星空の下で
少々長くなりました。
「う~ん、やっぱり夜の星空って綺麗だよなあ……」
立食が再開され、各々が再び話に興じ始めた頃、リュートはウルたちを連れてテラスの方へと出ていた。いろいろと目立ってしまったため、厄介なことになるのを防ぐためだ。
王族や黒皇竜との婚約が決まったリュートは、多くの貴族たちからすれば是非とも関わりを持っておきたい人物となった。また、素顔も晒してしまったので、その件でも話が求められるだろう。主に淑女たちによって。
それは面倒くさいということで、リュートはすぐにテラスへと逃げ出してきたのだ。
ガルドたちもこちらの事情を察してくれたのか、さりげなくテラスに人がいかないようにしている。時折こちらに視線を向けているため、気にしているのが丸分かりだ。
「それにしても驚いたぜ。まさかご主人たちが婚約していたとはな」
「本当ですね。いつのまにそこまで進んでいたんです?」
ウルとターナリアが興味津々で聞いてくる。しかし、リュートは苦笑しながら答える。
「いやあ、僕も初めて聞いたよ。びっくりだよね」
「……へ?」
それを聞いて一瞬、頭にハテナマークが浮かぶウルたち。その意味を理解すると、次第に驚きの表情へと移り変わる。
「い、いやいやいや、なんでだよ!?ご主人も『お任せ下さい』とか言ってたじゃんか!」
「いやだってさ、あの状況じゃああ言うしかなくない?」
リュートはそう言うが、たしかにあの状況で断っていたりすれば、もっとめんどくさいことになっていたのは間違いない。それに気づいたウルは、喉まで出かかった疑問をぐっと押し込める。
と、そんな時、リュートに近づいてくる二つの影が視界に映った。
ユスティとメアリーだ。月明かりと星空が二人を照らす。妖しく美しい二人は、しかし表情が優れていない。理由は分かっているため、リュートはあえて何も言わない。
二人は俯き、バツが悪そうに黙っている。リュートが根気良く黙っていると、二人は意を決したように顔を上げる。そして、丁寧なお辞儀と共に謝罪を繰り出す。
「申し訳ありませんでした」
「……ごめんなさい」
その謝罪を聞くとリュートは微笑を浮かべて二人を促す。
「フフッ。二人とも、顔を上げていいよ」
リュートからの許しにより、二人は顔を上げる。が、しかし、やはり後悔の色は消えていないようである。
「それでユスティ、今回のことは、仕組んだことなのかな?」
「……その通りですわ。シュスティン様が来られると聞き、いい加減粘着なほどの結婚の申し込みを止めていただくのと、リュート様との関係を確固たるものとしたかったのです」
「なるほど。それじゃあメアリーは?」
「……ユスティがいったから、私も、いけるかなって思った……」
今更隠すことではないため、二人は正直に答える。そしてもう一度、深く謝罪をしてくる。そんな彼女たちに、リュートは少し意地悪な質問をする。
「それじゃあ、二人は僕との結婚はどうでもいいのかな?」
いたずらっぽい笑みと共に、リュートは言う。その言葉を聞いた瞬間、二人はぱっと顔を上げてリュートに詰め寄る。
「そんなことはありません!!私はずっと、リュート様のことをお慕いしておりました!何人もの殿方に言い寄られても、幼い頃に助けていただいたあの日から、帝国の者からお救いしていただいた時から、私の心にはリュート様だけがおられたのです!」
「最初は、リュート様に仕えることが嬉しかった……。伝説の王に、会えるとは思ってなかったから……。でも、リュート様はとても優しくて、気さくで、暖かかった……。そして、黒皇竜として周囲から敬遠されていた私を、普通の女の子のように接してくれた。それが嬉しかった。新鮮だった。……いつの間にか、本気で好きになってた……」
夜空の下、リュートたちの他に誰もいないテラスに、二人の言葉が静かに響き渡る。
「ずっと……ずっと、お慕いしておりました……!」
「リュート様……好き……」
いつの間にか、彼女たちの声は震えていた。そして溢れ出す、一筋の涙。
二人の心のこもった告白を聞いて、リュートは思う。“自分はどうなのか”と。彼女たちの気持ちに、答えることができるのか。
答えはすでに、決まっていた。
リュートは仮面をとって懐に入れると、一歩、二歩と近づいていく。右手、左手をそれぞれ二人の頬に添え、軽く涙をふいて言う。
「メアリー・レイド。いつも無表情だけど、時折見せる笑顔がすごく可愛い女の子。いつもいつも僕のことを気にかけてくれていて、真面目だけどちょっとエッチな子」
――伝えよう。彼女たちに、届くように。
「ユスティ・R・シュベリア。お姫様なのに誰にでも優しくて、いつも笑顔でいてくれる。でも少しドジを踏んで、なぜかほっとけない、そんな可愛らしくて素敵な女性」
――紡ぐ言葉。それは、自分への確認。そして、相手への気持ち。
