舞踏会、何かが起こる!?
今回は話の都合上、いつもより短いです。
舞踏会開催日の朝。
とある屋敷のある部屋で、怪しげな会話をする二人の影があった。
「おい、アレは用意できているか?」
「もちろんでございます。旦那様の要望通り、例の薬を取り寄せております。足のつかないものですので、バレることはありません」
「よくやった!これで、彼女はこの私、ググノー伯爵様のものとなるのだな!」
何やら企てているらしい男二人。一人は老齢の執事。もう一人は脂ぎった顔と机に乗っかるほどの大きなお腹が目立つ男だ。
彼は、シュベリア王国のググノー・A・ピグル伯爵である。
彼はもう30代前半というにも関わらず、未だに妻を持っていない。というのも、彼は伯爵という地位は継いでいるものの、経済的な能力はないに等しいからだ。さらには無類の女好きでもある。
そんな彼は、多くの女性たちから“生理的に無理”と言われている。本人は自覚していないが……。
しかし、ググノーにもある野望があった。
「ユスティ姫の美しい顔、豊満な胸、上品な性格。全てがこの私にふさわしい!必ず次の舞踏会にて、我が妻としてくれようぞ!」
ブヒャヒャヒャと不気味な笑い声を上げ、椅子にふんぞり返っているググノー。
「それでは、計画通りに頼むぞ!」
「かしこまりました、旦那様」
***
「リュート様、入ってもよろしいでしょうか?」
「いいよ~」
リュートの許可を得て、ユスティは扉を開ける。中にいたのは、リュートとメアリー、それにターナリアたち。そして、彼らの着付けを任された王宮の侍女たち数人だ。
しかし、彼女たちは皆、リュートに向けて熱い視線を送っている。それも仕方がないだろう。
舞踏会ということもあり、リュートはタキシードに着替えさせられていた。上下を黒でピシっとキメており、銀の髪も相まって非常に美しい。スラッとした体にぴったりだ。現在は仮面をとっているということもあるのだろう。
屋敷で見慣れているはずのユスティたちでさえも、思わずドキっとしてしまう程である。
「ユスティ、どうかした?」
「あ、いえ、その……本日はお越しくださり、本当にありがとうございますわ。今日はどうしても、リュート様に来ていただきたかったのです」
そう言うユスティの表情は、どこか優れない。気になったリュートは尋ねてみることにした。
「ユスティ、気分が優れないの?疲れてるっぽいけど」
「いえ、体調は優れているのです。しかし……」
ここで一つため息をつく。
「実は、今日の舞踏会はペルセア王国と合同で行われるものなのですけど、ペルセア王国第二王子のシュスティン様もいらっしゃるのです」
「シュスティンって、確かユスティにしつこく求婚してるっていう、あの?」
以前に聞いたことのある名前をなんとか思い出すリュート。
「そうです。今でも手紙を送ってこられているのですが、毎回断っていますので、おそらくしびれを切らしたんだと思います」
そう言う彼女からは、本当に嫌そうなオーラが見えるかのようだ。
「あ~なるほど。てことは、僕は虫除けになればいいわけだ」
「まあ、それもあるのですが……」
そう言い、頬を染めてうつむき加減になるユスティ。
「何かほかにもあるの?」
「い、いえ、その……なんでもありませんわ!そ、それでは、私も着替えてまいりますわね。メアリー様たちも、どうかお楽しみください」
どこか誤魔化すように、そして矢継ぎ早に話して去っていくユスティに、みんなが首をかしげる。あきらかに何か他にもあるという感じであったのだが、どうやら今は話せないらしい。
「まあいい……のかな?」
「……大丈夫だと思う。それよりリュート様、私たち……どう?」
メアリーがドレスの端をつまみ、リュートに聞いてきた。
ここで何を聞いてきたのかわからない男は男ではない。というより、リュートはそれほど鈍感ではないので、気づいて当然である。
「もちろん、とても似合ってるよ。やっぱりメアリーは黒が一番似合ってるよね」
メアリーは現在、黒のドレスを着ている。幼さを残す体つきに、黒とは対照的な白く滑らかな肌は、もともとの美しい顔立ちと相まって凄まじい色気を放っている。胸元に付いたバラの飾りが愛らしい。
リュートに褒められ、メアリーは無表情の中に照れたような小さな笑みを見せる。
こういった仕草も、リュートをドキっとさせるのだ。
「た、ターナリアたちもすごく似合ってるよ。ウルもイレーナも、あれほどドレスなんか着れるか!とか言ってた割に、ちゃんと着てるじゃない。やっぱりすごく綺麗だよ」
「そ、そりゃまあ、もうここまで来ちまったしな……」
「う、うむ。無礼がないようにしなければならないし……」
イレーナもウルも顔を赤くし、視線をあちこちに彷徨わせながら言い訳する。しかし、その動作が彼女たちの心の内を示しているため、たいして意味がない。
イレーナは紫の下が短いタイプのドレスだ。腰に片手を当てている姿は、本当に凛々しく見える。照れた表情を隠しきれていたらの話だが……。
カレンと玉妃はともに黄色の子供らしいドレスだ。ワンピースのようにも見えるそれは、幼い彼女たちの愛らしさを際立たせている。無邪気に笑い合っているところを見ると、自然と目顔が浮かんでしまう。
