよ。僕の暮らす国を攻めてきたのは事実だし、僕はもう、完全に倒すべき敵だと認識してるからね」
「じゃあ、なんで……」
やはり意味が解らないというメアリーに、リュートはおかしそうに笑う。
「僕はただ、敵国がどんな国なのかを知りたかっただけさ。そしたら、想像していたのよりもずっと平和な国で、とても軍事№1の国だとは思えなかった。そして、これから彼らの希望を打ち倒す。完膚なきまでにね。彼らにはもちろん申し訳ないとは思うけど……なんでだろうね」
そこでリュートは顔を上げ、メアリーを見る。その表情を見たとき、メアリーはハッとした。リュートは、儚く弱々しい笑みを浮かべていたのだ。
「僕は、まったく罪悪感を感じないんだ」
以前、初めて人を殺した時も同じような感情を覚えた。恐怖も、殺人に対する忌避感も、罪悪感も感じない。敵と断定した以上、どこまでも冷酷な感情しか浮かび上がってこない。それが、リュートが一番恐怖していることだ。
「リュート様……」
メアリーは、なんと言っていいかわからなかった。それは最初から竜として生きてきたメアリーからすれば、それほど珍しくもない感情だ。だからこそ、リュートの心の内に対する答えを持ち合わせてはいなかった。
しかし、元はただの高校生であったリュートからすれば、それは違和感でしかない。
「「…………」」
二人の間に音が消える。メアリーが申し訳なさそうにしているのを見て、リュートは意識を切り替えることにした。
「んんッ!ごめんね、変なことを言って。それよりほら、軍が動き出してる。そろそろ時間だよ」
「……そういえば、準備って何してたの……?」
下を見れば、軍の者たちも動き出してきた。それを見てふと、メアリーは思い出したのだった。
「そうそう、助っ人を呼んだんだよ」
そして、こちらもまた音もなく、リュートの横に立つ。その人物を見て、メアリーは目を見開いた。予想外の人物に、さすがの彼女も動揺を隠せないらしい。
「……なんで、ここに……」
「当然、僕がお願いしたからだよ。それよりも、そろそろ時間だね」
立ち上がり、月下の光の中で薄く笑みを浮かべるリュート。
「――――――さあ、行こうか。最後の宴は、最高に盛り上げないとね」
リュートは動き出す。時代にひとつの、区切れを造るために――――
ようやく投稿できました。時間って、大切なんだなって改めて実感しましたね…
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