「だから僕も同じだよ」
――ただの仲間?違う、家族も何もいなかったリュートに対して、二人は初めての家族。そして、いつの間にか二人は、それ以上の存在となっていた。
「いつからなんて、自分でもわかんないけど」
――“いつから?”そんなもの、今はもう、どうだっていい。今は、この気持ちだけが、重要なのだから。
二人を抱きしめる。腕の中に感じる温もりは、リュートを心の底から安心させてくれる。側にいてくれて嬉しいと感じさせてくれる。
――“愛しい”と、そう感じる。
だから言おう、自分の気持ちを。いつの間にか抱いていた、この気持ちを――。
「僕も二人のことが……大好きだよ」
***
【メアリー side】
私はいつも、一匹だった。
生まれた頃から力の強かった私は、たまに人間を襲うことがあった。力が抑えきれなかったのだ。そして、度々小さなヒトたちと戦っていた。私は、そのときから不思議に思っていた。
何故、ヒトはこうも弱いのか。
何故、ヒトはすぐに群れるのか。
何故、短い命のくせに一生懸命生きるのか。
こんな疑問の他に、ずっと心の中で感じていた羨ましさ。
そんなに大勢いると、きっと、寂しくないんだろうな……。
家族、それがどんなものなのかは、私は知らない。父様は不明。先代の黒皇竜だった母様は、私がまだ幼竜の頃に亡くなった。記憶の中の母様は、人の姿で私を撫でてくださった。
母様が亡くなる前、私に“存在の継承”をしてくださると、私は黒皇竜となり、人の姿を取れるようになった。
それからの私は、人の姿で、ずっと興味のあった、ヒトの社会で暮らすようになった。
そして、驚いた。
ヒトはたくましく生き、恐ろしく生き、そして、思った以上に強い生き物だった。見習いたいと思った。そして、……羨ましいと、そう思った。
そんな風にヒトの社会で暮らして、100年以上たったある日、私は……あの方に出会った。
母様に話で聞いていた、伝説の王の存在。それが目の前にいると分かると、胸が踊った。そして、初めて本当のお姿を見た時、瞬時に理解した。
――龍神には、絶対に勝てない。戦うことは、死を意味する……
そんな、圧倒的な存在と、力の暴力が私を襲った。でも、私はそれを感じて、怖れることは無かった。むしろ、憧れが強くなった。それから私は、リュート様が知りたくて、お側に仕えることを決めた。リュート様は驚いていたけど、笑って受け入れてくれた。
リュート様は、とにかくヒトっぽかった。
自由で、優しくて、いつも楽しそうに生きていて、そして、“家族”をとても大切にしていた。私もその中に入っていたのが、すごく嬉しかった。
そして、知ることができた。これが、“家族”なんだ。これが、ヒトが感じている温もりなんだって……。
その中心には、いつもリュート様がいた。
私は黒皇竜として、敬遠されてきた。人の姿に下卑た様子で近寄ってくる以外、私と深く関わろうとするヒトは、居なかった。リュート様は、そんな私と、まるで普通の女の子のように接してくれた。可愛いねって、優しく頭を撫でてくれた。
そんなリュート様を好きになっても、仕方がないと思う……。だって、それだけの魅力が、リュート様にはあるんだから。
ふぁーすときすというものをした時、内心、心臓が破裂しそうだったのは内緒だ。
――だから、ユスティがリュート様の婚約者って言った時、すごく不安になった。私は二人に置いていかれるのかもしれない、そう思ったから。だから、私もリュート様の婚約者っていった。言って、すごく後悔した。大好きなリュート様の、気持ちを無視しちゃったから。
怒っているかもしれない。
私を嫌いになったかもしれない。
もう、今までどおりに接してくれないかもしれない。
そう思うと、怖くて仕方がなかった。自然と涙が出た。一度溢れると止まらなくて、涙で視界がぼやけた。
ふと、温かい手で、優しく涙をふかれた。見えるようになった目には、月明かりが反射してキラキラと輝いている、幻想的ともいえるリュート様の姿が写っていた。リュート様は、優しく微笑んでくれた。そして、私とユスティをぎゅっ、てしてくれた。
優しく、囁くようにして、リュート様は言ってくれた。
『僕も二人のことが……大好きだよ』
……私の心は、暖かくなった。嬉しくて、また、涙が止まらなかった……。
【side end】
【ユスティ side】
小さい頃に助けてくださった、美しい一匹のドラゴン。私は、そのドラゴンに心を奪われてしまったのです。
城に帰ると、私はあの美しい銀のドラゴンが、“龍神”と呼ばれる存在だということを知りました。城の皆さんは、見つからない龍神様をいつの間にか忘れてしまっていましたが、私は一日たりとも忘れることがありませんでした。
