アイツが動く!?
お久しぶりです。
「……これはどういうことだ?」
皇帝ザンドルフの目の前には、理解しがたい光景が広がっていた。
先遣隊として送っていた部隊のほとんどが、裸同然の姿で意気消沈したまま帰ってきたのだ。
シュベリア軍の構造などを考えれば、将軍クラスをつけた部隊をいくつか派遣すれば、シュベリア側とも互角以上に戦えると考えていたのだ。地位やいくつかの報酬をちらつかせて味方にしたシュベリア側の者たちの情報や、自国の軍量を考えれば十分だと判断したためである。
そして、その後本隊である自分たちが率いる軍が突入することで、圧倒的な力と速さで制圧を完了するはずだったのだ。
先遣隊がどれだけシュベリア軍を追い込んだのかと期待していると、まさかの無残な期間。夢でも見ているのかと自分の目を疑りたくのもわかる。
「それで?貴様らは何故そのようなふざけた格好なのだ?ウルスラグナはどうした」
ザンドルフが尋ねる。それに答えなければならないのは、もちろん先遣隊を率いた将軍クラスクラスの一人、ワンバード将軍だ。
しかし、彼は頭を垂れたまま、何も答えようとはしない。
「おい、聞いているのか!さっさと答えよ!」
ワンバードの態度にしびれを切らしたのか、ザンドルフが叫ぶ。そこでようやく彼は頭を上げ、ザンドルフの目を見た。
――――彼の目は、まるで光を映していなかった。
「――ッ!?」
息をのむ声がする。先遣隊に送り出す前の彼は、自信家で暴れん坊、戦いを生きがいとするような、覇気のある男だった。それが今ではどうか。覇気は全くなく、顔に彫ができ、10歳ほど老けたのではないかとも思える。
明らかにただ事ではない。何かがあったのは間違いない。よくよく見れば、兵士たちの中にはガタガタ震えている者も見られる。
ザンドルフや他の将軍たちは、顔を引き締めた。
「……もう一度問う。いったい何があったのだ」
「――――あ……」
ようやく声を、言葉を紡ぎ始めた。
「悪夢が起こった……。我々が優勢だった……。しかし、突然銀のドラゴンが、現れ……奴のブレスでわが軍はこのように……ウルスラグナも、ほかの兵器も、破壊されました――――」
衝撃を受けるザンドルフたち。その中でも特に、大きな衝撃を受けた者がいた。帝国に協力していた“ウロボロス”の一人、ムジャルタと呼ばれた老人だ。
「銀のドラゴン……?まさか、龍神が現れたのか?」
「知っているのか?」
「当然だ。儂らウロボロスの宿敵、その頂点に立つ存在なのだからな」
ムジャルタは難しそうな顔をする。
「おい、ウルスラグナは使わんかったのか?」
「もちろん使った。……しかし、銀のドラゴンには、効果がなかったのだ……」
「……ムジャルタよ、どういうことだ。アレに込めたのは貴様ら滅竜の神器の魔力だったはず。あれを喰らえば六皇竜ですら屠れると言っていたはずだが?」
ザンドルフが咎めるような視線を向ける。お前の責任だとでもいうように。しかし、ムジャルタはなんともなしに答える。
「六皇竜なら、な。しかし、龍神ともなれば話は別だ。奴は我らとて迂闊に手を出せる存在ではないのだぞ?奴の力を知らんのか?たしか、以前龍神教ともつながりを持っていただろう」
「……奴は処刑した。当然だろう、巫女を失った今、奴らとのつながりを持っておく理由もなし。それに、奴はあの“シルバー仮面”とかいうふざけたくそ野郎を、我が城に引き入れる手助けをしたも同然なのだぞ。それでどれだけの被害を被ったと思う?」
今でも忘れない。あの時の屈辱と殺意を。思い出すだけで歯ぎしりしてしまうザンドルフ。そんな彼を見ても、ムジャルタはフンッ、と鼻を鳴らすだけだ。
「殺さずにとらえるだけにしておけばよかったものを。龍神教は龍神についての資料をいくつか持っているという話がある。それを見ることができれば、もっと性能の高い滅竜の兵器をつくれただろうに」
遠まわしに、というわけでもなく、ムジャルタは率直に避難してくる。しかし、それを否定しきれない為にザンドルフとしても反論ができない。
「まあいい、それで、龍神はどこに行ったのだ。まさか、シュベリアについたわけではあるまいな?」
「……いや、ドラゴンはどこかに去って行った。シュベリア側にも被害はあったから、おそらくそれはない」
ようやく落ち着いてきたのか、まともな口調に戻りつつあるワンバード。しかし、恰好はいまだ下着のみなため、おかしさがさらに際立っている。
「なるほど。それなら……いやしかし、本当に偶然なのか……?何故奴はその場にいたのだ……?」
「おいムジャルタ。貴様、俺に何か隠しているわけじゃないだろうな?」
「知らんな。あったとしても、何故儂が貴様らに話さねばならぬ?」
「貴様ッ!」
一触触発の空気に代わり、ピリピリとした緊張感がこの場を占める。
この場で新たな戦いが起こりそうな雰囲気の中、突如、頭上に何かが打ち上げられる。ヒュルルルという花火のようなそれは、あとから複数の、同様のものが打ち上がった。
