恩人
約二週間ぶりの更新です。読者の皆様、お待たせして申し訳ありませんでした!
「本当にありがとうございます!あ、ウチに泊まってるのはあなたたちだけなので、気軽にしてくださいね!」
「こっちこそ助かったよ。空いてる宿があって、本当によかった」
今は夜遅く、他の宿からは冒険者たちによる賑やかな宴が始まっていた。それに対して、リュートたちが泊まることにした宿では、まったく騒ぐことはない。宿泊客がリュートたちのみだからだ。
リュートたちが宿を探し回っていた時、一人の少女が話しかけてきた。彼女はこの村の娘らしく、ラーニャといった。
「あの、もしよければ……ウチに泊まりませんか?」
弱々しそうな声で言う彼女。セリフだけ取れば、売春でもするのかと言いたいリュート。しかし、雰囲気からしてどうも違うため、理由を尋ねることにした。
「えと、どういうことかな?」
「あたしの家、小さな宿を経営してるんです。けど、誰も止まってくれなくて……」
「こんなに冒険者がいるのに?他の宿はみんな、満員だったけど……」
リュートが首をひねったその瞬間、ラーニャの顔が悲しげに歪んだ。
「……理由はわかってるんです。みんな、あたしの母を気味悪がっているんです……」
「……とりあえず、事情は座ってから聞くよ。君の宿に案内してくれる?」
「泊まってくれるんですか!?」
「うん。っていうか、君の宿以外に空いてるところが見つからなかったんだよね」
彼女の雰囲気からして、どうやら軽くない事情があるらしい。とりあえず、その宿に案内してもらうことにした。他の者たちにも了承を取り、一行はラーニャの宿へと向かう。
途中、リュートたちはやはり注目された。冒険者たちはリュートの連れの彼女たちに見惚れ、立ち尽くしている。中には色に濁った視線を露骨に向ける者もいる。村人と思しきヒト達からは、忌避の視線を向けられていた。
――ラーニャがである。
ラーニャは悲しそうに顔を俯かせながら歩いている。リュートは黙ってついていくだけだ。ただ黙っているのも退屈なので、周りを見回してみる。
(この村、宿や酒場がかなり多いな。ここまでくると村っていうより、町って言えるんじゃないか?)
リュートの想像していた村とはかなりかけ離れており、町と言ったほうがいいのでは?と疑問が沸くのも仕方がない。多いところでは、宿が隣り合って建っているところもあるのだから。かなり儲けているというのは嘘ではないらしい。
そんな風に周囲の様子を観察しながら、リュートたちはようやく目的の場所へとついた。そこは村の隅に位置する場所であり、確かに他の宿に比べて小さな建物が建っていた。
「……ここが、あたしの経営している宿です」
どうぞ、と促され、リュートたちは中へと入る。ヒト一人おらず、寂しいと感じる店内だった。しかし、掃除はキチンとしているらしく、汚れたところはなかった。彼らは食堂の椅子に座り、まず自己紹介を始めた。もちろん、ユスティはファーストネームを言わずにである。
「それじゃあラーニャ、話してくれる?」
「はい……」
ラーニャは、ゆっくりと、弱々しい声で話し始める。
「この宿は、あたしと私の両親の三人で経営しています。父ちゃんは村一番の力自慢で、村の中で父ちゃんに勝てる人はいませんでした。母ちゃんは村一番の美人で、昔はいろんな人から求婚されてたらしいです。昔はこの宿もそれなりに繁盛していたんです。あたしも……その時が一番楽しかった……」
かった……過去形である。
「ある日、この村に黒い何かが現れたんです」
「黒い何か?」
「はい。それはどうも生き物らしいんですが、見たことのないものだったんです。そいつは村の家畜を喰らい、村を出て行きました。もちろん、村の大人たちも戦ったんですが、歯が立ちませんでした。村は火で焼け、多くの人が亡くなりました」
思ったよりも重い話だったことに驚くリュート。しかし、今は何も言わず、黙って聞くのみだと考える。
「あたしも逃げていたんですが、つまづいて転んでしまったんです。その時、あたしの横にあった家が倒れてきました。とっさのことで逃げることすらできなかったあたしは、潰される、そう思って目をつむりました」
そのまま何も起こらず、そっと目を開けると、目の前には自分の母親が、倒れてきた燃える壁を支えていた。幸い、力自慢の父親がすぐにどかしてくれたため、大事には至らなかったらしい。
「君のお母さんって、すごいね」
「母ちゃんは魔法が使えたんです。と言っても、身体強化と少しの火魔法だけですが」
「なるほどね……それじゃあ、続きをお願いできるかな」
「はい……。その後、黒い化け物は不自然な行動をしたあと、この村を去っていったんです。母ちゃんは命に別状はなかったんですが、顔の右半分と右腕に大きな火傷を受けてしまったんです。みんな、それを気味悪がって、ウチの宿に寄り付かなくなりました」
