初めての人間・ユスティ
そして三、四年ほどたった。
この間に得た知識と魔法の訓練は、確実にリュートを成長させていた。身体も全長8mから9mほどにまで成長し、さらに逞しさ、美しさに磨きがかかっている。
教わった知識と言えば、主な国と種族、そして世界共通の通貨についてである。
この世界にも多くの国々があるが、その中でも三大国家と呼ばれるものがある。
・世界一の平和国家【シュベリア王国】
豊かな土地と豊富な資源から成り立つ国家で、多くの種族たちが入り混じり、商業の盛んな国である。
・世界一の軍事国家【ウェスペリア帝国】
屈強なる兵士たちと数多くの魔導具・魔剣を所持し、強大な力を有する国。実力主義であり、強さこそがすべてという考え方をしている。冒険者も多く出入りしており、商業も盛んである。
・世界一の宗教国家【エメリア教国】
世界の創造神にして唯一神と言われている“エリュシアス”を崇める国。三国の中で最も種族差別が多く、たびたび問題も起こるとのこと。
他にも多くの国々があるが、そのほとんどがこの三国と手を組み、はたまた属国として支配を受けているとのこと。観光するならシュベリア王国がいいらしい。
また、冒険者という職業がある。これは「モン○ン」を思い浮かべるとはやいが、ようは雑用や魔獣退治を専門とする荒くれ者向けの職業だ。大金が手に入ることもあるが、その分命を落とすことも多いのである。
もちろん本人に適した依頼を受けさせるために、「ランク制度」というものもある。下からF・E・D・C・B・A・Sと分かれており、現在世界中でSランクはたったの五人しかいないとのこと。かなりの狭き門だということがわかる。
他には、どの植物が食べられ、どの植物が毒を持っているかや、果物・魔獣の種類など。ウンディーネは懇切丁寧に教えてくれたので、リュートは簡単に覚えることができた。
ちなみに、リュートが誤って毒草を食べてしまったことがあり、ウンディーネが慌てるということがあったが、どうやら彼には毒が効かないらしく、なんともなかった。調子に乗ってどんどんいろんな毒草を食べたら、ウンディーネに怒られた。
仕方がないので黙って怒られてはいたが、涙をうっすらと浮かべる彼女を見て綺麗だなと感じたのは秘密である。
こうして、リュートは勉強・修行・休みのサイクルを繰り返しながら、のんびり過ごしていたのだった。
今日この日は休みであり、リュートは現在、洞窟から少し離れた場所で日向ぼっこをしてのんびりしていた。目の前では同じくのんびりしているリスや鳥たち。そして戯れている小さな子ぎつねたちを見て、心をほっこりさせていた最中である。
そんな時だ。
「……ん?」
リュートが顔を上げ、ある方向に向ける。動物たちも気づいたようで、一斉にその方向を向いた。
「森が騒がしいな……これは、魔獣たちが暴れている。変だな、僕がいるから、このあたりの魔獣たちは結構大人しいはずなんだけど」
リュートやウンディーネが行っている魔法の練習、その影響のせいか、このあたりの魔獣たちは比較的大人しいうえに数もそれほど多くない。ランクの低い魔獣はすでに余所に映っているので、今暴れている魔獣はランクが高いということだ。
そこに、ウンディーネがきた。彼女もこの異変に気付いているらしい。
「リュート、どうやらヒトがこの森に入ったらしいわ。結構な人数ね。でも、サーバントウルフに襲われて抗戦中よ」
「そっか、久しぶりの獲物で我慢できなかったんだね」
ここらの動物たちは皆、リュートの保護下にいる。つまり、簡単に肉にありつけないのだ。そんな中で現れた多くの人間に意識が傾くのは仕方のないことだろう。
「それで?」
「ん?」
「あなたはどうするのかしら?」
少し考え込むリュート。答えを出すのは早かった。
「……行ってみようかな。久しぶりに人間に会いたいし、このままうるさいとせっかくのんびりしていたのを邪魔されちゃうからね」
というわけで、リュートは行くことに決めたようだ。翼を広げ、空へと飛んでいく。動物たちも邪魔にならぬように、少し距離をとった。
「それじゃあ、その子たちお願いね。行ってきます!」
動物たちの安全をウンディーネにお願いしつつ、リュートは空高くまで跳んでいった。相変わらずの美しい飛び方である。
残されたウンディーネは、子ぎつねの頭を撫でながら、疑問を口にする。
「あの子、人間たちにあったことがあるのかしら……?」
***
side ユスティ
皆さま初めまして。わたくしの名前はユスティ・R・シュベリアと申します。名前からもわかると思いますが、シュベリア王国の第二王女です。歳は、今年で12になります。お母さまたちからは、「女の子が簡単に歳を言っちゃだめよ」と教えられてきましたが、恥ずかしがる歳でもないので特別に教えてさせあげますわ。
わたくしは末っ子でして、お父様やお母様、お兄様にお姉さまからも蝶よ花よと育てられてきました。しかし、しっかりと教育も受けてきたので、知識はちゃんとあります。ですから、今この状況がどれほどまずいのかもわかっているのです。
現在、外では騎士の皆様と、狼のような魔獣たちが戦っておられます。わたくしは馬車の中で震える事しかできません。
えっと、あの魔獣は……たしかサーバントウルフです。本で読んだことがあります。
単体ではⅭランクですが、コンビネーション能力が高く、7体ほども集まればBランクになるのです。
全長3mの大きさと、鋭くとがった犬牙、目が4つあり、広い視野と魔法による念波で大抵の攻撃は躱せるそうです。また、森の溶け込めるようにと、体毛が緑や茶色なのです。
……あッ!木に噛みついたのに、そのまま木を噛み砕いてしまいました!なんという顎の力でしょう……うぅ……こ、怖いです……。
「うがあああッ!?」
ああッ!またしても、騎士の方がやられてしまいました。わたくしを守るために、本当に申し訳ないです……。
「姫様、大丈夫です!きっと騎士たちがなんとかしてくれます!」
幼少より教育係としてわたくしについてきてくれたバーナが励ましの言葉をくれます。ですが、わたくしは知っています。このような状況を、「絶体絶命」というのでしょう?
