怒ったリュートは怖いのです!
「ふぇ、ふぇっふいふぁと……!?」
(て、鉄槌だと……!?)
顔を鷲掴みにされているためうまく発音できないが、ググノーは目をかっと見開いて叫ぶ。どれだけググノーがもがこうが、リュートの手はびくりともせず、一向に離す気配がない。
「ふぁ、ふぁなふぇえ……!!」
(は、離せえ……!!)
それでもなんとか離れようと、さらにもがくググノー。それを見てリュートはああ、と言って、ググノーを手離す。
「これでは会話ができませんね。今離しましょう。……ですが、今はあなたは邪魔なので、そこで大人しくしていてください。」
手を離し、ググノーがホッとした瞬間、リュートは彼を壁に押し付け、影を使って壁に固定する。
「それではそこの執事さん、あなたは色々と知っていそうなので、全部吐いてもらいますよ。もし嘘をいえば、あなたもそこの彼も、どうなるかはわかりませんから」
「ヒイイッ!!?」
「あ、他の人たちは全員眠らせていますので、助けを呼ぼうとしても無駄ですよ」
まさに詰んだ状態である。執事は恐怖のあまり、膝をガクガクと震わせて何度も頷いている。
「ま、まて!貴様一体何者だ!こんなことをして、私が高貴な者であると知ってのことか!?」
壁に張り付きながらも叫ぶググノー。その問いにリュートはそうですね、という一言と共に、仮面を外し、いつもの姿に戻る。その顔は暗闇であるというのに不思議とよく見え、ググノーは驚愕に目を見開く。
「僕が誰だか、お分かりですよね?先ほどお会いしましたから。そして、何故僕がここにいるのかも、呪いの指輪を見れば分かると思いますが?」
「き、貴様かあ!?おのれ、この奇妙なものを消せ!私にこんなことをして、タダで済むと思うなよ!!」
仮面を外した男の正体がリュートと知り、急に強気になるググノー。彼がリュートのことをどれだけ見下しているのかがよくわかる。そんな彼の様子に、リュートは思わずため息をつく。
「あなたはまだ自分の状況を理解していないんですか?今のあなたは、僕にどうこう言える立場じゃないんですよ」
「何をわけのわからんことを!いいから早く私を解放しろ!!」
「……はあ、もういいです。あなたとは話しても無駄ですね。黙っててください」
話しても意味がないことを悟ったリュートは、影で猿轡をつくり、強制的に黙らせる。ググノーはモガモガと喚くしかない。
ようやく落ち着いたところで、リュートは再び執事の方へと向き、彼に問い詰める。彼の目はまるで龍の目のように瞳孔が縦に裂け、薄く光を放っていた。
「それじゃあまず最初に、あなたたちのしていた計画を教えてもらえますか?」
口調は丁寧なのだが、リュートから有無を言わせぬ雰囲気が出ている。そのため、執事は“正直に話さねば殺される!?”と本能で理解したようで、全てを話していく。
「ひ、一つ目は呪いの指輪を渡すことです……。あの指輪にはあらかじめ、旦那様の魔力を注入していたため、ユスティ姫があれを装着することで……」
「装着すると、なんです?」
「ヒィィッ!旦那様へと強制的に心が向くようになっております!装着したら二度と外すことは出来ないため、効果は永遠に続きます!!」
いわゆる、限定的な惚れ薬のようなものだ。しかも、効果は永遠という。もしリュートがあの指輪に気づかず、ユスティが指にはめていれば、ユスティは強制的にググノーの虜となるのである。それを考え、頭のどこかで何かが切れたような気がするリュート。しかし、他にも聞きたいことはあるため、なんとか自分を落ち着かせる。
「……それで、あの毒薬については?」
「あ、あれはあらかじめ毒と解毒薬を用意し、毒を飲んで数日間苦しむ姫へと解毒薬を飲ませ、王へと恩を売りつけるというものです……」
どうやらリュートが飲んだ毒とは違い、致死性の毒ではなかったらしい。しかし、解毒魔法が存在しないこの世界においても毒は非常に危険なものだ。数日間毒で苦しんでいるユスティへと解毒薬を飲ませ、治すことで、王に取り付くことができるというわけだ。ユスティたちへ飲ませようとした毒も解毒薬もこの地方では手に入らない植物から作ったものらしく、取り寄せるのに最低でも一週間はかかるらしい。
「じゃあ、僕には何故あんな危険な毒薬を?」
「ユスティ姫と懇意にしている男が舞踏会に来るという情報を手に入れたので……旦那様が……」
