アトラクション
――5日目
リュートたちはシュベリア王国への帰途についていた。行きは「高速龍神飛行便」利用だったが、帰りはゆっくり歩いて帰ることになったのだ。これもまた、バカンスの延長である。
因みに、メアリーとカレン、玉紀は麦わら帽子をかぶっている。ラーニャにもらったものだ。ユスティや他の者たちはかぶってはいないが、全員分貰っているのだ。
幸せな気持ちのままのんびり帰っていたリュートたちだが、そんな気持ちをぶち壊すかのような集団が現れた。
その集団は武装した男たちが40人ほど、その者たちが守護するかのようにして取り囲んでいる「豪華」という文字を絵に描いたような馬車が3つ。これは明らかに貴族の馬車であり、関わらないほうがいいものだ。そのため、リュートたちはその一行を黙ったまま過ぎていく。その瞬間、男たちが美女美少女の集団に目を奪われ、下卑た声をあげていたのをリュートは聞き逃さなかった。
しかし、我慢して通り過ぎようとしたその時、最前の馬車から声が聞こえた。
「そこの集団、止まれ」
やたらと命令的な声だが、ここには馬車の武装集団以外にはリュートたちしかいない。そのため、リュートたちは仕方なく止まった。
馬車の扉が開き、中から一人の男が出てくる。豪華すぎる馬車に似てド派手という言葉が似合いそうな服装をしている。ググノーのように腹は出ていないものの、人をこバカにしたような笑みと禿げ上がったてっぺん禿が特徴だ。
その男に、ユスティは見覚えがあった。
「あなたは……ワルベリア侯爵ですか?」
「おお!やはりあなた様はユスティ姫様でございますな!私ごときを覚えていてくださり恐悦至極に存じます」
男の名はハイルラン・Ą・ワルベリアといい、シュベリア王国では侯爵の地位についている。何度かパーティーなどで会っているため、ユスティも顔ぐらいは覚えていた。
「それで、どうしてここに?」
「それはこちらのお言葉ですぞ。何故、一国の姫ともあろう御身が、護衛もつけずにこんなところに?このことを陛下はご存じなので?」
「ええ、もちろん知っておりますわ。私たちは現在、国に帰る途中ですの」
「馬車もなしにですか?歩きですと、ここから我が国まで7日ほどかかりますぞ」
「ええ、ですから、この方々とゆっくり参ろうかと思いまして」
ユスティに紹介され、ハイルランはリュートたちを見る。そのメンツに目を見開いた。目を惹かれるほどの美女美少女たちの他に、仮面をつけた銀髪の男だ。
「その男はたしか……リュート殿、でしたかな?姫様の心を射止めたという、あの」
「あら、そこまでご存じでしたの?」
「ええ、我々の間では有名な話ですよ。姫様ほどのお方を狙っていたものは多かったのでね」
それは当然の話だろう。ユスティほどの美貌と地位を持つ者など、そうはいまい。狙っていた貴族たちは歯がゆい気持ちでいる事だろう。
「そうだ、姫様はしっておりますか?実は、我が国に帝国が攻めてきており、すぐにでも戦争が始まってしまうということを」
「……え?」
唐突に語られた、衝撃の内容。それは、リュートたちの思考を止めるほどのものだった。
「セ、戦争……?シュベリア王国と、帝国がですか?」
「ええ、その報告が届いたのは5日前なのですが、帝国の進行が早く、今日には開戦とのことです」
「そ、そんな!?ど、ど、どうしましょう!」
慌てふためくユスティ。ウルやイレーナたちも驚きと心配の2つが混ざり合ったような表情をしている。ただ、リュートだけが何も言わず、ただじっと、何かを考えているかのようだ。
「それでは姫様、急いで私の馬車にお乗りください!一刻も早く、国へ戻りましょう!そちらのみなさんも、どうぞご一緒に!」
「は、はい!それでは――――」
ユスティがハイルランの言葉に従い、馬車に乗ろうとしたとき、リュートがその手を止める。その行動にその場にいた全員が疑問を浮かべる。
「どうしたんですの、リュート様?はやく国に戻りませんと―――!」
「落ち着いて、ユスティ。ここからシュベリア王国までは馬車で4日、早くても3日はかかる。帝国の戦力はわからないけど、多分そのころには終わっているはずだよ」
「そんなッ!?」
絶望の表情となるユスティ。
「それよりも、だ。ハイルランさん、あなたは戦争中でもあるにもかかわらず、なぜこんな場所に?普通なら、国で何かしらやっているはずでは?」
「それは……私には国からのある依頼で……」
「どんな依頼です?」
「……極秘なため、そなたには言えませんな」
目をそらし、どもった声で言うハイルラン。そんな彼に、リュートはある確信を抱く。
「これは僕の予想ですが……あなた、裏切り者じゃないですか?」
リュートの言葉に、全員が驚いたような表情となる。