「助けてくれるヒトはいなかったの?」
「もちろん中にはいました。ポーションや医者を紹介してくれるヒトが。ですが、何をしても治らなかったんです。それが余計にみんなを怖がらせたようで……」
「そっか……」
色々と気になる話もあった。しかし、今はラーニャの母親のことが気になるため、そちらの方を優先することにする。
(何より、彼女の表情を見たらどうにかしてあげたくなるしね)
ラーニャの顔は、悲しみに満ちていた。見ているこちらが悲しくなってくるその表情を見れば、心ある者ならば助けたいと思うのも当然である。
「ラーニャ、そのお母さんは今どこに?」
「……家の2階で、隠れるようにして暮らしています。村のみんなから受けた非難がきいているようで……」
「……君のお母さんの所に、案内してくれないか?僕なら治せるかもしれない」
「ほ、本当ですか!?お願いします、母ちゃんを救ってください!お礼ならなんだってします!どうか、お願いします!!?」
「まかせて。大船に乗った気持ちでいてよ」
必ず救ってみせる、そう、心に誓ったリュートであった。
***
所変わってラーニャの家、その2階。彼女の母親の部屋の前にいる。ラーニャは緊張した顔で、リュートへと振り返る。
それに対して力強く頷くリュート。仮面をつけた不審者のような男だが、何故か信じてみたい、そう思わせる男だと感じるラーニャ。
ラーニャはドアを数回ノックすると、中へと入る。中には、顔の右半分と右腕を包帯で巻き、ベットに腰を落ち着けている女性と、その傍らで椅子に座っている大柄な男がいた。おそらく、ラーニャの両親だろう。
二人はラーニャを見て笑顔となるが、その後ろにいるリュートたちを見て表情を変えた。特に母親の方である。彼女はリュートたちを見るなり、怯えた表情となったのだ。
これだけでわかる。彼女がどれほど辛い経験をしたのかが。
「なんだてめぇら!一体なんの用だ!!」
「違うの父ちゃん!この人たちは――」
父親の方が怒鳴り散らす。それに対してラーニャが説明するが、それでも納得出来ていない様子である。
「初めまして、お父さん。信用できないのはわかりますが、どうか、僕に任せてもらえませんか?責任は取ります」
「責任だと!?もしこいつに変なことしやがったら、てめえの命を俺に差し出せんのか!」
「当然です」
仮面を取り、真剣な表情で真正面からラーニャの父親を見据えるリュート。どうやら本気らしいと感じた彼は、フンッ!と不機嫌そうな表情でそっぽを向くが、何も言ってこない。それを了承ととったリュートは、怯えた表情をする女性のもとへと向かう。
「……あ、ううっ……」
「初めまして、ラーニャのお母さん。僕はリュート、王都で冒険者をしています。これでも魔法に精通しているので、どうかあなたを救いたい。火傷の痕を見せてもらえませんか?」
「で、ですが――……」
「……すみません、失礼します」
このままでは進まないため、彼女には悪いが少し強引に包帯を取るリュート。そこにあったのは――――。
「これは――!?」
そこに、あったのは火傷によって醜く焼けただれた顔だった。目もろくに開けられないようで、なんとも痛々しい。彼女は観念したのか、右腕の方も見せてくれた。そこも顔と同じようになっていた。
しかし、リュートが驚いたのはその火傷だけではない。
「……メアリー、感じる?」
「ん……少しだけど、嫌な魔力を感じる」
「ってことは、これは魔法の影響かな?」
「多分、そう……これは、闇の禁術魔法」
メアリーのその言葉に、全員が驚いた表情を浮かべる。
「禁術……そんなに危険なものなんだ。じゃあ、これは呪いの類になるのかな?」
「さっき言ってた、黒い生物。多分、禁術魔法で造られた生物、だと思う」
「なるほどね。擬似的生命体は造れないから、多分魔獣をどうにかする感じのものなのかも。じゃあメアリー、この魔法の解呪方法知ってる?」
「……知らない。でも、リュート様なら、多分できる」
周囲を置き去りにして、二人の会話は進む。話の結果、リュートなら解呪可能だろうという闇魔法の専門家の意見であった。
「それじゃあやってみるか……いいですね、ラーニャのお母さん」
「え?あ、は、はい……」
唖然として聞いていたところに突然話を振られ、思わず頷いてしまうラーニャのお母さん。それじゃあ、とばかりに用意を始めるリュート。
(解呪魔法って言ったらやっぱり光属性だよね。使ったことないけどやるしかないし、まあ大丈夫でしょ。今の僕は魔法チートなんだし)
「では、始めます」
リュートは右手を彼女の目の前に向け、目を閉じて強くイメージする。初めての解呪魔法であるため、イメージを固めるためにも詠唱を始める。
「我求めしは、汝の開放。我が聖なる光をもって、汝に降りかかりし災厄の楔を打ち壊さん!