「では、城のメイドに催眠かなにかをしたのもあなたたちですか?」
「ち、ちがいます。それも情報を手に入れたのも、毒や呪いの指輪も全部奴らから、“ウロボロス”からです!」
ここで、聞きなれない単語が出てきた。奴ら、といったことから、ウロボロスというのはどうやら組織の名称らしい。そのことについて聞き出そうとするも、執事はあまり知らないようだ。接触していたのは、どうやら組織の下っ端のみだったそうだ。
「本当に、何も知らないんですね?」
「し、知りません!本当です!!」
「……そうですか、ならもういいです」
ようやく解放されると安心した執事。だが、リュートが話を聞くだけで終わらせるわけがない。壁にくっつけているググノーから魔法を解き、動けるようにさせる。するとすぐにググノーは逃げようとした。
しかし――。
「なぁ!!開かぬ!何故開かぬのだ!?」
扉を開けようとしたが、ビクともしなかった。ガチャガチャとノブをまわそうとするが、やはり扉は開かない。それが余計に二人に恐怖と焦りを与える。
「逃すわけないでしょう。まだ話を聞いただけなんですから。最初に言ったじゃないですか。僕はまだ、裁きの鉄槌を与え終わってませんよ?」
ググノーたちにとってそれは、死刑判決のように聞こえただろう。普通なら冗談で済ませるだろうこのセリフ。しかし、リュートの雰囲気から間違いなく実行することが感じ取れるからだ。さらに、リュートは追い打ちのように言い加える。
「まあ、逃げても無駄ですけどね。あなたたちのことは既にガルドさんに報告済みです。もうすぐ騎士団の者たちがあなたたちを捕らえに来るでしょうからね」
このセリフを聞いた瞬間、二人の顔は真っ青になり、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。ググノーは青い顔のまま、恐怖を含めて声に出す。
「……なんだ。なんなのだ……貴様は一体、何者なんだ!!??」
その瞬間、リュートの顔からは完全に表情というものが抜け、ググノーの胸ぐらを掴んで言う。
「あなたも貴族の端くれなら、話ぐらいは聞いたことがあるでしょう。王国周辺に現れた銀のドラゴン・龍神の話を。僕の髪の色をみれば、あなたにも察することはできるはずだ」
「……ま、まさか……貴様が……龍神、だと……!?」
ググノーは驚愕と恐怖に目を見開き、今度こそ絶望の表情となる。リュートは是と答えない代わりに、顔をググノーの目前にまで近づけて言う。
「――――龍神の恋人に手を出して、タダで済むと思うな」
静かに、しかし不思議と頭の奥にまで響くその声は、ググノーを気絶にまで追い込むほどだった。リュートは水を生成して顔にかけ、強制的に起こす。意識を取り戻したググノーと、座り込んだまま恐怖と絶望で動けない執事はすぐさま行動をとる。
すなわち――土下座だ。
「も、申し訳ありませんでした!これまでの罪は贖いますので、どうか、どうかお許しを!これより先、ユスティ姫にもあなた様にも近づかないことを約束します。ですから、どうかお許しください!!」
全力で謝り始めたググノー。しかし、もう遅いのだ。彼は龍神を完全に怒らせただけでなく、犯してはいけない罪を犯した。たとえここでリュートが彼らを殺さずとも、結局彼らは国によって処刑されるのだから。
そのことを伝えると、彼らは震え出す。死に対する恐怖でだ。
――追い詰められたものは、何をするかわからない。この時のググノーがまさにそうであった。彼は醜く叫びながら、護身の小剣を懐から取り出し、リュートに襲いかかったのだ。しかし、これは間違いなく愚かな行動だった。ググノーはその体型からもわかるように、運動というものを全くしていない。もちろん体を鍛えることなどやるわけがなく、リュートからすれば止まって見えるも同然なのだ。
リュートは小さく嘆息し、体を少しずらして足払いをする。これだけで、ググノーは盛大にこけた。
「安心していいよ。僕は殺しはしない。それは国に任せるからね。……でも、制裁は加える。男にとっては、もっともきついモノかもしれないけどね」
リュートは感情の写さない表情のまま、ゆっくりと片足を上げる。そしてそのまま――。
「えい」
ググノーの股間へと下ろした。プチッという感触が足裏に伝わるとともに、ググノーの絶叫が部屋中に響いた。
「いッッッぎゃあああああああああ!!??」