ターナリアはおとなしい雰囲気にあった、蒼いロングのドレスだ。足元が見えないほど長く、淑女のようなおしとやかさがある。白い線で花柄が描かれているのが特徴的である。
そして、一番の問題がウルだ。
「なんかウルのドレスって……エロいよね」
「エロッ……!?」
ウルは好戦的な赤のミニドレスであり、背中が大きくあいているのだ。髪もアップにしており、背中やうなじが非常に色っぽい。また、胸元は大胆であり、つい目がいってしまうのも仕方がないだろう。
ウルは普段から露出の多い服を好んで着ているが、ドレスにも適用されるようである。
「まあ、似合ってるからいいけどさ……。とにかく、みんなすごく綺麗だよ。化粧もしてるから、いつもより、ね」
リュートが言ったとおり、彼女たちは侍女たちによって、化粧も施されている。唇は紅くプルンとしており、いつも以上に女らしさが際立っている。
また、彼女たちは皆、以前リュートがプレゼントしたモノを身に着けている。こういうところ、プレゼントした側からすれば非常に嬉しいのだ。
「みんな、今日は絶対に、僕から離れないでね。絶対いろんな人たちから言い寄られると思うから(主に男達に)」
彼女たちは皆、非常に整った顔立ちをしている。もし彼女らが勝手にどこかに行けば、確実に男達によって囲まれるだろう。
リュートの注意に返事をすると、全員、舞踏会の開始時間までこの部屋でくつろぐ。侍女たちはすでに部屋を出ており、今はリュートたちだけである。
暇だったのか、メアリーが突然質問してくる。
「リュート様は、やっぱり仮面、するの?」
「もちろんするよ。僕は一人だけ仮面舞踏会でもしておこうかなって」
「……そのほうがいい。絶対に動けなくなる……」
これはもちろん、女性たちに囲まれて、ということだ。もしリュートが素顔で舞踏会に出たら、それだけで大騒ぎとなるだろう。その結果、囲まれて延々と女性たちの話を聞かなければならなくなるのは目に見えている。
今回の舞踏会はシュベリア王国とペルセア王国の合同での開催であるため、多くの貴族が参加する。こういった場は、結婚相手を探すのにも最適な場であるため、皆、けっこう露骨に誘ってきたりする。男なんか特にだ。
これはもはや慣例化しているため、余程の大騒ぎに発展しない限り、国も黙認している。
そうして待つこと約二時間。ようやく開始されるようだ。
ドアをノックし、中へと入ってくる一人の侍女。リュートを見ても一瞬動きを止めるだけで、すぐに行動するところを見ると、かなり教育された侍女のようだ。
「リュート様、そろそろ舞踏会の開始時刻となります。わたくしが皆様をご案内いたしますので、準備ができましたらお呼びください」
そう言い、彼女は扉の向こうに消える。
「カレンよ、いよいよじゃの!」
「うん!いっぱい食べようね!貴族たちのご飯はすごく美味しいって言ってたから!」
「うむ、すごく楽しみじゃな!」
玉妃とカレンは用意されている食事のことで頭がいっぱいのようで、無邪気にはしゃぎまわっている。たしかに、今回出されるのはかなりの高級料理だ。そのことを以前ユスティに聞かされていたので、期待も非常に高い。
「も、もう始まるのか……?」
「イレーナ、あたしはもう覚悟を決めたぞ。あたしもほかのことが気にならないくらい飯を食ってやる!!」
――ウルがまたおかしなことを言っている。実際、一番緊張しているのはウルなのかもしれない。
未だに恥ずかしがっているイレーナとウル。イレーナはこのような華やかな場に出ることはなかったため、恥ずかしいというのはまあ分かる。
しかし、ウルはどうだろうか。
リュートは思う。“それほど露出の高いドレスを着てもなんともないのに、何故舞踏会に出ることは恥ずかしいのか”と。
そのことを聞いても、“それはそれ、これはこれだ!“というよくわからない答えが返ってきただけである。
「それに比べて、ターナリアとメアリーは落ち着いてるね。もしかして、こういうのに慣れてる?」
色々な意味ではしゃいでいる彼女たちとは違い、ターナリアとメアリーは落ち着いている。もしやと思い聞いてみたが、返ってきた反応はそれぞれちがった。
「……私は昔出たことがある。でも、これぐらいじゃ、緊張なんてしない」
メアリーはまあ、予想通りだった。しかし、ターナリアは少しちがった。
「とんでもない。私だってすごく緊張してるんですよ?ただ、舞踏会に出られるなんて、夢の中だけの話のように思ってましたから、緊張が一周回って落ち着いたように見えてるだけです」
……ペロっと舌を見せながら、照れたように話すターナリアはとにかく可愛らしかった、とだけ言っておこう。
リュートは仮面をつけ、みんなに声をかける。
「それじゃあみんな、行こうか」
「「……」」
「はい、ご主人様」
「おう!」
「は~い」
「了解じゃ」
イレーナとメアリーが無言で頷き、ほかはそれぞれの返事をくれる。それを確認したリュートは、扉の前で待っていてくれた先ほどの侍女に声をかける。
「お待たせしました。それじゃあお願いします」
「了解しました。それではご案内させていただきます」
無表情かつ抑揚のない声でそう伝えると、彼女は歩き出す。リュートたちもそれに続く。