そのまま数年が経ち、私が成人すると、神様のめぐり合わせでしょうか、龍神様と再びお会いになったのです。しかも、またもや私をお救いくださいました。まるで物語に出てくる勇者とお姫様のように。それがどれほど嬉しかったことか、おそらくリュート様はわかっていないでしょうね……。そして、おそらく私は、そのときからリュート様のことを……。
リュート様は今まで出会ったどんな殿方よりも、美しく、凛々しく、魅力的でした。まるで天使のように神秘的なお姿と、それとは対照的な、規格外の力。側にいると、リュート様がどれほど規格外なのかがよくわかりましたわ。ええ、イヤってほどに……。
リュート様は、私に多くのものを教えてくださいました。お父様やお母様たちとはまたちがった家族ができました。いろんなことを自分でやるのは大変でしたが、皆さん根気良く教えてくださいました。本当に暖かな“家族”で、毎日心が満たされました。
そばにいればいるほど、リュート様への想いは募っていくばかり。そしてそれは、いつしか“愛”へと変わっておりました。初めての恋、それが、こんなにも幸せな気持ちにさせてくれるなんて……。これも、リュート様が教えてくださったことです。
我が国が開く舞踏会、それにシュスティン様が来られると聞き、私は不安に駆られました。せっかく幸せな毎日を過ごしているというのに、またあの不躾な目で見られ、結婚を急かされるのがわかっていましたから。
だから私は、リュート様もお連れすることにしたのです。お父様たちも納得してくださいました。後はご存知のとおり、周囲にリュート様の婚約者だと言ってしまったのです。
その後、私はメアリー様同様、後悔や罪悪感でいっぱいになりました。
いつも優しく笑いかけてくださるリュート様。そんなリュート様を、私は失望させてしまったのかもしれない。嫌われたのかもしれない。
私は、何度も謝罪しました。怖くてリュート様の顔を見ることができませんでしたし、涙が止まりませんでした。それでも私は、頭を下げ続けました。
どれくらいたったでしょうか。不意にリュート様の手が私に触れたのです。私はびくっと反応してしまいましたが、リュート様の手は優しく、暖かかったのです。
顔を上げてみると、リュート様はいつもと変わらない、いえ、いつも以上に優しく微笑んで言ってくださったのです。
『僕も二人のことが……大好きだよ』
……リュート様、あなたは私を幸せ死にさせる気ですか?
【side end】
***
「う……うう……」
「うう……リュート様ぁ……」
腕の中で泣いている二人。しかし、その雰囲気は先ほどと違い、どこか嬉しそうだった。そんな二人を見て、リュートはさらに笑みを深める。
「フフッ。……僕はまだ結婚はまだ早いと思っている。ヒトとしての感情だね。だから――」
リュートは二人を離し、その場で跪く。何をしているのかと不思議そうな二人の手を取り、上目遣いで微笑んで言う。
「――だから、まずは恋人として、僕と付き合ってくれないかな?」
その言葉を聞いた二人は、口元を空いている手で覆い、嗚咽を隠す。そのまま、何度もこくこくと頷く。
「僕は花束とか持ってないけど、これが僕から二人への、ささやかなプレゼントだよ」
そう言って、リュートは立ち上がり、右手を横に出す。そしてパチンと鳴らす。それらの仕草に釣られた二人は、その方向へと目を向ける。
そして見上げると、そこには見たこともない美しいカーテンがかかっていた。
地球ではオーロラと言われているその現象は、星空をさらに美しく飾りつけている。
「……キレイ……」
「これは……いったい……」
ユスティとメアリー、そしてウルたちも、その光景に目を奪われ、立ちすくんでいる。リュートはそんな彼女たちを見て満足そうだ。と、その時、中から音楽が聞こえてきた。ダンスパーティーが始まったらしく、中では多くの男女がそれぞれのパートナーと共に、優雅に踊っている。
「あれ?もう始まっちゃったか……。それじゃあ二人とも、一緒に踊ろうか」
「えっ?ここで……?」
「中には行かないんですの?」
涙をふき、不思議そうに見る二人。
「まあね、こんな綺麗な景色なんだ。ここで、僕達だけの舞踏会をしようか。みんなも一緒に」
それを聞き、全員が嬉しそうに笑う。
全員で踊ったり、一人一人、リュートと交代で踊ったりと、楽しいひと時を誰にも邪魔されずに過ごした。普段無表情なメアリーですら、満面の笑みを浮かべている。
月明かりと星空が照らし、美しいカーテンが覆う、そんな幻想的な景色の下で彼女たちは心から笑い、踊り、語らう。それは、この世界のどんなものよりも綺麗に思えた――――……。
今回は恋愛要素をふんだんに入れてみました。ちゃんと書けてたでしょうか?
sideの部分で、メアリーの人間らしい性格の理由を書いたつもりですが、分かっていただけたでしょうか?
ググノーは次回出てきます。
感想、よろしくお願いします。




