報告と・・・
「のう、リュートよ。これからどこに行くのじゃ?」
「冒険者ギルドってところだよ。ちょっと報告があってね」
新たな家族のお祝いに夜中まで騒いだ翌日、リュートは玉妃を連れて冒険者ギルドへと向かっていた。
昨日受けた依頼のことと、その途中で出会った帝国の兵士について報告するのだ。玉妃を連れて行くのは彼女のことも説明するためであり、また、玉妃に外を見せたかったという理由もある。
長い間薄暗い塔の中に閉じ込められていた玉妃は、初めて見る活気づいた街並みに目をキラキラと輝かせてはしゃいでいる。
「おお、あれはなんじゃ!?」
「あれは串焼き。とてもおいしいんだ」
「ではあっちのものは!?」
「あれは服屋だよ。いろんな服が売ってあるんだ」
「ならば、あの者はなんじゃ!?」
「彼は吟遊詩人って言って、唄うことでお金をもらってる人だよ」
目に映るもの全てをリュートに尋ね、その全てに答えていくリュート。
人目で言えば怪しい銀髪仮面の男と、可愛らしい九尾の獣人の幼女の組み合わせは、周囲の目を惹いてしまう。九尾という希少な種族であることもあるのだろう。まして、その幼女が大はしゃぎなのだ。目立つのは当たり前である。
そのことにリュートは苦笑するが、玉妃の方は全く気にせずどんどん尋ねる。
「帰りにいろいろと寄る場所があるから、その時に改めて紹介するね。だから、今はギルドへ急ぐよ」
「ムゥ……仕方がないのぅ……」
残念そうに呟き、再び歩み始めるリュートと玉妃。急ぐといっても、リュートは玉妃に合わせて歩いているため、それほど速くはない。
結果、二人はのんびりとギルドへ向かうのだった。
***
「ここがギルド……おっきいのぅ」
ギルドへ付いた二人。まずは玉妃がギルドの大きさに驚く。周囲の建物と比べても倍は大きいため、驚くのも無理はない。
見上げたままの玉妃の手を引き、リュートは中へと入る。
木材独特の音を立て、大きな扉が開かれる。中には依頼を受けに来た者や、まだ昼前だというのに既に飲んでいる者たちがいる。彼らはリュートに目をやり、次いで隣にいる幼い少女へと目をやる。
「おい、この前とは違う少女だぞ……」
「ああ、しかもかなり可愛い」
「あいつまさか……アレか?」
「いやまさか……でも、もしかして……」
「やっぱりそうなのかもな……」
この時、彼らのリュートを見る目が冷たかった。彼らの言いたいことは、おそらくリュートにも伝わっただろう。
――――ああ、こいつ、ロリコンか……
変な誤解をされたままではかなわないと瞬時に悟ったリュートは、引き攣る頬をなんとか抑え、力のこもった声で伝える。
「誤解しているようですが、この子は妹ですよ!い・も・う・と!わかりましたか!?」
この訴えが彼らに伝わったのかはわからない。彼らは皆、一斉に視線をそらしたのだから。もはや諦めたリュートは、ため息をひとつこぼしてカウンターへと向かう。
何もわかっていない玉妃は、首をかしげるだけである。
二人が向かったカウンターには、もう見慣れた受付嬢たちが座っていた。昨日は見なかったミーナもいた。そのため、リュートは迷わず彼女の受付へと向かう。顔見知りの方が気が楽なのは、元が日本人だからだろう。
「おはよう、ミーナさん」
「おはようございます。カナに聞きましたよ?昨日は大変だったそうですね」
「まあね。でも、結構良い戦利品が貰えたし、そんなに悪くはなかったかな」
「フフッ。そうですか。それでは本日はどのようなご用件ですか?」
たわいない話から、仕事の話へと移るリュートとミーナ。
「ちょっと、ギルド長に会いたいんだ。急ぎの要件でね」
「ギルド長に……ですか?」
「そう、この子にも関係あることでね」
そう言って、リュートは玉妃を持ち上げる。少し人見知り気味の玉妃は初めて会うミーナに驚き、リュートにしがみつく。
「……わかりました。リュートさんが言うんですから、本当に急ぎなのですね?」
「うん。それも、この国に関わる、ね」
「それでは、私についてきてください」
真剣な雰囲気を察したのだろう。ミーナは二人を連れて、上へと上がる。