すぐさま魔法で止血のみを行なう。そのため、出血で死ぬことはなく、痛みで悶絶するのみである。あまりの激痛によるショックで、ググノーは涙と泡まみれの顔で気絶した。
「……ふう。さて、と――」
振り向けば、執事は目の前で起きた出来事に歯をガチガチといわせて震えている。彼の下の部分は濡れており、鼻のいいリュートには少しきつい匂いがした。
「ま、待っ――……」
「待ちません」
「アッ――――!!??」
こうして、リュートは二人への制裁を無事、終わらせた。気が済んだリュートは、屋敷へと戻るのだった――。
騎士団がググノーの別宅まで到着すると、全員が驚き、顔をしかめた。ググノーと執事の二人は屋敷の玄関で気絶していた。
――――全裸&海老反り亀甲縛りの状態で。
騎士団の者たちはそんな二人を見て最初は笑いをこらえたような表情だったのだが、二人を下ろして縄を解き、ある一点を見た瞬間、顔を盛大に引きつらせたのだった。
この事件は龍神のことは伏せながら国中に知らされた。ググノーがこれまで行なってきたことも調べ上げ、今回のことも含めてかなりの罪状となった。もちろんググノーやその手助けをしていた執事は死刑にあい、事件は幕を下ろした。
***
事件のその日の夜、リュートは自分の屋敷へと帰ると、すぐに部屋へと向かった。と、いうのも、現在は既に真夜中であり、他の者たちも慣れない舞踏会に疲れて眠ってしまっていたからだ。
リュートは皆を起こさないように部屋へと入り、自分も寝る支度をする。別に寝なくても平気なのだが、今夜のリュートは精神的な疲れから、寝たい気分だったのだ。キングサイズのベットに入ろうとしたその時、扉が開き、気配を感じた。
ユスティとメアリーだと分かると、リュートは不思議そうな顔で振り向いた。
「二人とも、こんな時間にどう……したの……」
リュートは呆然とした。なぜなら、二人は普通の格好ではなかったからだ。薄く透けたネグリジェという大胆な格好をした二人は、顔を真っ赤にさせてリュートへと近づく。この行動の意味を理解したリュートは、二人を優しく抱きしめる。
「……二人とも、こんな時間に、そんな格好できたってことは、そういう意味なんだよね?」
「・・・・・・」
ユスティとメアリーは、無言で頷く。
「本当にいいの?僕は龍神。子供ができるかなんてわからないし、僕は永遠に近い寿命があるけど、
メアリーはともかく、ユスティは寿命が短いんだ。もう一度聞くよ。本当にいいの?」
少し不安そうに呟くリュート。ユスティとメアリーはリュートを見上げ、美しい微笑みとともに、自分の気持ちを伝える。
「私は……リュート様の側にいたい……。だから、どんな問題があっても、関係ない」
「私は、あなたを愛してしまった。ですから、寿命だの子供だの、なんの問題もありませんわ。そんなことで揺らぐほど、私の心は弱くありませんから――……」
「……ありがとう」
二人の気持ちが嬉しくて、そして不安になって、リュートは更にぎゅっと抱きしめる。彼のわずかな不安を感じ取ったのか、メアリーが尋ねる。
「……リュート様、どうかした?」
「ううん。ただちょっと、自分の意外な一面に驚いてるだけ」
先ほどのことを思い出す。自分は家族のことになると、あそこまで怒ることができるのか。これまで家族を持たなかったために、自分でも知らなかったことだ。
そして現在、ユスティとメアリーを失うことが、彼女たちが傷つくことが怖くなった。
彼女たちは家族だが、それ以上でもある。
――恋人
なんと甘く、心満たされる言葉だろうか。これほどまでにヒトの心を満たしてくれる存在。それを得たが故に、失うのが怖い。
だからこそ、改めて思う。
――家族を、彼女たちを害する者は、絶対に許さない――と。
何があっても守り抜くことを決意したリュート。三人はベットに腰掛け、静寂が部屋の中を包む。しかし、嫌なものではなく、むしろ心地よいものだった。
その後、誰からともなしに、キスをする。
熱く、深く、長く――。次第に情熱的になり、たまらずリュートは二人を押し倒す。
「――――二人とも、愛してる」
――その夜、三人の体は重なった。部屋の中からは、絶えず、甘い喘ぎ声が聞こえていたらしい。
感想にて、仮面で登場した理由があるなどと大層なことを書きましたが。ただ単に
仮面装備→ググノービビる→仮面取る→ググノー急に態度でかくなる
がしたかっただけです。ごめんなさい。