――――滅魔の聖」
これが成功するかはわからないため、リュートは少し多めに魔力を込めた。
柔らかな光がラーニャの母親を包む。彼女も先ほどまでの恐怖の表情がウソのように、気持ち良さそうな表情を浮かべていた。
そのまま10秒ほど魔法をかけ続け、そこで一端止める。そして、リュートはメアリーに確認を取る。
「大丈夫だと思うんだけど、どうかな?」
「……ん、大丈夫。嫌な魔力もちゃんと消えてる……」
「そっか、よかった!」
またもや二人ではなしているが、周囲からすれば何が変わったかなどよくわからないのだ。ただ、二人の話の様子から、具合は良好だということだけはわかる。
「それじゃあいきます、天使の癒し」
またもや放たれる柔らかな光。しかし、魔法は先ほどのものとは違い、普通の治癒魔法である。
数秒の後、魔法を止めて彼女の様子を伺う。
「――よし、成功だ!ラーニャのお母さん、無事に治療は終わりました。火傷はもうどこにもありませんよ」
「え……?」
見てみると、右腕には確かに火傷の跡などなかった。ベットの横に置いてあった鏡を取り、恐る恐る自身の顔を見てみると、そこにはかつての美しい顔が写っていた。
「ライナ!!」
「母ちゃん!!」
ラーニャと彼女の父親が、一斉にライナと呼ばれた母に抱きつく。そんな二人を呆然と見ていたが、事態が飲み込めたのか、次第に涙をあふれさせて二人を抱きしめる。
「あなた……!ラーニャ……!私、私……っ!!」
「言うな……!今は、何も言わなくていい……!!」
「うええええん!かあ゛ぢゃあああん!!」
――周囲から気味悪がられ、皆から忌避の視線を浴び続けてきた母。
――そんな妻の精神的支えとなり、ずっと励まし続けてきた父。
――母と父を気遣い、二人のために宿の経営を一人で頑張ってきた娘。
言葉を交わすことはなく、ただ、涙を流して喜びを分かち合う3人の家族の姿。それは、どんな苦難にも耐えてきた、美しき家族愛であった。
彼女たちのそんな姿に、カレンやウルなどはもらい泣きをしている。ターナリアも顔を背け、何かを堪えているかのようだ。
リュートはというと……こちらも涙を我慢していた。
「家族、か……羨ましいな」
何か思うところでもあるのだろう。慈愛に満ちたものとは別の、複雑そうな表情も浮かべている。
そんな彼の様子を察してか、メアリーとユスティがリュートに寄り添う。
「何、言ってるの……?」
「リュート様には、ワタクシたちという家族がいるではありませんか。これでは不満ですの?」
笑顔を浮かべて言う二人。振り返ってみれば、全員が優しい笑顔を浮かべてリュートを見ていた。どうやら今の会話が聞こえていたらしい。
「うん、そうだね……僕にも大切な家族がいる。それで十分だよ。それが……一番なんだから――」
一つの部屋の中、二組の異なる家族がお互いの絆を確かめ合っていた。
血の繋がりを持つ家族、血の繋がらない家族。
確かに言えるのは、どちらであろうと、それは、かけがえのない、一つの美しい宝物なのだろう、ということだろう――――。
今回は「家族」というテーマと、少しのフラグを入れてみました。久しぶりの更新でちょっとおかしいかな?という不安もあります。
感想、お待ちしております。