「ギルド長、リュート様が、至急、伝えたいことがあるとのことです。今よろしいでしょうか?」
「入りなさい」
ギルド長から許可がおりたため、ミーナが中へと促す。リュートは扉を開け、中へと入る。
「失礼します」
「やあリュートくん。昨日ぶりだね」
そこにはいつもと変わらぬ、朗らかな笑みを浮かべた好好爺が腰を下ろしていた。
「今日はどうしたんだい?昨日の依頼で、何かあったのかな?君ほどの実力なら、『オーガの集落の壊滅』なんて依頼、その日に終わりそうだしね」
「……さすがはギルド長。まさにその通りですよ。実はですね……」
リュートは隠すところは隠しながら、昨日あったことを伝える。自分の秘密――「龍神」に関することはそれとなく伏せ、玉妃のことも「不思議な力を持つ巫女」とだけ言っておいた。
もちろん、カンの鋭いギルド長のことだ。何かを隠しているということには気づいただろう。しかし、あえて触れないようにするのはさすがといったところか。
「ふむ……ウェスペリア帝国が戦争か……。この国の近くに兵士がいたって事は、向こうはシュベリア王国と戦争を始める気なのかねえ……」
考え込むギルド長。もし戦争となれば、間違いなくギルドの冒険者たちからもかりだされるだろう。それに、多くの被害も出るはずだ。頭を悩ませる問題である。
「……まあいい、報告ありがとう。あとはこちらでなんとかするよ。君のことはいろいろ突っ込みたいこともあるけど、今回の依頼は特例として無効にしておこう。まさか、あの森の魔獣が狩り尽くされてるとは思わないしね」
「いいんですか?」
「さっきも言ったと思うけど、君ほどの実力者ならあの依頼は簡単に達成できるはずだよ。そんな君が、わざわざ罰金を払いに来るわけないからね」
「ありがとうございます。それでは、僕はもう行きますね」
「そうかい、それじゃあまた」
話を終えた二人は談笑することもなく、リュートは玉妃と共にギルド長室を出る。階段を下り、一階の受付に出た二人は、やはり多くの視線を浴びている。だが、冷たい視線はなく、内心ホッとしたリュートであった。
「あら。もうお話は終わったんですか?」
受付に戻っていたミーナが二人に気づき、話しかけてくる。途端に向けられる、野郎どもの嫉妬の視線。相変わらずの人気のようだ。
「まあね。要件は終わったし、これから二人で街を見て回ろうと思うんだ」
「フフッ。それは楽しそうですね」
微笑を浮かべるミーナ。彼女の温かい視線は玉妃に向けられており、その玉妃は照れているのか、リュートの後ろに隠れつつも顔を出している。
「あ、そうだ。ミーナさん。この街で見所のある場所って知ってる?僕はまだ、この王都全体を回っていないから知らないんだ」
「そうですねえ……では、南側にあるセルダ通りに行ってみてはいかかがですか?あそこの通りには様々な売り物があるので、見るだけでも楽しいと思いますよ」
「ホント!ありがとう、行ってみるよ。ほら、玉妃もお礼を言って」
「……あ、ありがとなのじゃ……」
照れながら感謝の礼を伝える玉妃。それに対して、ミーナは変わらず暖かい笑みとともに一言、どういたしましてと返す。
リュートと玉妃は手をつなぎ、ギルドを出る。玉妃の愛らしさにやられ、ギルド内ではどこかほんわかした雰囲気となった。
***
「――なんでこうなったんだろう……」
「何故そんなに落ち込んでおるんじゃ?今のリュート、すごくかっこいいぞ!!」
「……ありがとね、玉妃」
現在リュートは黒のスーツに赤いネクタイ、蒼いメガネを身に着けている。後ろ髪もゴムで縛っており、ぶっちゃけ、コスプレ状態だ。そんなリュートは現在、目的の場所であったセルダど通りを歩いている。
何故、こんなことになっているのかというと、話は1時間前まで遡る。
――――1時間前、リュートと玉妃はセルダ通りを探しながら、あちこちを歩いていた。
途中で何人かに道を尋ねながら歩いている二人。ようやくセルだ通りの近くへ付いたその時、リュートの目にはあるものが飛び込んできた。