ああッ!またしても……。ううッ、もう見ていられません!
「バーナ、わたくしも出ます!大した魔法は使えませんが、少しはサーバントウルフの注意をそらせるはずです!」
「いけません!騎士たちは皆、姫様を守るために戦っておられるのです!もし姫様が加勢して万一のことでもあったら、戦っている騎士たちを侮辱することにもつながるのですよッ!」
うう、正論を言われました。初めて、王女という立場を恨めしく思います……。
誰か、誰でもいいです。この状況を打開してくれる方はいませんでしょうか……ッ!
そんなわたくしの願いは、天に届いたのでしょうか?救いはあったのです。
「グルルルォォォォォォォオオオオオオオッ!!」
とっても大きな声がしました!とても力強く、不思議と怖いとは思わなかったその声は、どうやら鳴き声のようです。いったい何でしょうか?あらたな魔獣でしょうか?
そう思い、窓の外を覗いてみました。
すると、空には一匹の――ドラゴンがいたのです。思わず目を見張りました。ドラゴンには6種類、それぞれの属性の数の種類しかいないと聞いております。なのに何故、銀色のドラゴンがいるのでしょうか?もしかしてこれは夢?恐怖が生み出した幻でしょうか?
そう思ったのですが、他の皆様も同じのようです。じゃあ、アレは本物?
……静かです。サーバントウルフは……怯えている?怯えています。あんなに強かったサーバントウルフたちが怯え、森の奥へと逃げ去ってしまいました。まあ、ドラゴン相手なら仕方がありませんね。
わたくしの体は、知らないうちに外へと出ていました。
「王女様!いけません!早く中へお入りください!」
バーナが何か言っているようですが、ごめんなさい、わたくしの意識は銀のドラゴンにくぎ付けなのです。
光に反射し、煌めきを放つ銀の鱗。立派な四肢と、鋭い爪。空に浮かぶ姿は、どこか凛々しさを感じます。キレイ、美しい、そんな言葉がどんどん頭に浮かんできます。知性を感じさせるその瞳が、わたくしの視線と合わさりました――――って、えッ!?め、目が合ってしまいました!どどど、どうしましょう!
目が、離せません……。不思議と、胸の鼓動がどんどん高鳴っていくのがわかります。ドラゴンを相手に、何をバカな。そう思われるかもしれません。でも、仕方ないじゃないですか!胸が高鳴ってしまうのですから!
その後数回、上空を旋回し、銀のドラゴンは何処かへ飛び去ってしまいました。
ああッ……もっとその御姿を拝見していたかったのに……!
「ひ、姫様!今のうちに、早くこの森を抜けましょう!さあ、はやく馬車の中にお乗りください!」
バーナに急かされ、わたくしは馬車の中に乗ります。それでもわたくしは、銀のドラゴンが去っていった方角から目が離せませんでした。
ああ……いつの日か必ず、またお会いしたいです……
side end
***
「ただいま~。とりあえず、サーバントウルフを追っ払ってきた」
「お帰りなさい。ここまで咆哮が聞こえてきたわよ」
ゆっくりと空から舞い降りるリュート。あまり風を感じさせないとは、リュートも飛び方をもう完璧にマスターしているらしい。
「それで、襲われている人間たちはどんなだったの?」
「なんか、偉いところのお嬢様と護衛の騎士って感じだった。僕が来たときには、既に結構な数のヒトが殺されてたよ。それと――」
思い返すのは、一人の少女。馬車から出て自分を見つめるあの視線には、恐怖や驚き以外の何かが含まれていた。あれは何だったのだろうかと考えていると、ウンディーネが何かを悟ったような顔をした。
そして、悪戯めいた顔で言う。
「ハハ~ン……可愛い女の子でもいたのね?」
「へッ!?」
確かに、その少女は前世でもあったことがないほど整った容姿を持っていた。しかし、何故わかったのだろうか?これが俗にいう、「女のカン」というやつなのか。
「ち、ちち違うよ!?」
「隠さなくてもいいのよ?あなたももう、女の子に興味を持つ歳になったのね」
からかうように言ってくる彼女に、リュートは顔を赤くする……ような気分になる。恥ずかしい、そんな思いもあるが、これほど気軽に話せる友がいることに嬉しいという反面もある。複雑な気分だ。
また、今回のことで別の心配もできた。
リュートはいつの日か、外の世界、すなわちヒトの世界に行くつもりである。しかし、そんな場所にドラゴンがいくというのは間違いなく面倒事しか起きないだろう。せっかくなのだから、ゆっくり観光して回りたいのだ。
どうすればいいのだろうかと考えるリュートに、彼女は一つの爆弾発言をした。
「それならそろそろ、あなたにも“人化の術”を教えるべきかしらね?」
「……へ?」