「さっきも言ったけど、こことシュベリア王国は馬車で3,4日かかる。そして、報告が届いたのは5日前。あなたもその情報は知っていた。にもかかわらず、何故こんな場所にいるのか?こんな忙しいときに、侯爵の地位であるあなたに何かしら重要な役割を与えるとは思えない。ガルドさんの性格なら、なおさらだ。普通に考えるなら、あなたは逃亡しているというのが妥当だ」
リュートが考えていることを一つ一つ、丁寧に話す。全員口を開かず、黙って聞き入っている。リュートとしては、気分は探偵だ。
「それで一番おかしいのが、あなたは僕たちと会ってから今まで、たいして慌てていないということだ。ユスティに会ってから普通の挨拶をし、まるで今思い出したかのように伝えた。国の一大事にもかかわらずに。普通、大慌てで真っ先に伝えるはずだよね。ここんところ、どうなのさ?」
最後あたり、もはや敬語さえ使っていない。そんなリュートの推理に場が鎮まる。
数十秒ほどがたっただろうか、唐突に、ハイルランが大きなため息をつく。
「ハア……私としたことが、嬉しさのあまり、演技を忘れてしまっていたか」
「なッ!?それでは先ほどの話は――――」
「戦争に関しては真実ですよ。ただ、私は帝国への亡命者でしてね。情報の提供と引き換えに、それなりの地位を用意されているのです。シュベリア王国の姫ともなれば、与えられる地位も上がるでしょう。他の女たちも、いい手土産になるでしょうしね」
先ほどまでの嘘くさい笑みは消え、人をバカにしたような表情に戻る。どうやら推理は当たっていたらしく、リュートは内心満足である。
「それでだ。リュート、命が惜しくば、女たち全員をこちらへよこせ。なに、私も鬼ではないのでな。ただでとは言わんさ。首輪がついているところを見ると、全員奴隷として買ったらしいな。値段を言え、全額、いや、それ以上の額を払おう。さあ、さっさとよこさんか!」
武装した男たちがニヤニヤと笑みを浮かべながら、武器を見せびらかすようにして近づいてくる。どうやらリュートたちの恐怖を煽っているようだ。
彼らからすれば、リュートはたいした戦闘能力を持っていないと見ているのだろう。たしかに、一見、リュートは細身の優男風だ。この件も、リュートは命惜しさに手放すと思っているはずだ。実際、男たちなら女と自分の命を比べると、確実に保身を選ぶ。
――――そう判断し、油断していたことを、男たちは後悔することになる。
リュートは口を開く。男たちの望んだ答えとは逆のものを、さも当然のように。
「え、嫌だけど?」
予想外の答えに、一瞬、男たちの動きが止まる。
「……どうやら、貴様はこの戦力が見えんバカ者のようだな」
「いや、その程度で戦力って言われても、僕には無意味だから」
「なら、己の愚かさを噛みしめながら死ね!」
ハイルランの合図とともに。男たちがゆっくり近づいてくる。
「へへッ、こんな上玉を連れてるとか、うらやましいねえ~」
「ホントホント、俺たちが世のもてない男たちの代わりに、鉄槌を下してやんよ」
「まあ、自分の運の無さでも嘆くんだな」
男たちの目は、興奮して血走っている。それは、殺人に対する興奮。緊張とは違った、理性を混乱させるもの。
メアリーがリュートの横に立ち、小声でつぶやく。
「……リュート様。私が、やる?」
「いや、ここは僕がやるよ。ちょうど試したかった魔法もあるしね。それに、裏切り者と僕の最愛の家族をふざけた理由で狙った制裁を与えないとね♪」
楽しそうに、しかし、どこか迫力のある声で言ったリュート。それを感じ取り、メアリーがみんなと一緒にリュートのもとから離れた場所へ行く。
「さてと……え~、こほん!それでは、皆様、本日は絶叫アトラクション『フォールンタワー』にご搭乗いただき、誠にありがとうございます。皆様が初めての搭乗者となることを記念して、ワタクシとしても最大限に張り切らせていただきます!」
腰を折り、どこかの奇術師のような態度をとるリュート。それに訝しみ、思わず足を止める男たち。その隙に、リュートは風の魔法で馬車と馬をつなぐ手綱を切り、馬を逃がす。
「てめえッ!!」
「この野郎、何してくれやがんだ!!」
移動手段の足を失ったことで、先ほどよりも純粋な殺意を発する男たち。そんな彼らに、リュートはスッと手をあげる。
その瞬間、男たちやハイルランの足元が土で埋まって固まり、身動きが取れなくなる。また、男たち、馬車、ハイルランを取り囲む四方の土が少し盛り上がる。
「カウントダウンを開始いたします。――three」
「な、なんだ!?身動きとれねえぞ!」
「――――two」
「お、おい、貴様ら、さっさとどうにかせんか!!」
「動けねえんだよ!どうしようもねえだろうがッ!!」
「――――one……GOooooッ‼‼」
「な、なにをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!???」