「あれ?この店って……“三日月亭”じゃん」
そこにあったのは、以前リュートが依頼で受けた店、「三日月亭」だった。店長の印象が強烈だったため、今でも覚えているのだ。
少し懐かしいと感じていると、いきなり声をかけられる。それは聞き覚えのある声だった。
「あれ?君ってリュート君かい?リュート君だよね?」
声の主は、やはり「三日月亭」の店長、トールだった。なぜ疑問つきなのかというと、リュートの仮面姿に本人だという確証を持てなかったからである。
「あ、トールさんお久しぶりです」
「ああ、やっぱりリュート君か。仮面のせいでわかりにくかったよ。なんでそんなものを付けているんだい……やっぱりいいや。なんとなく理由はわかったから」
リュートの素顔を思い出したらしい。納得顔をするトール。そしてふと、彼の視線が玉妃で止まった。
ギルドで起こったことと同じにはしたくないため、先に説明しようとするリュート。
「リュート君、この子……」
「トールさん、この子はですね」
「君……娘がいたのかい!?」
「そっち!?」
まさかの誤解に、思わず突っ込んでしまうリュート。
「いや~、まさか娘がいたとは……てことは、奥さんもいるのかい?君のことだから、かなりの美人さんなんだろうね~」
「トールさん落ち着いて下さい!この子は僕の妹ですよ」
「ご、ごめん……そうか、妹だったのか……」
リュートのあまりの剣幕に、少し引くトール。しかし、なんとか誤解を解くことに成功した。トールは相変わらずどこか抜けていて、話すだけで疲れるリュート。
「それで、今日はどうしたんだい?」
「今日は、この子を連れてセルダ通りに行ってみようかと。ただの買い物ですよ」
「ふ~ん……」
顎に手をやり、何やら考え込むトール。再び顔を上げた時には、口元が三日月のようになっていた。
「じゃあ、さ。リュート君、ちょっと店の手伝いしてもらえないかな?」
「へ?いや、ですから僕たちは今から……」
「わかってるって。ただ、着替えて店の宣伝をして回って欲しいだけだよ。報酬は・・・店の料理食べ放題を無料でどうだい?」
「……本当にそれだけですか?」
「もちろんさ!君ならそれだけで十分だからね!」
その後、口達者なトールに言いくるめられ、手伝うことになってしまったリュート。
以前にも着た店の従業員服に着替え、首から宣伝の書かれた看板を下げる。もちろん、仮面を取り上げられ、素顔の状態だ。
「これで外を回ってくれればいいから!それじゃあよろしくね!」
素晴らしい笑顔にイラついてしまうリュートはしかたないだろう。意趣返しとしてガッツリ食べてやり、店の従業員の顔を青ざめさせていたのはここだけの話である。
しかし、そんな中でもトールの笑顔は変わらなかった。
「て、店長……いいんですか?これじゃあ赤字になるんじゃ……」
「へーきへーき。すぐに黒字になるから」
自信満々のトールに、首をかしげる従業員だった。
――そして、時は現在へと戻る。
素顔を晒し、服装もバッチリ決めているリュートは、その神秘的な美しさからやはり目立つ。それはもう、おそろしい程に。
「もう、気にしない方向で行こう……今は楽しむことに専念するんだ」
諦め、今の状況を逆に楽しもうと考えるリュート。これも、現実逃避というのだろうか?
セルダ通りはほかの通りよりも人が多く、活気づいている。二人ははぐれないように手をつなぎ、様々な店を見て回る。
服屋、甘味処、日用品売り場など、多くのものが売っている。中にはアクセサリーのようなものや、少し怪しげな商品を売っているものもいたりと多種多様であり、たしかに面白そうだ。
「さてと、行ってみようか。」
「うむ!早く行こうぞ!」
待ちきれないとばかりにしっぽを揺らし、目を輝かせている玉妃。
二人は歩き出す。後ろに多くの女性を連れて……。
お待たせしました。
最後の女性たちは、リュートが連れて行っているというわけではありませんよ。ただ勝手についてきたいるだけです。
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