それらは爆発し、炎が不規則動いていく。やがてまとまり、ひとつの文として形を成した。
『2日後の午後6時、以前と同じ場所にて、あなた方を待ちます。私に報復したい者、私を殺して金を稼ぎたい者は是非お越しください。まあ、あなた方には不可能でしょうがね(笑)
それでは、お待ちしています。
怪盗シルバー仮面より、裸の帝国へ』
「「「「「「…………」」」」」」
いわゆる予告状というものだろう。しかし、間違いなくこれは挑発しているのだ。以前にも似たように文を残していったが、挑発度としてはこちらの方がひどいかもしれない。
そして、やはりこれに反応する者が一人。
「あああああああんんんのやろろおぉぉぉぉおおおおおッッ!!」
ザンドルフだ。以前のことがあってから、彼はシルバー仮面の捜索にも力を入れていたのは言うまでもない。しかし、やはりというかなんというか、手がかりひとつ出てこなかったのだ。それが彼のストレスを溜める一つの原因でもあったりする。
「てめーらッ!今すぐ帰国の準備をしろ。あのヤローは依然あった場所と指示した。なら、俺の城に来るってことだ。絶対殺すんだ。さっさとしやがれ!」
「ですが……シュベリア攻略はどうするのですか……?」
1人の将軍が尋ねる。それに対して、ザンドルフは血管を浮かび上がらし、鬼の形相で答えた。
「こいつらがこんな無様な姿でやられて、すぐにもう一度攻め入るなんてできるかぁッ‼ウルスラグナがやられたうえ、まだ周辺に龍神がいるかもしれねえんだ!うちの汚点が広がるだけだボケぇッ!シュベリア侵略は時期を見直してからだ!」
それを聞き、納得する将軍たち。怒り心頭の様子だが、それでもさすがは皇帝、戦況の判断は謝ってはいないらしい。
この件はすぐさま軍全体に伝えられ、すぐさま帰国準備が進められた。慣れた手つきで素早く片づけを行う兵士たちの動きは、素晴らしいというほかない。しかし、軍事国家として様々な国に戦を行っているのだ。その間の遠征を考えれば、別段おかしくはないだろう。
「準備、終わりました。いつでも出発できます」
1人の兵士が伝令に来る。それを聞き、ザンドルフはすべてに号令をかける……前に、ワンバードへと向く。
「……貴様の処置は帰ってからだ。相手が相手なだけに軽くはしてやる。だが、そのような無様な姿で帰ってきたのだ。罰は受けてもらうぞ」
「……御意」
絶対零度のように冷たい目を向けられる。実力主義の帝国にとって、これ以上ない恥さらしであるワンバードは、もう将軍職に就くことはないだろう。そうおもわせるだけの眼力だった。
「――――行軍、開始!」
皇帝ザンドルフを先頭に、すべての兵が進みだす。目的地は自国。
その様子を、はるか上空から見ている者がいた。彼の口元は、弧を描いていた――。
***
「……ふうッ」
「お帰りなさいませ、リュート様。どこに行っておられたのですか?」
「ん、まあ、ちょっとね」
リュートの屋敷にて、突然リュートが現れた。転移してきたのだ。この日、急にいなくなったと思ったら、急に帰ってきた。
「ご主人は勝手すぎるぜ。あたしたちに少しは行き場所を教えれってんだ」
「そうだよお兄ちゃん。ボクたちも心配するんだからね!」
カレンとウルも抗議してくる。さりげなくウルも心配してくれるあたり、やっぱりかわいいなとは思うが口に出さないリュート。
「ははッ、ごめんごめん。そんなみんなにひとつ言わなきゃいけないことがあるんだけどさ……」
少し言いにくそうなリュートに、うたぐるような視線をぶつけるユスティたち。やがて根負けしたのか、リュートがすまなそうに言う。
「実は……明日から2日ほど、帰れなくなるんだよね……」
「……やっぱり勝手すぎるな……」
「こればっかりはリュート殿の性分で、治らないのだろうな……」
ため息をつく一同。頭をかくリュートだが、どう見ても治そうと思っていないからだ。
「え~と……それでなんだけどさ。メアリーにも一緒に来てほしいんだ。手伝ってほしくてさ」
「……私も?」
まさか手伝ってほしいなどと言われるとは思わず、ポカンとしてしまうメアリー。
「うん。どうかな?1人じゃ大変そうでさ」
「行く!」
メアリーにしては珍しく、素早い返しだった。すごく嬉しいと、目で語っている。
「よかった。それじゃあ、明日はこの服に着替えてね」
「……これって――――ッ!」
リュートから渡された紙袋の中を見て、驚きに目を見張るメアリー。ターナリアたちも同じく覗き込み。なんと言っていいかわからない表情になった。
「それでリュート様。いったいどちらに行かれるんですの?」
「ああ、それはね――――」
リュートは、まるで遠足に行く子供のような表情で言った。
「――――帝国だよ」
お待たせして申し訳ない。ようやく投稿できました。
次回は、久しぶりにアイツの登場です。お楽しみに!