リュートが思いっきり腕を上げる。それと同時に隆起した土が一気に天まで届くかというほどまで伸びていった。四角形の搭のようなものが出来上がり、リュートとしては、高さは約100mほどに設定している。
その天辺に、ハイルランたちがいるのだ。手すりも何もなく、空を移動する手段も持たない彼らは、現在どういう心境なのか。想像するのは容易い。
「……たっけえ~」
「これ、折れたりしないんですの?」
「その辺は大丈夫だよ。ちゃんと頑丈な地面を引っ張ってきてるし、魔力でコーティングしてるから」
リュートは「ちょっと見てくる」といって飛び立っていった。その姿を、他の者たちは天を仰ぎ見るようにして見ながら、茫然と見送るしかなかった。
***
「な、なんだ、なんなんだこれはッ!!」
ハイルランはかなり取り乱していた。突然高度100m近くまで地面が上がっただけでなく、自分たちは一切身動きが取れないためだ。他の者たちも同様である。
「お、おい……下見てみろよ」
「ヒィッ!な、なんだよこの高さ……落ちたりなんかしたら……」
その時全員の頭に思い浮かんだのは、「死」の一文字。皆、顔を青くして震える。
「いや~みなさん、素晴らしい絶叫でしたね。楽しんでいただけたようでなによりです」
突然、横から声がした。見てみると、そこには空中で止まっているリュートの姿が。
「なあッ!空を飛んでるだと!?」
「今はそんなこと、どうでもいいです。それより、まだまだギブアップは早いですよ?これはまだ序盤にすぎないんですから」
「な、も、もうやめてく――――」
「それでは、舌を噛まないようにお気をつけて――――逝ってらっしゃ~い!」
「のおおおおおおあああがああああああああああああああああああああああああッッ!!!???」
今度は、先ほどと同じ速さで下へ向かっていく搭。上昇と落下では、落下のほうが圧倒的に恐怖の度合いが大きい。今回、ハイルランたちは身をもって知ったことだろう。
***
「……あ、戻ってきた」
「それにしても、本当にひどい悲鳴だな」
「ええ、恐怖でいっぱいいっぱいなことが素直に伝わりますね」
ターナリアたちが見ている先では、急降下によってガタガタ震えているハイルランたち。そこに、リュートも降りてきた。
「どうですか?かなり悲鳴を上げてましたが、反省はしてくれましたでしょうか?」
「ああ、すまない……だから、もう許してくれ……」
たった一回でここまで心を折られたハイルラン。そんな彼に、リュートは天使もかくやという笑顔で答える。
――――悪魔のような一言を。
「それじゃあ、もう一回逝きましょうか♪」
「へ……なあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!???」
茫然としているところを、もう一度地獄へ送り込むリュート。ハイルランたちはまたも絶叫をあげながら、天高くまで上がっていき、急降下してくる。
「た、頼む……もう、やめ――」
「え?まだ足りないって?仕方がないですねえ、では、もう一回♪」
「ちがあああああああああううがあああああああああおおおああああああああああああッッ!!!???」
三回目の急上昇&急降下。もはや悪魔の所業に、さすがにユスティたちも若干引いている。
これを5、6往復ほどしたころ。もはやハイルランたちは悲鳴を上げる気力さえなかったようで、ほぼ無言だった。
いざ終わってみれば、泡を吹いて気絶している者、ガタガタと震えながら「ゴメンナサイ」を連呼している者、糞尿を漏らし、目の焦点が合っていない者など、散々な状態であった。
「リュート様……さすがにこれはどうかと……」
「……やりすぎ」
「うん……自分でもわかんないほどテンションがあがっちゃって……でもまあ、反省はしても後悔はしていない。すごくすっきりしたしね」
リュートは意外とサドの気があるのかもしれない。それも”ド”がつくほどの。
「さて、一刻も早くシュベリア王国に戻ろう。詳しい話はそこで聞けばいいし、こいつらも牢屋に入れてもらおう」
「そうですわ!急ぎませんと――」
「じゃあみんな、僕の腕をつかんで」
リュートが左腕を出す。意図を理解したユスティたちは、すぐにその腕へと触れる。
リュートの右手にはロープで縛られた男たちとハイルランが。
「それじゃあ行くよ」
全員に確認をとり、次の瞬間にはその場から全員が消えていた。転移魔法でいっきに王国まで跳んだのだ。
――――こうして、リュートは「戦争」というものに関わっていくことになったのである。
お待たせしました。いよいよ戦争編、開始です。
今回は久しぶりにリュートのすっきり系を書きましたが、いかがでしたか?
感想、お待ちしております。




